エミール・ギメと「忠臣蔵」

エミール・ギメはフランスの富豪で、明治初期に来日して日本を見て回り、浮世絵などを大量に買い込んでフランスでギメ美術館を作ったり、日本についての著述をした人で、その挿絵を友人のフレデリック・レガメーが描いている。

 そのギメの『明治日本散策 東京-日光』(角川ソフィア文庫)を読んだら、赤穂事件について詳しい解説があったのだが、ギメはこれを、近松門左衛門の「碁盤太平記」をもとにして書いている。確かに事件を太平記の世界に移し、吉良を高師直、大石を大星由良助としたのは近松だが、当時知られていた「忠臣蔵」といえば、竹田出雲・並木千柳らの作で、ちょっと疑問が残ったから、調べようかと思ったが、別に事実関係に間違いはないし、手間がかかる割に大したことにはならないだろうと思ってやめにした。

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高村光雲「幕末維新懐古談」レビュー

岩波文庫版で読んだのだが、これは青空文庫にも入っている(ただしバラバラなので注意が必要)。高村光雲の懐古ばなしを、大正11年に日曜ごとに光太郎と田村松魚が聞いて、松魚が筆記したものだが、ですますの語り口調でべらぼうに面白い。それはまあ、光雲が才能があって作品が評価されちゃくちゃくと出世していくということの、出世物語的な面白さには違いないのだが、長女の夭折とか、廃仏毀釈とか苦労をしたところもあって、それが時代の職人の精神でさらり、さらりと流していく、そこに何ともいえぬ清々しさを感じる。

 確かに意識は古めかしいのだが、それが嫌な感じがしないというのは、もしかすると田村がそういうところを削った可能性もあるのだが、筆記者田村もまた大したもので、近時久しぶりに面白いものを読んだ。

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石川淳「諸国畸人伝 改版」 (中公文庫)レビュー

別冊文藝春秋」に1955年から56年まで連載された、十人の近世から近代にかけての工芸職人などの伝記集。大江健三郎が初めて石川淳に会った時この本をくれたというが、その後大江と石川の関係はやや曖昧模糊としている。  人は都々逸坊扇歌、鈴木牧之、小林如泥らだが、私は石川淳の小説が面白くなくて閉口していたし、これは若い頃読もうとして、何かイライラしていたのかすぐ放り出したが、今読むと割合面白かったが、鈴木牧之のところで、馬琴の悪口を言うので、まあやっぱりこの人とは合わないなと思った。どうせ石川淳は馬琴が嫌いなんだろうと思っていたからだ。あとは石川淳を好きな人が嫌いだということがある(田中優子とか鈴木貞美とか)。しかし石川淳の本としては面白いほうだが、最後から二番目の武田石翁のところだけかなりつまらなかった。あと改版の時にできたらしい誤植が三カ所あった。

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村上元三「五彩の図絵」

1973年6月14日から、74年9月14日まで、「朝日新聞」夕刊に連載された時代小説。中公文庫で上下二冊。背表紙の解説を書き写すと、

「元禄十五年十二月、赤穂浪士の討入りが、上杉家の若武者、春日今之助の運命を変えた・・・・・・。公儀に隠した城の修築、禁裡修復にまつわる黒い霧など、絵図作製の特殊技術を持つ今之助をめぐって起こる権謀術数のかずかず、泰平の世の裏面にひそむ人間諸相を雄大な構想でとらえる」。

下巻は「爛熟した元禄時代の影の世界で暗躍する若き米沢藩士春日今之助と、悪に徹した玄武道印。絵図をたてに、公儀に隠した城の修築をあばき、御所修復の裏を探って、巨万の富を掌中のものにしようとする・・・・・・。享楽の世相を背景に、うごめく人間群像をとらえて生き生きと描く」。

 下巻の解説は杉本苑子が書いていて、自分には手が出ない「大日本史料」を村上は揃えており、ほかにも徳川時代の史料類が豊富に手元にあると嘆息するように書いている。そういえば宮尾登美子原作の大河ドラマ義経」に、史料提供:村上元三とあった。遠近道印(おちこちどういん)という実在の絵図師もちょっと出てくるらしい(読んではいない)。

どう「黒幕」?

いま大河ドラマでやっている「長徳の変」についてウィキペディアで見ると、藤原道長が「黒幕」だと書いてあるのだが、どういう風に黒幕なのかは書いていないから分からない。

 平安前期の「応天門の変」も、伴善男が応天門に火をつけて源信に罪をなすりつけようとした事件だが、これについても、藤原氏が伴氏や紀氏を追い落とすための陰謀だという説があったが、実際火をつけたのは伴善男だろうし、どういう風に陰謀なのか分からないのである。

「ですます体」の逆襲

 日本近代文学史では、山田美妙の「ですます体」は、尾崎紅葉らの「だである体」に敗れたということになっているが、実際にはですます体はかなり根強く生き延びていて、最近の新書などはですます体が多いし、児童文学も以前からかなりですます体だ。ほかにですます体の小説といえば中里介山の『大菩薩峠』や、野村胡堂の『銭形平次捕物控』があり、中村光夫の文藝評論がある。