m-takedaのアンテナ

おとなりアンテナ | おすすめページ

  1. 2018/10/16 16:52:51 &&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&含むアンテナおとなりページ

    図書館に来る時に車にカメラを乗せてきてみた。撮ることがあるだろうか、何かを。晴れていないと写真は写せない。そういえば『きみの鳥はうたえる』では夜のシーンが印象的だが、今の自分は「夜になったら寝るんです」と思っている。時々夜に繁華街を歩くと、久しぶりにテレビを見たときのように「わー」とか「ほー」とか言ってしまうようになった。わざとでもなくそ情報の多さに圧倒されるほどに年齢を重ねているということだろうか。年齢が若い人間は適度に情報遮断できるかもしれない。あるいは別の何事か(隣の人の心、とか、自分内面とか?)に集中しているから、情報だろうがノイズだろうが、あったりなかったりして全然構わないということなのだろうか。今の自分凝視してしまう。その凝視を記録しておきたいと思う。新たなる凝視、と言えば中平卓馬だが、企画を立てず、作品、というほどの動機もなく、でも「写真を見たい」「写真で(現実を)見たい」という気持ちから写される写真とは、どのようなものになるだろうか。同時に「モチーフ」という考え方を今までよりももう少し厳密に考えてみたい。これは実習/自習である
    ・作業中にブラウジング自己顕示欲がないわけではないが(あるが)、しかソーシャルメディアでこんなにも「私は海里茲Δ重要仕事しました」「私のことを褒めている人がいます」「私の作った物を購入してください」「私はこれほど気の利いたことが言えます」「私はこうした著名な人と繋がりがあります」「私のことを見てください」「私のことを見続けていてください」という種類の言葉ばかりが並ぶと、馬鹿馬鹿しいを通り越して、人類学考察へ進みたくなるが、もちろんそれとて自分とまったく無関係ということではないのだ。しかしそこで「自分のこの言葉・・・」とかい謙遜だか相対化だかの決まったプロセスに入ってしまうことよりも、文学芸術には別の表現の回路があるのだということを、信じて、自分にとっての、そのような言葉イメージを作り続けるしかない。
    ・生のあらゆる行程が、死さえも、いや死こそが、システムに完全に取り込まれしまっていると書かれているのはボードリヤールの『象徴交換と死』で、50年近く前のその本を、しばらくは読み続けるだろう。それを読むことで何も解決されないが、違和感を表明することと、記号イメージ問題接続されるということを何度でも確認しておきたい。

  2. 2018/10/16 15:40:42 分け入つても分け入つても本の山 含むアンテナおとなりページ

    カポーティ [DVD]
    ¥ 1,880
    アイデアを捜せ (文春文庫)
    ユング心理学東洋思想 (河合隼雄対話)
    ¥ 1,620

  3. 2018/10/16 08:42:30 書評 - 毎日jp(毎日新聞)含むアンテナおとなりページ

    蔵書拝見
    西村康稔氏/上 「ポストマネタリズム金融政策金融習った教科書
    目標が(政府日銀も)両方とも曖昧なんですよ。2%のインフレ率、やってやるという決意がない」。2012年2月10日の衆院予算委員会野党時代の私は、野田佳彦
    2018年10月16日 03:07)
    黒沼ユリ子さん ドボルザークの生涯つづる 旧著を修正・加筆して刊行 音楽の力知って /東京
    バイオリニスト千葉県御宿町在住の黒沼ユリ子さん(78)がチェコ音楽家ドボルザーク(1841〓1904年)の幼少から晩年をつづった「ドヴォルジャーク〓その…
    2018年10月16日 02:10
    警視庁 「地面師」聴取積水ハウス55億円被害
    森元首相 「余計なことしやがって」 石破氏依頼に苦言
    キャバクラ暴行死 未婚10代母、遠い自立 娘残し無念
    積水ハウス 土地詐欺被害社長案件」社内審査怠る 安価情報、取引焦る 「問題あり」複数指摘を無視
    新聞週間 魅力や思い、さまざま
    日本新聞協会毎日新聞社など全国の会員新聞・通信・放送社は…
    秋、羽織もの男前
    秋が深まり、気温が下がっていく中、ジャケットコートを格好…

  4. 2018/10/16 04:49:22 † VANILLA PLIEST † 含むアンテナおとなりページ

    2018年10月 (9)
    10/ 16 10/15のツイートまとめ
    10/ 16 10/15のツイートまとめ
    2018年10月 (9)

  5. 2018/10/15 22:45:36 難波和彦+界工作舎含むアンテナおとなりページ

    2018年10月14日(日)
    8時起床。曇りのち晴れの涼しい一日。10時出社。昨日の〈小嶋一浩賞〉シンポジウムはいろいろなことを考えさせられた。僕もいくつかの賞の審査員を務めているが、審査員が応募者を審査することは一種の権力行使に他ならない。それが無意識行使であればあるほど、結果的に賞の権威を生み出すことにもなる。そのことが必ずしも悪いとはいえないが、権威の誇示に陥らないためには、審査根拠を明確に説明することが最低限の義務だろう。審査員としての僕の自戒の念は、審査審査対象評価であると同時に、逆に審査する側の評価でもあるという自覚である審査という行為審査員に向けられた鏡面的な評価でもあるのである。〈小嶋一浩賞〉は間違いなくそのような賞になるだろう。気分転換映画を見に出かけることを思い立ちデンゼル・ワシントン主演の『イコライザー』(アントワーン・フークア監督 2018)をネット予約する。12時過ぎに事務所を出て千代田線日比谷を乗り継ぎ六本木駅にて下車。歩いて5分で六本木ヒルズシネマに着く。13時から開演。アメリカ版の勧善懲悪物語だが、最も親密な仲間だと思ってい真祐屬実は真犯人だったというなかなか手が込み入った演出に感心する。あっという間に2時間が過ぎ15時過ぎに終了。16時前に帰社。『モダニズム崩壊後の建築』の第2章「うちへのまなざし」を読み続ける。「建築史と建築批評---鈴木博之論」を読みながら、鈴木博之の『建築世紀末』や『建築兵士ではない』に関する五十嵐さんの読み込みの深さと視野の広さに一種の感動を覚える。〈私的全体性〉を唱える鈴木博之視点の核心を「小さな場所から大きな世界みわたし、その関係を測定して他者を思う想像力である」と捉えているところでは思わず天を仰ぐ。この小論文こそ建築史と批評とを結びつけた優れた例だと思う。21時半帰宅ウィスキーを呑みながらあれこれ考えを巡らせる。夜半就寝。
    会場には約200人の聴衆。佐々木睦朗、池田昌弘、藤江和子といった顔も見える。シンポジム開始前に山本理顕さんに挨拶し〈福島アトラス01、02、03〉と『縦ログ構法の世界』を贈呈し、福島での復興シンポジウムへの参加を打診したら快く引き受けてくれる。シンポジウムの冒頭では〈小嶋一浩賞〉事務局長西沢立衛さんが賞の趣旨について説明し、その後に第1回の賞の審査委員長である山本理顕さんが小嶋さんの思い出を語りながら賞のあり方についてスピーチ。引き続き小野田泰明さんの司会、妹島和世千葉学西沢大良赤松佳珠子、平田晃久の5人のパネラーで「小嶋一浩賞は何を目指すのか」と題してパネルディスカッション各自1枚のスライドを紹介しながら、平田さんは学生時代アクティビティという言葉を聞いたときの驚きについて、赤松さんは「建築はモノではなく出来事である」という小嶋さんの主張について、西沢さん無名人材と無謀な活動に対する賞の基準について、千葉さんは小嶋さんから学んだ言葉概念の持つ力について、妹島さんはグループ活動することによって得られる建築の多面性について、それぞれ持論を展開する。その後小野田さんが会場をまわり出席者からコメント聴く。僕もマイクを渡されたので、小嶋さんに修士設計指導を依頼した経緯について紹介しながら、原廣司が展開した〈アクティビティ・コンター論〉の数学的な抽象性を『アクティビティを設計せよ』(彰国社 2000)において具体的な設計方法へと適用することによって建築計画学を脱構築したこと、それによって山本理顕とは別の角度から計画(プログラムからデザインへという一般的社会学優先主義を建築優先主義に転倒させたことの歴史的意義について話す。続いて乾久美子藤村龍至、吉良森子、北山恒といった人たちが発言。誰もが〈小嶋一浩賞〉の指針となる具体的なコンテンツではなく、賞の決め方や手順などメタな指針について論じるのは、実は小嶋さんの仕事についてあまり知らないのではないかと意地悪な感想を抱く。最後に賞のファウンダー小嶋夫人の城戸崎和佐さんが小嶋さんの思い出と賞に対する期待について話し17時過ぎに終了。その後、小嶋一浩赤松佳珠子/C+Aが設計した〈東京大学先端科学技術研究センター3号館〉に移動し2階のホール献杯見学会もあったが僕はそこで退席。18時半に帰宅。妻と一緒に行きつけのイタ飯屋で夕食。いつものミニコースと赤ワインでいさなになる。21時前に帰宅居間で妻とさまざまな話題について意見交換したのち22時半に就寝。長い一日だったが〈小嶋一浩賞〉が権威召喚しないような新しいタイプの賞になることを期待しながら夜半就寝。
    7時起床。帰国してから1週間を過ぎでようやくジェットラグが抜けたようだ。昨夜はぐっすり眠り目が覚めたのは6時前になった。曇りで涼しい一日。はりゅうウッドスタジオから福島アトラス01、02、03〉数冊が届く。明日小嶋一浩賞のシンポジウムがあるので『縦ログ構法の世界』と一緒に山本理顕さんに渡すことにしよう。震災復興関係なので小野田泰明さんにも渡そうか。2015年前田財団山田一宇賞を受賞し昨年度は研究助成を獲得した建築史家の海野聡さんが東京大学建築学科の准教授に就任しことを建築学科のHP巴里襦A畭facebookでお祝いのメッセージを送る。富山酒井さんから昨夜送った「162酒井邸」第16案に対するコメントが届く。家事動線の長さを気にしているので酒井さんの提案に従って台所を反転させた案を作成。吹抜けと2階平面との関係がやや気になるがそのまま送信し検討を依頼する。先日のトークイベント杉本貴志の人と仕事を語る』でインテリアデザイン建築デザインとの相違について発言したが、それとは別に原理的な問題を指摘することを忘れていた。インテリアデザインが主として商業建築であるのに対し、MUJIHOUSE日常生活の容器である単純化していえば商業建築は非日常的な空間であり住宅日常性の空間である柳田國男のいうハレとケの違いだといってもよい。だからインテリアデザインphenomenalにならざるを得ないし、住宅literalな背景でいいのである住宅インテリアデザインに関する会場から質問に対しては、そのことを指摘すべきだった。「住宅建築ではない」というアドルフ・ロース磯崎新の主張の根拠はそこにある。それに対して篠原一男住宅芸術=非日常性の表現だと主張し、坂本一成住宅デザインを〈日常性の詩学〉とよんで一捻りしたのである。このテーマは奥が深い。改めてじっくり考えてみる価値のある問題かもしれない。『モダニズム崩壊後の建築』の第2章「うちへのまなざし」を読み続ける。ここでは1970年代以降の住宅デザインの潮流がクローズアップされているが上で述べたような問題はスッポリと抜け落ちている。

  6. 2018/10/15 21:35:01 ウラゲツ☆ブログ含むアンテナおとなりページ

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  7. 2018/10/15 19:48:59 charisの美学日誌含むアンテナおとなりページ

    魔笛は、荒唐無稽物語の中に、たくさんの主題が含まれているが、基本は、試練に打ち勝って愛が成就するという、愛の讃歌であるしかし夜の女王とその一派(三侍女とモノスタトスを含む)には、深いミソジニ―(男性が心の底に持っている女性憎悪)が投影されており、今回の舞台は、プロジェクションの方法によってザラストロの「光」を強調したために、夜の女王の「暗黒」性が際立ち、ミソジニーは通常の舞台以上に前景化されたように思う。パミーナの試練がもっとも目立つのは、『魔笛』の正しい解釈だと思うが、プロジェクションの手法を生かすことを優先したために、表現が弱くなってしまった箇所もある。たとえば、タミーノの笛で動物たちが踊り出すシーンは、一匹のサイが踊る黒白の映像になっているが、ここは通常の演出のように、ぬいぐるみ動物たちがたくさん登場して踊り出す方がずっとよい。追ってきたモノスタトスに対してパパゲーノがグロッケンシュピールを鳴らすシーンも、鈴の音がまるで武器のようになってモノスタトスを追い返すのだが、これもおかしい。ここは、モノスタトスと部下たちが鈴の音魅せられて、一斉に踊り出すのでなければならない。魔法の笛も魔法の鈴も、音楽暴力ではなく、和解と愛をもたらすというのが『魔笛』の最高のメッセージなのだから、『魔笛』全幕で三回鳴って、奇蹟を引き起こすグロッケンシュピールのシーンは、いわば『魔笛』の核心なのだ。(1)モノスタトスたちが踊り出す、(2)パパゲーノの眼前で老婆パパゲーナ女の子に変身する、(3)そして最後のパパパ、この三回のグロッケンシュピール・シーンは、すべて奇蹟であり、愛が、そして音楽恩寵であることを示している。パミーナが三童子によって救われ、生きることを決意する四重唱は何と美しいのだろう。パパゲーノも三童子によってグロッケンシュピール存在を思い出し、そこでパパパになるのだから、やはり愛は恩寵であることを示している。三ヵ所のグロッケンシュピール・シーンが弱いのが、この演出の弱点である。あと、今回の演出で疑問だったのは、ビクトリア朝末期の衣装にしたために(写真下↓)、ザラストロが、イギリス王様フリーメイソン教祖みたいな奇妙な人物造形になったことである。ザラストロは、古代エジプト神官、そして若者結婚通過儀礼を仕切る共同体の長でなければならない。あと、オケの東フィルはソノリティー(=響きの豊かさ)に乏しかった。もう少し音の全体が豊饒に響いてほしかった。(写真↓の左端はザラストロ)

  8. 2018/10/15 19:16:34 London Review of Books online含むアンテナおとなりページ

    12 October 2018
    Erica Eisen
    The Oldest Printed Book in the World
    12 October 2018
    The Editors
    A Sale of Two Cities: The End
    10 October 2018
    Brian Stone
    The Rising Sea
    21 April 2016
    Perry Anderson
    Crisis in Brazil
    12 March 2009
    Tom Shippey
    Why did Harold lose?
    27 September 2018
    Stephen Mulhall
    Object-Oriented Ontology
    Thomas Laqueur
    Lynched for Drinking from a White Man’s Well
    It is hard to escape the enormity of the crimes the Equal Justice Initiative documents, and for which no one was ever punished. All this narrative work has been carried out in the hope that the recognition of past wrongs and moral blindness will make those in the present not only recognise our complicity in this history but also the continuity of past and present. The black man lynched for ‘standing around’ in a white neighbourhood in 1892 or the man lynched after being accused of vagrancy in Garyville, Louisiana in 1917 ought to remind us of Trayvon Martin, the 17-year-old shot in 2012 in Sanford, Florida by a neighbourhood watch volunteer who thought he looked out of place in a white neighborhood, or of Eric Garner, choked and killed on Staten Island in 2014 by police who were arresting him for selling untaxed cigarettes. These are not lynchings but they are the offspring of the forces that sustained lynching and of an unequal criminal justice system. More
    David Runciman: In the White House
    VIDEO What do you mean by God?
    Jonathan Rée learns to love the world with Spinoza’s Ethics Watch 〓
    More video
    18 September 1997
    Nuruddin Farah
    Hating Them
    15 December 2011
    Jenny Turner
    On Feminism
    6 July 2006
    Andrew O’Hagan
    In Pursuit of Michael Jackson

  9. 2018/10/15 17:51:34 知られざるアニメーション 含むアンテナおとなりページ

    10/14のツイートまとめ
    RT @geidai_ca: 東京藝術大学大学院映像研究科公開講座コンテンポラリーアニメーション入門2018/『リゾーム[根]』で第19回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞、新たな表現の可能性を求め実験的な作品を生み出し続けるボリス・ラベ監督来日!!10/28(日)…
    10-14 11:33
    2018/10/15(月) 04:07:11|

  10. 2018/10/15 07:17:27 偽日記@はてな含むアンテナおとなりページ

    2018-10-13
    後藤慶二という名前も、豊多摩刑務所の正門のこともなにも知らなかったが、下の記事写真一枚から見て取れる限りでのプロポーションの美しさだけからでも、これがよいものだということが分かるレベルで、よい建築ではないかと思う。「建築家後藤慶二代表作「豊多摩刑務所」正門が取り壊しか現在中野区意見募集中」(美術手帖)
    https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/18614
    さらに、YouTubeには現存していた頃の豊多摩刑務所映像もアップされている(長島さんのツイッター巴里辰)。「THE DOCUMENTS IN THE TOYOTAMA PRISON (豊多摩監獄)」
    https://www.youtube.com/watch?v=YhTxKX7l38k&feature=share
    これはすごいのではないか。こんなによい近代建築の実物が、昭和58年(1983年)までは東京実在していたのか。上の動画藤森照信は何度も「マッス」という言葉を使っているけど、虚としての空間の表情を、実(物)としての塊や形によって表現することのできている作品(建築に限らず)というのは、そんなにはないと思う。
    しかし、こういう建築が、寺院教会役所のようなものだけでなく、刑務所として形になるということに、社会建築との関係があらわれている(たぶん、それがぼくに「建築」に対する距離を置かせる)。陳腐妄想だが、映像を見ていて、埴谷雄高の『死霊』の着想は、ここで芽生えたのではないか、とか思った。
    83年に、閉鎖、解体。83年か……。

  11. 2018/10/14 17:54:37 読んだから書いた含むアンテナおとなりページ

    庭師 2018/10/14 09:24 久しぶり。調子はどうですか? もう13回忌とかなのか! 早いなあ。君ももう51歳か。
    庭師 2018/10/14 09:24 久しぶり。調子はどうですか? もう13回忌とかなのか! 早いなあ。君ももう51歳か。
    庭師 2018/10/14 09:24 久しぶり。調子はどうですか? もう13回忌とかなのか! 早いなあ。君ももう51歳か。

  12. 2018/10/14 16:23:07 hiroyukikojimaの日記含むアンテナおとなりページ

    2018-10-14
    読売新聞坂井豊貴さんが、拙著書評してくれました!
    16:22
    今日(10月14日)の読売新聞書評欄で、慶応大学経済学者坂井豊貴さんが、拙著宇沢弘文数学青土社書評してくれました!
    この本については、当ブログでは、新著刊行と、書店での講演会のこと - hiroyukikojima日記とか、『宇沢弘文数学』について - hiroyukikojima日記とかでエントリーしている。
    坂井さんの書評は、あまりにすばらしいので、是非とも、多くの人に読んでいただきたい。実際、坂井さんは、ツイッターで、
    多作小島先生の著作のなかでも、ひときわ入魂の一冊。私も私なりに入魂の書評
    と書いています。うん、ほんと、ぼくの入魂の本なんですよ。そして、坂井さんの書評も、偽りなく入魂。ほんとすばらしいです。
    名文なので、全文引用したくなるけど、それはルール違反だろうから、一部のみ抜粋
    最も感心したのは、次のフレーズ
    宇沢は終生、社会を支える「資本」に深い関心をもち続けた。それは前期には経済成長を複雑な経路で支えるものとして。後期には、人間の善き生存を支えるものとして。
    後期のほうは、要するに「社会的共通資本」のことを言っているんだけど、この表現はあまりに的を射ている。「人間の善き生存を支えるもの」、こんなジャスト表現は、思いつきもしなかった。
    あともう一カ所、とても嬉しかったのは、
    先日ノーベル経済学賞を受賞したポールローマ−の研究は、宇沢モデルを大きな礎とする。
    そんなんです、そうなんです。昨日は、経済学者の集まりで酒を飲んでたんだけど、みんなが口々に、「宇沢先生が生きていれば、今年、三人目として受賞したに違いない」って話してた。実際、今年の受賞は、ノードハウスローマ−。ノードハウスは、環境経済学者として温暖化問題研究した人で、ローマ−は内生的経済成長理論研究した人で、どちらも宇沢先生先駆者なんだ。だから、だから、生きてさえおられれば。。。
    その無念さを、坂井さんも共有しているような感じが、この文面からくみ取れて、嬉しかったとともに泣けてきた。
    坂井さんの書評の良いところは、情に流されず、慎重に言葉ひとつひとつ選んでいるところ。宇沢先生について語る人は、(ぼくが代表例だが)感情に流されて、大げさすぎるものになってしまう。でも、坂井さんは、経済学者節度として、ぎりぎりの表現を心掛けておられる。そこもまた、「入魂」というに相応しい。でも、ツイッター坂井さんが書いた、こういう話がめっちゃ坂井さんらしくて好きだ。
    私は学部4年生のとき、うっかり宇沢弘文自動車社会的費用』(岩波新書)を読んでしまって、自動車免許をとるのをやめてしまった。取るのがダメというのではなく、宇沢の激情が私にそれを許してくれなかった。こういう本との出会いは「交通事故」のようなものだ。
    ぼくも、宇沢さんの影響で自動車免許を持っていない(と吹聴している)が、本当は、適性がなさそうだから取らなかったのもある。
    ちなみに、ぼくも当ブログで、坂井さんの本を紹介したことがある。例えば、古風な経済学講義から脱出するために - hiroyukikojima日記とか、理系高校生に読んでほしい社会的選択理論 - hiroyukikojima日記とかだ。この期に、坂井さんの本を是非、読んでみてほしい。本当にすごい説明能力なんだから
    宇沢弘文数学 [ 小島寛之 ]
    ジャンル: 本・雑誌コミック > 人文・地歴・哲学社会 > その他
    ショップ: 楽天ブックス
    価格: 1,944円
    楽天で詳細を見る

  13. 2018/10/14 03:44:21 わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる含むアンテナおとなりページ

    よいアニメで、よい人生を『人生を変えるアニメ
    涙も笑いもときめきも、人生必要感情アニメが教えてくれる。
    べつにドラマティックに変わらなくてもいい。『ゆるキャン』観てこの冬、キャンプデビューするのもありだし、『弱ペダ』でロード買っちゃうのも変化だ。ヘコんだ気分がOPだけでUPするのもアニメの力、人生をいい風に押してくれるのは有難い。
    人生を変えるアニメ』には、そんなアニメが並んでいる。アニメ監督声優小説家評論家などが、年代ジャンルわず、本気でお勧めしてくるアニメガイドなり。
    本書は「14歳世渡り術」シリーズの一冊で、中高生に向けて「知ることは、生き延びること」というメッセージ性が込められている。『風の谷のナウシカ』『母をたずねて三千里』といった古い作品から現在放映中の最新作も入り混じっているので、わたしが読むと「あるある!」「見た見た!」「見たい見たい!」とうなづくばかりの読書となる。
    この世界の片隅に
    たとえば、斎藤環氏がお薦めする『この世界の片隅に』。彼は、劇場で7回鑑賞したという。打ち間違いではなく、同じ映画を7回観たんだって。わたしも大好きで、[たくさんの人に観てほしい。できれば、大切な人と一緒に]と綴ったが、さすがに7回はすごい。
    同じ映画を7回も観ると何が起こるのか? 映画の内容が自分記憶と入り混じり、作品の中に言い知れぬ懐かしさを覚えるようになるんだって。これすごくわかる。何度も何度も繰り返すことで、そのアニメの会話やシーンや感情音楽空気感までもが、自分人生記憶の一部になるんだよね。
    3月のライオン
    怖いことを言ってくる人もいる。[読書猿]さんだ。「14歳シリーズで、読者が中高生メインであることを想定して、「いつか嘘をつくあなたへ」というタイトルで『3月のライオン』を薦めてくる。
    劇中、主人公はある「嘘」をつく。それは絶望的な状況で、自分の居場所をつくるための嘘なのだが、その嘘が彼の人生を決定してしまう。その嘘をつき通すために、嘘を本当として努力し、嘘を守るようになる。確かにこのシーンにはぞっとしたが、読書猿さんは先回りする。
    そして、「あなた=『人生を変えるアニメ』の読者」も、生きるための嘘をつくことになると予告する。「意に添わぬ期待や約束を引き受けて、必死世界自分をつなぎとめる戦いに身を投じることになる」というのである。この件はドキッとした。これは予告だが、わたしにとっては事実からである
    わたし自身、完全に正直に生きることはできない。嘘と本当との折り合いをつけながら(ごまかしながらともいう)、あるところは糊塗し、別のところは密かに頑張ってつじつまを合わせ、なんとかやり過ごしてきた。
    読書猿さんのメッセージが、「14歳」に届くかどうか分からない。だが、これを読んだ14歳が、わたしくらいの歳になって『3月のライオン』を観たとき(読んだとき)、きっと思いだすだろう(自分人生として)。
    灰羽連盟
    三宅陽一郎氏にとっての『灰羽連盟』は、文字通り「人生を変えるアニメ」だった。その熱量は読んでるこっちにダイレクトに伝わってくる。彼は、ストーリーの完成度や独特の世界観を長々と述べるのではなく、自分人生をどういう風に変えてしまたかについて語ることで、『灰羽連盟』の魅力を伝えようとしてくる(そして、その試みは大成功している)。
    物語の後半の、ある会話のシーンで、その3分に満たない時間で、「自分にとって何かたいせつなもの」が分かる決定的な瞬間が訪れたというのだ。それは、声優の演技や脚本演出といったものを超えて届き、人生にとっての得難い価値・生きていく方向性のようなもの示唆されたように思えるほどだったという。これは観たい!
    天元突破グレンラガン
    これは、わたしのお薦め。『人生を変えるアニメ』には無いが、わたしの人生をアツい方へ変えたアニメとして全力で推したい。
    これ、子どもを寝かしつけた深夜、嫁さんとイッキに観た。笑いと悲鳴号泣がないまぜになって、座って観てたのが立っている。感情が、ボロボロに突き落とされて、掴み上げられて、想像ナナメ上どころか次元突破される。ラジカルに、心のほとばしるままに観る。ヘコんだ鼓動がみるみるうちに上昇する(OPを聴いたら今でもそうなる)。このアニメのコンセプトであり、ゴールであり、わたしが伝えたい言葉はこれだ。
    いいかシモン、忘れンな!
    お前を信じろ
    俺が信じるお前じゃねぇ
    お前が信じる俺でもねぇ
    お前が信じる、お前を信じろ
    あのとき寝かしつけられてた子が大きくなり、とーちゃんの視聴リストから一気に観てくれたのも嬉しい。「お前を信じろ」と、わたしが伝えずとも、アニメが伝えてくれるのだから
    よいアニメで、よい人生を。-4. 財政破綻後の日本

  14. 2018/10/13 18:43:13 アドホック日記そのほか含むアンテナおとなりページ

    阿呆理詰日記6265
    阿呆理詰日記6264
    2018年10月 (15)
    アフォリズム日記 (4998)
    2018/10/13
    阿呆理詰日記6265」 アフォリズム日記
    治すことはできなくても、変わることはいつでもありうる。
    0
    投稿者: φ
    詳細ページ - コメント(0) | トラックバック(0)
    2018/10/12
    阿呆理詰日記6264」 アフォリズム日記
    治せるものなら治したい病気。治るものなら治りたい障害。治らぬゆえ治りたい宿痾。治らぬなら治してみたい性癖
    0
    投稿者: φ
    詳細ページ - コメント(0) | トラックバック(0)

  15. 2018/10/13 02:25:31 ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日含むアンテナおとなりページ

    学校教育が全体に職人養成所風の思想で出来ていて、「学問」という技芸において左甚五郎育成を目指すとでもいいたげな思想で、子供の頭を訓練するという方法に見えて、それはやり方を間違えなければ、例えば数学物理を考えれば将来の研究者を育てるにはたいへん有効方法なのだけれども、それだけだと子供のほうはつらくないのか?という当海竜震笋貌佑当たる。

  16. 2018/10/12 20:59:21 革命の日の朝の屑拾い日記含むアンテナおとなりページ

    2018年 10月 12
    さえずり 10122018
    『シネ21』1175号のキム・ビョンギュ氏による相米慎二全作回顧展評。http://www.cine21.com/news/view/?mag_id=91370 「相米慎二全作展に一行も割かぬ雑誌映画雑誌といえるか」「今年韓国内のシネマテークで開かれたなかでもっと重要な企画」
    Tweet
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    # by mgcollector | 2018-10-12 18:50 | 仕事

  17. 2018/10/12 18:43:39 heuristic ways含むアンテナおとなりページ
  18. 2018/10/11 09:46:50 Living Well Is the Best Revenge含むアンテナおとなりページ

    マリオバルガスリョサ『ラ・カテドラルでの対話
    先日レヴューした「八月の光」に続いて、かつて読んだ小説を新訳によって再読する。新たに岩波文庫版として訳出されたバルガスリョサの「ラ・カテドラルでの対話である。この小説はかつて集英社世界文学の一冊として1979年に訳出され、私も大学教養時、つまり40年近く前に読んだ覚えがあるが、長く入手が困難であった。この全集ラインナップの確かさは、例えば「石蹴り遊び」「夜のみだらな鳥」そして本書のごとき、かつてこの全集に収録されていたラテンアメリカ文学の傑作が近年新しい版元から次々に再刊されていることから理解されよう。本書も通読した覚えはあるが、初読のような新鮮さとともに読み直した。手強い小説であるから「八月の光」同様、当時の私には理解できなかったかもしれない。同じ著者の小説として確か私は最初に「緑の家」、次いで本書を読み、その後も翻訳が刊行されるたびに読み継いできた。このブログにおいても彼の小説について触れた記事は多いはずだ。本書は「都会と犬ども」「緑の家」に続く長編三冊目にあたり、本書のカバーには「これまでに書いたすべての作品の中から一冊だけ、火事から救い出せるのだとしたら、私はこの作品を救い出すだろう」という著者の言葉引用されている。確かにこの小説は形式においても内容においてもそれまでの、そしてそれ以後のバルガスリョサ文学の精髄とも呼ぶべきいくつもの特性を宿していたことが今になればわかる。しかしこれから詳しく論じる通り、本書は決して読みやす小説ではないし、主題もそれに見合って重く暗鬱である
    冒頭に置かれた緒言に著者自身言葉でこの小説の背景が記されている。少し長くなるが引用する。
    1948年から1956年まで、ペルーマヌエル・アポリナリオ・オドリア将軍首班とする軍事独裁政権統治下にあった。政党公民活動が禁止され、報道検閲され、多数の政治犯と何百人もの亡命者が出た八方ふさがりの社会の中で、この8年の間に、私の世代ペルー人子どもから若者へ、若者から大人へと成長したのだった。政権は好き勝手犯罪を犯し、権力濫用していたが、それよりももっとひどかったのが、権力の中枢から発する奥深い腐敗だった。それはあらゆる部門、あらゆる組織へと広がって、生の全領域堕落させた。
    「ラ・クロニカ」という新聞社に勤めるサンティアーゴがこの小説主人公だ。青年というにはやや年老いているが、壮年というにはまだ若いサンティアーゴは「ラ・クロニカ」の社説担当するインテリである。飼っていた犬が野犬狩りの男たちに強引に拉致されたことを嘆く妻アナのために、野犬収容所に出向いたサンティアーゴは、そこで働く一人のサンボ黒人先住民の混血)に目を止める。彼の名はアンブローシア、かつてサンティアーゴの家で運転手として働いていた男であった。思いがけない再会に二人は「ラ・カテドラル」という安酒場に入って祝杯をあげ、会話を始める。このエピソードが本書のタイトルの由来であり、坊ちゃんアンブローシオという呼称の相違は二人が属す階級の違いを暗示している。サンティアーゴの父親はドンフェルミンという政界の大物であり、オドリア治下のペルーで隠然とした勢力をふるっていた。再会の喜びを祝って始まった二人の会話は、途中でサンティアーゴがアンブローシアに「間抜けのふりをするのはやめてくれ」と繰り返し、「二人で率直に、ムーサについて、父さんについて、話をしようじゃないか。彼に命令されたのか?父さんだったのか?」と執拗に問うことで一気に緊迫の度を増す。サンティアーゴの問いの意味は下巻まで読み進むと理解されるが、この小説の語りと展開は相当に錯綜している。今述べたあたりまでは、物語単線的でストーリーを追うことはさほど難しくない。しかし次第に時間話者を違えた複数物語が説明なしに連続する独特の話法が物語構成し、読者はしばしば困惑する。実は海里茲Δ箆男,バルガスリョサ特有であり、以後の小説にも認められる。以前このブログで「マイタの物語」について論じた際にも同じ問題に触れた。この小説は多くの章で構成されているが、章自体がいくつもの短い挿話の連続構成され、別々の話者の語りが地の文の中で接ぎ合わされる独特の話法に加えて新しい登場人物が一切の説明なしに登場する。読者は時に前の頁をめくって丹念に読み込まなければ、物語の中で何が進行しているか理解することが難しい。誰が語っているかを知るうえで大きな助けとなるのは、多用される相手への呼びかけである坊ちゃんという呼びかけであれば、アンブローシアからサンティアーゴへの語り、アンブローシアと呼び捨てされれば逆の語りだ。解説によるとスペイン語特にラテンアメリカで交わされるスペイン語の会話の中で相手の名前呼称を呼びかけることは、時にそれなくしては失礼と思われるほどに頻繁であるらしい。さらにサンティアーゴであればサバリータ、カルロスであればカルリートスといった親称も多用される。呼びかけと親称が文中で縦横に駆使される点もこの小説の特色である。親称の使用については、注記として早い段階で説明されるから、読者はさほど苦労なく馴染むことができようが、海里茲Δ蔽亮韻なければ読者は混乱するだろう。とりわけ冒頭の第一部においては場面の転換と親称による呼びかけが濫用されるからモダニズム文学の熟練した読み手であっても物語の流れを追うことはかなり難しい。しかしひとたびこの錯綜理解するや、逆に豊かな物語の広がりが視野に入って来る。この意味で本書は読書を試す小説であり、近作におけるバルガスリョサの語りの巧みさに慣れた読者にとっては意外な難解さを伴っているかもしれない。しかしこのブログで論じた「チボの狂宴」における三部構成、あるいは「つつましい英雄」における対位法などを思い起こすならば、バルガスリョサの形式への関心は一貫している。実は語りに関する作家小説的技巧が最も高度かつ複雑に繰り広げられているのが「ラ・カテドラルでの対話」なのである
    物語の内容に目を向けよう。サンティアーゴとアンブローシアの邂逅に始まる物語は「対話」というタイトルが示す通り、二人の会話によってエピソードが次々に召喚されるかたちで進む。ひとまずいくつかのメインストーリーを粗描することにしよう。まず一つの中心として、サンティアーゴの家庭内葛藤が挙げられる。先に述べたとおり、サンティアーゴは政界で暗然たる影響力を及ぼすドンフェルミンを父に、特権意識に毒されたソイラ夫人(なぜか彼女だけ親称で呼ばれることはない)を母に、テテとチスパスという妹と兄の四人で暮らしている。彼とドンフェルミンの関係がこの小説重要主題であることは間違いない。父と家に反発するサンティアーゴは政治活動が盛んなサン・マルコス大学入学して反抗の一端を示そうとする。サンティアーゴは入学後、ひそかに共産党活動と関わり、学友たちと政治活動を行う。しか共産党非合法化されているオドリア政権下のペルーで彼らはまもなく摘発され、サンティアーゴのみが解放される。いうまでもなくドンフェルミンが手を回したのであり、釈放後、父は息子を打擲する。この事件の後、サンティアーゴは家を出て、新聞社に職を得て、家族と距離を置いた生活を始める。あるいは独裁体制下にあって大臣に懇請されて内務局長に抜擢されたカヨ・ベルムーデスという男の物語いかがわしい出自をもち、チンチャという街に逼塞していたベルムーデスは昔なじみの大臣からドリア政権下で内務局長なる一種の秘密警察トップに据えられるや、反体制派や学生たちに徹底的な弾圧を加え、政敵を一掃して腐敗した権力を握る。サンティアーゴの解放に際しても彼はドンフェルミンに隠微恫喝を加える。一方でベルムーデスは愛人に豪勢な邸宅を与え、彼女同性愛を含む放埓な生活を送っている。あるいはアンブローシアについてはどうか。アンブローシアもまた数奇な人生をたどる。彼はドンフェルミンとカヨ・ベルムーデスという二人の権力者に運転手として仕え、ベルムーデスの指示に従って後ろ暗い仕事に携わった後、やはりドンフェルミンのもとで女中として働いていたアマーリアと関係し、乳飲み子の娘とともにプカルパという町に出奔する。アマーリアといえば、ドンフェルミンの家を追われた後、ベルムーデスの愛人の家に女中として住み込み、オルテンシアという愛人の無軌道生活、その栄華と没落を見届けることになる。
    今、私はこの小説を織りなすいくつかのエピソードを紹介した。もちろん文庫本はい上下合わせて1200頁近いこの長大小説にはほかにもいくつものエピソードが書き込まれているし、私はあえてこの小説の鍵となるエピソードのいくつかについては語らずにいる。そして今要約したエピソードについても、実は簡単に読み取れるものではない。これらのエピソード相互に極めて複雑に絡み合って、なかなかその全貌を把握することができない。一つには先に触れた語りの問題だ。サンティアーゴとアンブローシア、時にサンティアーゴとカルリートスの対話として成立する物語は、誰が何を語っているのか判然としない場合が多い。訳者はこの点について解説の中で分析を加えている。詳細については解説に譲るが、訳者によれば本書で多用される自由間接話法は語りの主体不明確にする効果があるという。冒頭の「《ラ・クロニカ》新聞社の入口からサンティアーゴは、タクナ通りを何の愛情もなく眺めやる」という一文からは全能の話者の語りが予想されるかもしれない。しかしこの小説

  19. 2018/10/10 22:25:53 この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ含むアンテナおとなりページ

    ようやく『熱帯』という悪夢迷宮から脱出して、少しはノンビリできるかと思っていたが、『熱帯』を書いている間「知らんぷり」してきた幾つもの用件が押し寄せてきて登美彦氏を取りかこんでいる。なんだかずっと慌ただしさななのである
    責任者はどこか。
    先日、森見登美彦氏は狸谷山不動院を訪ねてトークイベントを行った。「護摩祈祷」によって始まるという不思議イベントで、たいへん貴重な経験であった。狸谷山不動院の皆様、売店の皆様、そして長い石段をのぼってご参加いただいた皆様に御礼を申し上げます
    ところで登美彦氏は、「数学者」という存在に昔から憧れてきた。「小説家」とは「すごく近いような」「とても遠いような」不思議距離感があるからにちがいない。『永遠についての証明』を読んでいると、なんだかそういうカッコイイ「数学者」を疑似体験しているような気持ちになれて嬉しいのである

  20. 2018/10/10 03:28:50 安藤日記含むアンテナおとなりページ

    カルチャーとか、世の中におこりつつ変化とかしらないと
    本当に役に立つサービス

  21. 2018/10/07 23:36:17 東京猫の散歩と昼寝   含むアンテナおとなりページ

    台風クラブ』公開の1985年に、台風映画は1つだけだったが、2016年の『海よりもまだ深く』で、台風映画は2つになった。そう仮定すると、これはつまり日本映画戦後も長くなったが、まだ大して長くない、ということなんだろうか?
    そうだ、『海よりもまだ深く』は、台風映画であり、テレサ・テンの歌の映画でもあるが、「団地映画」でもある。そこに気づかないでどうする。団地映画で私が思い出すのは、川島雄三『しとやかな獣』、あとジブリ映画の『耳をすませば』。ああ『家族ゲーム』も団地か。

  22. 2018/10/06 10:52:18 ララビアータ含むアンテナおとなりページ

    私のように、この選挙をもともと悲観視していた人も多いだろう。これまでにも、大かたの希望は無残に裏切られてきたかである

  23. 2018/10/06 06:50:45 小林恭子の英国メディア・ウオッチ含むアンテナおとなりページ

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    # by polimediauk | 2018

  24. 2018/10/04 21:15:44 憂愁書架含むアンテナおとなりページ

    2018年10月 4日 (木)
    マーティン・ジェイ『暴力の屈折』(1)
    暴力の屈折』(岩波書店・谷徹、谷優訳)は2004年の刊行で、まさに旧刊案内というにふさわしい本の紹介ですが、当時も今も、さして書評に上らなかったと記憶しています。それは「記憶視覚力学」という副題の曖昧さにもあるのですが、著者が近年追求している視覚というテーマが、すでに何人もが手をつけている余りに言及されやすファクターでもあるからです。しかし、このエッセイ集に集められている論稿はそれなりに面白い。著者のマーティン・ジェイはスチュアート・ヒューズの弟子筋にあたるアメリカ思想史家で、各エッセイとも夥しい引用にあふれているのですが、私は、実を言うと、本の名前人名がたくさん出てくる書物が好きなのです。40年も前になりますが、渋谷ブルックボンド・ティーショップの隣にあった紀伊国屋書店で、私は乏しい財布の中身をはたいてマーティン・ジェイの『弁証法想像力』(みすず書房荒川幾男訳)を買って、ダージリン紅茶が冷めるのを気にせずに、それこそ貪るように読みました。様々な人生の曲折にもかかわらず、その本がまだ私の書棚にあるのは驚くべきことでしょう。
    さて、『暴力の屈折』の原題は Réfractions of Violence で、これはジョルジュ・ソレル
    flexions sur la Violence暴力についての考察』を巧みにもじっています
    目次は以下の通りです。
    第1章 慰めはいらない
    ベンヤミンと弔いの拒否
    第2章 父と子
    (レームツマとフランクフルト学派
    第3章 ホロコーストはいつ終わったのか
    歴史的客観性について)
    第4章 恩知らずの死者たち
    第5章 バラ(ローズ)の回心
    第6章 ユニコーン殺人犯との文通
    第7章 正義盲目でなくてはならないのか
    (法とイメージの挑戦)
    第8章 難破船へ潜る
    世紀末美的スペクトラム見物)
    第9章 天文学的な事後見
    (光の速度と現実バーチャル化)
    10章 光州
    虐殺からビエンナーレへ)
    11宗教的暴力の逆説
    12章 恐怖のシンメトリー
    9・11左翼の苦悩)
    なお、原書からは「ジョン・デューイ現代のボディアート」など四篇が割愛されています
    ここでは記事を何回かに分けて、(1)では導入として「難破船へ潜る」を取り上げ、順次(とくにベンヤミンについて)、暇な時に書き継いで行こうと思います
    『難破船へ潜る』は、映画タイタニック』の冒頭の数分の描写で始まります1985年に、タイタニックの残骸が発見され、ロボット式の潜水カメラが、海底北欧觧望綺蚤腓料イ量技瓦併僂魃任圭します。ちょうど、平穏日常生活のただ中で死んだポンペイ遺跡ローマ人のように、そこには、豪奢な舞踏会やディナーや調度品に囲まれた乗客の華やかな船上生活が、一夜の暗転によって永遠の眠りにつく瞬間が残されているのです。いや、そこに埋められたのは、また、
    かなわぬ恋であり、悲劇に終わった二人の青春物語でもあります
    しかし、この映画の背景にある基調は、観るものに「正義が乱暴に果たされた」という納得感を与えることにある、とジェイは書いています。人は、水に浮かぶ船を「不沈」と呼ぶほどに傲慢であった、当時の最新のテクノロジーが、むき出しの自然象徴である氷山にかすっただけで海の藻屑に消えた、つまり、海底の墓北欧辰討い襪里蓮∩ヂ里篁犲圓任呂覆、人々の傲慢さの残骸であった、というのです。
    ジェイは、ここで、ハンス・ブルーメンベルクの『難破船』(1989・哲学書房)を引用し、古代ギリシア以来、陸地から離れること自体危険で向こう見ずな企てだった、と書いていますブルーメンベルクによれば、古代ギリシア人にとって、すべての難破船は、物事の秩序に挑戦を投げかけ、そしてその代償を受けることの証明だったと言うのです。天空に舞い上がり墜落死したイカロスのように、大地の絶対不敗性のタブーを犯し真祐運命は、ギリシア人にとって、あえて危険に飛び込む大胆不敵な人間メタファーとなっていたのです。
    ところで、遠くの陸地からその光景を眺める見物人はどうなのでしょう。実はここに、ブルーメンベルクとジェイの主要な観点があるのです。ブルーメンベルクは、まずローマ詩人ルクレティウス引用し、優れた知恵の高みから自然を見つめることのできる賢者の「安全性」について満足の気持ちを表明します。懐疑家モンテーニュは、陸地にとどまる人間が味わう快感危険なことに足を踏み入れない)について言及し、「彼は、自分無用であるという性質のおかげで生き残る。つまり、見物人であるという能力によって生き残るのである」と書いています。もう一つ啓蒙主義ヴォルテールの例を挙げておきましょう。彼によれば、見物人は何の意味ある存在でもなく、たとえ難破しても、進歩のために安全な港を離れる航海者に劣る存在だと言うのです。
    ブルーメンベルクによれば、これに対して、重要視点の置換えが、最初パスカルによって、次にニーチェによって本格的になされた、ということです。それによれば、港の安全性も、乾いた陸地で見物しているという信念も欺瞞的な幻想にすぎない、生存しているということはまさに、人生という海の旅にすでに船出しているということなので、そこでは、救出されるか沈没するか以外の結末はありえず、それゆえ、そもそも不参加はありえない、というのです。人生は、ジェリコーの「メデューズ号の筏」のごとく、決して迎えに来ない(あるいは、犠牲者ほとんどにとって手遅れになってからしか来ない)船に向かって無駄に手を振り続けるようなものなのです。パスカルは、海里海箸鯤未メタファーで、つまり、生きるとは、神の存在を確実に知らないまま賭けに出るようなものだ、という有名なメタファーの下支えに使っています海竜掴世蓮現代ではさら重要になって、哲学科学も、処って立つ確かな存在論根拠価値論的根拠もないのだ、という懐疑論にまで行き着くのです。
    してみると、優れた芸術作品とは、ある意味で見物人と難破船の区別に不信を抱き、われわれは好もうと好まざると、荒れ狂う海に船出してしまっている、という体験を与えようとするものではないでしょうか。マーティン・ジェイは、その一例として、アドリエンヌ・リッチ1972年の有名な詩、まさにこの章の表題となった「難破船へ潜る」を引用していますリッチは、その詩の冒頭で、自分は水に飛び込むための装備を身につける前に、まず神話の本を読んだ、と書いています
    わたしは難破船を調べにきた
    言葉目的を確かめ
    言葉場所を確かめ
    その損害を 散乱する宝物を調べに
    やってきた
    ランプの光で ゆっくり
    魚や海草よりも
    長く生きているものの脇腹を
    やさしく撫でてあげる
    わたしがここに来たのは
    この難破船のため その物語のためでもない
    その神話のためでもない
    語り手は、黒い潜水服を着た両性具有の人魚に姿を変え、船倉に潜り込んで犠牲者と一体化します。
    わたしは女 わたしは男
    その顔は 目を見ひらいたまま眠る 溺死者の顔
    (中略)
    わたしたち 今では こわれかかった道具と同じ
    水につかった丸太
    狂った羅針盤
    わたしたちは わたしは あなた
    臆病だから 勇気があるから
    ここへ戻ってくる道を
    見つけるだろう
    ナイフカメラ
    神話の本を持ち
    でも そこに
    わたしたちの名前はない
    廃れるべき時代遅れ神話とは、父権制社会神話女性名前が書かれない書物〓のことであり、難破船とは伝統ジェンダー関係の残骸のことであり、実は、「難破船へ潜る」はフェミニストマニフェストとして理解される、というのです。この詩の優れているところは、フェミニズムの枠を超えて、人間一般の哀しみにまで降りていることでしょう。
    16時45分 文化芸術 | 固定リンク| コメント (0)
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    マーティン・ジェイ『暴力の屈折』(1)
    2018年10月

  25. 2018/10/04 10:13:50 マガジン航[k〓〓]含むアンテナおとなりページ

    〈往復書簡:創作批評編集あいだで〉
    まりにも「小説」が足りない
    2018年10月4日
    posted by 藤谷 治
    第4信(藤谷治から仲俣暁生へ)
    仲俣暁生
    今年の九月は、雨の降らなかった日が二日しかなかったと、テレビ気象予報士がいっていました。洗濯物は乾かず、出かけるのも億劫です。
    それなら家にいて仕事がはかどるかというと、そういうこともありません。照ろうが降ろうが、書けないときは書けないもので、ワープロを開いたパソコンの前でひねもすサクサしています。この往復書簡があって助かります。思うことをただ書いているだけでも、気が晴れますから
    しかパソコンワープロからインターネットブラウザに切り替えると、もういけません。スポーツ業界でのパワハラ文芸業界でのセクハラ芸能人引退や死。近頃のネットで見かけるニュースには、ろくなものがない。大阪なおみが全米オープンテニスで優勝したと思ったら、受賞後のインタビューでは泣きながら謝罪している始末です。今年はまだあと三か月も残っていますが、僕は「今年の漢字は『膿』がいい」と、SNSに書き込んでしまったくらいです。
    新潮45」の休刊も、膿を出したうちに含まれるのでしょうか。新潮社雑誌に書けることを名誉に感じ、身を入れて原稿を出していた人たちが気の毒です。
    もちろん僕の同情は、差別的言辞を弄した人や、そんな言辞を許した編集者には向けられません。言葉は、個人がおおやけに向けて発するものです。例外は「公文書」だけでしょう。差別助長する人間や、その人間言葉を公表し真祐批判するべきです。雑誌差別的言葉掲載されて、その雑誌継続を瞬時に止めてしまうのは、犯罪者の住む町を丸ごと焼き払ってしまうのも同然です。現実の町で同じような処置をしたとしたら、世界に生き残れる町はどれくらいあるでしょう。
    個人の言葉雑誌によっておおやけに向けられるのには、必ず編集者仲介と助力が必要になるのです。言葉を換えれば、個人は編集者判断がなければ、ひと文字だって商業出版から言葉を発することはできないのです。
    仲俣さんは海里笋蠅箸蠅髻作家編集者意見交換の場と考えていたようです。前の手紙で早くもその考えからズレたものを送ってしまって、失礼しました。僕は仲俣さんを編集者と思ったことは殆どないのです。ちなみに文芸批評家か、それとも文芸評論家か、という違いに対しても、僕は鈍感でした。これからは「文芸評論家」で通すことにします。
    そして――これはクレームでは全くないのですが――僕はなるべく自分肩書を「作家」ではなく「小説家」として貰うことにしています。「作家」というと、小説よりももっと広く、さまざまな言論活動をする人間のように思えるからです。実際問題として、僕の仕事が九割がた小説を書くことだからでもありますが、それ以上に、小説という言葉運動重要性と可能性を、僕が異常なまでに、おそらく、殆ど宗教的なまでに、信じて疑わないからです。
    小説ほどエラい言語表現はないんだぞ、と思い込んでいるようなもので、この一点だけでも僕は、言論についてまともに人と話し合う資格がない幼稚な人間だと思われても仕方がないでしょう。自分小説がこの「信仰」に見合う立派なものとも思えません。
    ただ、「新潮45」の騒動や、ネットで行き交う言葉を見ていると、そこにはあまりにも「小説」が足りない、と思うのです。
    ネット言葉に「編集」がないことは、誰もが知っています。また「新潮45」の短兵急な休刊が、いわば編集部の逃避、ないしは経営側による「編集」の放擲であることも、仲俣さんを含む多くの識者が指摘していることでしょう。
    ネット時代となって爆発的に生じるようになった、言葉による奇禍、いわば文字による舌禍が、「公表される言葉」の量に対する「編集」の圧倒的な不足に起因することは、誰もが知っていることです。「編集」という言葉を使っているかどうかの違いがあるだけで、この問題を憂うる人は、そろって「編集の不在」を危惧しているといえるでしょう。
    僕は同じ問題に、編集と同じくらい「小説の不在」を感じるのです。小説視野とか、小説思考と言い換えた方がいいのかもしれませんが、小説視野思考が、氾濫している「編集を介さないで公表される言葉」のなかで欠落しているのは、小説のもの言葉を発する個人個人に、あまりにも届いていないからでしょう。いわゆるSNSなどの「ネット上に氾濫する言葉」だけでなく、今や小説は、小説を書いている個人にも届いていないのではないかと、僕は考えています
    小説を知らずに小説を書く人間は、ネット時代の前から少なくありませんでした。言葉を書く人間にとって小説というのは、受け入れるのが非常に難しい文章群なのでしょう。小説を受け入れないまま小説を書くことは容易ですし、それが「優れた小説」と見なされることすらあるでしょう。これは公開書簡ですから、僕が小説をどんなものと考えているかは、拙著小説は君のためにある』(ちくまプリマ新書)を是非お読みくださいと、ここで宣伝を入れておきます(仲俣さんもこの書名を手紙に入れ込んでくださいました。感謝いたします)。
    しか小説本来内部に持っている多様性多義性が、これほどまでに必要とされている時代は、かつてなかったと思います。それは単に、かつてと比べて今はインターネット言論(というほどではないのかもしれません。話題、といった程度なのかもしれませんが)の主流になっているから、現代の中にいる僕にそう見えるだけでしょうか。ネットに氾濫するだけでなく、現実世界にも少なくない影響を与える言葉たちの、その単純さと膨大さ、匿名性に庇護された「文責」の稀薄さを見るにつけ、おこがましいのは承知の上で、僕は自分もまたできる限り「啓蒙」をしなければならないと思うのです。
    特殊文芸」の隆盛と「文豪」へのアクセスの良さによって、「一般文芸」が看過されている、という分析は興味深かったです。僕は自分仕事の位置をそう捉えたことはありませんでしたし、「特殊文芸」についても知るところは少ないのですが、それでもあの分析は実感できるものでした。
    (余談ですが、僕は自分が書く小説ジャンルについては意識しますが、それはいわば戦略的意識です。たとえば『茅原家の兄妹』(講談社)という小説は、ジャンルとしては恐らく「ホラー小説」です。しかし書くにあたって意識したのは、ヘンリー・ジェイムズ夏目漱石でした。同じ意識純文学を書くことはありません。小説を書く側から純文学とは、砂漠か原生林のような場所でなければならないと考えていますから。)
    円本に象徴されるような「当時の「現代文学明治大正文学)」にパースペクティブを与え、序列化する営み」が、現代文学にもそろそろ必要になってきたのではないかという御指摘も、まったくその通りでしょう。文学に限らず、平成にはまだ形がありません。たとえそれが、どんなに僕たちを逡巡、躊躇させるとしても、恐らく「平成の総括」は避けられない知的課題であると思います。「平成という時間の括りには意味がない。実感もない」という、僕たち自身の中にもすでにある批判や「空気」をあらかじめ見越しての総括が。そのうちの「平成文学」を、せめて仮説としてでも提出しなければ、僕たちは――実に気恥ずかしい表現ですが――文学者として最低限の歴史的貢献を怠ることにもなりかねません。
    そしてそれは、まさに「編集」の力によるのではないですか。仲俣さんのいう「『体系』をつくる仕事」とは、まさに編集のものでしょう。編集者であり文芸評論家である仲俣さんが当惑しているようでは、小説家の僕など途方に暮れるばかりです。
    しかしもしかしたら、小説の実作とその上梓という、編集者との共同作業から、僕にも経験的に考えられることがあるかもしれません。仲俣さんの次の手紙を待ちながら、少し考えてみます。今回はもう、ずいぶん長い便りになってしまいました。
    (第1信|第2信|第3信|第5信につづく)-出版世界が激変しつつあるいま、孤独モノローグだけではなく、さまざまなダイアローグ、つまり言葉キャッチボール〉がもっともっと必要だと私は思う。これらの〈対話的〉な活動に関心をもち、参加していただけることを期待する。

  26. 2018/10/03 06:23:43 nuhsnuhの日記含むアンテナおとなりページ

    ニュースを一つ。そしてそれに関して、私見を思い付くままに記してみます*1。
    *1:2018年10月2日追記。前回の日記で、次回の日記の内容は、基本的論理規則採用できないものならば、研究上、いかなる影響が出てくるのかについて述べるつもりです、と記しました。しかしそれを述べる準備ができていません。永遠にできないかもしれません。とりあえず今回は別の話題を取り上げました。どうもすみません。追記終わり。

  27. 2018/10/02 14:50:57 散歩の思考 : SwingBooks.jp含むアンテナおとなりページ

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  28. 2018/09/28 21:17:07 内田樹の研究室含むアンテナおとなりページ

    夏時間について
    8月末に「サンデー毎日」に夏時間についての原稿を寄せた。 今朝の毎日新聞によると、さいわい五輪前の夏時間導入は各界からの...
    2018-09-28 vendredi
    編集者への手紙(その2)
    おはようございます内田樹です。 メールありがとうございます。 こんどの事件きっかけになって、編集者たちが自分たちの出...
    2018-09-28 vendredi

  29. 2018/09/28 12:45:56 traveling with the ghost含むアンテナおとなりページ

    コレクション

  30. 2018/09/27 23:48:15 UEDA,kazuhiko 上田和彦含むアンテナおとなりページ

    2018-09-27
    ■[exhibition]観念抽象
    本日より、「観念抽象」展、無事に始まりました。
    絵画映像インスタレーションを含む、充実した展示になったと思います
    ご高覧、よろしくお願い致します。
    また、本犬吠擦擦展覧会と同名のテキストを書きました。
    こちらは、私が本企画展テーマを構想したときに考えていた内容を理論化した論考であり、今回の展示の内容とは直接的には関係していません。
    ジョージバークリの物質否定論をヒントに、観念絵画イメージとの関係から抽象的な精神の場が発生する萌芽へと触れ得るような序説的内容です。
    仕様はA4版、8ページ、モノクロ印刷限定100部、500円(1部)です。
    会場にて、販売しておりますので、是非お手に取ってみてください。
    企画 上田和彦 ・出展 鈴木雅子観念抽象
    2018年 9月27日(木) -10月14日(日)
    開廊 : 木 金 土 日 12:00 -19:00 / 閉廊 : 月 火 水
    上田 x 鈴木 トーク: 10月6日(土) 17:00 R11; (無料、予約不要、定員15名程度)、懇親会 : 10月6日(土) 19:00 R11; (500円)
    土日画廊東京都中野区上高田3-15-2
    TEL/FAX 03-5343-1842
    http://donichigaroh.com/
    西武新宿線新井薬師前」より徒歩5分
    JR東西線中野北口バス (7分)で「新井薬師駅」下車
    JR大江戸線東中野」/東西線落合から徒歩15分
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  31. 2018/09/27 09:30:59 flapjackのbookmarks含むアンテナおとなりページ
  32. 2018/09/26 11:46:41 極東ブログ含むアンテナおとなりページ

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  33. 2018/09/24 21:35:07 株式会社ミシマ社のblog含むアンテナおとなりページ

    * 下記、すでに募集を終えております。ご応募いただきありがとうございました。

  34. 2018/09/24 10:16:23 僕が線を引いて読んだ所 含むアンテナおとなりページ

    2018年09月24日 受験英語実用英語
    完全独学! 無敵の英語勉強法 (ちくまプリマー新書)
    作者: 横山雅彦
    出版社/メーカー: 筑摩書房
    発売日: 2015/11/05
    メディア: 新書
    大学を受け直そうというわけではないが、高校生向けに書かれた『完全独学! 無敵の英語勉強法』という本を読んだ。
    大学受験の頃の英語力が、その後どんどん落ちていくのはもったいないと思いつつも、英語を本気で勉強する必要に迫られることなく、40年以上も経ってしまった。逆に少しずつでも勉強していれば、今頃は相当な英語力が身についていたかもしれないのに。
    英語を使えなくて困ったという経験はないのに、英語が気になっているのには、理由がある。一つは自分英語が話せないために、消極的になってしまっている場面があるのではないか、英語を聞き取ったり話したりする力がつけば、もっと世界が広がるのではないかという思いがあること。もう一つは、純粋語学面白いということだ。大学受験英語をいやいや勉強したという記憶はない。
    からこんな本に惹きつけられる。何も高校生向けの本を選ばなくても、オトナのために書かれた英語の本はいくらでもあるのだろうけれど、「受験英語こそ、日本人にとっての正しい英語修得への唯一最短の道」だという主旨で書かれたこの本は、受験生だけに読ませておくのはもったいないのだ。
    この先一番役に立つだろうと思ったのは、英語文章が「森のロジック三角ロジック」と呼ぶべき論理構造で支えられているということ、文章構成するひとつひとつ英文には、「木のロジック(そのカギが5文型)」が働いているということだ。これについては、同じ著者による『高校生のための論理思考トレーニング』(ちくま新書)に詳しいそうなので、ぜひ読んでみたい。
    もし、高校生だった僕がこの本を読んでいたら、もっと受験勉強の能率が上がったかもしれないし、大学受験が終わっても英語勉強を地道に続けていたかもしれない。「ちくまプリマー新書」のある今の高校生がうらやましい。
    ツイートする
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  35. 2018/09/24 04:34:18 Übungsplatz〔練習場〕含むアンテナおとなりページ

    2018-10-11
    2018年10月11日(木)〜12月13日(木)[全10回]+補講

  36. 2018/09/21 00:08:26 News含むアンテナおとなりページ

    表象文化基礎論シラバス改訂
    田中純 (2018年9月2017:56)
    Tweet
    10月1日開講の表象文化基礎論について、「授業の目標概要」を次のように改訂します。
    ジョルジョ・アガンベン『事物のしるし──方法について』、カルロ・ギンズブルク神話寓意徴候』所収の「徴候──推論的パラダイムの根源」などを手がかりとして、表象文化論の「方法」について考察する。詳しくは初回授業時に説明する。参考文献もその際にリストを配付する。
    表象文化基礎論シラバス改訂
    2018年9月 (4)
    Essays (160)

  37. 2018/09/17 07:23:28 闇とスピノザとアインシュタインと そののち遺書含むアンテナおとなりページ

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  38. 2018/09/14 11:54:58 qfwfqの水に流して Una pietra sopra含むアンテナおとなりページ

    ここで、訳文を離れて小説プロットとして考えてみるとどうだろう。ハンスとインゲが恋人同士、あるいは夫婦としてトニオの前に現れたとしたら……。おそらく、ふたりを見るトニオの目もまた違ってきただろう。かつて愛したふたりが目の前で仲睦まじくしている。かつての「憂鬱嫉妬」は、別種の嫉妬にとってかわり、「あのときと同じような幸せ」は感じられなかったかもしれない。小説構成力点バランス微妙にかわってきただろう。「ハンスとインゲ」に思いがけず遭遇したトニオは、おそらくすぐにかれらが別人だとわかったにちがいない。きわめて似ているけれど、別人であるからこそかつて愛したハンスとインゲのおもかげを重ね合わせて、当時の真情――「憧憬があり、憂鬱嫉妬と、少しばかりの軽蔑と、純真のもの幸福があった」――がありありとよみがえるのだ。

  39. 2018/09/12 09:45:59 生存適者日記含むアンテナおとなりページ

    スマートフォン用の表示で見る
    *1:上記のように神経への刺激や炎症で血液脳関門機能低下します。つまりワクチンアジュバントによる炎症や痛みがそのきっかけとなる可能性もあるでしょう。
    *2:ちなみに岩永記事ではHPVワクチンの投与量が過剰とも主張していますが、動物実験場合人間との単純な体重比で計算するのは間違いです。動物等価用量でみれば、問題のない量といえますhttps://twitter.com/seki_yo/status/999579645543510017 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4804402/ https://www.nature.com/articles/srep46971#comment-3902836005
    *3:村中璃子氏の問題については神経内科医の方のこちらのブログに詳しい https://marugametorao.wordpress.com/
    sivad 2018-05-24 00:00
    HPVワクチン副反応マウスモデル論文の不当な撤回問題について
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    さて前回のエントリでもfF8;いたように、福島県甲状腺調査での小児甲状腺がんは多発が明らかになりました。
    http://seer.cancer.gov/csr/1975_2012/browse_csr.php?sectionSEL=26&pageSEL=sect_26_table.06.html
    先日fF8;いたように福島甲状腺検査におけるプロトコルはすでに考えられる最大限まで過剰診断・過剰治療配慮した形になっており、それでもこれだけの小児甲状腺がんが出ているという状況をよく考えるべきです。
    sivad 2015-07-08 00:00
    長瀧氏やWelchといった過剰診断論者はどこがおかしいのか〜世界韓国甲状腺がんの増加に関して〜
    Tweet
    広告非表示にする
    もっと読む
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    さて、先日の第19回「県民健康調査検討委員会記者会見では甲状腺がん悪性ないし悪性疑いの人数が平成26年度の本格調査では15人、先行調査では 112人、計127人(良性1例、F4E;分化がん3例含む)*1になったことが明らかになりました。
    Thyroid nodules &-つまり、『放射線被曝歴がある場合には5mm以上の結節は生検すべき

  40. 2018/09/11 09:17:08 rgb400の日記含むアンテナおとなりページ

    2018-09-11
    はてなBlogに移行しま
    全然更新こそしていませんが 何かの時に使うかもしれないので
    はてなBlogに移行中です。
    アドレス
    rgb400's diary
    となります
    現在移行中ですが 古くてデータが多いためか一向に進みません。
    まあ、こちらも残るそうなので ぼちぼちで
    更新は基本 はてなBlog新規投稿は移行します。
    ツイートする
    コメントを書く
    トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rgb400/20180911

  41. 2018/09/10 21:41:10 Self-Reference ENGINE含むアンテナおとなりページ

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  42. 2018/09/07 06:55:31 EXPLORE MONOGAMY BLOG含むアンテナおとなりページ
  43. 2018/09/05 06:08:10 Close to the Wall含むアンテナおとなりページ

    未來社のPR誌 季刊「未来」で後藤明生論を連載

  44. 2018/09/03 04:38:02 ひびのこと含むアンテナおとなりページ
  45. 2018/08/30 19:23:51 okaz ; catch up later !含むアンテナおとなりページ

    はてなダイアリーながいことありがとう
    サービス終了するそうなので、はてなブログ移設しま
    http://rokaz.hatenadiary.jp/

  46. 2018/08/27 04:11:49 粉川哲夫の雑日記含むアンテナおとなりページ

    ガンエフェクト 納富貴久男」を見た(2005年10月25日
    イタリ

  47. 2018/08/03 13:58:08 every japanese woman cooks her own curry含むアンテナおとなりページ
  48. 2018/07/15 12:34:56 明るい部屋:映画についての覚書含むアンテナおとなりページ

    2018-07-15
    ■[映画]ナチス映画を見る――ハンス・シュタインホフ『ヒトラー青年』についての覚書
    ハンス・シュタインホフ『ヒトラー青年』(Hitlerjunge Quex, 1933) ★★★
    ルベルト・ノルクスという名前を聞いてすぐに誰だか分かる人は、ドイツ史の専門家でもない限りそう多くはないだろう。1932年1月24日ベルリンで、いわゆるヒトラーユーゲントナチス党内の青少年組織)の一員だった若干15歳の少年が、ナチ党ポスターを張っていた際に共産主義者に刺殺されるという事件が起きる。その少年のこそがヘルベルト・ノルクスである。当時、ヒトラーユーゲント指導していたバルドゥール・フォン・シーラッハと、ナチ宣伝ゲッベルスは、すぐさまこの少年英雄祭り上げ、彼の死をナチプロパガンダに利用した。事件の二日後には、ゲッベルスは、自ら創刊したナチス機関紙「アングリフ」に、この殉教した少年に捧げる一文を掲載しているのだが、この文章がなかなか恐ろしい。ゲッベルスは、刺された上に頭を踏みつけられて殺された少年の、虚空を見つめるうつろ眼差しから語り起こし、その壮絶な死に様をほとんどサディスティック描写してゆく。すると突然、「やつらが僕を殺した」と、死んだ少年独白を始めるのである少年は、自らが惨殺される瞬間を生々しく描写してゆくのだが、怖いのはその最後の部分だ。自分の死の瞬間を一通り語り終わると、少年は(というか、ゲッベルスは)次のよう言葉を結ぶのだ。
    「これはドイツで起きた。西欧文明の一員であると主張しているこの国で。しかもそれは、まだ子である僕が、祖国のために尽くそうとしたというただそれだけの理由からだった……。僕こそはドイツだ」
    ゲッベルスは、この少年殉教者に仕立て上げ、英雄として永遠化することで、彼の中にナチス・ドイツ未来を永劫化してみせたのである
    この年、ノルクス少年モデルにして書かれた小説、『Hitlerjunge Quex』が発行された。そしてナチスがついに権力を掌握する翌年の33年にはもう、この本はウーファ製作、ハンス・シュタインホフ監督映画化されている。タイトル原作と同じ「Hitlerjunge Quex」(「ヒトラー・ユーゲント Quex」)だった。日本では「ヒトラー青年」(あるいは「ヒトラー青年クヴェックス」)のタイトル巴里蕕譴討い襦
    第一次大戦敗戦による法外な賠償金や、それに続く大恐慌によって貧困に喘いでいたドイツがこの映画舞台だ。貧しさから盗みをはたらいた男を捕まえた店主に、野次馬たちが「悪いのは、働いても、働いても暮らしが楽にならないこの世の中だ」と囃し立て、やがて暴動が起きて警察が出動するにまでに至るところから映画は始まる。群衆扇動していたのは一人の共産主義者であったことがあとになってわかる。この共産主義者は、最初こそ、海里茲Δ一見民衆の側に立って活動するものとして登場するが、やがて次第に、目的のためには手段を選ばない悪意に満ちた卑劣人間としてその本性を顕にしてゆき、結果的主人公少年をしに至らせることになるだろう。
    このナチス初期のプロパガンダ映画においては、ユダヤ人存在ほとんど問題とされていない。多くの作品を見たわけではないので断言はできないが、この時代ナチプロパガンダ映画においては、ユダヤ主義が問題とされることはまだあまりなかったと言われる*1。いずれにせよ、この映画ナチス党に対立する存在は、あくまでも共産主義者たちである
    印象的な場面が一つある。冒頭に登場した共産主義者の男は、主人公少年共産主義に引っ張り込もうと企んで、彼をコミュニストたちのキャンプに連れてゆく。しかし、少年は、浮かれ騒いで、粗野な冗談を言って彼をからかうコミュニストたちの集団に居心地の悪さを覚え、ひとりでフラフラと林の中を歩きまわり始める。すると突然、眼下に開けた空き地が現れ、そこでナチス若い党員たちがキャンプをしているのを垣間見る。コミュニストたちと対照的に、規律正しく、健康的なナチ党員たちの姿に少年はたちまち魅了される……。
    少年は家に帰り、ナチス党員たちが歌っていた唄を口ずさんでいるところを父親に見つけられて、激しく殴打される。少年の父親はコミュニストであるが、かれもまた、貧しいなかでなんとかやりくりしている妻に大声でわめき散らして無理やり酒代を出させようとする、アルコール中毒のみすぼらしい人間として描かれている。
    一方で、この映画に描かれるナチ党員たちは、祖国ドイツのために真摯に努めるものたちであり、ドイツではなく他国(〈インターナショナル〉)ばかりを見ているコミュニストたちと絶えず対比される(「イギリスビールドイツビールがあったならどちらを飲む?」)。そして、この映画の中では、ことを成就するために暴力を使うのはいつも共産主義者たちであり、その暴力犠牲となるのはナチ党員たちのほうなのである
    こうやって書くと、とてもわかりやす陳腐プロパガンダ映画のように思えるかもしれないが、作品を見た印象はぜんぜん違う。決して押し付けがましい映画ではなく、むしろプロパガンダ映画であることを時々忘れてしまうほど、ときに繊細に見事に作り上げられている映画である
    しかに、共産主義者たちを貶めることによってナチスを高揚するという姿勢においてこの映画はまぎれもなくプロパガンダ映画であると言ってよい(もっとも、それは、『戦艦ポチョムキン』がプロパガンダ映画であるのと同じ意味しかない。実際、この映画エイゼンシュテインのこの作品に対抗する形で、それを参考にしつつ作られたと言われる)。しかし一方で、この映画には何とも言えない曖昧さが最後までつきまとう。作者たちの意図ナチスの高揚であったにしても、観客は、この映画にはそれとは別の意味があるのではないかというモヤモヤとした気持ちを拭い去れない。この映画ナチスドイツのために犠牲となった少年を通じてナチを高揚した作品などではなく、コミュニズムがなんたるかもファシズムがなんたるかもわかっていない愚かな少年が、歴史翻弄されて無意味に死んでく姿を描いた映画ではないのか? その時この映画は、例えば『ドイツ零年』のような作品に近づくと言っていいだろう。
    この映画ナチスによって強力に推薦され、学校の子供たちが課外授業で映画館に観に行ったりもして、千から2千人の観客を動員したと言われる。
    この悪名高い映画ドイツ国内外に与えた影響は決して少なくない。様々な研究がなされてきているが、とりわけ有名なのは、『精神エコロジー』で有名なグレゴリー・ベイトソンが、この作品について詳細な分析を加えた一冊であろう。さいわい日本でも、『大衆プロパガンダ映画誕生――ドイツ映画ヒトラー青年クヴェックス』の分析――』として翻訳が出ている。実を言うと、この本は数十年前に買って読まずにずっと書棚北欧辰討い拭今回、この映画を見終わっただいぶあとで、「Hitlerjunge Quex」の邦題が「ヒトラー青年」だということに気づいて初めてこの本のことを思い出した次第である。なので、まだ読んでもいない。
    この映画についてはまだまだ書くべきことがたくさんあるが、すでに長くなりすぎた。ベイトソンの本を読んだあとにでもまた詳しく論じたいと思う。
    ツイートする
    *1:むろん、それはこの時代反ユダヤ主義存在しなかったということを意味しない。実際、この映画製作した Universum Film Aktiengesellschaft は、映画が公開された年に、すべてのユダヤ人解雇している。

  49. 2018/06/15 17:18:13 芸術係数blog含むアンテナおとなりページ

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  50. 2018/05/19 12:22:04 書評空間::紀伊國屋書店 プロの読み手による書評ブログ含むアンテナおとなりページ

    Powered by Hatena BlogDesign from Innocent Theme

  51. 2018/05/12 06:24:25 DesignWorks含むアンテナおとなりページ

    2018年05月11日
    今後も今以上に読み応え、またデザイン制作等に役立つブログとなるように、日々記事執筆してまいりたいと思っておりますDesignworks共々、今後ともDesignDevelopをよろしくお願い申し上げます!!
    posted by admin at 14:20| Comment(0)| NEWS
    2018年05月(1)

  52. 2018/04/21 15:20:24 感じない男ブログ含むアンテナおとなりページ

    哲学入門 (ちくま新書)
    まんが 哲学入門――生きるって何だろう? (講談社現代新書)
    作者: 森岡正博,寺田にゃんこふ
    まんが 哲学入門――生きるって何だろう? (講談社現代新書)
    作者: 森岡正博,寺田にゃんこふ
    まんが 哲学入門――生きるって何だろう? (講談社現代新書)
    作者: 森岡正博,寺田にゃんこふ

  53. 2018/04/13 01:13:01 平野啓一郎 公式ブログ含むアンテナおとなりページ

    ブログをはじめる
    週刊はてなブログ
    はてなブログPro

  54. 2018/04/06 10:37:23 Other voices -遠い声-含むアンテナおとなりページ

    Not Found
    The requested URL /~ccs50140/ was not found on this server.

  55. 2018/04/05 17:08:33 真魚八重子 アヌトパンナ・アニルッダ含むアンテナおとなりページ

    シュア・シング Blu-ray

  56. 2018/02/03 07:37:23 今日もぐだぐだ含むアンテナおとなりページ

    ユリイカ 二月号 クトゥルー神話世界
    アセンブリ
    公共性喪失』『家庭の事情』『眼の探索』『アガメムノーン』『大学歴史』『反哲学史』『現代哲学』『ロンドン 都市建築歴史』『白い牙』『ブラウン神父の純智』『道の文化史』『廃墟美学』『カンガルーノート』『燃えつきた地図』『他人の顔』『廃墟論』『テキスト記号論』『アメリカンゴシックの水脈』『海のカテドラル』『空間機能から様相へ>』『革命について』『エレンディラ』『イタリアのおもかげ』『詩学詩論』『モルグ街の殺人その他(新訳)』『エッセンシャルマクルーハン』『伊藤計劃記録』『フランドル呪い画』『大聖堂(上中下)』『香水』『中世民衆世界』『悲劇誕生』『エクリチュール差異上下)』『エッセンシャル法医学』『オン・ザ・ロード』『衣服哲学』『聖なる怪物』『砂漠の反乱』『ギリシア喜劇全集1』『ローマ喜劇』『ワインズバーグ・オハイオ』『都市詩学』『ランボー詩集』『伝奇集』『近代の拘束、日本宿命』『ポオ小説全集3』『悪魔祓い』『ボードレール詩集』『大伽藍』『ABC戦争』『バルセロナ地中海都市歴史文化』『無為の共同体』『美の歴史』『醜の歴史』『ベンヤミンコレクション(1〜5)』『ヨーロッパ視覚文化史』『ゴシックリヴァイヴァル』『ハワーズ・エンド』『失われた時を求めて(1)』『エロティシズム』『読書について』『町でいちばん美女』『遊びと人間』『綺譚の箱(ホフマン他)』『世紀末の箱(ユイスマンス他)』『迷宮の箱(カフカボルヘス)』『アエネーイス上下)』『イーリアス上下)』『オデュッセイア上下)』『中世騎士物語』『アーサー王の死』『もうひとつルネッサンス』『汚された世界』『アメリカ文化論(ホイジンガ)』『海を見たことがなかった少年』『アメリカデモクラシー(1〜4)』『アフリカの印象』『アメリカンデモクラシーの逆説』『ヨーロッパ人アメリカ論』『鏡の影』『文学空間』『バルザック風俗研究』『散歩文化学1』『十五少年漂流記』『Thames: Sacred river』『Mummy: the inside story』『Crying』『Fraud’s Library』『タイム・マシーン』『宇宙戦争』『博士の愛した数式』『ブラフマンの埋葬』『レジャー誕生上下)』『ブラックダリア』『アンチ・オイディプス(上下)』『資本論上下)』『存在と無(1〜3)』『存在と時間上下)』『エセー(1〜4)』『ネオ唯物論』『近代日本奇想小説史』『音楽を展示する』『聖と俗』『ベストセラーはこうして生まれる』『The writing of the disaster』『西洋中世奇譚集成:東方の驚異』『西洋中世奇譚集成:聖パトリック煉獄』『文化外交』『動物裁判』『マゼラン 最初世界一周航海』『郵便不安たちβ』 『西洋中世奇譚集成:妖精リジェーヌ物語』『声と現象』『シュルレアリスム:終わりなき革命』 『England, England』『男の子女の子』『未来考古学』 『いろいろな人たち』 『未来から手紙』 『トクヴィルの憂鬱』 『アメリカデモクラシー 第一巻(上下)』 『アメリカデモクラシー 第二巻(上下)』 『エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話』 『悪徳の栄え上下)』 『ヘーゲル読解入門』 『離婚』 『嫉妬事件』 『悪魔の涎・追い求める男』 『二人であることの病』 『ムッシュー・テスト』 『バフチン』 『西洋音楽論』 『バートルビーと仲間たち』 『完全言語探究』 『レヴィ=ストロース:夜と音楽』 『薄墨色の文法』 『風神の袋』 『音楽の感動を科学する』 『アメリカハードボイルド紀行』 『The Book of Skin』 『The Book of Touch』 『恐るべき子供たち』 『ミステリアスアイランド(ヴェルヌ)』 『Skin: on the cultural border between self and the world』 『The Senses of Touch』 『雷神の撥』 『ブラックマシンミュージック』 『カリブ海偽典』 『宮廷人と異端者:ライプニッツスピノザ、そして近代における神』 『科学者たちのポール・ヴァレリー』 『変身』 『一億人の英文法』 『馬的思考』 『生家へ』 『喰いたい放題』 『イメージ歴史』 『賢い皮膚』 『印象派で「近代」を読む』 『<つながり>の精神史』 『聖なる神:三部作』 『From Melanchoria to Prozac: A History of Depression』 『BRUTUS西洋美術総まとめ)』 『ガルガンチュアとパンタグリュエル:第5の書』 『Home』 『魅せられてプラスチック』 『ブラス・クーバスの死後の回想』 『オデオン通り』 『Sensory Perceptual Issues in Autism and Asperger Syndrome』 『Skin: Surface, Substance+Design』 『神経生理学コレクション タッチ』 『建築意匠講義』 『箱の女』 『空の戦争史』 『アビ・ヴァールブルグ:記憶迷宮』 『機械という名の詩神』 『Contagious: Cultures, Carriers, and the Outbreak Narrative』 『キルヒャー世界図鑑』 『五感:混合体の哲学』 『主流に逆らって:白いアメリカの黒い文学』 『異議申し立てとしての文学モーリス・ブランショにおける孤独友愛、共同性』 『恋愛ディスクール断章』 『The Deepest Sense:A Cultural History of Touch』 『The Eyes of the Skin: Architecture and the Senses』 『ジョルジュ・バタイユの《不定形》の美学』 『ジョルジュ・バタイユ神秘体験をめぐる思想限界と新たな可能性』 『清水アリカ全集』 『The Companion Species Manifesto: Dogs, People, and Significant Otherness』 『色彩論』 『ロラン・バルト講義集成』(1〜3) 『友愛のポリティックス』 『ロマネスクの誘惑』 『新たな生の方へ』 『シュルレアリスト精神分析』 『サドフーリエロヨラ』 『Johnny Got His Gun』 『漂流思考』 『The Inner Touch: Archaeolgy of a Sensation』 『霊降ろし』 『吐き気:ある強烈な感覚理論歴史』 『2666』 『知覚の哲学』 『牡猫ムルの人生観上下)』 『自我の超越:情動素描』 『コロノスのオイディプス』 『崇高とは何か』 『現代思想1993年7月臨時増刊:ヘーゲル思想』 『雰囲気美学』 『ベンヤミンコレクション6:断片の力』 『Aesthetic Theory』 『常用字解』 『煙草は崇高である』 『現われる存在:脳と身体と世界の再統合』 『ミハイル・バフチン対話原理』 『キルケゴール著作集5:おそれとおののき/反復』 『ロマン主義レトリック』 『美と倫理』 『観察者の系譜』 『クローゼット認識論』 『味と雰囲気』 『差異世界』 『読むことのアレゴリー』 『来るべき書物』 『Georges Bataille:Phenomenology and Phantasmatology』 『The Meaning of Disgust』 『From Disgust to Humanity: Sexual Orientation and Constitutional Law』 『平成ジャングル探検』 『The Wild Card of Reading: On Paul de Man』 『ギリシャ神話の構想力』 『ユリシーズ(1〜4)』 『ナボコフ文学講義上下)』 『幻想怪奇短篇集』 『ムッシュー・アンチリンの宣言』 『グランド・ブルティーシュ奇譚』 『人口論』 『善悪彼岸道徳系譜』 『悦ばしき知識』 『反時代考察』 『権力への意志上下)』 『偶像黄昏/反キリスト者』 『芸術の至高性:アドルノデリダによる美的経験』 『絵画における真理(下)』 『リアル倫理』 『Everyday Reading: poetry and popular culture in modern america』 『Negotiating Copyright: Authorship and the Discourse of Literary Property Rights in Nineteeth-Century America』 『The Democratization of Invention: Patents and conpyrights in Amercan economic development, 1790-1920』 『哲学者の使命と責任』 『撒種』 『なぜ人は走るのか:ランニング人類史』 『装飾と犯罪』 『デザイン犯罪』 『娼婦』 『方法序説』 『US Popular Print Culture:1860-1920』 『Always Already New: Media, History, and the Data of Culture』 『Scripts, Grooves, and Writing Machines: Represe

  57. 2018/01/11 12:48:49 蒼猴軒日録含むアンテナおとなりページ

    Page not found – KASUGA Records

  58. 2017/12/06 23:41:35 極私的脳戸/日々の与太含むアンテナおとなりページ

    403-You don’t have permission to access /note/index.php on this server.

  59. 2017/11/18 17:58:42 The Passing − 書物について含むアンテナおとなりページ

    大浦康介編『日本文学理論――アンソロジー』、水声社2017年

  60. 2017/11/02 17:47:34 大谷能生の朝顔観察日記 | Ootani Yosio's trumpet‐shaped diary含むアンテナおとなりページ

    ライブのお知らせ(2017/11/02)
    2017/11/05 Sunday Ammo-night@神宮前bonobo
    http://bonobo.jp/
    https://www.facebook.com/events/159977491261296/
    千葉広樹とのDUOで出演】
    2017/11/11 マーライオンバンド荻窪velvetsun
    http://www.velvetsun.jp/new-events/2017/11/11/1111-guest-ermhoi
    サックスゲスト参加】
    2017/11/23抽象と午睡」vol.3 @試聴室その3
    http://shicho.org/2017/11/3event171123/
    トオイダイスケとのDUOで出演】

  61. 2017/10/20 20:55:16 柄谷行人を解体する含むアンテナおとなりページ

    1961-1969 1970-1979 1980-1989 1990-1999 2000-2009 2010-2018

  62. 2017/10/09 10:32:34 栗カメの散歩漫歩含むアンテナおとなりページ

    当時、ベストセラーになった作文集の映画化東京に住むブリキ職人の一家を主人公に、その日常生活子どもらしい素直な眼で捉えたエピソードが展開される。高峰秀子少女時代代表作の一つ。

  63. 2017/10/04 20:03:07 espace-taco含むアンテナおとなりページ

    2017-10-04
    ■手毬唄
    みずに
    むすばれ
    まれぬ、もの
    まれた、もの
    あはひに、うき
    うずくまり
    ひる、ひとの
    いたみ、かわらに
    うずく、あおい
    おめだい、あら
    がうとき
    かぞえ、うた
    ひに、うかぶ
    えがお、きみの
    まり、いつ
    いつ、つの
    うみへ、ひを
    かたむけ、ゆけ
    うとむ、ひ
    ひと、ひと
    みの、あはひに
    コメントを書く

  64. 2017/09/14 03:11:26 町山智浩アメリカ日記含むアンテナおとなりページ

    2017-09-14 TBSラジオたまむすび紹介映画リスト

  65. 2017/08/26 14:39:46 迂路探険含むアンテナおとなりページ

    発売日: 2011/09/01
    ([し]5-1)地震イツモノート (ポプラ文庫)
    発売日: 2000/07/01
    発売日: 2006/03/01
    発売日: 2011/04/01
    メディア: 単行本ソフトカバー
    発売日: 2011/07/01
    発売日: 2011/06/01
    発売日: 2011/03/01
    Permalink | コメント(1) | トラックバック(0)
    発売日: 1990/12/01

  66. 2017/08/19 00:25:59 はてなダイアリー - 作品メモランダム含むアンテナおとなりページ

    記事一覧
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    無明寺 2017/08/19 00:25 真善美の探究【真善美育維】
    【真理と自然観】
    《真理》
    結論から言って, 真偽は人様々ではない。これは誰一人抗うことの出来ない真理によって保たれる。
    “ある時, 何の脈絡もなく私は次のように友人に尋ねた。歪みなき真理は何処にあるのかと。すると友人は, 何の躊躇もなく私の背後を指差したのである。”
    私の背後には『空』があった。空とは雲が浮かぶ空ではないし, 単純にからっぽという意味でもない。私という意識, 世界という感覚のものの原因のことである。この時, 我々は『空・から』という言葉によって人様々な真偽を超えた歪みなき真実を把握したのである
    我々の世界は質感。
    また質感の変化からその裏側に真の形があることを理解した。そして我々はこの世界の何処にも居ない。この世界感覚・魂(志向性作用した然としてある意識)の納められた躰, この意識の裏側の機構こそが我々の真の姿であると気付いたのである
    志向性
    目的は何らかの経験により得た感覚を何らかの手段をもって再び具現すること。感覚目的地と経路, それを具現する手段を合わせた感覚の再具現という方向。志向性とは或感覚を具現する場合の方向付けとなる原因・因子が具現する能力と可能性を与える機構, 手段によって, 再具現可能性という方向性を得たものである
    意識中の対象の変化によって複数志向性観測されるということは, 表象下に複数の因子が存在するということである。』
    『因子は経験により蓄積され, 記憶の記録機構確立された時点を起源として意識に影響を及ぼして来た。(志向性作用)』
    我々の志向は再具現の機構としての躰に対応し, 再具現可能性を持つことが可能な場合にのみこれを因子と呼ぶ。躰に対応しなくなった志向機構の変化とともに廃れた因子である志向が躰に対応している場合でもその具現の条件となる感覚対象がない場合これを生じない。但し意識を介さず機構思考の「考, 判断」に関する部分)に直接作用する物が存在する可能性がある。
    思考
    思考表象である思と判断機構の象である考(理性)の部分により象造られている。』
    思考〔分解〕→思(表象), 考(判断機能
    『考えていても表面にそれが現れるとは限らない。→思考領域は考の領域に含まれている。思考<考』
    言葉思考領域対応しなければ意味がない。→言葉で表すことが出来るのは思考可能な領域のみである。』
    考, 判断(理性)の機能によって複数の中から具現可能な志向が選択される。
    生命観》
    感覚器官があり連続して意識があるだけでは生命であるとは言えない。』
    『再具現性を与える機構としての己と具現を方向付ける志向としての自。この双方の発展こそ生命本質である。』
    生命過去意識の有り様を何らかの形(物)として保存する記録機構を持ち, これにより生じた創造因を具現する手段としての肉体・機構を同時に持つ。
    生命志向性・再具現可能性を持つ存在である意識の有り様が記録され具現する繰り返しの中で新しいもの志向が代わり, その志向作用して具現機構としての肉体に変化を生じる。この為, 廃れる志向が生じる。
    *己と自の発展
    己は具現機構としての躰。自は記録としてある因子・志向
    己と自の発展とは, 躰(機構)と志向相互発展である志向性作用した然としてある意識から新しい志向が生み出され, その志向が具現機構である肉体に作用して意識に影響を及ぼす。生命は然の理に屈する存在ではなくそ志向により肉体を変化させ, 然としてある意識, 世界を変革する存在である
    志向作用)→肉体・機構
    然の理・然性
    自己, 志向性を除く諸法則志向性を加えて自然法則になる。
    然の理・然性(第1法則
    然性→志向性(第2法則
    世界創造真実
    世界存在するという認識があるとき, 認識している主体として自分存在認識する。だから自我は客体認識の反射作用としてある。これは逆ではない。しかし人々はしばしばこれを逆に錯覚する。すなわち自分がまずあってそれが世界認識しているのだと。なおかつ自身存在しているという認識についてそれを懐疑することはなく無条件に肯定する。これは神と人に共通する倒錯でもある。それゆえ彼らは永遠に惑う存在, 決して全知足りえぬ存在と呼ばれる。
    しかし実際には自分世界の切り離し難い一部分としてある。だから本来これを別々のものとみなすことはありえない。いや, そもそも認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界区分されていないのに, 何者がいかなる世界認識しうるだろう?
    言葉名前をつけることで世界を便宜的に区分し, 分節することができる。あれは空, それは山, これは自分しかして空というものはない。空と名付けられた特徴の類似した集合がある。山というものはない。山と名付けられた類似した特徴の集合がある。自分というものはない。自分と名付けられ, 名付けられたそれに自身存在するという錯覚が生じるだけのことである
    これらはすべて同じもの言葉によって切り離され分節されることで互いを別別のものとみなしうる認識の状態に置かれているだけのことである
    例えて言えば, それは鏡に自らの姿を写した者が鏡に写った鏡像世界という存在だと信じこむに等しい。それゆえ言葉は, 自我世界境界を仮初に立て分ける鏡に例えられる。そして鏡を通じて世界認識している我々が, その世界私たち生命のものの象であるという理解に至ることは難い。鏡を見つめる自身と鏡の中の象が別々のものではなく, 同じものなのだという認識に至ることはほとんど起きない。なぜなら私たちは鏡の存在自覚なくただ目の前にある象を見つめる者だからである
    そのように私たちは, 言葉存在無自覚なのである言葉によって名付けられた何かに自身とは別の存在性を錯覚し続け, その錯覚に基づいて自我を盲信し続ける。だから言葉によって名前を付けられるものは全て存在しているはずだと考える。
    愛, 善, 白, 憎しみ, 悪, 黒。そんなものはどこにも存在していない。神, 霊, 悪魔, 人。そのような名称対応する実在はない。それらはただ言葉としてだけあるもの, 言葉によって仮初に存在錯覚しうるだけのもの私たち認識表象作用の上でのみ存在を語りうるものしかない。
    私たち認識は, 本来唯一不二の存在である世界に対しこうした言葉の上で無限区別分割を行い, 逆に存在しないもの北松里鰺燭┐襪海箸存在しているとされるものとの境界を打ち壊し, よって完全に倒錯した世界観を創り上げる。これこそが神の世界創造真実である
    しか真実は, 根源的無知に伴う妄想ゆえに生じている, 完全に誤てる認識であるに過ぎない。だから万物創造者に対してはこう言ってやるだけで十分である
    「お前が世界創造したのなら, 何者がお前を創造した?」
    同様に同じ根源的無知を抱える人間, すなわち自分自身に向かって海里茲Δ北笋錣佑个覆蕕覆ぁ
    「お前が世界認識出来るというなら, 何者がお前を認識しているのか?」
    神が誰によっても創られていないのなら, 世界もまた神に拠って創られたものではなく, 互いに創られたものでないなら, これは別のものではなく同じものであり, 各々の存在性は虚妄であるに違いない。
    あなた認識している何者かの実在証明できないなら, あなた世界認識しているという証明も出来ず, 互いに認識が正しいということを証明できないなら, 互いの区分不毛であり虚妄であり, つまりのものではなく同じものなのであり, であるならいかなる認識にも根源的真実はなく, ただ世界の一切が分かちがたく不二なのであろうという推論のみをなしうる。
    【真善美】
    真は空(真の形・物)と質(不可分の質, 側面・性質), 然性(第1法則)と志向性(第2法則)の理解により齎される。真理と自然理解することにより言葉を通じて様々なもの存在可能性を理解し, その様々な原因との関わりの中で積極的に新たな志向性を獲得してゆく生命の在り方。真の在り方であり, 自己の発展とその理解
    善は社会である。直生命個別性), 対生命(人間性), 従生命組織性)により構成される。三命其々には欠点がある。直にはぶつかり合う対立。対には干渉のし難さから来る閉塞。従には自分の世を存続しようとする為の硬直化。これら三命が同時に認識上に有ることにより互いが欠点を補う。
    △→対・人間性→(尊重)→直・個別性→(牽引)→従・組織性→(進展)→△(阿北瓩襦
    千差万別。命あるゆえの傷みを理解し各々の在り方を尊重して独悪を克服し, 尊重から来る自己の閉塞を理解して組織(なすべき方向)に従いこれを克服する。個は組織の頂点に驕り執着することはなく状況によっては退き, 適し真祐屬飽僂擦胴田床修鮃酩する。生命理想を貫徹する生命の在り方。
    美は活活とした生命の在り方。
    認識するべき主体としての自分と, 認識されるべき客体としての世界区分されていないのに, 何者がいかなる世界認識しうるだろう? 』
    予知の悪魔(完全な認識をもった生命)を否定して認識曖昧さを認め, それを物事が決定する一要素と捉えることで志向自由の幅を広げる。予知の悪魔に囚われて自分の願望を諦めることはなく認識相互作用してこれを成し遂げようとする生命の在り方。
    抑止力, 育維》
    【育】とは或技能に於て仲間を自分たちと同じ程度

  67. 2017/07/19 16:46:09  エルバーフェルト日記 - Windows Live含むアンテナおとなりページ

    いずれもすでにお持ちでしたら、すばらしい !
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  68. 2017/07/06 07:52:29 小田中直樹[本業以外]ネタ帳含むアンテナおとなりページ

    odanakanaoki 2017/07/06 07:52 おおDさん、お久しぶりです。授業、出てくださってましたか。4年だとラボ作業が忙しいから青葉山にこもってるものと思ってました。ぼくの授業は、今日経済史学定義歴史方法論の話で、これで実質的には終了です。早いね
    ちなみに「バベルの塔」は、じつは2点あり、授業で印刷して配布したのはウィーン美術史博物館所蔵、今回日本に来たのはマウリ張魯Ε美術館オランダ)所蔵のものです。どっちもすごいけど、ウィーンのほうが「読み」がいがあるという噂です。でも、オランダもすごかったですよ。
    工学文系学問関係については、ちょうど昨日、電通研の末光さん(グラフェンMEMS)と、文理のダブルメジャーを作って学生諸君に推奨したいねという話で盛上がったところでした。文理の「共通となる考え方の土台」は、ぼくはあると思ってますが、ないと思っている人もいるかもしれません。ただし、文系理系人間理系文系)知識を必要とする場面が人生とりわけ社会人時代にかならず存在するということについては、おもにエンジニア対象とする社員研修を5年ほどやってきて、ぼくは確信しています。そのとき勝敗を分けるのは、自分にとってアウェイである知識を忌避しない「心の構え(マインド・セット)」を構築できているか否かでしょうね、きっと。その準備が出来るのは、若いうちだけ、とりわけ時間と体力が残存している学生時代だと思っています科学史とか科学哲学とか、いろいろと「入口」はあるのではないかと感じつつ、ぼくもアウェイ知識(ぼく場合だと理系知識ですが)、ダメだなあ。
    ぼくが最近進めている現代フランス都市計画都市政策史-これで、あとは4月刊行予定の帆刈浩之・小田中直樹編『世界史』(山川出版社)が出れば、債権債務もなくなる。晴れてすがすがしき新年度……になるのか、ホントに?

  69. 2017/05/06 18:34:29 Where Sweetness and Light Failed含むアンテナおとなりページ

    2017年05月06日
    ■[Diary]
    レヴィナスによるとヨーロッパ哲学本質的無神論であり、自我世界を全て認識し、取り込んで支配しようとする哲学だという。それは独我論であり、レヴィナスによれば独我論は有神論と相いれないものだ。
    独我論世界自我に取り込もうとする。しかし、他者とは認識できない、あるいは認識できると思ってはならないものである他者認識できたと思うことは、他者自我に取り込んでしまうということだ。レヴィナスによると他者と関わるということは、自分の中に他者を同化しようとするのではなく、到達できないにも関わらず自分他者の方に無限に近づこうとすることだという。それが他者への「憧れ」と表現される。レヴィナス他者というとき念頭にあるのは旧約の神だろう。
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  70. 2017/01/11 01:17:51 Hal Tasaki’s logW 0311含むアンテナおとなりページ

    2017/1/4(水)
    年末(時には年始)に『みすず』の『読書アンケート』の原稿を書くのが恒例になっている。その年のあいだに読んだ本(別に新刊でなくてもよい)についてのおおよそ 800 字程度の紹介・感想を書く。それが書店に並ぶ『みすず』の 1, 2 月号に数多くの「文化人」の寄稿とともに掲載されるのだ。
    で、今年も書いたわけだが、もっとも書きたい二つの作品について書いたところ、期せずして去年の寄稿の「つづき」的な文章になった。
    というわけで、今年のをお読みいただく前に去年のをざっと読んでいただければと思う(去年の 1/27 の日記にも掲載したけど)。800 字程度という縛りのなかで、個人の体験をベースにしたインターネットの変遷論に埋め込んで二つの本を紹介するという無茶な試みでした。
    みすず読書アンケート
    2015 年に読んだ本(新、旧を問わない)から五冊以内について感想を述べよ。
    (1) 岸政彦『断片的なもの社会学』(朝日出版社
    (2) おかざき真里『阿・吽 1〜3巻』(小学館
    ぼくにとって90年代初頭のインターネットは「掲示板時代」だった。個性の強い主催者がそれぞれのスタイル掲示板運営常連論客が適度に開いた環境で多彩な議論を交わした。ぼく自身東北大数学科黒木玄さんの掲示板に出入りし多くを学び多くを語った。今も親交のある評論家翻訳家(が副業)の山形浩生さんや文筆家・翻訳家のニキリンコさんと出会ったのもこの掲示板だ。
    その頃よく見ていた掲示板の一つに面白い奴がいた。社会学大学院生。短い(多くの場合くだらない)投稿が強い印象を与える。興味をもって彼の個人ページの文章を読んだ。内容はほとんど覚えていないが圧倒的な筆力から受けた驚きは忘れない。こんなすごい文章を書く奴がいるんだ。でも、これを読むのは一部の掲示板常連だけだろう。天才的な文才の無駄使い・・
    (1)は社会学者の岸政彦が聞き取り現場出会った断片的な物語を綴った書、「面白い奴」の近著だ。空き時間を紡ぐようにして一気に読んだ。「すぐ目の前に来たときに気付いたのだが、その老人は全裸だった。手に小さな風呂桶を持っていた。」うん。確かに彼の文章だ。小説のなかの本筋とは関係ないが書き込まれていて心に残る挿話だけを読むような快感。「解釈はしない」と宣言しながらも時には普遍化に流れる岸さんを見るのも一興だ。そしてなにより本書が話題の書となり彼の文章が広く読まれていることが素直にうれしい。
    (2)は人気漫画家おかざき真里の連載中の作品最澄空海物語である。未完の作品について語るのはフライングだろうが、漫画でこそ可能な表現重厚物語が綴られていく様は圧巻。絵も漫画というレベルを超えて美しく力強い。漫画から離れた大人にも自信を持って薦められる作品だ。
    2016 年の今、ぼくにとって多くの人とネット交流する場はツイッターに移っている。ツイッターでのぼくのアイコンは、なんと縁あって真里さんが描いてくれたぼくの似顔絵だ。巨大で流動的な人々の結びつきの中に140 字以内の短い投稿が次々と放流されていく環境には未だ馴染みきれないが、この混沌からどんな文化出会いが生まれるか楽しみでもある。
    さて、こうしてツイッターに話が移ったところで、一年後、今年の寄稿
    みすず読書アンケート
    2016 年に読んだ本(新、旧を問わない)から五冊以内について感想を述べよ。
    (1) 柞刈 湯葉横浜駅 SF』(カドカワ BOOKS)
    (2) 岸 政彦『ビニール傘』(『新潮2016 年 9 月号)
    横浜駅は「完成しない」のではなく「絶え間ない生成と分解を続ける定常状態こそが横浜駅の完成形であり、つまり横浜駅ひとつ生命である」と何度言ったら
    ツイッターは3億人以上が利用するインターネットサービスだ。日々数億のツイート(百四十字以内のテクスト)が投稿される文字情報混沌である
    ツイッターで「イスカリオテ湯葉」と名乗る生物学者と知り合った。軽い会話を交わす仲だが本名は知らない。冒頭は一昨年の正月の午後の彼のツイート。そして、十分後のツイートが続く。
    西暦30XX年。度重なる工事の末にとうとう自己複製の能力を獲得した横浜駅はやがて本州を覆い尽くしていた。三浦半島レジスタンス活動を続ける主人公は、謎の老人から託されたディスクを手に西へ向かう。「横浜駅16777216番出口(長野岐阜県付近)へ行け、そこに全ての答えがある」
    「『横浜駅SF』が始まった。ぜひ最後まで!」という(ぼくを含む)周囲の声援の中、その日のうちに一連のツイートからなるアドリブ作品が完成。ネット上で爆発的な話題を呼んだ。それから二年弱の後、web小説を経て本格的なSF小説単行本(1)として刊行された。
    大胆なネタ精緻ディテールで補強し商業的にも成功しうる作品構成した力量は圧巻。凄まじい才能だ。成立経緯を見ていると後になって書かれた部分ほど彼独自テーマが顔を出すように感じる。この人は三年後くらいまでにものすごい物を書くと予言しておこう。
    (2)はやはりツイッター仲間である社会学者の岸政彦による短編小説。昨年のアンケートで彼の『断片的なもの社会学』を取り上げ「小説のなかの本筋とは関係ないが書き込まれていて心に残る挿話だけを読むような快感」と評したが、こんなにも早く彼の小説が読めるとは。大阪の街で暮らす人々の「断片」を絶妙に編み込んだ不思議で寂しい心に残る小説だ。
    この岸さんのデビュー作は高く評価され芥川賞候補にもなっている(とツイッター巴里辰拭)が、数多くの物語の断片を蓄えている岸さんの小説世界はこれからもっと広がり深まっていくはずだ。三年後くらいまでには芥川賞受賞作を生み出すと予言しておこう。
    去年の読書アンケートについての日記2016/1/27 の日記)では
    ツイッター混沌の中で出会った人たちの一人、唯一無比の才能をもったきわめて興味深い人物
    として湯葉さんに触れ、『横浜駅 SF』にも言及している。まるで今年の読書アンケートを計画していたみたいな感じだが、あの時点では、まさか横浜駅 SF』が書籍になるとは夢にも思っていなかったから、やっぱり「期せずして」というのは正しいのだ。
    横浜駅 SF』が生まれるところを(「騒いでいる群衆の先頭にいるおっさん」みたいな立場で)リアルタイムで目撃したことは 2015 年 1 月の日記に詳しく書いてある。ちょうど 2 年後の 1 月 4 日にこうして書籍版の感想文を公にするのもなんとも感慨深い(ま、ほんとはもう 4 日じゃないんだけど、いいでしょ)。
    岸さんとぼくの関わりについては去年の 1/27 の日記にかなり詳しく書いた。去年、そういうちょっと不思議な関わりのある人を『読書アンケート』で取り上げるのもまた面白いなと思ったのだが、まさか、今年も続けて取り上げることになるとは。
    こちらも、全く予期していなかった --- というか、驚きの展開だ。
    上の『みすず』の記事は、湯葉さん、岸さん、それぞれについての大胆な予言で終わっている。これは別にウケをねらって書いたわけじゃない。一人の本好きとして彼らの作品と素直に向き合った結果、心の底からそう思っているのだ。たまたま少しの接点のあったお二人の生み出すものをこれからも静かに追いかけていきたいと思う。
    人生、なかなか面白いものです。

  71. 2016/10/01 20:18:39 L’orbite metaphorique 含むアンテナおとなりページ

    2016-10
    31

  72. 2016/04/29 01:51:58 モナドの方へ含むアンテナおとなりページ

    2016-04-29
    ■5/1文学フリマ東京にて「崇高にして、もっと優美―註釈版―」配布しま
    前略、ショートショートアンソロジー犯罪の重』に7本寄稿しました。
    5/1文学フリマ東京犯罪の重』に寄稿しました - モナドの方へ
    書き終わった後、参加者の一人kihirohito氏が突然、宣伝用をみんなで書こうという、ちょっとどうかしている提案をしてきたので、趣味全開で書いてみました。
    「崇高にして、もっと優美」/「monado」の小説 [pixiv]
    江戸川乱歩没後50周年パブリックドメイン化記念作品とうたっていますが(怪人二十面相二次創作ともいえるのですが)、実際は小林少年明智小五郎が茶碗の話を延々しているだけの話であり、さらに実際には茶碗の話ですらなく、本文中は一言言及されていないBABYMETALの話になっているという構造になっています
    BABYMETALは茶碗である」という誰にも理解してもらえない持論を形にした作品です。
    何を言っているのかわからないと思いますが、読んでいただければわりとわかりやすく書いてあります。勘のいいメイトであれば、タイトルで気づいてもおかしくないと言えましょう。
    しかし書き終わったはいものの、埋め込まれネタを解説せずにはいられない衝動が爆発してしまったので、註釈版としてコピ本をこしらえて『犯罪の重』購入者に配布しようと思います。部数は限られると思うのでお早めに。
    こんな表紙DEATH
    モッシュッシュメイトのみなさん、5/1は文学フリマ会場(東京流通センターのサ-16)で、僕とWall of Death
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  73. 2015/04/14 15:11:10 哲劇メモ含むアンテナおとなりページ

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    スターつけました
    哲劇メモ
    吉川浩満(@哲学劇場)の日々の泡
    2015-04-06
    マンモTVインタビュー掲載
    理不尽 web
    clinamen 2015-04-06 00:00
    マンモTVインタビュー掲載
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    2015-04-04
    「本の使いかた いかに探し、読み、書くか?」@『考える人
    仕事 雑誌
    これは2月10日に行われた山本貴光くんとのトークイベント(2D9;ブログA18;事参照)を採録したものです。イベントにお越しくださった方も、お見えにならなかった方も、よかったらご笑覧ください。たいした内容ではありませんが、12頁もあります
    clinamen 2015-04-04 00:00
    「本の使いかた いかに探し、読み、書くか?」@『考える人
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    2015-03-24
    2015年4-5月、『理不尽進化』関連イベント(備忘)
    イベント
    4月16日(木)20時〜@本屋B&B下北沢
    D30;C37;功×吉川D69;満×山本CB4;光「本AAD;みの快楽〈お題しばり公開AAD;fF8;F1A;〉 vol.1 〜ECA;回のお題は“CA7;乏”〜」――『具体と2BD;象』(dZERO)刊行A18;念
    s2B;町倶楽部のAAD;fF8;F1A;「東EAC;アウトプット勉強F1A;[ビジネス]──ŠB2;題図fF8;『406;不尽な進化』」
    東D69;D00;×吉川D69;満「4B;とxBA;率の進化AD6;――『406;不尽な進化』をめぐって」
    北田暁大×吉川D69;満「社F1A;は「遺F1D;」するのか? ダーウィニズムとyD1;学、歴史、差別」──『406;不尽な進化』刊行A18;念
    clinamen 2015-03-24 00:00
    2015年4-5月、『理不尽進化』関連イベント(備忘)
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    2015-03-23
    東浩紀さんと対談@ゲンロンカフェ
    イベント 理不尽
    clinamen 2015-03-23 00:00
    東浩紀さんと対談@ゲンロンカフェ
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    2015-03-22
    猫町倶楽部読書会東京ミッドタウン
    イベント 理不尽
    clinamen 2015-03-22 00:00
    猫町倶楽部読書会東京ミッドタウン
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  74. 2015/04/09 03:52:30 [STUDIO D’ARTE CORVO] blog含むアンテナおとなりページ

    anatomy for artist
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    food
    Gun
    kishiwada mosa
    Kyoto
    movie
    museum
    Nihon University College of Art
    oil painting
    paleontology
    paleontology art
    paleontology art 2
    paleontology model
    photo
    PSJ
    Seian University
    self portrait
    shiga
    silly talk
    skeleton
    Solo exhibition
    SVP
    六甲昆虫館
    篠山層群復元丹波プロジェクト

  75. 2015/01/19 21:12:00 fenestrae含むアンテナおとなりページ

    D 2015/01/19 21:12 試訳、ありがとうございます公式翻訳ではないと断って、フェイスブックで紹介させていただきました(リンクを張りました)。これ以外の試訳も幾つかあるようでフェイスブックでも紹介されていますちょっと熱っぽい文書ですね。見解には全面的に賛成しかねる点もありますが、行進の熱気をよく伝えてくれていると思います。この暴力の根源は宗教ではないと冷静に見抜いている点も、さすがですね。

  76. 2014/12/16 02:12:33 ニュース - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト(ナショジオ)含むアンテナおとなりページ

    樹上のキンシコウ中国陜西省
    2014/12/15
    石油・ガス産業が直面するメタン問題
    2014/12/15
    天然ガス施設の貯蔵タンクパイプ一見何の迫力もないが、赤外線カメラを通すと火災現場のような様相を呈している。もうもうと立ち込めるのは、大気中に放出されるメタンガスだ。
    アメリカバラク・オバマ大統領二酸化炭素・・・
    有害廃棄物と癌、因果関係は?
    2014/12/15
    有害廃棄物処理場の近くに住む人の多くが、健康への悪影響を・・・
    群れの休息、アフリカライオン
    2014/12/15
    タンザニアセレンゲティ国立公園、コピエ(残丘)の上で休・・・
    大規模な遺伝プロジェクトにより、これまでで最も包括的・・・
    プランクトンの渦、パタゴニア
    2014/12/12
    晩春から初夏の気候が、南米アルゼンチン沖の大西洋にカラフ・・・
    風が吹き抜ける草原湿地、峡谷。標高3300メートルに位・・・-赤い火山灰、ズパノフスキー

  77. 2014/12/07 14:54:50 七里の鼻の小皺含むアンテナおとなりページ
  78. 2014/11/01 22:12:44 はてなダイアリー - 試行空間含むアンテナおとなりページ

    社会学者上野千鶴子は、ある記事のなかで「学位研究歴の到達点であったドイツからキャリアスタートライン資格条件となったアメリカ型への転換にともなって、学位がないと就職活動すらできなくなった」(上野2014)と書いている。上野のいわんとすることは分かる。九〇年代以降の大学院重点化により、博士号取得者の増大を大学の使命としつつ、運営費交付金ポストを減らすという奇妙な政策の結果、博士号は老大家が記念にとるものというかつての人文系博士号像が崩れ去り、博士号キャリア・パスポートとなった、ということだ。実際、上野自身博士号を持っていない。というより、私より年長の著名な社会学者のなかには博士号を持たない人たちが少なくない。そのため博士号を持たない教員ハードルが高かった世代)が(博士号キャリアの出発点となる世代の)多数の博士論文審査する、という珍妙事態現在各所で起こっている。こうした文部政策問題含みであることは間違いない。上野懸念は十分に理解することができる。
    しかし、この転換期の奇妙さは日本的と呼ばれるべきものであり、「ドイツからアメリカ型への転換」と呼ばれるべきではない。まずフンボルト主義を生みだしたドイツにおいても博士号取得はキャリア形成の出発点であり、博士号なしでテニュアに就くことはほとんど不可能である最近では教授資格審査論文Habilitation)が必ずしも必要とされなくなったという意味では「規制緩和」が進めてられたといえるが、博士号キャリア・パスポートであるという点では米独に違いはない。そもそもアメリカUniversityの制度自体が、紳士淑女教育Collegeから研究重点型の機関へと移行し始めるのは、19世紀後半になってのことで、その際には大学院生付与する学位重要制度戦略の鍵となった。博士号は同時代ドイツともイギリスとも異なるUniversity構想を実行化するうえで重要役割を担い、組織の中核を教育学部から研究大学院生へと移行させることとなった(Rudorf1962=2003、吉見2011)。つまり旧態依然とした良家子女教育施設から、当時最先端をいくドイツ研究機関に追いつくために、米独自博士号生産システムを、政・財・官・民が協働しつつ作り上げてきたのである。同時期にフンボルト型の形式を移入した帝国大学とはその歴史的根っこが異なる。「ドイツからアメリカ型へ」ではなく、「日本型から日本夢想するアメリカ型」へ」というのが正しい状況認識であろう。
    上野とは別に、ある著名な社会学者が「最近の若手は細々としたことをしていて学的勇気に欠ける」と伝え聞いた。この問題意識は半分は理解できるつもりなのだが、完全には同意しがたい。まず事実として、分野、洋の東西を問わずビッグネームというのが求められなくなっている、ということがある。哲学入門のシリーズを見ても、出てくる名前は私が学生であった頃とあまり変わらない。社会学でいえば、鬼籍はいっていないビッグネームを探すほうが難しい。ハーバーマス、ギデンズぐらいだろうか。ウェーバーデュルケームパーソンズルーマンブルデュー級の「…解釈産業」が成り立つビッグネームは久しく誕生していない。この事態社会学の通常科学化、アメリカ化と呼ぶ人がいる。たしかに、社会学史の教科書を覗いてみると、コントウェーバーデュルケームからまりルーマン辺りで終わるのだが、アメリカ社会学者は、ミードブルーマー、パーソンズマートンガーフィンケルぐらいしか見当たらない。シカゴハーバードカルフォルニアの三派鼎立という感じだ。そのなかでもっと若いガーフィンケルですら一九一七年生まれである。近年社会学会で話題のブラヴォイ(アメリカ社会学ASA会長)の名を知る『現代思想』の読者は多くはないだろう。「計量研究が主流を占め、思想的含蓄を持つ理論家がいない」というのが、米社会学に対する一般的イメージかもしれない。
    こちらのほうのアメリカ化はそれほど的を逸していないように思う。もちろん局所的に話題となる同時代の米系社会学者(R・パットナムやN・リンなど)は存在するが、それは冠社会学の冠を横断して認知されるようなスターではない。分析領域の細分化方法の計量化が、思想青年たちの心を射止めるようなビッグネーム誕生制度的に難しくしている、というのは事実だろう。しかし、それは社会学という知にとっての危機といえるだろうか。いえるとすれば、それは誰にとってのいかなる意味での危機なのだろうか。
    アメリカ化」を、たんなるイメージで考えるべきではない。アメリカ化といわれるものの内実を知識社会学的に捉え、現況の評価へとフィードバックしていかなければ、それは特殊日本的」な愚痴となりかねない。本稿では、上記の三派鼎立において微妙にはみ出した位置にある人物の盟友の辿った道筋をスケッチすることで、アメリカ化を考える出発点を定めてみたいと思う。三派鼎立からはみ出しつつ教科書的には偉人として扱われる人物は、ロバートマートン教科書的には、パーソンズとならぶ構造機能主義の先導者とされる。その盟友はポール・ラザースフェルド。一九〇一年オーストリアに生まれ、三〇年代アメリカロックフェラー財団フェローとして渡米後、祖国に戻ることなく、「アメリカ社会学」と呼ばれるものの祖形を作った人物の一人である

  79. 2014/09/06 19:31:53 身辺メモ含むアンテナおとなりページ

    「先行デザイン宣言」支持宣言 [13]
    ヤバ景(やばい景観) [12]
    ラ系 [65]
    人孔在地上 [6]
    電話記 [2]
    地表系 [120]
    地表系ローカル調布 [11]
    悪い景観を守る会に向けて [3]
    東京スリバチ学会 [12]
    東京ナス化計画 [10]
    通勤本 [19]
    雑記備忘録 [121]
    緑地環境学実習1 2-3
    緑地環境学実習1 0-1
    結婚プロトコル
    関東学生ランドスケープデザイン作品展・2008
    物語の向こうの「ただ好き」へ。
    ドボサミ本のおすすめ
    批判牧歌主義
    地には時間を。
    偏愛インフラストラクチュア
    デッ記/バックヤード
    東京ってど海里海函
    緑地環境学実習1 2-3
    └ 不良講師 07/13
    関東学生ランドスケープデザイン作品展・2008
    TAKE 05/16
    石川初 05/16
    TAKE 05/17
    石川初 05/17
    TAKE 05/17
    物語の向こうの「ただ好き」へ。
    └ yusuke 04/22
    石川初 04/23
    └ 不良講師 04/29
    1月 2月 4月 5月 7月 9月 10月
    1月 2月 3月 4月 5月 7月 8月 10月 12月
    1月 2月 3月 4月 5月 6月 8月 9月 10月 11月 12月
    2月 3月 5月 6月 8月 10月 11月 12月
    1月 5月 8月 9月
    2009年9月17
    建築ラジオ東京を擦る(こする)』補完ページ
    これは、建築ラジオ r4 現代建築を語る・聞く・読む|全体討議 東京論──新しい地形としての東京4を聴取されて、これ音声だけじゃわけわかんない、と思われた方(ほとんどそうでしょうが)のためのサポート記事です。
    上記の公開収録で石川が上映したプレゼンテーション抜粋と、関連サイト/ページへのリンクがあります画像が多いため、読み込みに時間がかかるかも知れませんが、ご容赦下さい。
    続きを読む建築ラジオ東京を擦る(こする)』補完ページ”
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    2009年9月 5日
    ライト・ストラクチュア:糸魚川
    街の通りのバス停
    これはなかなか、格好いい。
    Permalink | Category : 写電話記 | Trackbacks [0]
    2009年7月 1日
    ・緑地環境学実習1 2-3
    【第2週】明示的、記号
    レクチャー
    前回のまとめ:意味機能、物体性
    ・「どのようであるか」ということ:変化しない形態的特徴を、ここでは「物体性」と呼ぶ。
    ・物体性とはすなわち、既にそこにある「固有性」にほかならない
    特に使える概念
    意味→「何であるか」
    形態→「どのようであるか」
    機能→「どのようであるか」がいかに「何であるか」を支えているか
    宿題の発表とコメント
    意図された事物の記号論的な解釈へのヒント
    ・「座る」行為と外部環境との関係を手がかりに、「意図された事物(広い意味でのデザイン)」や「意図せざる事物」の意味について考える
    ・座りうる空間環境
    対象物について、それが「座りうる」と見なされる特徴(要素、様子)は何か」という言い方で記述すること。
    ・あるもの一瞥で「座る」とわかる。あるものはわかりにくい。
    ・ひと目でその意味機能認識できる「様子」を、「その意味が明示されている」と言おう。
    保存用定義有意識的・自覚的対象意味が伝達されること
    ・たとえばベンチは、座る施設だということを、自他共に了解している(通じるつもりで 設置している)
    形態としての明示:「らしさ」にも通じる。期待される機能と様子が一致。「わかりやすい」。
    ・明示の効用意味が明示されていることは私たちにどのように作用するか
    本棚を考えよ。すべてを自分だけで把握することは不可能
    私たちは、周囲の環境に多くの情報を預けて生きている。
    ・一方で、環境が「意味」で埋まると、それはそれで息苦しい。
    鉄道施設意味の海。あらゆる「面」を意味あるメッセージで埋めようとするかのような光景
    →駅の場合、物体的特徴と「意味」の乖離が大きすぎる。(伝達する情報が多量で、物体に翻訳できない)
    しかし、駅のホームのベンチはひと目で「座る施設」に見える(ように作られている)
    質問:これが「座りうる」に見えるのはなぜか。
    ワーキング
    課題:手元にある、採集した「座りうる」事例に対して、「座る」をより強調する操作を提案してください。
    レクチャー
    ・座りうるように見せる:共感を得るためには、往々にして、広く共有されている「座る」イメージを引き出す必要がある
    ・「どのようであるか」よりも、「何であるか」という意味が、より明示されている場合を、記号的に明示されていると呼ぼう。
    記号:何らかの意味を示すもの。文字や図形、特定形態・・・
    交通標識記号の典型。
    交通標識が示す物事と、標識記号には、必然的な関連がない。
    赤色が「止まれ」を指すという意味は、交通ルール学習した集団しか通用しない。
    記号
    記号が示す意味記号との間には、必然的な関連はない。(←重要
    (「何であるか」と「どのようであるか」の関係を思い出そう)
    記号は、それを認知する集団内でしか通用しない。
    限定された集団内のルールである
    ・より広く通用する記号にするほど、デザインは没個性的になってゆく
    世界中どこでもひと目でわかる意味・・
    一般的に、記号性を強める(認知を『やさしく』する)ほど、固有性は失われる傾向がある。(ありきたりになる)
    ・共有されていない記号:はずすと意味不明グラフィックになる。
    しかし一方で、記号ルールであるあくまでそのルールが通じる集団を前提とする。
    ・「ルール」は自動的に、そのルールが通用するフィールドを想定する。つまりルールはそのルール範囲社会)を規定する。
    質問:「立ち入り禁止」を、記号的でなく実現するには、どのような物体的様態があるか?
    ・思わず座ることで「ベンチ性」が発見される:転用余地があった物体
    記号的なベンチは、作る側によって、あらかじめ「意味」が限定されている。
    ・より記号であることには良し悪しがある。
    ・使う側の心理的負担を軽減する一方で、使い方を限定し、関与の可能性を狭める。
    デザイナーはしばしば、「押し付けがましくない、でもわかりやすい」という落としどころを探る。
    記号性の強い形態は、それがあるということによって、その環境意味が生まれることがある。
    ・非・記号的な明示が可能なこともある。(アフォーダンス論)
    記号的なデザインが施された施設への、解析/接近のコツ:
    記号意味を解析する(記号が示すもの、またその記号が用いられるという行為が示すメタ記号性)
    ・その記号が共有される集団を想定する
    ・物体的形態へ置き換え可能かという検証
    ■次週までの宿題の出題
    これまでの用語による概念の応用編として、街の「境界」に注目する。
    課題付近で、明示された境界構成する要素を採集し、その境界意図されている選択と排除対象を想定し、その機能を維持したまま、形態をよりフレンドリーにする操作を提案してください。
    ・A4たて使いのフォーマット
    ・現況は写真を貼ってもよいが、提案は内容を説明できるスケッチを示すこと。
    ・説明のテキストを併記する。
    →選択と排除対象抽出した機能。提案する操作の具体的内容。
    補遺
    参考文献:
    ちょっと待ってくれ。
    【第3週】セキュリティ境界排除
    ■野暮な注意
    デザインの美しさを評価していない。図は、それはまあ上手なほうが心は動かされはするが、それはあくまでも、内容の説明を明確にするための媒体である
    オリジナリティたかだかクラスの中での他の人との違い)を評価していない。誰かと同じ対象でも全く構わないし、うまく言えている説明や描き方は素早く真似をすべき。
    ・明晰に、論理的な説明ができること。冴えたアイデアだけでは評価しない。
    ・疑問は共有しよう。時間内に質問してくれると有難い。
    レクチャー
    境界:街の風景をつくる最も大きな要因のひとつ
    地図:線と面で描かれている。特にである。面の表現も、輪郭を線で描くことで表している。
    地理的表現された社会ルールが記載されているのが地図
    地図上で最も重要な要素として記載されているのは「境界である地図の大部分は、土地の「利用/所有区分」が描かれている。
    問い:地図には何が描かれているか。それはどのように(何をもって)描かれているか
    地図:平面に配置表現された、社会ルールが記載された図。
    運用上、地図に記されたような、「取り決め」や「ルール」を可視化し、物体的に作用するものにしておくことが有効である
    ・こうした、制度概念を、実空間のモノで作り直すことを「施設化」と言おう。
    施設化された境界に課された機能
    ・「選択」と「排除」の行使
    ・これらをここでは「セキュリティ」と呼ぼう。
    問い:写真による事例。何に対して、どのようなセキュリティが作動しているか
    ・物体的?何に対してどのように作用するか?
    記号的?誰にどのように何を発信するか?
    宿題の発表とコメント
    ・発表者の名前
    ・どこで発見した物件
    ・どのような境界が明示されているか
    ・その境界で実行される選択と排除

  80. 2013/12/21 01:40:49 Some Came Running含むアンテナおとなりページ

    映画熱波レビュー、「金曜しねまてーく!」vol.5『オルエットの方へ』(更新2013.7.29)
    7月26日(金)にフォーラム山形の「金曜しねまてーく!」におきましてジャック・ロジエ監督の『オルエットの方へ』が上映されます。18時半からの回は、上映の前後に解説をさせていただきます7月7日(日)の『朝日新聞グローブ』におきまして、ミゲルゴメス監督熱波クロスレビューをしていますウェブ版はこちら。7月5日発売の『キネマ旬報』7 月下旬号におきまして、『ベルリンファイル』のレビューを書いています

  81. 2013/11/20 15:07:46 kikulog含むアンテナおとなりページ

    ところで、これはモニタリングポストリアルタイム線量測定システムの横に立っている場合の話で、実のところモニタリングポストの横にずっと立っている人などいない。一日の生活といっても、家の中にいたり道路を歩いたり外で作業をしたりビルの中で仕事をしたりといろいろな場所にいるのだから、その場所その場所放射線を受ける。積算線量計を身につけて測定できる本当の被曝量は、そういうさまざまな場所で受けた放射線による被曝を集計したものだ。だからモニタリングポスト数字時間を掛けても本当の被曝量にはならない。現在のやりかたでは、モニタリングポストの横に1日8時間滞在していて、残りの16時間は外よりも少し放射線の弱い家の中にいるものとして、1日の被曝量を計算している。そういう人にとっては本当に被曝量に近いだろうけど、そうでない生活パターンの人にとっては被曝量はずいぶんと違ってしま
    空間線量から被曝量を見積もるときの最大の問題がここで、中西準子さんは空間線量から出した被曝量は、(たいていの人にとって、という意味だと思うけれども)本当の被曝量の2倍以上大きいはずだと言っておられるし、前に紹介したテレビユー福島社員の例では3から4倍くらい大きく出ているようだ。本当の被曝量が知りたければ、やはりできるだけ実際の生活に即した測定をしたほうがいいわけだ。
    学校放射線をよく遮蔽するので、学校の中に長くいる子ども被曝量は少ないと言われている。もちろん空間線量が自然放射線量に近づくに連れてこの差は小さくなっていく。自然放射線程度の放射線量では、室内のほうが放射線が強いということもありうる(建材から出る)
    長くいる場所放射線サーベイメーターで測って、こ海鵬時間いるから何μSv、こ海鵬時間いるから何μSvと実際の生活パターンに応じて空間線量を足していけば、現実被曝量に近い数字計算できるはずだ。ただし、サーベイメーターなので、本当の被曝量よりも何割か大きな数字になるに違いない。海竜_颪法自分生活パターンはどういうものなのか考えてみるのもいいと思う

  82. 2013/08/23 12:21:41 オンライン日記含むアンテナおとなりページ

    teacup.[ 掲示板 ][ 掲示板作成 ][ 有料掲示板 ][ ブログ ]

  83. 2013/05/17 23:05:24 死に舞含むアンテナおとなりページ

    programming1980 2013/05/17 23:05 今井晋、お前不細工なくせに偉そうな口叩くなよw

  84. 2013/04/16 23:06:18 夜、暗殺者の夜の果てへの旅(さようなら、私のブログよ!)含むアンテナおとなりページ

    2013-04-16
    ■[雑報]今日買わなかった書籍 23:06
    ジョゼフ・ド・メーストルの思想世界革命戦争主権に対するメタポリティークの実践の軌
    作者: 川上洋平
    出版社/メーカー: 創文社
    発売日: 2013/04/20
    メディア: 単行本
    エシックスセンス倫理学の目を開け
    作者: 新名隆志,林大悟
    出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
    発売日: 2013/04
    メディア: 単行本
    コメントを書く
    トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/elieli/20130416
    決定版 感じない男 (ちくま文庫)

  85. 2013/03/10 10:08:15 はてなダイアリー - Ryohei’s Neuroscience Notes含むアンテナおとなりページ

    そして、2月にはいり、サイエンスイベント世界中からトップ神経科学者を呼び、シンポジウムを行った。そうそうたるスピーカーリストはこちら。有名なブレイカーというホテルで行った。さむ〜いアメリカ東北部ヨーロッパから来たゲストたちは、ホテルからみえる美しい眺めに驚嘆していた(したの写真は、シンポジウムの休憩時。歩いているのは、参加した人たち)。SunSymposiumをひっかけて、”Sumposium”と名づけたこのイベントデイビッドと、毎年のイベントにしたいと、話している。地元Scientistを中心に600人ほど集まったが、できれば次回からは、このイベントのために人が来るようなイベントにしたいものだ。

  86. 2013/03/02 19:38:27 dagboek voor mijn onderzoekingsleven含むアンテナおとなりページ

    アクセスが許可されておりません。
    You don’t have permission to access the requested page.
    AFFRIT Portal
    農林水産研究情報総合センター/Agriculture, Forestry and Fisheries Research Information Technology Center

  87. 2012/12/10 04:45:01 スマイル・トレーニング・センター含むアンテナおとなりページ
  88. 2012/09/14 20:37:01 日記含むアンテナおとなりページ

    14/09/2012
    そうだ、フィレンツェへ行こう、と思ったので行ってくる。またね。
    Tweet
    «twitterアカウント削除のお知らせ
    2012.9.14
    septembre 2012

  89. 2012/08/14 19:06:06 pentaxx備忘録含むアンテナおとなりページ

    2012-08-14 謝れ職業
    ちょっとツイッター主体になってこちらの更新一年以上ぶりになりました。
    以前2ちゃんねるで拾った匿名の詩があまりに傑作だったので、拙著家族痕跡』(筑摩書房)などで引用させてもらいました。最近作者の方からメールを頂き、お名前引用して良いと許諾を頂いたのであらためて掲載します。
    作者は松岡宮(松岡恵子)さんと言う方でした。ご自分HPもお持ちです。
    http://homepage1.nifty.com/MIYA-MATSUOKA/
    ここで読める他の詩にも傑作がたくさんあります
    謝れ職業松岡
    「ああ、今日会社に泊まりこみで仕事だよ」

    疲れた声で言う
    職業人は
    謝れ
    全ての「だめなヤツ」に
    細い声で
    謝れ
    「ああ、忙しい忙しい」

    朝早く出てゆくひと
    乗り換えの駅で朝食をかっこみ
    後続列車に乗ってゆく
    職業人は
    謝れ
    手をついて
    謝れ
    「俺はやっとやりがいを見つけた」
    なら
    謝れ
    仕事にきちんと就くことは罪なのだから
    それをきちんと謝罪せよ
    そう、あなた
    今日も働いて働いて
    上司に怒鳴られてもがんばって
    同僚とのおしゃべりで気晴らして
    ときどき仕事でも嬉しい事があるんだよ・・・
    それなら
    足下を見ろ
    海鵬たういくつもの白い腹を見ろ
    白いブヨブヨした腹を踏みつけてサーフィンしているあなた
    エイ♪ゴーゴー♪しているあなた
    内臓破裂の暖かさに包まれている
    あなた
    すべての弱いもの謝罪せよ
    あなたの強さを謝罪せよ
    仕事
    仕事
    仕事
    取引
    連絡
    申し送り
    あなたがそうやって一生懸命生きる事で壊してきた
    そしてそうやって一生懸命働くことで壊している
    すべてのダメもの弱いものアホなもの
    恥ずかしいもの腐ったもの古くなったもの

    謝罪せよ
    あなたが彼らの年金を払ってやることに対して
    謝れ
    あなたが彼らの医療費をまかなうことに
    謝れ
    あなたが彼らを保護しいたわり慰めることに
    謝れ
    3月15日くもり
    自分たまたま頑丈であり
    毎朝おはようと笑って出かける
    そのことに
    ごめんな
    さい
    作者: Saito Tamaki,Hiroki Azuma,J. Keith Vincent,Dawn Lawson
    Permalink-2009-01-13

  90. 2012/08/03 08:55:45 悪漢と密偵含むアンテナおとなりページ

    [news]
    以後 悪漢と密偵 は下記のURLにて更新しま
    Permalink | コメント(0) | 08:23

  91. 2012/08/03 02:39:56 あいまいな本日の私含むアンテナおとなりページ

    あいまい本日の私(旧)

  92. 2012/05/29 07:01:08 可視の祭典含むアンテナおとなりページ
  93. 2011/10/12 17:42:54 帰ってきたハナログ含むアンテナおとなりページ
  94. 2011/03/29 10:45:34 KZR含むアンテナおとなりページ

    2011-03-29
    結局、Tumblrに移行しました。
    以前からブログを他のサービスに移したいなと考えており、種々のサービスを色々と試していたのですが、結局のところTumblrが最も良さそうだ、という結論に至り、本格的に移行することにしました。
    新しいブログはこちら。今後ともよろしくです。

  95. 2011/02/14 15:14:41 pêle-mêle含むアンテナおとなりページ

    Sketches of Shanghai - 「やっとるか」
    Twitter / @snowystreet
    作者: ロラン・バルト,渡辺淳,沢村昂一
    作者: ロラン・バルト,石川美子

  96. 2010/10/20 02:19:59 short hope含むアンテナおとなりページ

    クレール・ドゥニホワイトマテリアル』@日仏学院。冒頭、荒んだ道を寄る辺なくさまようマリアイザベル・ユペール)は、フランス軍のヘリによって退避勧告を受けるがまるで聞く耳を持たない。それどころか頭上に向け中指を立てて、拒絶を示す。内戦危険が迫る状況に人々はみな他所避難してゆくにもかかわらず、コーヒー農園を営む彼女は豆の収穫こそが一大事であり、いまこの場所から離れるわけにはいかないと頑なに主張する。危険は刻一刻と迫り、銃を携えた孤児兵士たち惑星敷地に侵入し、息子は正気を失い、収穫されたコーヒーの赤い実の山にはやがて切断された山羊の頭が放り込まれるだろう。こうした切迫のさなかにあって、状況が見える者か見えない者かといえば、マリアは状況が見えない者だ(危機的状況についてもポストコロニアル状況についても)。危機的状況を見、認識することがきっかけで、状況に翻弄されたり抵抗したりする何らかの行為が起動されるわけではない。どことも知れぬアフリカの国で、白人である自分経営するコーヒー農園こそが居場所であると信じて疑わない。意志が状況を凌駕している。不屈の植民地主義意志は、状況をどこか白昼夢に似たものへと近づける。固い意志を秘めたユペールの横顔以外には何も秘密がないかのように。実際、反乱グループリーダーをかくまうマリアと、市長と裏で取引きする彼女の元夫という図式が描かれはするし、プールサイドでめずらしそうに金のライターを拾い、部屋で掠めたネックレスを身に着ける少年少女描写には、“ホワイトマテリアル”による搾取/への羨望が垣間見えるけれども、結局のところ、そういったポリティカル関係性を指摘すれば事足りる映画とは違い、マリア不毛な不屈さの貫徹という最大の秘密をかかえたまま物語ゼロに還る。

  97. 2010/04/14 20:08:19 pkb含むアンテナおとなりページ

    おしらせ
    このブログは近々なくなりますので
    http://tanji.jp
    または
    http://tanji.jp/blog
    ブックマークの変更をお願いします。
    お手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。
    丹地陽子
    20100414 | MEMO

  98. 2010/02/25 16:33:05 安藤日記含むアンテナおとなりページ

    安藤日記(andoh.orgへ移動します)
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  99. 2009/12/28 17:18:06 Blog (Before- & Afterimages)含むアンテナおとなりページ

    2009-12-27
    ■[Essays]種の魅惑、縮減模型の魂
    現代思想』のレヴィ=ストロース特集寄稿しました。
    田中純「種の魅惑、縮減模型の魂──『野生の思考』再読」、『現代思想』第38巻1号(2010年1月号)、青土社2010年、154〜165頁。
    なお、文中で言及しているレヴィ=ストロースが作った神話形態変化を表わす三次元模型については、該当すると思われる物体の写真が同じ号の59頁に掲載されています(今福龍太さんの論文の図2)。
    この号に収められた文化人類学者の皆さんの論考からはいろいろ刺激を受け、レヴィ=ストロース仕事文化人類学はもとより、それとは異なるかたちでも継承する必要性を感じました。
    滅びつつある、あるいは、滅びてしまった思考形態論理を探るという営みは、それを担っていた人々への負債を返すのにも似たことかもしれない。人類学的なフィールドワークによるものではないけれど、ある時代特殊経験を甦らせようとする作業には、通じるものを感じる。この作業の次元を見ないサルトル歴史哲学レヴィ=ストロース苛烈批判を加えたことは、だから、ある種の歴史家でありたいと思う自分には十分理解できる。
    野生の人々が読めないであろう言語レヴィ=ストロースが書物を書いたことの意味について考えさせられる。「グローバルな知的ネットワーク」云々といった次元での儀礼的なコミュニケーションとはまったくの別次元で、「第4世界」がこの場に見いだされるべきではないのか。書かれるべきは「神話である、ということでもあるだろう。
    Permalink | トラックバック(0) | 09:47
    2009-12-19
    ■[Memorandum]シンポジウム
    事業仕分けの話とか、当日、いろいろ付け足しを考えていたのですが、時間切れでした。
    戦うべきは反知性主義。だから啓蒙必要なので、短期的戦略としては「メディア戦争」に参戦することも確かにありうる選択肢かもしれない。
    けれど、そこで引き合いに出されるのが新哲学派だとすると、先日の蓮實+浅田対談ではないが、「死ぬために書く」という、それこそ殺し文句のほうがはるかに切実に思える。
    「聞くこと」という臨床の知と「聞く耳持たぬ者にも聞かせる」という啓蒙の両者が必要なのだろう。
    言葉の通じぬ者に向けて語ること、言葉もたぬ者の言葉を。
    言葉なき者の語りを聞くこと。敗者に耳傾けること。
    から、同時代のためにのみ書くのではない。
    死者とともに、あるいは、生まれざる者とともに書くこと。
    Permalink | トラックバック(0) | 22:27
    2009-12-18
    ■[Essays]独学に学ぶ
    昨年行なったレクチャーの記録が雑誌掲載されました。
    田中純「独学に学ぶ──早稲田大学建築研究室白井晟一学習会・レクチャーシリーズ 第2回(2008年12月13日、虚白庵にて)」、『住宅建築』No.4172010年1月号)、建築資料研究社、49〜54頁。
    さる高名な哲学者ピンチヒッターでしたが、良い経験になりました。
    白井晟一を語る」と称してはいものの、立原道造堀口捨己アドルフ・ロースを経由し、白井に「にじり寄る」といったところで、詳しく「語った」とは言えないかもしれません。ただ、白井晟一をどのように語るかという、その語り口そのもの自分なりにとらえ返すことができたような気がします。
    このレクチャーの機会を与えていただいた中谷礼仁さんに改めて感謝します。
    Permalink | トラックバック(0) | 21:30
    ■[Essays]書評服部文祥狩猟サバイバル
    書誌情報
    田中純書評服部文祥狩猟サバイバル』」、「読売新聞2009年12月13日付朝刊。
    ちなみに、この本で追求されている「サバイバル」は、装備を完璧にしてエベレストに登るといった登山とは真逆にある。自分の手で殺生を行なわなければ生き延びられないからこそ、それは「苛酷」なのだ
    Permalink | トラックバック(0) | 21:22
    2009-12-11
    ■[Memorandum]サバイバル承前
    もっとも「敵」はいたるところにいる。
    中央公論』の蓮實+浅田対談をつい読んでしまう。
    既視感あふれるものだが、文字通り、対談自体現代19世紀の反復と見なしているのだから20年前と大差ないものになることは当然なのだ
    現在メディア状況に対する姿勢はお二人とまったく同意見で、「即時的なレスポンスのやりとりがコミュニケーションだという誤った神話に惑わされてはいけない」という浅田さんに対して、「それを嘲笑すべく、ドゥルーズは「哲学コミュニケーションではない」と書いたわけじゃないですか」と蓮實さんが応じているのはもっともというほかない。もういっぺん強調しておくと、ドゥルーズは「哲学コミュニケーションではない」と書いたわけだ。
    Twitterをただの雑談と見なせば別にどうということはない。雑談楽しい意味もある。しかし、もの書きがただでさえぐだぐだな思考Twitterで垂れ流しても、それが自然にまとまるものでもないだろう。実際のところ、ぐだぐだの泥沼に沈んでゆくのが眼に見える・・・・・・
    Twitterであれ何であれ、所詮メディア戦略じみたもの」と割り切った自意識の持ち主にしたところで、浅田さんの発言にあるように、「ディベートでこう言えば話題になるはずだという計算でずっとやってきた」フランスの新哲学派と同じく、そんなもので「勝ち組」になることに何の思想意味があるのか。
    はいえ、この対談がどこか引退した賢者たちの高みから発言に見えてしまうことも否定はできない。大学制度改革などをめぐる蓮實さんの発言には、かつての東大総長国大会長としての過去に由来する、ある種の弁解じみたお気持ちがうかがえないわけではないように思う。「高齢者金融資産を独占している状況を変えるには退職金制度をやめるしかない」という提案(それ自体リアリストらしい現実的政策だけれど)には、「あなたがそれを言いますか」と、苦笑を通り越し、みんなで爆笑してしまったが。
    総じてお二人は、ごく常識的意味で、「愚鈍」となるにはあまりに「聡明」なのだろう。「愚鈍さ」の称揚はある種の「嫉妬から来るものに思える。ただ、「投瓶通信として書く」「レスポンスを求めないために書く」(浅田さん)、「発信しないために書く」(蓮實さん)、ついには「死ぬために書く」(ブランショ)といった言葉は、しごくまっとうな倫理としてかすかな支えにはなった。
    Permalink | トラックバック(0) | 21:00
    2009-12-10
    ■[Memorandum]サバイバル
    読売新聞読書委員書評執筆)としてほぼ最後仕事に取り上げるのは、服部文祥狩猟サバイバル』(みすず書房)。内容は次の日曜に掲載される書評に譲るとして、たまにはここにも雑感を。
    2年間にわたって書いてきた書評最後に何を取り上げようかと思っていたところ、ちょうどこの本にめぐりあった。締めくくりにはふさわしい一冊。
    この本の出発点がそもそも「肉食系」なので、ベジタリアン的な「草食系」の発想は端からない。そこがいっそすがすがしい。
    生に執着している自覚はないが、ボウイ70年代ロックテーマだった「サバイバル」は、身近な感覚ではあった。
    何としても(ある象徴的な意味で)生き延びて、明日は戦うんだ、といった。
    何のために?
    野戦攻城」の「独学者」(橋川文三)──生き延びてしまった者の倫理に惹かれるのも同じことなのだろう。
    何が敵かは、敵だったのかは、倒れるまではわからないにしても。
    Permalink | トラックバック(0) | 08:25

  100. 2009/11/12 01:46:57 Turn into Literature含むアンテナおとなりページ

    肖像』は『ユリシーズ』や『ダブリン市民』に劣ると思つてゐるのだけれど、丸谷新訳を読んで、この順位けが変わつたりするのか。

  101. 2009/08/15 15:41:59 101101101含むアンテナおとなりページ

    じゃぶぁー!!!2009/08/15 08:41
    やっぱコスしてもらってハ メ るのが一番萌え燃えるって!!!!!!
    昨日はエ○ァの新キャラコスしてもらったもんねー(*´Д`)ハァハァ
    興 奮しすぎて無意識に服着せたままパ ン ツ ビリビリに破いてバック突きしまくっちゃったwwww(テヘw)
    既に次はハ○ヒで決定してるしwktkが止まらんねぇぇぇwwwwwwwwww
    http://kachi.strowcrue.net/AvfrQd2/

  102. 2009/06/13 18:57:24 音が鳴るのを待つ日々、とりあえず白。含むアンテナおとなりページ

    無料ブログ開設
    男だけど潮ぴゅっぴゅしたよwww 2009/06/13 18:57
    すげっ!!! 昨日の女に潮 吹 かされた!!!!!
    イった後もキトー攻めされたら急に力入んなくんなって頭真っ白になってさぁ、
    したら凄ぇ勢いで透明の液がチソコからブシャー!って出てマジ焦ったよww
    女が潮 吹 くのは当然として、男が潮 吹 くなんて思わなかったわぁwwwww
    頭がブッ飛ぶぐらい気持ちいいからやってもらってみー??
    http://shiofuki.navi-y.net/gnA48US/
    震度0 (朝日文庫 よ 15-1)

  103. 2009/06/09 03:13:06 斬られて候。含むアンテナおとなりページ

    お ま ん こ注意報 2009/06/09 03:13
    オ ナ ニー見てあげただけなのに何で5万もくれるんだよ(゜Д゜;)
    個人的にはタダでもいいからもっと見せてって感じだけどなww
    てか、バイト代は受け取らないと逆に冷められるから気を付けろよ!!!
    ちなみにバ イ ブ+ク リ攻め推薦な( ̄ー ̄)余裕でまた呼ばれるからwww
    http://shasei.oppao.net/mnK27VP/

  104. 2009/06/01 07:03:30 はてなダイアリー - reminder含むアンテナおとなりページ
  105. 2009/01/11 23:37:13 saltwatertaffyの日記含むアンテナおとなりページ

    さよならはてな
    移転先はこちら*1
    *1:http://romanticaugogo.blogspot.com/

  106. 2008/12/31 13:13:56 Rock strikes me blind含むアンテナおとなりページ

    2008-12-31
    ありゃりゃ><
    13:13 |
    結局年内に書きあげられなかったなぁ。というのも、書いているうちに話が思わぬ方向に行ってしまたからだ。失敗しちゃったなぁ。
    コメントを書く
    トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/rorygallagher/20081231
    祈り、呪い、笑い、自死
    ここには嫉妬復讐とは違う、しかしやはり狂気構造があるが、それは後述することにする。――『シティ・オブ・ゴッド』はブラジルスラム悲惨な現状を伝えているにも拘わらず、一方で主人公の甘く苦い青春映画としても見ることができ、社会風刺とともにしっかりとエンターテインメントしているという点で素晴らしい映画なのだが、もしこの映画目的悲惨な現状を知らしめることがあったとするなら、半分は成功であり、しかし半分は失敗だろうと思う。
    こうして、僕がこうやって映画を採り上げてきたのは、セカンド・レイプ――もっと広く暴力あるいは狂気転移連鎖――の具体的個別事例を挙げることがそのままレイプを導くことを恐れたための次善の策であったのだが、僕の海里茲Δ姿勢批判され得るだろう。例えば、前回のエントリで『ソドムの市』を挙げたことを腹立たしく思っている人もいるだろうと思う。というのも、(イタリア人ドイツ人言及するのは措いても)『ソドムの市』を採りあげることが、もはや過去戦争に直接関与していない現代イタリア人ドイツ人に対する侮蔑に他ならない、と言う人を容易に想像できるからだ。
    嫉妬復讐義憤。これらは後ろに行くにつれて、確かに正当性という点で徐々に強度を増しているように見え、それぞれは区別されるわけだが、しかしここは敢えて、これらをひっくるめて狂気と呼んでおこう。義憤righteous indignation。このrighteousが恐ろしく曲者だ――ここに罠が仕掛けられている。
    ここで一度精神分析に引き寄せて、補助線を引こう。佐々木中さんがラカンの言う享楽類型コンパクトにまとめた論文を書いていて、大変参考になる。*7
    至極簡潔に言えば、僕らが普通に得られる快楽は、僕らが望んでいる享楽とはほど遠いものに成り下がって――合法的な、危険排除した形で――僕らに与えられる。快楽と欲望の文法は異なる。*13言い換えるならば、〈ファルス〉や〈法〉、〈他者〉へ同一化せんと僕らは試みるが、その試みが可能であるのも、そこにぽっかりと穴が開いているから可能であるにすぎない。享楽原理的に不可能であり、その効果として欲望が可能になる。
    けれども、狂気に至ってしまった者は異なる。狂気に至った者が倒錯者たる所以は、原理的に不可能であるはずの同一化を達成してしまうという倒錯に陥っているためだ。倒錯者は欠如しているところのシニフィアン対象の位置に自らを位置付けることで、その欠如に蓋をしてしまう。
    例えば『コックと泥棒、その妻と愛人』の泥棒アルバートを思い浮かべてもらえばいい。一方で、『シティ・オブ・ゴッド』においては銃に〈ファルス〉を見て取るのは容易い。銃という道具は、端的に手に余る。ゲットーの子どもたちは、銃を手に入れた途端、〈ファルス〉との同一化を果たす。子どもたちにとって、*14もう少し言えば、先日のエントリで挙げた『ソドムの市』の、好色家奴隷青年の頭部に銃を突き付けるシーンは、好色家が〈ファルス〉としても〈他者〉としても振る舞っている場面であると言うことができるかもしれない。乱暴な言い方になるが、総じるならば、こうした倒錯者は自らが〈法〉として――そう、「正当である」として――現実振る舞うである
    ここまで、『ソドムの市』の好色家たち、『コックと泥棒、その妻と愛人』の泥棒アルバートと彼への復讐を決意した後の妻ジョージーナ、『スウィーニー・トッド』……、ここに『シティ・オブ・ゴッドの子どもたちらも含めて見てきた。しかしそもそもは、ここ1、2か月のはてなでの議論を振り返って考えることだったのに、ずいぶんと遠くまで来てしまったように思える。ここで今一度立ち返れば、そこでは〈科学疑似科学〉や〈物語り/歴史修正主義〉の区別に奮闘する議論や、滅びゆく日本語を守ろうとする議論や、性犯罪被害者への救済はどのように為されるべきかといった議論、ないしは増田では延々と恋愛セックス談義が行われていた。
    しかし、海里現実には奇妙なことが起こる。これまで見てきた嫉妬する者、復讐する者、怒れる者を思い起こしてみればいい――絶望し、世界地獄とみなす者は、あたかもこの世界地獄であることを捏造しようと、この世界現実地獄に陥れんとするかのように行為し得る。
    ――しかし、ここで立ち止まってもいけない。といっても、有田の父真一郎も、現実からの疎外ではなくて現実への疎外に嵌っているではないか*16、ということを指摘したいわけではない。このオヤジさんの諭し方に問題がないとは言わない。実際にこの説得は失敗し、仁村は工場を飛び出し、真一郎はすぐさま「言い過ぎた」と自分を責め仁村の後を追うが、仁村の姿を見つけることができない。むしろここで強調したいのは、仁村を叱り、諭すオヤジさんも、「現実地獄」という眼差しほとんど囚われてしまっているということだ。僕はこう言いたい。これは、深い傷の痛みに耐えるために自らが傷そのものになった人に、痛みを取り戻させようと塩を塗りつける行為ではあるかもしれないけれど。
    まりうまい例えではないが、例えば、日本は唯一の被爆国であって、世界的な核戦争は未だ起きていない。こういう言い方が好みでないなら、例えば、僕は(あなたもまた)救いようのない末期癌患者ではない。――世界がちっとも良いものに見えない。生きるのが辛い。それは構わない。ペシミストは悲観的に物事を見がち、あるいは、そのようにしか物事を見ることができない。けれども、そうであるならば、この世界地獄だなどと、口に出るはずがない。それは絶望言葉ではなく、単に誤りだ。ある諦念や絶望に至ろうとも、また別の諦念や絶望がすぐに訪れる。ペシミストは次のことを認める――世界もっと悪くなる。世界もっと悪くなる余地がいくらでもある。悪くなる余地をいくらでも見つけることができる。僕は煉獄に産まれた。
    *12:ここでは、先にも引いたジョアン・コプチェク著、村山敏勝鈴木英明中山徹訳『〈女〉なんていないと想像してごらん 倫理昇華』を。ただ、僕はこの点をあまり理解できていないと思う。私見では、この点はシステム論に接続して解釈されるべきではないかと思う。
    一応断っておくと、僕の言う地獄は見田の言う地獄とは違う。もっと素朴なものしかしだからこそ危険ものだ。
    Rock strikes me blind - 絶望について――傍観者の、模倣者の、動...
    <前の2日分

  107. 2008/10/31 04:15:04 Kawakita on the Web含むアンテナおとなりページ

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  108. 2008/03/05 14:09:27 And Then > M’s Memos含むアンテナおとなりページ

    March 02, 2008
    ■[life]目覚まし
    朝、代助は三千代おならで目がさめた。目覚ましは、短いインタヴァルをおいて二回、低く鳴った。もちろん、昨晩のうちに代助がセットをしておいた、わけではない。目覚まし自身の強い意志を感じる二発であった。代助は新しい人生を歩いて行こうと決心した。
    コメント

  109. 2006/12/07 00:29:49 Vrai-Faux Passeport含むアンテナおとなりページ

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