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おとなりアンテナ | おすすめページ

  1. 2024/05/22 03:42:41 ほぼ足りてまだ欲 その先含むアンテナおとなりページ

    真打ち
    落語協会から発表があり、来年、春・秋の真打ち昇進者が決まった。
    来年3月下席から
    柳家緑太(柳家花緑門下)
    柳家花飛(柳家花緑門下)
    林家けい木(林家木久扇門下)
    柳亭市童(柳亭市馬門下)
    柳家吉緑(柳家花緑門下)
    9月下席から
    柳家やなぎ(柳家さん喬門下)
    林家なな子(林家正蔵門下)
    吉原馬雀(吉原朝馬門下)
    入船亭遊京(入船亭扇遊門下)
    金原亭馬久(金原亭馬生門下)
    金原亭馬久は十一代目金原亭馬生の弟子で、馬治、小馬生、三木助が兄弟子の四番目の弟子ということになる。
    2011年の8月に馬生の同級生が主催する「木挽町寄席」で見たのが最初だろう。
    私は馬生と同年齢だけれど、別段同級生でもないが、私の大学の先輩が「木挽町寄席」の会場である「銀座神田川」のオーナーで、彼は馬生の中学の先輩という関係で、この落語会に毎回顔を出すようになった。初めてこの会に行ったときは、馬治と、当時駒吉といった今の小馬生がまだ二つ目で、確か一門会の切符を売っていた記憶がある。2005年に今の三木助が入門して、駒春。先代三木助の甥っ子、つまり先々代三木助の孫にあたる。預かり弟子、という形なんだろうか。頼りなさそぉぉな表情だったのを覚えている。
    馬久が来たときも心細そうだったけれど、声だけは大きかった記憶がある。昔から、声が大ききゃ、どうにかなると、私は思っていた。高校の落研のときも、声を出せ出せといった。決して巧い前座じゃない。近頃は大学の落研で「素人にしちゃ巧いよねぇ!」と舌を巻くのがいくらでもいるけれど、馬久は不器用だった。粋でもないし、器用でもないし、ピシッと格好がつくわけでもない。誰も唸らない。いわゆる様子も良くないよ。知らないうちに嫁さんもらっていたけれど、そういうところは器用なんだろうか、といってみたくもなる。だけれど、実直なんだよね。真面目に長い噺にも挑戦してきているし、芝居の会も続けている。馬生一門だから当然踊りも通っている。
    はっきりいって嫁さんの春風亭一花には端っからのフラみたいな、ちょっとした独特の良さがあるんだけれど、馬久にはそんなのはない。だけれど、確実だし、素直で、これは爆発はしないけれど、聴かせる噺家になるだろうと思う。
    大学の後輩だからという依怙贔屓はもちろんあるんだけれど、こういう実直な、チャラチャラしていない、噺家を大事にしたい。

  2. 2024/05/21 20:33:49 下流社会の中で手取り14万 社交不安障害含むアンテナおとなりページ

    夏物をごそごそ押し入れから出していたらふと思い出す
    以前勤めていたところで急に会社名の入ったユニフォームを作ってきた
    こういう感じの介護施設ではよく見かけるやつ
    会社名が入ってるから施設内でしか着れない感じ
    1着3000円だったかな?
    誰が買うんだよこんなもん
    最初はそう思っていた
    日が経つにつれてぽちぽちユニフォームを着ている人を見かけるようになった
    事務や運営、現場ではリーダークラス
    まだ現場職員は着ている人は少なかったが日に日に増えていく
    強制ではなかったので俺は特に気にしていなかった
    ただ高いからいらないというより、なんというか今思えば中二病みたいな見かた?
    「俺はこの会社色に染まりたくない」
    いい歳こいてそんな気持ちだったから、ユニフォームで仕事してない人の方が目立つくらい施設に浸透してきてもかたくなに購入はしなかった
    その会社は4年くらい勤めて退職したんだけど、1週間経った頃に凄まじく辞めたことを後悔した
    戻りたい気持ちもあったが実際戻りたいなんて言えない
    その会社の求人が出ていると胸が痛かった
    もやもやした気持ちの中でユニフォームのについて考えていた
    もしあの時ユニフォームを買って着ていたら、気持ちの面で少しは変わっていたのだろうか?
    多分着れば身が引き締まっただろうし、会社に所属している安心感みたいなものも芽生えたかもしれない。それ以上に現場のスタッフとの連帯、共有みたいなものも無意識に感じることができたかもしれない。
    辞めて気持ちが追い込まれていると、ここまでユニフォームを前向きにとらえている自分がいたのだった。
    結局出戻りすることもなく、連絡とりあっていた人たちともつながり続けることなく時間は過ぎていった。コロナが始まった時期だったのでこのころ世の中はメチャクチャになっていた。
    それでも介護の仕事はどこにでもあったので、まぁいいやってな感じで堕落した無職生活を半年くらい続けていたのだが、ユニフォームのとらえ方だけは自分の心から消えることはなかった
    次の職場では高くてもダサくてもユニフォームは絶対購入しよう
    そして今の職場で働き始めたのだがユニフォームが存在しない
    もう4年くらい勤めているがそんな話すら出てこない
    ただ適切な服装というのがあってそれが男子はズボンが「チノパン」だった
    入社当時ユニフォームが存在しないことに対しがっくりしてしまったのだが、せめてユニフォーム代わりにチノパンで仕事しようと持ってなかったので街へ買いに行った記憶がある
    そして時間とともにそのチノパンへの思いも忘れていきいつしか履かなくなっていった
    そして先日そんなチノパンが服の入れ替えと共に出てきたのだった
    まだきれいなのがせつない
    今の施設でユニフォームがあったら少しは連帯感が生まれるだろうか?
    好きな服装でエプロンも強制ではない結構自由気ままな施設
    ユニフォームを提案したら誰も賛同してくれないだろう
    ユニフォームがある施設とない施設
    その違いは何なのか?
    チノパンを見てそんなことを思ったひと時があったのだった
    三角コーナー丼

  3. 2024/05/21 19:54:15 かきなぐりプレス含むアンテナおとなりページ

    パンの中から出てきたダイアモンド指輪の真相
    パンマニア女性の話。
    とにかくパンが好き。旅先では事前にネットで話題のパン屋を探して、わざわざ足を運ぶほどだ。
    隣県のパン屋で総菜パンを何点か買った。
    自宅に帰りポテトサラダパンを口にした時だった。
    口の中に何か違和感をあった。
    何か入っている。
    出してみるとダイアの指輪だった。
    ジルコニアのダイアぐらいに思った。
    自分で使うのもいいな、と思った。
    これがどれぐらいの価値があるのか、そもそも本物のダイアモンドなのかということも気になり、質屋で見てもらった。
    質請けの値段は80万円だった。
    本物のダイアモンドだった。
    しかも市場価格は500万円もするブランド品だった。
    これは大変だと思い、パン屋に電話したのが2週間後だった。
    パン屋の二代目は付き合っていた彼女にプロポーズすることにしていた。
    普通にプロポーズしても面白くないので、サプライズを仕掛けることにした。
    婚約指輪をパンの中に仕込むことを考えた。
    作戦に出た。
    ポテトサラダパンの中にダイアモンド指輪を入れた。
    それは店に出さないように他の場所に保管した。
    二代目はピクニックに行ってポテトサラダパンを彼女に食べてもらった。
    ここで彼女が何か違和感を覚え、口の中からダイアの指輪が出てくる手はずだったが、彼女は何の反応もなく完食してしまった。
    これに驚いたのが二代目だ。
    指輪を飲み込んだ、と思い込み、事情を話した。
    ウンコと一緒に出てくるのを待つしかないが、念のために病院でレントゲンを撮ってもらったが、異常はなかった。
    指輪はどこへ消えた!
    謎が謎を呼んだ。
    悶々とした日が過ぎ去っていくばかりだ。
    そんなある日、お客から電話が入った。
    事情を話すと第一声が「ありがとうございます」だった。
    大事な婚約指輪が見つかったことで親子ともども安堵の涙を流した。
    指輪はお客である女性の自宅に取りに来ることになった。
    二代目と両親が乗ってきたのはいかにも高そうなBMWのセダンだった。
    女性は指輪の値段を知っているので、どれぐらいのお礼が包まれるか期待した。
    差し出した封筒はかなり厚みがあることが見ただけで分かった。
    素直に受け取った。
    彼らが帰って封筒の中身を確かめると30万円も入っていた。
    本人は指輪の値段は500万円だから、50万円を期待していたが、ちょっと裏切られてしまった。
    臨時収入の30万円で大好きなパン屋巡りでもしますか。

  4. 2024/05/20 16:51:47 ちゃずけのはてなにっき♀含むアンテナおとなりページ

    「昭和レトロ」
    メーカー勤務の下の娘がコロナ明けに飲み会が入り始めた時期、
    酒の回ったおっさん同僚に
    「結婚したら旦那を立てなければ」だの
    「仕事をさせてもらうのなら旦那さんに迷惑をかけないように」だの
    「仕事をしても家事は妻がちゃんとやらないと」だのの洗礼を受け、
    「今どき、こんなレトロなこと言う人間がいようとは!」と驚いて
    同期たちのラインで急遽「昭和レトロ発言録」を募ったところ、
    出るわ出るわ、昭和親父語録、赴任地を超えてあっという間に集まって
    「何かあった時用に」と皆で共有しているそう。
    ちなみにこれは女性だけが言われるのではなく、男性も大いに言われて
    ともに「昭和レトロ!すごい!!」と男女ともに感心(?)しているのは
    ゼット世代よりはちょっと上、の娘たちのジェンダー教育は行き届いているよう。
    「わーこんなこと言う人、生まれて初めて見た!」みたいに思った同期は多く
    太古の恐竜を眺める気分でまじまじみられている遺物たちはなんと思うやら。
    前時代的なことを言われても、相手にしない、
    まだ身を削られるがごとくに不快な思いをしないで済むのは時代が変わったせいか、
    丸の内OLなる上の娘に言うと
    「コンプライアンスって地方にはまだ行き届いてないねえ」としきりに感心。
    都心でも思ってそうな人間が無数にいて「口には出さないだけだろうけどね」と
    「昭和レトロ」な感覚はまだまだ滅びない。
    ふと、私が子供時代に読んだ、昭和レトロなおっさん御用達コラムのトンデモぶりを
    あれこれ掘ってみたら面白いかも、と思い付いた。
    昨日、思い出した「娘が嫁にいくまで娘と同じ年の女は抱けない」みたいな
    当時は「いい男のいい話」の最たるものであるがごとく取り上げたようなコラムは
    今でもあるのかどうか、親父、おっさん、と言われる世代のコラムを
    今はあまり読む機会がないので私が知らないだけか、
    大昔のおっさんたちのエッセイ本でも読んでみようか、と思った。
    私は大昔、北杜夫の文章が好きであったが、思えば、彼はその世代の人間としては
    あまりこの手のえげつない下ネタを書かない人であったな、
    飄々として羞恥心も抱く、そういう昭和人もいたこともここに記録。
    今、当たり前のジェンダー感を持つ人よりも、こちらの方が珍しく、貴重であった。

  5. 2024/05/17 11:44:17 日本魁新聞社 RSS 牧太郎含むアンテナおとなりページ

    夜、NHKスペシャル「 未解決事件・下山事件」の再放送を見る。
    1949年7月、国鉄職員10万人の解雇に関して労組と交渉中、忽然と姿を消した下山定則総裁。翌日、無残な轢死体で発見された。
    死体から血が抜き取られていたことが発覚。自殺か?他殺か? 戦後最大の謎である。
    「下山事件」を初めて聞いたのは、記者になって1年後、勤務先の新潟支局に新しい支局長として「タカキュ」(高橋久勝さん)が赴任した時である。
    高橋さんは毎日新聞東京社会部の名物事件記者。「下山事件」の時は、まだ「駆け出し」だったようだが、数々のトクダネをスクープしたらしい。
    高橋さんに可愛がって貰い「下山事件のこと」も教えて貰った。
    「当時、朝日新聞は他殺を主張したが、毎日新聞は自殺説だった」。
    高橋さん自身が現場近くの旅館に下山総裁が泊まっていたことを突き止めたからだろう。
    真相は分からない。
    それにしても、NHKの『未解決事件』は秀逸。再現ドラマとドキュメンタリーを組み合わせるのが、斬新である。
    NHKにも「調査報道」の達人がいる。視聴料を払ってもモトが取れる(笑)
    スター記者だった高橋さんは新潟支局長になった直後、記者2年生の僕に「支局の近くに引っ越せ!」と命じ「一番早く現場に行く記者になれ!」。
    「お前さんは政治部は似合わない。事件記者になれよ」と言ってくれた。
    そう言えば、二人で、夜の繁華街・古町界隈を歩き、並んで「立ち小便」をしたことを思い出した。
    若い頃が懐かしい。
    <何だか分からない今日の名文句>
    警察史上、最大の未解決事件は
    “警察庁長官狙撃事件”?
    (平成7年3月30日、
    國松孝次警察庁長官が狙われた)


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