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yuco.netの中の人が使っているアンテナです。
スペイン大手銀が政府支援要請
スペイン3位の大手銀行バンキアが同国政府に追加資金援助を要請へ。事実上国有化される見通し。 2012/05/26 06:56 【共同通信】
競泳ジャパン・オープンの女子100m背泳ぎで、寺川綾が59秒08の日本新記録で優勝。 2012/05/25 18:14 【共同通信】-ソフトバンクの小久保が登録抹消
2012/05/26 07:01〓08:00 0.0545 0.0465 0.0496
2012/05/26 06:01〓07:00 0.0522 0.0466 0.0497
※消費者庁後援が決まりました!!
東京では,平成24年5月30日(水)に「サクラサイト被害110番」が行われます。
出会い系サイト商法・サクラサイト商法の被害対策弁護団の母体となっているクレジット・リース被害弁護団についてはこちら
■[朝日新聞書評ボツ本][書評]黒井『群れの文化と個の確立』:原子力の研究者なら原子力業界の話でもしてくれよ。凡庸な官僚論なんか書いてないで。
「群れ」の文化と「個」の確立 群れの文化史観序説
作者: 黒井英雄
出版社/メーカー: MOKU出版
発売日: 2012/04/16
メディア: 単行本
題名見た瞬間にどんな話するかわかる本。でも、ここまでひねりがないとは予想外。日本の官僚制とか群れの文化で、ヨーロッパは個の確立の文化で、日本も今後は付和雷同の群れの文化から個の確立へ云々。脳科学とか、目新しさのまったくない歴史文化論とか、結局はつまんない結論にほとんど貢献してない。しかも最後はむろん地震と原発事故の話なんだけど、驚いたことに著者は原子力関係者で(しかもかなりご立派な地位を歴任)、今回の一件も完全な部外者ヅラしてあれこれ論評できる立場ではないと思うんだが、身内や業界関係者としての切実さ皆無の第三者論評。読む必要なし。むろん書評なんかしません。
■[朝日新聞書-クレバスに心せよ!―アメリカ文学、翻訳と誤読
<5月25日>(金)
○いくつか宣伝です。まず、今朝の産経新聞「正論」に寄稿しました。
●極端なリスク回避は停滞への道
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120525/trd12052503230005-n1.htm
○それから明日放送のBS朝日「激論!クロスファイア」に出演します。例の田原総一朗さんの番組で、時間帯は午前10時から。テーマは、「再燃…欧州債務不安 どうするユーロ圏、そして日本」です。
○クレディスイス証券の白川浩道さんとご一緒しました。CMの時間帯に、ふとこんな雑談が飛び出しました。
「日銀出身のエコノミストは、元NHKのアナウンサーのようなものだ。組織の重圧を離れた瞬間に、大化けしたり弾けたりする」
○ほらクマノさんとか、カンノさんとか、アダチさんとか、面白い人が一杯いるじゃありませんか。
2012年05月25日(金曜日)
(17:13)仕事とは全く関係なくインターネットで応募したら25日の午前9時からの回が当たったので、東京スカイツリーとその周辺施設を見学しに行きました。スタンバイを終えて直ぐ飛び出す形で。
赤坂から30分ほどで着きましたが、予想より人は少なかった。まあ7月10日までは予約制ですから、その周辺の商業施設も午前11時くらいから本格化するとあっては、午前9時ではあまり人がいないのも頷ける。
まず1階から4階に上がり、展望デッキに上がるのですが、驚いたのはそのエレベーターのスピードとスムーズさ。まだエレベーター会社の技術者が一緒に乗っている状態でしたが、その性能の良さに関心しました。展望デッキは2層になっていて、下の階に下が丸見えのガラス板床がある。恐ろしい。
正直あまり天気は良くなかった。雨は降っていませんでしたが、靄がかかったようになっていて、例えば東京ドームも薄く見える程度。しかし本当に晴れた日は遠くまで見通せるのではないかと思いました。そこまでの料金が確か2500円。
展望デッキの上に展望回廊がある。別料金で1000円です。このエレベーターは天井が透けて見える。なかなかの迫力。”回廊”というだけあって、ニューヨークのグッゲンハイム美術館のように徐々に廊下が上がっている。そのピークポイントは451メートルの「ソラカラポイント」というわけです。東京タワーにはない嗜好なので、「これは面白い」と思いました。廊下も白くて綺麗です。
まあでも上の展望回廊に居て思ったのですが、「それにしても細長い高い建造物を建てたものだ」と改めて。出来る前から見に来ていますが、実際に上に登るとその高さの度合い、すごさに改めてビックリする。展望デッキにはレストランもあるし、東京タワーよりは施設としては前進している。柱の絵とかに明確に「和」があるのが良い。
展望デッキと展望回廊で合わせて2時間くらいは楽しめるのではないでしょうか。私はいろいろあって1時間で撤退しましたが。タワーの下にある東京ソラマチも軽く見ました。綺麗です。出来たばかりだから。お客さんも多かった。ちょっと買い物もしました。
ま、いいんじゃないですかね。あまり「へそ」がなかった東京の東。明確な「へそ」が出来て、人の流れも変わる。今年の秋くらいにまた行こうかな。
午後10時からの地球アステクは、「最新化学プラントに潜入!」と題して、「昭和電工 川崎事業所」の取材ファイルです。横羽線などから見えるプラント群。ずっと「中はどうなっているのだろうか」と思っていましたが、今回でPO>明確に。
ということは、昨日も書いたとおりギリシャは再選挙に突き進む可能性が高くなった。緊縮を拒否してきた政党の持つ合計議席は151で、数字的には連立与党を組める。しかしその中は-ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、今後のギリシャの展開は以下のように予定されている。3日間あるのに6時間で事態は次の段階に進んだので、既に展開は早まっている。
遊行寺に行ってきました。
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万惣フルーツパーラーに、閉店直前に行ってきた
カテゴリー : 食べもの —
万惣フルーツパーラーが3月24日で閉店するということを知り、にじむさんと行ってきました。2人とも、今まで行ったことがありませんでした。この店がある神田って、老舗の名店が多そうですが、いまひとつ行く機会がなくて、敢えてこの店のためだけに行くということには、なかなかなりづらいのです。
中に入ってみると、階段沿いに2階とM2階に分かれた行列が。13時半頃着いて席に通されたのが14時45分くらいと、平日でしたが1時間15分ほど並びました。
通されたM2階はレトロでかわいらしい空間でした。ウェイトレスさんの黒い制服も、身体に沿ってシェイプされたものでかわいい。
特に、席の横が窓だったのですが、そこにかかっていたカーテンがかわいかった。手縫いではないでしょうがステッチされた人の顔のデザインです。
私はフルーツホットケーキを頼みました。フルーツサンドも頼もうとしたけれども売り切れでした。フルーツホットケーキは、フルーツが挟まれているのかなと思いましたが、そうではなくて以下の写真のように別添えでした。それから苺のクリーミーなジュースも頼みました。
ホットケーキはふちの方がカリッとしていて、フルーツやバター、シロップなどいろいろ乗せて食べましたが本当においしくてよかった。
というか、閉店を知ってかけつけ、行列を作って行くよりは、ふだん行っておきたかったです。たぶん神田あたりにはこういうまだ閉店が迫っているわけではない老舗の名店がたくさんあると思うので、誰かリストアップしてくれよ、行くから、とそんな気持ちです。
ちなみに閉店はこんな理由です。
万惣のお知らせより
弊社では、昨年3 月の東日本大震災により、本店ビルも多大の影響を受けてしまいました。
昭和56 年以前の旧耐震基準で建築された当本店ビルは「中央通り」・「靖国通り」に面していますが、昨年秋に制定された東京都の耐震化施策「東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」により両道路共、指定幹線道路となりました。
弊社としてもその対策を迫られ、専門家の耐震診断による耐震性の確認を行った結果は建物の耐震強化工事では不十分であり、早晩、建物自体の取り壊しは避けられないという予想外のものとなりました。
これまで高級果実の販売を主軸とした堅実経営に徹してまいりましたが、最近の厳しい経済環境の中で、短期間でビルの建替工事を行い経営を継続できるほどの状況にはありません。
このため、やむをえず本年3 月24 日(土曜日)をもちまして果実の販売・フルーツパーラーの営業を全店で休止することを決定した次第であります。
まあ、70年代くらいに建った感じなので、旧耐震基準なのだろうとは思うけど、重厚な立派な建物で、昨年の震災で被害を受けて取り壊しが避けられないようにはとても見えなかったので、残念です。
食べ終わったあとは、にじむさんと神保町まで歩き、にじむさんの知っている喫茶店に入りました。
アメリカのIT業界がBYOD(自前端末の業務使用)を許可する理由とは?
2012年05月25日(金)12時21分
個人情報の漏洩が企業イメージを大きくダウンさせる中、日本では個人所有の自前端末を業務に使用することは制限されています。その一方で、アメリカではBYOD(自前端末の業務での使用)がトレンドとなり、今では75%の企業が何らかの形で許可しているという報道(23日のCNN『アウトフロント』)もあります。
アメリカは極端な訴訟社会であり、個人情報にしても企業機密にしても情報管理には厳格なはずですが、どうしてこんなことになっているのでしょう?
その前に、一種のIT用語となってきた「BYOD(”Bring Your Own Device”)」ですが、これは「BYO(”Bring Your Own”)」という言葉から来ています。要するに「自前の酒の持ち込み可」という意味のレストラン用語です。オーストラリアやニュージーランドが有名ですが、私の住むニュージャージー州でも定着しています。例えば、ニュージャージーの場合では、飲食店で酒類を提供する際の鑑札(ライセンス)が高額なため、中小のレストランでは酒類の提供をしません。
その代わりに、客は自分のワインやビール(豪州ではワインだけのようですが)を勝手に持ち込んでもよく、レストランではそうした自前のボトル(オウン・ボトル)を開けてグラスに注いだり、白ワインの場合はワインクーラーで冷やしてくれたりするのです。客の側からすれば、酒屋で買ったワインを持ち込めるので割安になりますし、店としたら高額な鑑札を買わなくて良い、またサーバーにしてみれば、丁寧なサービスをするとチップももらえるので「誰にとっても悪くない」というイメージがあります。「BYOB(”Bring Your Own Bottle”)」と言うこともあります。
自前デバイスの話に戻りますと、従来なら、セキュリティをギンギンに利かした「ブラックベリー」などを会社が従業員に貸与しており、社用のコミュニケーションは必ずそちらで、というのが大企業の常識だったのです。そうではなくて、自前の端末を持ってきてオフィスで仕事に使ってもいいというのは、個人にとっては幾つもデバイスを持ち歩く必要はないし、使い慣れたデバイスで効率も上がるので会社も歓迎する、しかも会社としてコストダウンにもなるというわけです。
BYODがここまで一般化するというのには、何と言ってもアメリカのITカルチャーが関係しています。特に最近は Facebook やツイッターがコミュニケーションのツールとして、確立しており、こうしたSNSによる「つながり」が社会人には欠かせないわけです。しかも、アメリカのオフィス文化というのは特に管理職や専門職には「職務要件書に書いてあることで成果を上げていれば、勤務時間中に私用のコミュニケーションをやっていても構わない」という流れになっています。更に言えば、SNSは業務上のコミュニケーションにも入り込んできています。
こうしたSNSというのは特に「使い慣れたデバイス」で「サクサク」とやるのがいいわけですし、仕事のオンとオフでいちいちデバイスを使い分けるのは面倒です。そうなると、どうしてもデバイスは1台にしておきたいということもあります。また私用と業務用を兼ねているということで、デバイス購入に補助の出る会社などでは、新機種が出たらどんどん更新できるので嬉しいという声もあります。
では、IT担当者も「両手を上げて賛成」かというと、そうでもないわけで、やはりアンドロイドにしても、iOSにしても、それぞれOSとしてのセキュリティとしては最先端であっても、今は色々なアプリが横行しており、まあアプリの安全性は「専用ストア」を通っているのでマシとしても、メール添付の妙なものは入り込む可能性はあるわけです。マシンとしてセキュリティの観点から心配がないかというと必ずしもそうではないわけです。逆に会社側の失態で、個人のプライベート情報が漏れても訴訟リスクになります。
そこで各社のIT部門は、BYODの導入を進めるにあたって各自の「自前端末」のセキュリティ監視を強化するために、専用のアプリをインストールさせたり、個人用のアプリも「承認されたもの」しか許可しないなど、色々なことをやっているようです。有名なところでは、お堅いIBMが先月(2012年4月)に一気にBYODを推進すると発表していますが、その前にイスラエルの小さな「モバイル向けセキュリティソフト」会社を買収するなど、機敏な動きを見せていました。
終身雇用制ではないアメリカの場合は、突然に解雇されるという危険はあるわけですが、従来であれば「解雇された瞬間にアカウントが削除されてブラックベリーが即死」するなどということがあったわけですが、BYODの場合は自分のマシンに入っている業務上のアプリが「プッシュされて瞬間的にデリートされる」ということになる、各社のIT担当者はそうした運用を目指しているようです。
グーグルがここへ来て「BtoB」のビジネスに注力しているとか、マイクロソフトが『オフィス』スイートをiOSとアンドロイドのプラットフォームでも出すという動きがありますが、これもBYODの流れに沿うものだと言えます。CEOのホイットマン女史が今週からリストラに着手したHP社の苦境も背景にはこの問題があると思われます。
今週はシカゴでNATOサミットがあり、これに対する抗議行動と警官隊が激しく衝突してシカゴは騒然とした状況となりました。こうした事態に対して、シカゴのエマヌエル市長や、オバマ大統領は「治安維持にムダなカネはかけられないので、市民には在宅勤務をお願いする」という異例の声明を出しています。市民は淡々とこれに従い、シカゴの中心街は平日であるにも関わらずシーンとした状態になったようです。
一見すると、政府の声明はムチャクチャなようですが、整然と多くの人が従ったというのは、オバマへの支持が強いからでも、デモ隊が怖いわけでも、誤って逮捕されるのがイヤなのでもなく、BYODが相当に進んでいて多くの職場で急遽在宅勤務に切り替えるということがスムーズに行ったからと見ることができます。アメリカでの仕事のスタイルは更に一層「ノマド化」していくことになりそうです。
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アメリカのIT業界がBYOD(自前端末の業務使用)… 2012.05.25
少女は本当に行方不明になったのか、彼女は死んでるのか生きているのか、誰が匿名の手紙を書いたのか、果たして五月祭でクリストファー・リー演じる領主は何をするつもりなのか、そして映画の題名になってる「ウィッカーマン」は何の役割を果たすのか、サスペンスの緊張が最後まで途切れない。
[2012年05月24日] Technical KnockoutにFacebookのビジネスモデルを追加。Chris Dixon の文章の日本語訳です
Technical Knockout (2012.05.24)
初出公開: 1999年02月07日、 最終更新日: 2012年05月24日
2012/05
しばらく前に、カルロス・フエンテス他界。しばらく前に、フエンテスの小説やノンフィクションをまとめて読んで、もうフエンテスは一通り見切ったと思っていたが、それでもかの大作「テラ・ノストラ」は未だに期待だし、その才能と知性は刮目すべきものがあり、また一部の文のかっこよさと洗練ぶりはずばぬけたものがあった。正直いって、その洗練ぶりがかれの目指すラテンアメリカ土着的な泥臭さと相容れない面はあって、それが彼の弱点でもあったんじゃないかとも思う。ガルシア=マルケスは、発端となったおばあちゃんの昔話的な語り口があり、バルガス=ジョサは何でも力でねじふせるような野蛮さがあるし、カルペンティエールもそこらへん洗練しすぎずうまく逃げているんだけど…… ともあれ、ご冥福を。(2012/05/21, id)
先日までインドのタミルナド州にいたんだが、電力事情がひどい。日本の工場とかでも、週二日完全停電に、その他の日も一日六時間停電というまともでない状況になっている。ところが、先月末に突然それがちょっと改善しはじめた。なぜかというと、風が少し早めに吹いてきたから。タミルナド州は、いま稼動発電容量の半分くらいが風力を中心とした再生可能エネルギー。ところが、これまでの月は風がふかないので、その風力からの電力はゼロ。それが、風が吹いたら突然総電力の四分の一くらいがまかなえるようになった。
しかし……こんな風頼みでは仕事にならない。停電するのも困ったものだけれど、仕事に使うなら、停電するといいつつ実は電気がきました、というのも困る。タミルナド州は結構でかい(日本の三分の一くらい)だから、多少は平準化されると思っていたんだけれど、ダメなときは完全にゼロの状態が何ヶ月も続くのか! これ使うなら、どうしてもバックアップの火力かなんか必要になってくる。それを考えると、自然エネルギーへの転換をすすめましょうなんていうお題目がまったくリアリティなしに聞こえてしまう……(2012/05/20, id)
2012/04
LaTeX の環境を更新しようとおもって、そろそろ Windows とMac とLinux (最近ほとんど使わないが) の環境もそろえたいしと思って、W32 環境から texlive に移行しようとあれこれ。最初はいろいろ苦労したが、最終的には成功。よかったよかった。TexMaker とか TexWorks とかの専用エディタも使えるようになったのは便利。ただ、変なotf系の小細工して、鄧小平の鄧を勝手に utf{21E}とかに置き換えるのは迷惑だなあ。そういうのをなしにするために utf-8使ってんのに。
あと、パッケージの更新が楽なのはうれしい。これまでは年に一度くらい、W32Tex環境まるごと入れ替えで更新してたんだよね。 (2012/04/07, id)
インフラを再生すれば(特にある程度人のいるところで-そういう人たちが店を作り直したり新しく船や工具なんか買ったりする資金を提供すれば、その人たちは確実に生産活動に従事するようになる。絶対に見返りあるから、融資してあげようぜ。
印刷用ページを表示する 掲載日:2012年5月21日
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2012-05-14
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『ミレニアム2』、けっきょく上巻の半分読んだところから始めて、一日で読んでしまい、お急ぎ便でも待てないと思って『ミレニアム3』上下巻を本屋に買いに行った。
意外と、というか、女の戦いの物語で、
(女と社会との戦い、という意味も含まれる)
修羅雪姫、というタイトルでも合いそうなくらい。
『キル・ビル』という映画が公開されたときに、
「なぜレイプシーンがないんだ。観客の全員がこの復讐に怒りを燃やすための動機づけとして、あるべきだろう」
という意見があったが『ドラゴン・タトゥーの女』には、ある。
「あんな奴殺してしまえ」と思わせるようなシーンがある。
『ミレニアム2』にも、あるのだ。他の男で。レイプではないけれど。
脇役の女性たちが受けるセクハラ、パワハラ描写もなんだか細かいし、
今のところ、女のハードボイルドを描こうとしているように感じている(まだ3は読み終えていない)。
週末は、薔薇を見に行った。
夜中、夢みたいな光景を見た。
mamiamamiya 2012-05-14 00:00
コメントを書く
2012 / 5 (14)
それで、具体的にはアイアンヘッド(打つ部分ね)は、遠藤製作所というボイラーでも作ってそうな名前のメーカーのものである。ここは一般的にはOEMを受けるB to Bのメーカーなのだが、ちんまりと自社ブランドも出していて、このEPON AF-302というモデルだ。シャフトには米国のアルディラというメーカーの、NV Pro 105というのを個人輸入して挿している。個人輸入してると言ってみたかっただけである。カーボンシャフトだが硬さを示す振動数は5鉄で324。メーカー製吊しのクラブでは、概ね最も硬くて重いダイナミックゴールドというスチールシャフトのS200という型番が、大体振動数320位、暫く使うとスチールシャフトはヘタれて柔らかくなる事もあるから、ヘタれないカーボンで324は、もの凄く硬いシャフトなのだ。一般的には硬いほどヘッドスピードを要するのだが、筋力がからっきし無い割にヘッドスピードがそこそこある自分には、軽くて硬いシャフトが合っているのだろうと思ってこれを使っていた。軽くて硬いシャフトというのは、世の中には殆ど出現しないレアカードであり、僕はアメリゴ・ヴェスプッチの勇気を持って、新天地にそれを求めたのである。あと、並みの女性よりか細い手首の持ち主でもあり、スチールは手首痛めそうだな、というのもあった。ヘッドのAF-302は、やや難しめなのは判っていたが、正しいスイングを身につけるには許容度が狭い難しいクラブの方が身につきやすいかなと思ったのと、このレベルのクラブの中では明らかに打感が良く、うまく打てた時の快感から離れられずに、これを使っていた。ある意味、自分の実力とかけ離れたクラブになっているのは、承知の上だった。
ポケットキャビティのアイアンの中では、なかなかそそるデザイン。
当日、隣でキャロウェイの営業の人が試打会みたいなのをやっていた。カスタムメイドを使いたいだけの僕からすると、メーカーの吊しのクラブなんぞ若かりし頃の思い出みたいなもんだと、ほんと意味の無いウエメセ状態だったが、休憩がてら試しに冷やかしてみた。打ってみたのはレガシー・ブラック。上田桃子のスイング連続写真を穴の開く程見て、実際愛せる位にその女子プロの中で群を抜くファッションセンスと、同じく群を抜いて短いおみ足の虜になりながら、当初スイングを作ってきた僕は、やはり今期上田桃子が使うクラブをまず試すべきであろう。最初は、M10という自分のクラブの重量が近いシャフトが挿さった、真ん中位の重さのクラブを振ってみたが、シャフトがぐっと柔らかい以外は、さほど自分のクラブと変わらんなーという感想だった。そこにキャロウェイの営業の人がじっと僕のスイングを見て、これ打って下さいと別のクラブを出してきた。RAZR X FORGEDのダイナミックゴールドS300。キャロウェイジャパンが現在売ってるアイアンの中で一番重く、かつ難しいクラブである。ダイナミックゴールドは何度も打った事があるが、重いという印象しかない。なので、これはオーバースペックだろ?と思って打ってみたが、これが目から鱗、耳から鰓、口から魚ッである。ここの練習場は145ヤードと175ヤードに模擬グリーンがあるのだが、175ヤードの模擬グリーンにこのクラブの7鉄だと届く。しかも弾道が明らかに高い。というかローンチアングルは変わらないが、途中からスピンで上がる弾道になる。自分のアイアンではせいぜい145ヤードのグリーンをオーバーするかしないか位で、かつ弾道は低い。しかも、XXIOみたいなシニア向けの高反発な飛ぶモデルでの出来事ではない。アイアンで飛距離を誇ること程、ゴルフで意味の無い自慢は無いが、ドライバーと比べてアイアンの飛距離が出ない事を少し気に留めていた僕には福音であった。
原因はよー判らんが、アイアンヘッドは同じロフトの同じ軟鉄鍛造製法なので、差は少なかろうから、シャフトの問題であろう。今のアルディラシャフトを使っていて、先端が全くしならない事から、このチップ剛性は15kgを超えかねない超絶な硬さかもしれず、そうであればボールを上げるとかスピンを掛けるとかいうシャフトの機能に乏しいのでは無いかと薄々感じてはいた。だとすれば、アルディラさんは単なる炭素の棒な一方、ダイナミックゴールドは単なる鉄の棒では無い様である。ただ、アルディラの名誉の為に言えば、ある打ち方をすると惚れ惚れする様な高弾道高スピンが出るのだが、持ち主がヘタれで、スイング改造を繰り返した結果、その”ある打ち方”を思い出せないのである。全般にダメなので無く、許容度が狭いのであろう。
しかし、人の体型以上に個性に溢れたゴルフのスイングにおいて、吊しのメーカー製なんて、と思っていたが、軽くフィッティング的なものは、今のクラブに特に不満が無くても、常に受けてみるのが得策な様だ。キャロウェイの営業の人に、何故この重いのが合うと思ったのかと聞いた所、ヘッドスピードが落ちないなら、硬さより重さの方がスイングの安定に寄与するし、実際ダイナミックゴールドはきちんと振れるなら、スピンも掛かって簡単なシャフトとの事だった。とあるシングルのアドバイスと、簡単なロジックツリーでの推論が一致した為に、重さより硬さを取った僕のこの1年はどうやら失敗だったのかもしれない。キャロウェイの業績は前期大変悪くて純損失を計上しているが、クラブは手抜きのコストダウンに走らず、こういう地道な営業活動にもコストをかけて、頑張って欲しいものである。
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長谷部 千彩
Chisai Hasebe
文筆業/レディメイド・エンタテインメント代表
写真を撮りつつ、エッセイを書く。
音楽のほうは裏方の仕事です。
著書『有閑マドモワゼル』『レディメイド*はせべ社長のひみ
つダイアリー』
連載『私が好きなあなたの匂い(WWD Beauty)』
Head of a music label named readymade entertainment.
Also, writing essays and taking pictures.
Currently residing in Paris.
URL:http://www.hasebechisai.com/
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01*手袋をさがす
向田邦子さんの著作に、「手袋をさがす」というエッセイがあります。
私はそのエッセイを18歳のときに読みました。 ...
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2012-05-14
Follow your bliss
今日はとても印象に残る言葉に出会いました。
“Follow your bliss and the universe will open doors for you where there were only walls”
(あなたの至福を追求しなさい。そうすれば宇宙はあなたの前に壁しかなかったところにドアを開きます)。
神話学者のJoseph Campbell の言葉だそうです。
blissの意味の「至福」は、精神的な極上の幸福。快楽ではなく心が平安な状態で自分が幸せに感じることを追求しなさい、ということのようです。
今の私にとってのbliss は、子供や大切な人達との会話、大学での知的好奇心を満たす授業、しなもんとの静かな時間、でしょうか。
とりわけ大学での授業と読書は、今までの自分では得られなかったblissを得ています。新しく物事を知る、知識を得る、先人の知恵や見識をもらう、他の人の意見を聞く、深く考える。それらの作業から、社会を見る新しい目を養っている気がします。
これからも、私にとってのblissを追い求めてゆきたいです。
reikon 2012-05-14 21:53
コメントを書く
Follow your bliss
2012 / 5 (1)
2012-05-14
なゆゆの告知だよ
仕事してます
こんにちは、なゆゆです。
人生をときめかすために片付けの魔法をしていたら、10代のときに描いた絵がでてきましたよ。
キャプテン翼にかぶれていたりしたんでしょうか、15等身はありますね。
数年後、久しぶりに漫画を描いてみたとき、なぜか三等身の人間しか描けなくなっていたのでビビりましたよ。
テルオとマサル
作者: 市橋俊介
出版社/メーカー: クマンバチブックス
発売日: 2012/04/01
メディア: コミック
さて、告知です。
SPA! でアラサーちゃんといっしょにアラだらけ君なる漫画を描いてる市橋俊介さんが、
10数年前にコミックビームで連載していた漫画がついに単行本化しましたよ!
いじめられっこ風のマサルと、頭蓋骨の形状がおかしいテルオの熱い友情物語です。
巻末で「ナユカとシュンスケ」と題して対談をしていまーす!
ちなみにこれ、全部はけたとしても赤字が決まっているページ数と値段で、同人誌のような部数しか刷っていないという市橋さん入魂の単行本ですので、もちろん普通の書店には置いてありません。
お求めはamazonかタコシェ、一部のヴィレッジヴァンガードでどうぞ!
今ならヴィレヴァンのレジ袋に市橋さんの描いた漫画が載っていたりもするのでお特だね!
それから、clone人間さんの新刊『ヨメホとツマホ』の推薦文を書かせてもらいました!
帯の「ホンモノの膣がここにある!」ってやつです。
ほんとはamazonのリンク貼りたかったんですけど18禁の本って貼れないんですかね。
urlを直接貼ります。
↓
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4864362963/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1336988536&redirect=true&sr=8-1
clone人間さんはすばらしい角度のちんこを描く方でして、推薦文書かせてもらえるなんてたいへん光栄です。
ちんこが好きな乙女と人妻好きの殿方はぜひチェックしてみてみてね!
ツイートする
2012-04-28
■[しごと]講演「科学者維新塾・御茶の水」
科学者維新塾・御茶ノ水で講演させて頂きました。昨年の中之島に引き続き、お世話になりました。元気で意識の高い皆様とディスカッションできてたいへん刺激になりました。ありがとうございます。
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5/10 DOLPHY 横浜 / 丈青(p)川村竜(b)大坂昌彦(d)
5/11 Club Quattro 大阪梅田 / SOIL&”PIMP” SESSIONS
5/12 文京シビックホール 水道橋 / 荒武裕一朗(p) 丈青(p) 他
5/13 ストリングス 吉祥寺 / 丈青(p)秋田紀彰(b)福森康(d)
5/15 モーションブルー 横浜 / 丈青(p)井上陽介(b)則竹裕之(d)
5/25・26 JAZZYSTAN2012 KAZAKHSTAN / SOIL&”PIMP” SESSIONS / J.A.M
5/20 50th Anniversary audio-technica LiveParty 大阪 / SOIL&”PIMP” SESSIONS
5/21(月)大阪ミスターケリーズ / Shiho(Vo) from Fried Pride 丈青(P)
6/2 KAMOME 関内 / 丈青(p)日野”JINO”賢二(b)FUYU(d)
6/6 モーションブルー 横浜 / 丈青solo
6/7 alfie 六本木 / ウィリアムス浩子(vo) 鈴木央紹(ts)丈青(p)西嶋徹(b)FUYU(d)
6/8 PIT INN 新宿 / 丈青(p)日野"JINO"賢二(b)FUYU(d)
6/10 alfie 六本木 / 丈青(p)荻原亮(g)SOKUSAI(b)みどりん(d)
6/13 DOLPHY 横浜 / 本田珠也(d)丈青(p)類家心平(tp)川村竜(b)
6/16 日比谷宣言 / SOIL&”PIMP” SESSIONS
6/17 alfie 六本木 / J.A.M
6/22 DOLPHY 横浜 / 丈青(p)秋田紀彰(b)今泉総之輔(d)
6/23 No Bird 銀座 / 丈青(p)大坂昌彦(d)他
6/24 キャビン 本厚木 / J.A.M
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2012過去のライブ
日記というか年記の勢いなので久しぶりに開いてあまりの時間の隔たりに我ながらびびった。やはりどうしても日々のよしなしごととそれに対する細々としたわだかまりや引っかかりについて思うまま書きたいという気持ちがありつつも、こうして日記を書きつづけるという最後の抵抗すら放棄しつつある今日この頃、さてどこに書こうかな、ツイッター、ミクシー、フェイスブック、グーグルプラス、と選択肢だけは増えたけれどもどこもいまいちぴんとこな、で結局ここが一番いいのだった。ツイッターができて最初のいっときは楽しかったけれども、いまはまったくついていけないというか、早くなくなればいいのにという気持ちがして仕方がない。結局うまく使いこなせていないだけだと思うのだけど、やはり情報(イベントやいまやっている面白いテレビ番組)の取得の速報性はかえがたいし、ふと生成される会話や議論は面白いけど、ノイズとして入ってくる(自分の気持ちやタイミングにそぐわない)情報が多すぎるんだなあ。向こうから来られるより自分から摑まえにいきたいのよ。
GWは漫画喫茶に行って5時間パック+3時間延長で、『テルマエロマエ』と『進撃の巨人』と『月舘の殺人』という佐々木倫子×綾辻行人の鉄道ミステリとやっと『アイアムアヒーロー』を最新刊まで読んだ。アイアムアヒーロー、思ってたよりベタというか、ウォーキングデッドに似ているというか、予想してたよりあまり面白くなかったかなあ。ゾンビの話になるまでじっくり一巻分ぐらいかけて進行していくところは面白かった。
しかし私の記事はさておいて、他のみなさんの映画評やコラム! ベーシックのテーマの通り、タイトルだけでもう執筆陣のエッセンシャルな部分をびしばしと感じさせてくれます。他のみなさんの原稿はまだ読ませてもらっていないので、当日『Bootleg』を手に取れることがいち読者として何より楽しみです。
1(日) 鎌倉 DAPHNE MIHO TAKASHIMA (VO) TRIO
南博(P)鈴木正人(B)
http://jazz-daphne.jp/
17(火) 池袋 APPLE JUMP HIROSHI MINAMI
FUTURISTIC FUTURE
南博(pf)}森田修史(sax)千葉広樹(b)服部正嗣(ds)
類家心平(TR)http://applejump.net/
18(水) 代官山 晴れたら空に豆まいて 「complete piano」
南 博& スガダイロー DUO
http://mameromantic.com/?m=201203&cat=1
May
3(木)吉祥寺 SOMETIME HIROSHI MINAMI
FUTURISTIC FUTURE
南博(pf)}森田修史(sax)千葉広樹(b)服部正嗣(ds)類家心平(TR)
http://www.sometime.co.jp/sometime/live.html
7(月) 中目黒 楽屋 市野(G)南(P)千葉(b)セッション
南博(pf) 千葉広樹(b) 南 博(p)
http://rakuya.asia/index.shtml#t1
10(月) 六本木 SOUL WINDOW HIROSHI MINAMI INDEX 3
コモブチキイチロウ(B)竹中俊二(G)
http://www.softwind.jp/
21(月)新宿 PIT IN GO THERE
南 博(P)竹野昌邦(SAX)水谷浩章(B)芳垣安洋(DS)
http://www.pit-inn.com/sche_j.html
June
5(火) 代官山 山羊に聞く 津上研太 DUO
南 博 (P)
http://yagiii.com/
8(金)学芸大学 珈琲美学 津上研太 DUO
南 博 (P)
http://www.jazz.co.jp/LiveSpot/coffeebigaku.html
16(土)青山 BODY & SOUL 与世山 澄子(VO)
南 博(P) 井上陽介(B) 藤井学(DS)
http://www.bodyandsoul.co.jp/
18(月)新宿 PIT INN HIROSHI MINAMI THE FUTURISTIC FURURE
南博(pf)}森田修史(sax)千葉広樹(b)服部正嗣(ds)
類家心平(TR)
http://www.pit-inn.com/sche_j.html
24(日) 鎌倉 ダフネ ギラ ジルカ(VO)
南博(pf) 水谷弘章(B) 松山修(DS)
http://jazz-daphne.jp/
25(月) 池袋 APPLE JUMP HIRSHI MINAMI TRIO
鈴木正人(B)芳垣安洋(DS)
http://applejump.net/
26(火) 横浜 DOLPHY HIROSHI MINAMI SESSION
コモブチキイチロウ(B)服部政嗣(DS)市野元彦(G)
http://www.dolphy-jazzspot.com/about.html
28(木)新宿 PIT INN BOZO津上研太
南博(p)水谷浩章(B)外山明(DS)
http://www.pit-inn.com/sche_j.html
30(土) 所沢 スワン 森田修史 SESSION
南 博(P) 千葉広樹 (B)
http://www4.ocn.ne.jp/~swan/
某月某日――愛電話が愛機になるまでは、もう少し時間がかかりそうだ。なにしろこれはもう既に電話の域を超えている。テクノロジー恐ろしや。あと一年も経てば、もっとすごい、愛電話五番などでるのかもしれない。 それは既にもう、文字盤もなく、全て音声で処理されるものになるのではないか。そしてあと二年も経てば、頭の中に埋め込むようになるのではないか。独り言を言っている人がいるなあと思ったら、電話中だった、などという異様な風景が、巷に展開するのではないか。恐ろしや。渋谷センター街に行くと、全員あらぬ方向に目をやりながら、それぞれその場に全然関係ないことをぺちゃくちゃ喋っているのである。下手をすれば、真横にいる恋人に、純愛電話五番で話しかける世となるかもしれぬ。 こっちの方が雑音をカットできて、音声がいいんだもの、などと言いながら。ああ恐ろしや恐ろしや。―― 某月某日――と言っても今日は12日。明日13日、中目黒のクラブ楽屋にて、新しく起動したグループ、「MMS」で演奏します。タイトルの由来は、Thelonious Monk(P), Charles Mingus(B), Billy Strayhorn(P)の頭文字から。このお三方、時代劇で言えば、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に匹敵するジャズの作曲家であり、演奏家なのです。美術で言えば、モンクはゴッホ、ミンガスはバスキア、ストレイホーンはロートレック?かな。とにかくこの人達には足を向けて寝られない。だが、今こそ彼らの曲をやる機が熟したとも感じている。今触れておかなければ、この先一生素通りしてしまうような気もする。モンクの曲とそのピアノ奏法について、ここで述べるまでもあるまい。ミンガス然りである。ストレイホーンは動画が少ないが、各自U-TUBEで見られます。特にストレイホーンは、デューク・エリントンの片腕として活躍した人です。有名な「Take the A Train」も、実はストレイホーンの曲なのです。ああ、どこまで簡単に書いていいのか、どこまで専門的なことを言っていいのか分からない。とにかく、彼らの曲をやるという事は、王と長島とイチローが、同時にバッターボックスに入るようなものです。あれっ、僕スポーツ嫌いだったよね。皆さん聴きにきて下さい。――PS、メンバーは、津上研太(SAX)水谷浩章 (B)本田珠也(DS)。すげえメンバーだな。―― 某月某日―調べてみたら、松の内とは、一般的に1月6日までをいうのだそうだ。門松を立てておく時間のことを指すものだが、なぜ門松と称するのに青竹が真ん中にあるのであろうか。しかも斜め切りの状態で。ぜひとも、この門松の由来を知りたいものだ。正月は、多分昔でも気の緩む時期で、それを狙った何者かが闖入してきた際に、正月飾りに見せかけた青竹が一瞬にして竹槍と化し、狼藉者と戦う為にあのような組み合わせになったのではなかろうか。残念ながら、こちとらマンションに住んでいるので、ドアの前に門松などを置いたら、近所から苦情が来ること必須である。消え行く日本の伝統は、住まいの形状からの影響も大きいのかと、今更ながら寂しく思う。まあこのことは閑話休題として、年末、携帯電話が壊れてしまった。泡を食って「軟銀行支店」に行ってみると、31日だというのに開いている。店員に我が携帯電話を見せると、こりゃもうダメです、ダンナ、新しい機種に変えた方がいいですぜ。というお答え。いやいや、新しい機種と言っても、触り版とやらを、あたしゃ使う気はないよ。あんなものに慣れる前に、あたしゃ死んでいる、文字なんざあ書けるわけがない。と返したところ、ダンナ、いずれは全ての携帯電話が触り版となるんですぜ。お早めに慣れておくことをお勧めしますよ。てえんで、どれか良さげなものを見繕ってくれい、と裾をまくると、ジャジャーン、これですよダンナ。この愛電話、こりゃあすごい代物でしてね。要するにこれはすでに携帯じゃあない!じゃあなんなんだって聞いたら、これはダンナ、電算機がそのまま小型になったものと理解してくだせい、とこうきたもんだ。ナニナニ?いやダンナ、今あっしが説明しやすから、つまりこれがこうなって、そしてこれがああなってるってんで、今チマタでは大騒ぎですよダンナ。なんですって、シャミのおっしょさん?それだったらこの愛電話にするしかねえ。正真正銘この軟銀の留吉がお勧めするんですから、間違いはねえ。とにかく使ってみてくだせえと、何のかんのとねばるので、わかった、俺も男だってえんで、その愛電話を握りしめ、そそくさと家に帰った。ためつすがめつ眺めてみれば、この愛電話、なにがなんだかさっぱり分からない。とにかく、壊れた携帯電話のお目録をお宅の林檎から導きだしておくんなさいと留さんに言われていたので、林檎と愛公をめでたくメオトにさせた。そうしたら、驚いたのなんのって、同期しますってんだ。そのメオトが。メオトが同衾するのは分かるんだが、同期とはこれいかに、なんてどうでもいい事を考えているスキに、あらあら、本当に同期しやがった。愛公を覗いてみれば、ほとんどのお目録は消えていなかった。こいつはよかったてえんで、まず我がトモダチに、明けましておめでとうかなんか目得留を出してみようってんで、初めて触り版に触れてみた。あ・け・ま・し、、、あれ?目得留が勝手に飛んじまった。こいつはいけねえと思って、またやってみたのだが、うーん、なかなかうまくいかない。その内に、大晦日の大騒ぎの会に御呼ばれしていることに気がついた。ああ、いけねえ、時間がないってえんで、三味線もって新宿の、人力車の溜り場へエンタク乗って行きました。ああ、めでたやめでたや。あっしのオペンペンも調子よく鳴って、こいつは春から縁起がいいや。あほれペペンがペン。ペンペンペ〜ン。愛〜チャンの〜こ〜いぶみ〜は、かくの〜がた〜いへん、あほれぺぺんがぺ〜ンのペンペンペ〜ン。四角四面の愛〜チャン〜は、ツンデ〜レおんな〜の、見本の〜よ〜だよ、み〜りょ〜く〜てきだ〜が、ちょい〜と気むずかし〜。あほれペペンがペ〜ンのペンペンペ〜ンときたもんだ。愛公、今年からよろしくな。―― 某月某日――明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。と言いつつ、正月明けから腹立たしい。何かを誹謗中傷、または特定の人物の悪口を書くのは、いけないことと承知の上で言いたい。テレビをつければスポーツばかり。なんだこれ、日本人全員バカなんじゃないか(ということで僕も含まれているわけです)。今年もどうかよろしくお願い致します。 某月某日――御多分に洩れず、大掃除を、と思い立ったが、完璧にやろうとするとイライラするし、下手をすると精神を病むので、まずは商売道具のピアノの置いてある部屋からと思い立った。――――今ピアノの部屋を見て帰ってきた。見ただけで精神を病みそうな状況だった。 ここは一念発起、水垢離をして身体を清め、出雲大社にお参り行き、高野山にて山ごもりし、空海のごとく、太陽を口の中に飲み込み、天狗のごとく山々を駆け巡り、俗欲を祓うため、自らを獄卒の攻めに身をゆだね、餓鬼となってあの世とこの世の間をさまよい、いざ、さてと 掃除にかかるとすれば、多分来年に今頃になってしまうであろう。――― 某月某日――といっても本日、27日、二子玉川のライラというバーで、オルガンを弾くこととなった。詳しくは http://lialeh.net/news.html/オルガンを弾くのは、何年ぶりか。―― 某月某日――クリスマス。語源は、Christ’s mas、つまりキリストのミサを行うという意味らしい。今、皆川達夫著「中世・ルネサンスの音楽」(講談社学術文庫)を読んでいて、すこぶる面白い。特段クリスマスの語源の意味を調べようと思ったのではなく、本を買って読み出したらクリスマス時期になってしまっただけだが、このミサという行いについても、この本には詳しく書いてある。 興味のある方は是非読んで下さい。僕がこの本で一番面白いと思ったことは、まずキリストに対するお祈りの言葉が、歌となり、メロディーを持ち始めたということだ。 はじめに言葉ありき。聖書の言う通りだ。―― 某月某日――新宿ピットインで、シェイラ・ジョーダンの歌を聴いた。ピットインの天井に星空が瞬くような歌声であった。その星空がプラネタリュウムのそれのように、ゆっくりと回転するがごとく、彼女の歌声に合わせ、曲が進んでゆく。きっとこの星空は、彼女の過ごしてきた音楽とともにあった人生そのものだと思った。御歳八十を超すその彼女の歌声の粒子には、アメリカの、戦前の大不況、第二次世界大戦、50年代の繁栄、またそれらに沿ったジャズの歴史がいっぱい詰まっているようだった。これらの時間の流れが天体の動きのように、ゆっくりと回転する。そのシステムを操っているのはシェイラの音楽の本質そのものだ。そう思って聴いていると、彼女の歌は既に、メロディーを持ったポエット・リーディングの様相を呈してきて、歌詞そのものがリリックとなり、僕の感性の深いところを刺激した。こういう瞬間が、一年に一回あれば僕は生きていける、と思わせる本当のサウンド。 終演後、たくさんのファンに囲まれたシェイラ。サインをしたり写真を撮られたりと忙しそう。ちらりと様子をうかがうと、サインするLPやCDに、必ず何か一言書き込んでいる。二回のステージを終えた後の疲れというものがどういうものか、僕は知っている。しかし彼女は終始笑顔で、心からファンを歓待している。見習うべきことだ。音楽以外のこういうミュージシャンシップにも、 感動してしまった。しかし、疲れているんだろうなあと思いつ
3月 15日 木▲.
京都にいます。ぽむアジトに居候です。もう一週間います。なかなか仕事が終わらなくて、戻るのが伸び伸びです。
ところで、いま慌てて進めている仕事とは別に、先日「ケンチクナイト」の放置された資料を漁り、ム−ビーをつくる、というワークショップをしました。なんでもかんでも捨てずに取っておいたおかげで(放置していたとも言う)10年前に行ったイベントの様子をとらえた映像や写真がいっぱい出てきました。それらをまとめ、4分ほどのムービーにしました。そして、当時のレシートを元に再現したケンチクナイトおでんやケンチクナイトカレーを食べながら「ケンチクナイト2012を考える非公開市民ワークショップ」を開催。東京・金沢ともskypeでつなぎ、話をふくらませていただきました。企画が固まっては(全く)いませんが、いろいろなアイデアが……。顛末はこのtogetterまとめを参照するとよいです。2年の歴史を遡ることができるまとめです。10年の歴史を遡るムービーは以下をご覧下さい。
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以下、youtubeに載っけた解説より転載。
ケンチクナイトは、ぽむ企画(http://pomu.tv/)の主催により2002年3月16日、京大吉田寮食堂で行われたオールナイトイベントです。2012年、10年ぶり二度目の「ケンチクナイト」開催をもくろむぽむ企画は2012年3月、2002年の記録をひもとき、「プロモーション映像」をいまさら制作。現在建築や情報などさまざまな分野で活躍する出演者たちの10年前の生の声を伝える、貴重な資料となっています。制作:もりむらよしひろ(@orihihs0y)、ynbr/pnch (@ynbr)、ぽむ企画
(2002年当時のウェブサイトの紹介文より)
【建築】×【映像】=【ケンチクナイト】
Q ケンチクナイトって何ですか?
A 建築×映像のイベントです。近年建築の分野では、プレゼンテーション方法として「動く映像」を用いる機会が多くなり、こうした映像表現を得意とする作家も現れてきました。一方VJやゲーム、CG、Webデザインといったデジタルデザインの世界で建築畑のクリエイターが活躍することも増え、空間感覚を生かした独自の世界を作り出しています。ケンチクナイトはこれら”建築”と”映像”の分野をトランスする作品に焦点をあて、お酒を飲みながら気楽に楽しもうというものです。
Q 出演するアーティストはどんな人ですか?
A 今回は建築を専門に学んだ人たちを中心に集まってもらいました。学生だったりグラフィックデザインの仕事をしていたりと立場はさまざまです。
【TIME TABLE】
21:30 OPENING LIVE WARSMAN ながさわ+ぽむ企画 / VJ
22:00 000STUDIO
simulation / はこだて未来大学 / ナラティブ・ハンド / GINGA
22:30 田中浩也
多次元フォトコラージュ / 4 Dimentions / spacetimedesigns
23:00 日埜直彦 / DJ cocomad / VJ
24:00 ぽむセレクション
アトリエ・ワン『踊る建築』『ペットアーキテクチャー』
石田靖『まちののりもの』
24:30 wtnv
リズムエンジン / Fire Fly Family / 携帯電話で光る服
25:00 photon marim / VJ voyage / DJ
26:00 角田哲也 / VJ 中原 淳 / DJ
2012-02-04
対象に肉薄しよう
考え方
Leica M7, 50mm C-Sonnar F.5, RDP III, Lake District UK
行動を伴わないと何事もただしく理解できない。アタマはあくまで身体に付き添うもの、ということを最新しみじみ実感する。
脳と神経の側から見ると当たり前のことなんだけれど、身体と脳は全く切り離せない。このように世界を感じる自分の身体があって、このように考える自分の脳がいる。身体と脳は1セットだ。
例えば、色の三原色という言葉があるが、これは人間の色覚にとって三原色なんであって、鳥にとっては違う。あまり聞いたことがないかもしれないけれど、鳥には4つの異なる色覚があり(これをテトラクロマティックという)、ハトは恐らく五色、つまりペンタクロマティックだと推測されている。
彼らの感じる世界なんて僕らには理解できない。彼らの目を僕らの脳に直接つなげば何か分かるのかもしれないけれど、この実験をしようと思えば、脳の構造に影響を与える必要があるので(つまり四色なり五色を理解できる脳の側の構造にする必要がある)Critical periodとよばれる脳の対応力(可塑性という)が非常に高い時期(生まれてすぐから人間だったら5−6歳まで)につなぎ直してそのままにしておかないといけない。
けれど、色覚というのは、物理現象ではなくて、あくまで脳の中での合成物だから(知ってました?)そのような異様な手術を受けた個体があったとして(別にヒトである必要はないです。笑)、その個体がどう感じるかなんて、全く理解はやっぱり出来ないということになる。
かなり極端に思われるかもしれないけれど、結局僕らはヒトに限らず、感じる内容から自分のやっていることを理解するということを繰り返しているので、直接的に感じることがないと、なにもちゃんと理解した気がしない。夢の中では脳が外からの刺激をほとんど遮断しているので、何かほんとにしているように感じるかもしれないけれど、起きていて、歩くことを想像する、というのと、実際に歩いている、ということの違いは明確で、これは足や身体が受ける振動から感じることが僕らの実感そのものを作っていることを示している。
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これは毎日の日常で、同じような苦痛を感じたことがない人の話は理解できないとか、その仕事をしていない人にはその仕事をしている人の話はやっぱりいくら聞いても理解できない、というのと同じだ。失恋した人が、同じような大変な目にあった人によく相談する、というのがドラマでよく出てくるけれど、あれも同じだ。
これは、僕みたいな人間がしているような知的生産的な仕事においても全く同じで、実際に身体を動かして、その場の人と直接向かい合い、あるいは課題に向かい合い、直接イシューを拾い出し、直接、手を動かして、分析的なアプローチを設計する。それを更に直接、実行して、意味合いをひろい、それをベースに直接、自分でイシューにそった表現をする、そのようなことを何も理解なんて出来ない。
この間も、僕の近くで働く人たちを集めて、ちょっと分析だとか、イシュー出しをやってみる、あるいはチャートを書き直す、と言うセッションをやってみた。
これまでさんざんレクチャーを色んなところでやって、座学がほとんど何も産み出さないことを実感しているので(その人たちが僕のチームに来ると何も出来ないことが普通)、実践を繰り返して、その場でぼこぼこにフィードバックするブートキャンプ方式(笑)でやってみた。すると、みんな自分が驚くほどなにもできないこと、そして僕が話していることの殆どを理解できていなかったことを痛感し、なのに喜んで帰っていった。(人間って結局、マゾなのかも。笑)
僕が今やっている仕事もそうだ。仕事なんて毎回新しい問題に立ち向かうものなのだから、毎回フレッシュな自分がいる。そして、自分が何も分かっていなかったことを実感する。アタマって、何かを理解するにはあまり向いていない。ただ、理解した体験を積み重ねて、保存する、それが僕らのアタマとカラダ(脊髄も含む中枢神経系)なんだと思う。
なんてことを、土曜の朝の寝起きのアタマでふと思う。
よし、ということで、今日も対象に肉薄だ! :)
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ファイト新聞と箱根の記録
GXR, 35/1.4 Nokton Classic, 気仙沼の避難所生活を送る子供達の有志が自発的に作り、多くの人を励まし支えた、ファイト新聞編集部の看板 (歴史的遺産として保存が決定)
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今振り返って、記録を丁寧に見てみると、第一回の大正9年は15時間という悠長な時代。何しろ優勝校が東京高等師範学校(東京高師)だ。
8回目(昭和2年)までは14時間台の戦いが続き、それ以降は13時間台の競争。で、徐々に早くなるものの、私が生まれるまだ前の昭和35年(第36回)にようやく11時間台の戦いに突入。そこから40年以上に渡り、駅伝は11時間台、という時代が続く。
この11時間の壁をこれまで打ち破ったのは、わずかに二回。平成六年(70回)の山梨学院大10時間59分13秒と、昨年(87回)の早稲田10時間59分51秒だけだ。*1
(クリックすると拡大します)
圧倒的な改善があったのは、昭和の初め。2時間近く詰まっている。ここで何があったのだろうか、と考えるのはなかなか面白い。モボ、モガの直後の時代、支那事変が昭和12年なので、この段階では日本はまだいい時代だったのだろう。そういえば、今の朝の連続テレビ小説のカーネーションの舞台が平和だった初めの時代がこの頃だ。
明らかに悪化するのが、昭和18年から24年までの開催が何度も取りやめられている戦争末期*2、そして終戦直後の時代。どれだけ栄養状態が悪かったのかよく分かる。当時幼少期だった、自分の親の世代が、我々の世代より明らかに背が低いことからもわかっていたことだが、この数字を見てもしみじみと実感する。
昭和39年と言っても多くの方は、ピンとこないかもしれない。これは1964年、東京オリンピックの年だ。先進国の仲間入りを果たすこの平和の式典に向け、数年前から、激しくスポーツの発揚、国内でのシューズやウェアなどの改善が大きく行われていたことは容易に想像がつく。年始に行われるこの駅伝がおそらくオリンピックの長距離やマラソンの選考会もかねていたのではないかと推測する。
昭和58-59年となると僕の中高時代であるが、ユーミンがダンデライオン、達郎が高気圧ガールをうたっていたこの時代、スポーツで記憶にあるのは正直、1984年(昭和59年)のロス五輪ぐらいしかない。確かに楽しい時代の楽しい祭典だったが*3、ここで20分以上タイムが縮まったのはどうしてなのだろう?よく分からない。
このあたり、今回も箱根の解説をしていた瀬古さん*4や宗兄弟がマラソンで大活躍していたと記憶するが、駅伝でこれだけの改善があると言うのはちょっと??だ。だれか陸上に詳しい人、是非教えてほしいなー。と思ってもう一度詳細を見てみると、58年はあの谷口浩美が日体大のエースとして出て区間新を出している!
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ただ、上のグラフで明らかな通り、これ以降は、日本人の栄養状態も、体型的にも改善が止まり、記録はほとんど横ばいに入る。そんな中で、たとえ昨年の21秒差の準優勝がどれだけ悔しかったとしても、8分15秒も記録を縮めた今回の東洋大チームは本当に称賛に値する。
中でも福島出身で「僕が苦しいのはたったの一時間ちょっと。福島の皆さんに比べれば、全然きつくはありません」と言い切った柏原竜二の言葉には、思わず涙した。選手達、一人一人におめでとうの言葉とともに、我々に力強い新年をくれてありがとうと、ウェブの隅っこから伝えたい。
なんとも日本的なスポーツであるが故に、大変な注目を集める駅伝。…今回は、リアルタイムで、色々なデータを見ることで、ちょっと新しい気づきを得、テレビもようやくデジタルなんだな、を実感。
冒頭のファイト新聞の子供達が、大きくなり、この駅伝の話を聞く時、何をどう思うだろう?
そんな彼らに少しでも、意味のある未来を残せたらと思う。
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*4:「区間新記録間違いないです」などと相当前から発言しておきながら、フタを開けてみると、ギリギリ3秒上回るだけなど、ちょっと踏み込み、いい切りがすごくて面白かった。スターだから許される?笑。
次々と現実的な知恵を出しながら、力強く(陸前)高田、気仙沼の人をつなぎつつ、工場が流された自分の会社では工場を借り、素晴らしい醤油を作り続ける八木澤商店社長の河野さん。この困難の中で、人も切らず、売りを元の六割まで戻されたそうです。ただ感嘆。帰りに送って頂いたクルマの中で聞いた、「人間はしぶといです」という言葉が頭から離れません。
2012年1月2日(月曜日) 久しぶりに更新します。
★あけましておめでとうございます、本年も宜しくお願いします。
★12月上旬にサーバ会社から使用料振り込みのお知らせが来てようやく「ああ、ここ放置してたなぁ」と思いだすくらい久しぶりになってしまったのは、他にネットコミュニケーションを取れる場所が増えてきた(Twitter,Facebook)というのもあるし、正直長文を書くのが面倒になってきたからというのもあるし、生活環境や仕事の変化というのもあるんだろうけど、やっぱり年が改まると「今年はこっちもきちんと更新しようかな」という気になってくる。とりあえずは例年通り(半ば自分に向けた)一年の計を書くことにする。
★昨年春に人事異動で雑誌販売の部署に移り、仕事に馴れるので一生懸命だったのだが、ようやく少し落ち着いてまわりを見渡すことができるようになってきた、と思う。今年は色々自分なりに、考えてきたアイデアを実践していく時期になるだろう。あと、はっきり言って昨年は「自分のこと以外にはあまり首をつっこまない」スタンスを取り続けてきたが、実はそれは自分のいつものスタイルではない。多少嫌な顔されようが、もうちょっと周囲におせっかいを働いていこうかと思う
★「本の学校」の活動も今年は本格化する。組織上では今井書店グループの一部門であった「本の学校」を今年春めどにNPO法人化し、書店人教育と読書環境推進、出版産業の未来像を作りあげる活動を今まで以上に頑張っていくことになる。自分自身も責任ある立場となるので、中途半端にせずきちんとやり遂げたい。その分、「でるべんの会」のほうが昨年1回しか活動ができなくなってしまったのだが、これももちょい、幹事の皆さんと連携取って復活させねばと。
★電子出版とかWebとかの仕事は直接的に関与しなくなったものの、それでも相変わらず最新情報は興味を持って追い続けている。やっぱり自分は、紙だろうが電子だろうが「本」というパッケージを扱う立場に居続けたいと思っている。自分で本を書いたり編集したりしない私は、「本を売る、届ける」という所で、電子でも紙でも対応できるようにしとかなきゃいけないだろう。
★さすが30代も後半になると健康面での問題が色々と・・・継続的な運動をするのと、暴飲暴食を控えるのとは、なんとか続けないとな。節約とか早寝早起きとか、なんかそういうのも正月のうちは「ちゃんとしよう」と思うんだよね。続けられますように。
★それにしても、昨日1月1日は、年が変わった直後に長野で、日中も関東で、震度4クラスの地震があった。さすがだ。「昨年のアレ、なかったことにすんなよ」という警告には十分な規模の脅しだっただろうと思う。-★というわけで、10カ月ぶりとなってしまった勉強会。席に限りがあるので、お申し込みはお早めにお願いいたします。
イルストラード (エクス・リブリス)
作者: ミゲルシフーコ,中野学而
出版社/メーカー: 白水社
発売日: 2011/06/08
メディア: 単行本
フィリピンのナボコフ、のような二十代の若い書き手のメタディテクティブ・ストーリーといった感じみたい。
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2010-04-07
共産主義的煮込みをつくろう!!!
↑香菜が好きすぎるネコ山
「土豆烧牛肉」というジャガイモと牛肉の煮込みは別名「共産主義的煮込み」と呼ばれています。その起源はフルシチョフによる、中国の共産主義には水っぽいスープしかないが、ロシアの共産主義にはビーフシチューがあるという趣旨の発言です。中国は共産主義を実現するための経済的基盤がまだ整っていないという意味なのですが、いったいどうしてこんな嫌味度MAXな言い方に…!? こともあろうか貧困に苦しむ中国人民に美食自慢だなんて…レーニンは「飢えた民は蛇まで食べているのに豪華な食事なんて…!」と激怒&号泣し料理を投げつけ暴れた*1ことさえあるというのに……。
そんな、プロレタリア精神をどこかに置き忘れたとしか思えないフルシチョフの態度に中国側も大激怒。フルシチョフはもはや反マルクス-レーニン主義の修正主義者だ! ということで、毛沢東も荘子の改変コピペを散りばめた壮絶リリックですかさず応戦!バトルの中で磨き上げられたマオのスキル。研ぎ澄まされたリリックが中国人民の胸に突き刺さる!MAOMAO illskill!
suck コミンテルン な昨今
お肉とおイモに満腹 ご満悦 プチブルの演説
say wack! 奴ら性格最悪 へたれ発言連発 俺らは世界を変革 *2
写真:激しい舌戦を繰り広げているに違いない毛沢東とフルシチョフ
フルシチョフ「оиiкц оiмо цма цма!!」
毛沢東「只是肉芋自慢的発言w激烈可笑wwwww修正主義者非常悲惨wwwww」
実際には絶対にこんなことは言っていない、というか上のセリフはロシア語でも中国語でもないのですが、とにかく、こうした悪夢のようなディス合戦の果てに中国は文化大革命に至り、美食自慢などしようものなら問答無用で三角帽子をかぶせられ自己批判を強要の後ボコボコにされる等の憂き目にあう恐怖の国と化したのでした…。
この一連の議論の中で、フルシチョフ発言中にあるビーフシチューの訳語として、中国に元々ある牛肉とジャガイモの煮込み料理である「土豆烧牛肉」が採用され、それ以来「土豆烧牛肉」は共産主義の代名詞となったのでした。日本の中華料理店でもときどき「共産主義煮込み」という名前でメニューになっています。今日は、そんな味わい深い歴史を持つ中華料理「土豆烧牛肉」にレッツトライ!
作り方
材料
牛肉(煮込み用)500g (ジャガイモとサイズを揃えてカット)
ジャガイモ 5個(1/4にカット)
長ネギ 青い部分1本分
香菜 お好みで数本
ショウガ薄切り5、6枚、ニンニク薄切り1片分、唐辛子2本(お好みで)、花椒 数個(お好みで)
豆板醤 大1.5、甜麺醤 大1、醤油 大2、砂糖 大1/2〜1、酒 カップ1/2
まず、材料を上のような形で下ごしらえしておきます。ちょっと奮発して1パック800円の牛肉を今回買ったら、さすが高級品だけあってプラスチック製の謎花がついてきました。おもわず「いらねえよ!!!!!!!」と声にだしてシャウトしてしまいましたが、肉にタンポポの花を乗せる仕事の人に失礼な発言であった……と思い直し、とりあえず飾ってみました。ちなみに、この肉を買ったスーパーは独特の自由な雰囲気をもっており、例えば、仕事上がりの店員が「お先にイェーイ!」(イェーイ!)とハイタッチして、ノリノリで帰っていったり、「ねえ、このヒラメの刺身、エンガワも入ってるの?」と聞かれた店員が「みればわかるだろうが!!!!!!!!!」とブチ切れたりします。肉のパッケージングも自分たちでやっているっぽいので、きっとそんな楽しい店員たちが「この花……いい!」「高級感出た!」(イェーイ!)などと議論しながら考えたアイデアに違いない。
まず、ごくごく弱火で熱した油にショウガ、ニンニク、豆板醤を入れて香りが立つまで熱します。焦って火を強めてしまうと、あっという間に豆板醤が焦げてしまうので注意……!! 豆板醤は炒めて香りを出して使うと良いというのは、中国語検索エンジンのBaiduで料理の作り方を検索しまくった過程で得た情報なのですが、よく見たら日本のレシピ本にも普通に書いてありました……
香りが立ってきたら、やはり弱火で肉とネギを入れて炒めます。お肉はそのままで食べられる程度までしっかり熱を通しておきます。ちなみに上の検索話ですが、私は中国語は全く読めないのでgoogleの機械翻訳を駆使して乗り切りました。
しっかり炒めたら、残りの調味料と水カップ1を加え、沸騰したらクツクツと表面が弱く波打つ程度の火力でしばらく煮込みます。15分後ジャガイモを加え、その後水分が飛ぶまで煮込みます。このあたりで、肉のサイズが大きすぎることに気付く。しかも、料理用の酒と間違えて飲む用の高い日本酒を使ってしまい錯乱状態に……!
錯乱により一時は料理の遂行が危ぶまれたものの、気を取り直して肉を一度鍋から出して一口大にカットしました。みなさんはこのようなケアレスミスをおかさないよう、私を反面教師にして気をつけてください。煮汁が減って、こんな感じになったらできあがりです!
香菜を散らして盛りつけたらできあがり!!!
味はかなり辛いのだけれど、ジャガイモがほこほこ優しい感じで、香菜がさっぱりアクセントになって……という感じでとにかくご飯が欲しくなる感じでおいしいです!辛いのが苦手な人は、適宜調味料を調整してください。作り方は煮込むだけでカンタンだし本格的な味っぽくておいしいのに、牛肉が高すぎるということだけが欠点……。「全ての国民が毎日ビーフシチューを食べられる」ような理想社会は21世紀の日本においてもやはり実現していないのだった……。
とはいえ、この料理はお肉を鶏やラムなどお好みのお肉に変えてもおいしいそうなので、みなさんお手頃なお肉で是非試してみてください!!
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*1:投げつけられた料理は後日スタッフが全ておいしくいただきました
*2:「土豆燒熟了、再加牛肉。不須放屁、試看天地翻覆」
2008-03-24
超カンタンでやわらかジューシー…異次元鶏料理法
アンチエイジングは今や女性最大の関心事……万有引力という物理法則にさえ挑戦する皮膚のたるみと戦いは、今やNASAの科学力をも利用した宇宙規模のプロジェクトへと進展している。しかし、アンチエイジング系化粧品はおしなべて一万超えという、庶民には近寄りがたい価格帯で展開されており、フルラインで購入し続けた場合年間の出費は数十万をくだらない……。女性の平均月手取り収入は17万*1であることを考えれば、憧れの無重力フェイスを手にすることができるのはごく僅かな富裕層だけ。価格帯別にライン分けされた化粧品カタログは、まるで日本が事実上の階級社会であることを暗示しているかのよう。
一方、そんな資本主義の厳しさに疲れ果て、ナチュラルな生き方を模索しようとロハス系雑誌をめくると、異様に高価な自然派化粧品が並び、自然には逆らえても資本主義には逆らえないという現実に直面することに…。プチブル女性たちが農作業にいそしむ姿は、ベルサイユに農村風の別荘を作り田舎風の暮らしを楽しんだマリー・アントワネットの姿に重なって感じられるほど。どちらを向いても消費を煽られる現状はプロレタリア女性にとってあまりにも過酷……「貧困だってオシャレしたい!」と女性たちが蜂起するのも時間の問題だ。
そんな貧困ガールたちの乙女心を満足させる食材として私が勝手にプッシュしているのが鶏肉。特に、鶏モモ肉はコラーゲンが豊富でアンチエイジング効果たっぷりな上、財布にも優しいので、預金残高を確認するたびに老後の不安がもたらす無意識の早死願望が肉体に働きかけ老化が進行してしまうという貧困ガール特有の加齢因子を抑制することも可能。まさしく、加齢に苦しむ貧困ガールたちの救世主的存在といえる。
しかし鶏肉は調理を間違えると、肉汁は流出し身はパサパサ……という悲惨な状態になってしまうことも多い気まぐれフード……。レストランで出てくるような、やわらかムッチリ、ジューシーな鶏肉はどうすれば作れるのだろうか…。
肉は低温で
そもそも、なぜ肉はパサついて固くなってしまうのか……中華料理店の店主にしつこく問いただし入手した情報によると、タンパク質は高温で調理すると収縮して固くなり、肉汁が流出してしまうとのこと。調べによると、タンパク質は63℃から凝固を始め、68℃から水分を分離し始めるそうなので、肉汁を流出させないためには、理論上は63℃以上68℃未満で加熱すれば良いということになる。しかし、僅か5℃の差しかないタイトな温度帯をキープするのは一般的な調理器具では不可能……! 早くも八方塞がり…と思い調べたところ「実験の結果、実際には鶏肉の場合85度の加熱でも味的にはあまり変わらなかった*2」という情報を入手したので、だいたい85℃未満を目指せばよいということになる。
お湯を沸かして、沸騰する前に火を止めて一時間放置するだけ!
温度管理がしやすいのは湯煎だけれど、茹でると肉汁がお湯の中に流出してしまうので、ジップロックの中に鶏肉を入れてお湯にエッセンスが漏れ出さないよう工夫してチャレンジ! ジップロックの耐熱温度は100℃から120℃程度だそうなので、ビニールが溶ける心配はなさそう……。手順は、だいたい85℃くらいのお湯に鶏肉を入れて、火を止め蓋をして1時間放置するだけ。たっぷりのお湯を沸かせば、一時間くらいなら暖かいままなので余熱で十分火が通るは
December 06
お知らせ
新しいはてなブログで日々のことを綴っています。
よろしくお願いします。
入り口はこちら→ http://cinnamon.hatenablog.jp/
2011-10-22 人生は「旅」と「冒険」どっちがいい?
■[life] 記憶の宮殿の容量は閾値を超えると蒸発 21:35
あんなに暑かったのに、ちゃんと涼しくなるもんですね。昨日はワインを飲みすぎたかも。またしても紅白で。そして胃の中でバラ色。
2011-10-05 ストレスか、放射線か。
■[Psychiatry] 非腫瘍性甲状腺疾患と放射線とストレス。
ストレスと甲状腺疾患
@hotsuma: バセドウ病の発症にストレスが関連 慢性甲状腺炎はストレスとあまり関係ないかも と述べた総説 / Stress and thyroid autoimmunity. [Thyroid. 2004] - PubMed result URL
2011-06-02 09:01:15 via Hatena
@hotsuma: ストレスと甲状腺疾患等の自己免疫疾患に関する総説 イタリアの交代勤務者で潜在性甲状腺機能低下症の有病率が高い / Environmental and occupational stress and auto... [Autoimm URL
2011-10-04 20:53:24 via Hatena
@hotsuma: ストレスフルなライフイベントと喫煙が(甲状腺機能亢進を起こす)バセドウ病に関連 女性においてストレスの最も高いグループの相対リスクは7.7倍 男性ではこの関連がない / Stressful life events and smok URL
2011-10-05 09:11:21 via Hatena
長崎原爆の調査
@hotsuma: 長崎原爆の被爆者と甲状腺疾患 / Thyroid Diseases Among Atomic Bomb Survivors in Nagasaki, August 3, 1994, Nagataki et al. 272 (5): 3 URL
2011-06-01 08:03:44 via Hatena
@hotsuma: JAMAに発表された放影研の大規模調査 ”被ばく線量が高いほど、被爆時に年齢が若いほど、発症する率が高い” ”被爆から55年以上たっても放射線の影響が深刻なことが示された。” / 被爆者の45%が甲状腺疾患 放影研の4千人調査で判明 URL
2011-06-01 08:25:17 via Hatena
@jossfat: 長崎の原爆被爆者に甲状腺充実性結節(甲状腺癌、腺腫、腺 腫様甲状腺腫、組織学的診断のない結節)が有意に多く、被曝線量が多いほど患者数が多かった(また被爆時年齢が低いほど患者数が多かったことも分かっている)か〜。癌の割合が問題。 JAMA(1994)272:364370
2011-08-21 23:22:32 via YoruFukurou
@jossfat: 同じくJAMAによると抗体陽性特発性機能低下症(橋本病の事か)が長崎被爆者に有意に多く頻度がピークに達する線量は癌より低く0.7Sv(高っ!ありえん。)か〜。報告者の長瀧重信先生は今や御用学者という事になっているが。 JAMA(1994)272:364370 ネットで読めない
2011-08-21 23:27:35 via YoruFukurou
チェルノブイリの調査
@hotsuma: チェルノブイリの被災児童で機能低下を伴わない甲状腺自己抗体陽性率の増加 イタリアのピサ大学の研究 / Thyroid consequences of the Chernobyl nuclear acci... [Acta Paedia URL
2011-05-31 23:36:25 via Hatena
@hotsuma: Prevalence of thyroid autoantibodies in children and ... [Lancet. 1998] - PubMed - NCBI URL
2011-10-04 23:41:19 via Hatena
@hotsuma: Juvenile hypothyroidism among two po... [Environ Health Perspect. 1999] - PubMed - NCBI URL
2011-10-04 23:43:01 via Hatena
@hotsuma: Subclinical hypothyroidism after rad... [Environ Health Perspect. 2009] - PubMed - NCBI URL
2011-10-04 23:37:55 via Hatena
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住民線量評価システムの運用について(お知らせ)2011年5月20日
本システムの公開運用につきましては、信頼性向上のため、延期することとなりました。 大変申し訳ございませんが、早期に公開するべく準備を進めておりますので、今しばらくお待ちいただけますようお願い申し上げます。 なお、本システムは、福島第一原子力発電所周辺地域に住まれている住民の方を主な対象に、個人の行動記録に基づき推定した放射線被ばく線量をご提供するものです。利用される際は、事故発生後の居住場所、外出先、滞在時間(屋内/屋外)、移動時間を一日ずつ入力していただくこととなります。 また別途、インターネット環境が不十分な方を対象に、システム入力支援の準備も進めております。 皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。
2011-04-14
地震の日のこと (3)
05:25 |
誰も待っていない不定期連載の時間です。ともかくまあダメモトな感じで思い付く度にリダイアルしてたら、不意に繋がった。10回もかけてないので運がよかったのであろう。発信規制下でのリダイアルとか、昔を思い出して懐しい感じであった。相方は四ツ谷にいるという。近いので歩いて移動して合流することにした。全ての公衆電話に長い列が出来ている。到着して間もなくJR四ツ谷駅は閉鎖されることになった。まわりの人の会話から、今日はもうJRは動かないというのを知った。その他私鉄ももちろん全て止まっているが。相方はそのまま歩いて家まで帰れそうになかったので、近くのホテルをダメモトでのぞいてみるがどこもフロントが人でごったがえしていた。当然空室などあるはずもない。ドトールとかも営業してるところは軒並埋まっていた。小諸そばまで満席であった。そんななかでもSUBWAYが空いてたのがうっすらとした泪に似たものを禁じえない感じであった。ううむ、大丈夫か..。SUBWAY好きなのに。
それはともかく冷えてきた体を温めるためにどこかに入って座ろうという話になったのだが、そのような感じでチェーン店の類はだいたい埋まってたので目についたお店にぽんと入った。上海料理らしい。その時点では我々の他にはサラリーマンのグループ1組いただけであったがその後30分くらいで満席になった。あったかいものを食べるのはとても重要だなあなどと感じながら注文した2品をたいらげる。そこでいろいろ確認したのだが、最初に送信したSMSはお互い到着していなかった。しかしtwitter経由のメッセージは何通もちゃんと届いていた。Softbankの通話はほぼ無理であったがネットはたまに繋がる。継続的な利用は厳しいが、twitterのAPI程度だと絶妙に利用できることがあった。これはかなり助かる。うちの猫たちにもtwitterやってほしいと思った。
ふと思いたってemobileを繋げてみたらこちらはまだ元気に利用できた。混んでない。これ幸いと楽天トラベルがなんとかつながって当日予約できそうな場所を見たらいちばん近くて上野とか出てくる。遠い。ダメだ。ざっと他のホテル予約のサイトを流してみたがどこも反応が鈍い。満室が返るのではなくてリクエストが完了しない感じ。しかしHotels.comでだけ近くの外人ハウスに3室空席があった。部屋を選んで予約を入れている最中にエラーになって、リロードしてみたら残り2室になっていた。焦ってもう一度やりなおしてひととおり送信するが、その頃からemobileの反応が鈍くなってきた。こっちもだんだん混んできたかなーー。予約できてるのかどうかわからん状態でHotels.comそのものがエラーになってしまうようになった。きっとリクエスト殺到してサービス側も過負荷なんだろうなあ。電話で確認しようにも繋がらないし、近くなので歩いて行ってみることに。
住所表示をたよりにたぶん5分くらいの道程を歩く。ところがiPhoneのネット接続が地図画像の転送に耐えられる状態ではなかったため、GPSが示すポイントがずっとグレーの背景にポイントされているという状態でMapが使えない。この心細さといったらなかった。しかしiPhoneを買うまではそうやって暮らしていたはずなのである。いったい数年前まではどうやってはじめての場所にたどりついていたのであろうか。目的地が少しは土地勘のあるところでよかった..。既に外は暗くなっていた。
続く。
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地震の日のこと (2)
続くと言いながらいきなり1週間空いてしまうという。まあいいや。ともかく揺れがあったときにはあんまり深刻に考えてなくて、またどっかで大きい地震があったんだろうなあとかいう程度の認識だったということまで書きましたね。
でもよく考えてみたら打ち合わせの最中から上の階から人がどんどん降りてきて庭に集まっていたような気もする。自分で最初にあれ? 変だな、と思ったのは、ふと外を見たときに打ち合わせしてた会社から見える総武線の電車が、市ヶ谷駅を目前にして駅間で止まっていたことについてであった。その時点で揺れてからもう1時間以上経っていたのだが、その間ずっと電車止まってたのか? むむむ、これはおおごとかも...みたいな。そして会議室を出て上に行こうとしたら当然のようにエレベータが止まっている。このへんまできてようやく、呑気に打ち合わせとかしてる場合じゃなかったんじゃないの? という感じになってきた。
そしてネット見てみたら「揺れた」は当然として「ビルから出れん」だの「火事だ」だの「全員帰宅になった」だの「余震怖い」だのなんだの。電車は総武線だけじゃなく全線止まってるし、タクシー呼びに行った組は1時間も経った頃に「無理」みたいな感じで戻ってくるし、ふと通りをみるとすごい人数が歩いて帰ろうとしてるし、あれあれあれ、こりゃ本当に大事だと。
携帯電話も当り前のように発信規制である。相方にかけても繋がらない。慌ててもしょうがないのでSMSとtwitter経由でメッセージを入れて、適宜リダイアルすることに。向こうからもまだ連絡はなかった。
続く。
2011.4.13
大阪で開催されるイベントに参加します。詳しくは【ブログ「覚え帖」(http://oboetyo.blog41.fc2.com)】を。
2011|01|03|04|
2011年04月11日 (月) [長年日記]
_ [Life]1ヶ月経ちました
東日本大震災から、1ヶ月建ちました。当時わたしは隣駅の紅茶屋さんにいて、遅いランチを待っているところでした。煮込み料理の、おいしそうな香りが店内に漂い始めたところの揺れ。お店の人たちはなかなか気付かず、わたしはどうしたらいいか、座りながらしばらく構えて考えていました。もう一際揺れが大きくなったところでお店の照明とガスが止まり、お店の人から外への避難を促されて外へ出たのでした。あまりにも地面が揺れていて、次の瞬間どうなるか分からなくて街路樹の幹に手を掛けたけれど、樹も大きく揺れていました。もちろん枝の先もぶらんぶらんと揺れていて。
わたしは、小学生の頃に自宅にいたときに起こった宮城県沖地震に遭っています。その日、ちょうどうちの建て増し部分の「建て前」の宴会中で、外で飲み食いしている人たちは全く気付かなかったらしいけれど、母屋部分のキッチンダイニングと居間では、かなりの騒ぎになっていました。鴨居に掛けられた賞状などの額も落ちてきたり。わたしはピントのずれている子供だったので、そんな中でちょうど雑誌の付録で手に入れた地震ハンドブックを冷静に読んでいたようです。当時、何かがあったらすぐに持ち出せるように、お気に入りのポシェットの中に入れていたのを覚えています。
そのときは分からなかったけれど、今回の地震は、そのときよりもずっと激しい揺れでした。揺れが大きく、横揺れなのでピンとこなかったみたいだけれど、こんなにすごい揺れを感じたことが無いのです。
結局、その店ではその後しばらく待たせて貰っても停電が復旧せず(紅茶のポットにお湯を差して貰ったので、その後もしばらく復旧を待っていました)、結局駅前のデパートで暖かいおそばをいただいたのですが、そのときの地下食品街のあまりの普通の空気、その後行ったテナントの蕎麦屋でも何度も余震があったにも関わらずちゃんと調理は続いていて、頼んだものが出てきたこと、それらが、とても不思議なことに思えました。外では、停電で信号も稼働してなかったにも関わらず。
その後、駅ビルが営業していればそこのスタバで電車の復旧を待ったと思うのですが、ショッピングモール全体が真っ暗で営業を中止したよう。仕方なく家まで歩いたのですが、坂の上り下りが何度かある中で、ちょうど我が町に入るところで坂道の頂点に立って見えた日常の光が、とても信じられない思いでした。すぐ隣の町では停電で真っ暗闇なのに、我が町は民家も煌々と明かりがついているのです。結局、駅前のスーパーでペットボトルのお茶を買って帰ったのですが、スーパーの平常っぷりに驚き、家に帰ったら、電源はストップしていないものの、エレベーターが緊急停止したままで、ピューピュー風の吹く外階段を上っていったのを覚えています。
その夜は、家でご飯を食べる気がせず、階段を下って近所の居酒屋に行ったのだけれど、閉店時間は早めにすると断りつつも、ちゃんと店を営業してくれていて安心しました。実際、ここまではそこまで申告だと思っていなかったんですよね。宮城県が震源地だと、衝撃は大きくても、そこまで大事だと思わない。紅茶店にいたときに来た二度目の地震が、まさか故郷の福島県沖で起きているとは知らなかったのです。iPadとWiMAXルータ、PHSは持っていたけれど、どれも残り電源が心許なく、情報収集に精を出せなかったのでした。夫の携帯のキャリアがDoCoMoで、PHSから何度も電話してもなかなか連絡がつかず焦ったりもしましたが、家に帰ってから連絡が取れ、家から比較的近くにいたので、うちはあまりインパクトが無かったというのも影響しているのかも知れません。
その後、飲み屋から帰ってきて二度目の地震が福島県沖だったことを知り、今まで聞いたことのない震度で驚いた。その場で電話が通じなかったので、ひとまず寝て翌朝から郡山の実家に電話を掛けまくったけれど、通じず。その後、受信側が壊れている(つまり震災に遭って家が倒壊?)か、回線の混雑か、という理由でずっと連絡が取れず、ダイヤル171、web171にもアクセスしてみたけれど、ここでも何も情報は得られず。ここの問題については、不便であったので、考えるところがありました。ようやっと実家と昼前に連絡が取れて無事を確認した後は安心して寝てしまい、合間に埼玉の叔父から連絡が入っていたとはしばらく気付きませんでした。叔父も、実家に連絡が取れず、とりあえず関東圏に住むわたしに様子を聞くのに連絡をしてきたそう。折り返し電話をしたときには既に連絡が取れていて、お互い久しぶりの会話に心を和ませました(わたしと一番年が近い叔父で、15歳違いなので、遠く離れて住んでいた期間は長かったけれど、気心が知れているのだ)。
けれど、これは本当に不幸のとば口だったことは、その後時間をおいて知ることになる。沿岸部の、東電の原発施設が相次いで機能不全に陥り、広大な福島県の土地の大きな部分を人の住めないエリアにしてしまい、福島県ばかりか、茨城や宮城、千葉の農作物、漁業を壊滅的にさせたのは、いったい何だったのか。もちろん、我々の無関心は根深いのだけれど、様々な面でどんどんひどいことになっていく様を見るにつけ、悲しみというよりも、絶望を重ねてしまうのです。
智恵子は、福島にほんとうの空があると言ったそうです。でも、そんな豊かな自然が、人智を超え抑えきれない力によって、破壊されつつあります。緑の大地、青い海、それらは、これからどうなってしまうのだろう。自慢といえば豊かな自然くらいだった彼の地が、今後どのように見られることになるのか。
震災があって一週間過ぎない頃に、渋谷のBar Issheeに、大友良英さん(福島県福島市)のライブを聴きに行きました。駅前の大型ディスプレイや看板の電飾が消えた、暗い町を心細く歩いていって。その後から大友さんの声に注目しているけれど、彼の言葉が、一番自分の気持ちに近いと思わざるを得ません。一度はいやで捨てた故郷だけれど、そこが壊されつつあることに、悲しみと怒りを覚えます。
そういう意味でも今回の都知事選には注目していたけれど、結局は現職の雄叫びを上げることを阻止できず。でも、わたしは石原慎太郎東京都知事が、東京電力の持つ、福島県の原子力発電所があのような深刻な事故を起こしている最中にわざわざ「わたしは原発推進論者です」と宣言しに来た石原慎太郎のことは、一生許しません。それはやむにやまれぬポジショントークだったかも知れないけれど、傷口に塩を振り込むその行為は、都知事選前にしにきたというのは、パフォーマンス以外の何者にも見えません。それが、ポジショニングトークだったとしても。残念ながら70代を終えようとしている石原は再選されてしまったのだけれど、今後はより厳しく、注視していきますよ。強がりを言っていたとおり、東京に原発を持ってくればいい。
そして、被災地およびそれに影響を受けた地域の方たちの心の傷が少しでも癒えますよう。できることであれば、何でもしたいと思っています。
この一ヶ月の出来事を風化させないこと。それが、何よりも大事だと今は思っています。
当時は寒くて、ダウンコートを着ていました。歩いて帰るには手先が冷たくて、鞄に入れていたケイトの手袋が、とても役に立ったのに、今は花見のピークも終わり、上着を着なくても外出できる季節となっています。この長くて短かった1ヶ月が、全部嘘だったらどんなに良かったことか。
[ツッコミを入れる]
冷菜は、鶏肉、ピータン、キュウリにくらげ。酔っぱらい蟹は、とろーりとした身が美味。脚の身は自分でほじって出すのだが、ほんの少量でも嬉しい。老酒の風味が濃厚で、食べてる方が酔っぱらいそうになった。ここは、最初に頼めば全部銘々皿に取り分けてくれる。上海蟹も、全部ほぐし-全般的にオーソドックスな、安心できるお味で、上海蟹にこだわらなければそこそこの値段でおいしい中華が食べられそう。今回は、これらに青島ビール、紹興酒をいただいて、ひとり2万円強といったところだった。ここは高級店には珍しくレシートで明細が出てきたので上海蟹がいくらだったか見たが、一杯7500円。5000円以上、とのことだったので、こんなものでしょうか。普段はチェーン店には行かないようにしてるのだけれど、中国飯店は、各店特色を出しているようで、こちらは上海出身の料理人が上海蟹も売りにしている模様。普通のお料理もおいしゅうございました。お土産に、と、蒸し饅頭三種をいただいて後日食べたのだけれど、肉まん、あんまん、野菜まんでした。いちばん小さな野菜まんが実はいちばんおいしくて感激。これだけ買いに行きたいくらい。
京都精華大さんとこでやってるポピュラーカルチャー研究会で去年の4月にやったシンポジウム「パクリ:ポピュラー・カルチャーにおける模倣と流用」の報告書『ポピュラーカルチャー研究』Vol.4 No.1が出ました。刊行まで一年近くかかったのはひとえに私の校正が遅れたせいでございます。深くお詫びもうしあげます。でもまあパクリ研究的にはかなり面白い議論でありました。
非売品ですがいくつかの大学図書館には収蔵されるはず。まとめて送ってもらったのでここ読んでる方々にまたプレゼントいたします。メールで「なぜこの報告書が必要か」を簡単に書いていただいて送付先教えてください。先着順+必要度を勘案して10名程度の方々にお送りさせていただきます(送料無料)。
svnseeds 2010/07/10 11:38 やや、気付くの遅れました。ご無沙汰しております。なんとか生活できております。
結論から言うと3つある。ひとつ、mojimojiさんが言いたいポイントは、僕は理解できるような気が-二つ、しかしながら、mojimojiさんがそれを実現させるために考えている(だろうと僕が読み取った)
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山形のやったいろんな査読
いろんな本を翻訳するにあたって、ざっと下読みして、それが訳に値するかどうかを評価するという作業がある。あと、自分で翻訳したいなと思った本について、企画書を書くことがある。それらの中で時効になった(と思うもの)をここで公開しちゃおう。なお、査読なのでもちろんネタバレ満載。そういうことを気にする愚かな人は、気にすればいいと思う。
なんでこんなものを公開してるかというと、翻訳したいんだけどとメールくれた人に、「企画書書いて出版社に送りつけなさい」と言ったら「企画書ってどう書けばいいかわからない」という答えが返ってきたからなのだ。しょうがないなあ。これが定番かどうかは知らないけれど、こういうのもあるってことで。
エネルギーや資源価格が高騰していて、中国を筆頭に各国が資源外交に動いているよ、というお話。あれやこれやのニュースをきりつないでざっくりまとめている点はお手軽でいいんだけれど、でもネタとして目新しいものがまったくないのが難点。また、それでどういう対応が考えられるか、といった面は、まあみんな話し合ってそれなりに合従連衡するでしょう、というだけでつまらない。それと、この手の本はもういま腐るほど出てるからなー。
ロンボルグの地球温暖化に特化した本。ゴアの『不都合な真実』批判をしつつ、何のために温暖化を阻止したいのかよく考え、同じ目的を実現するもっといい方法がないかをきちんと考えようという本。温暖化は、トンあたり2ドルくらいの炭素税で少し減らすくらいが現実的、との主張。これはアメリカ版の査読だけれど、結局もっと詳しいイギリス版をぼくが翻訳することになりました。
エコロな人々はこのタイトルを見て、産業界の反エコロキャンペーンかと思うだろう。ちがうんだよ。環境保護運動の現状に悲観したエコロジストが、我慢する脅し型エコロジーではもう先がないと悲観して、ポジティブなエコロジーを進めようと訴えているちょっと変わった本。なんだが……そのポジティブなエコロジーがかなり無内容で、かけ声倒れに終わっているのが残念。
金持ちが新しい階級を作っているという話。ざっと読んで、おもしろいネタ(ご主人様を仕込むメイドとか)は各所のコラムで使ったが、全体としておもしろいとは思えなかった。最近『ザ・ニューリッチ』という題名でダイヤモンド社から邦訳が出たが、あまり「ニュー」なところはないと思う。
ヴォルマンの十年がかりの全7巻におよぶ狂ったような著作の要約版。暴力とは何であり、それがどんな場合に正当化されるのか、というのを各種事例をもとに検討した本。なんだが……最終的にできたガイドラインはこの要約版でも70ページ以上。こんなの、どうしろっていうんじゃい。そもそも地域的にも時代的にもかなりちがう「暴力」概念をこうやって普遍化することの意味は? みんなその場で(場当たり的でも)解消するしかないのでは? 壮大な徒労という感じ。いやほんと力作なのはまちがいないんだが、まったく使い道がないという……
ヴォルマンの書き殴り一作。ホントこの人落ち着いて書けばいいのにと思うんだけれど。貧乏人にいろいろきいて、貧乏の本質に迫りたいというのはおもしろい発想なんだけれど、予断をもって接しちゃイケナイ、貧乏でも幸せかもしれない、等々なるべく壁を作って相手に立ち入らないようにするために、結局何もわからずに、でもなんとなくぼくも貧乏いやだしぃ、でもホントに貧乏だったことないしぃ、といろいろ自分語りをするだけ。かれがしょっちゅう強調したがる居場所のなさや疎外感も、単に自分が壁を作っているだけだというのがよくわかってしまう一作。
もう一人のスティーブ、アップルの創立メンバーで、その天才的なハードとソフトの設計で初期のパソコンマニアたちを驚愕させたあのスティーブ・ウォズニアックの自伝! これがおもしろいものにならないはずがないと思ったんだけれど……ならなかった。かれは孤高の天才エンジニアなので、とにかく人生で大した事件がおきない。それと何かひらめいたときも、なぜそれがひらめいたかわからない。「見てたら思いついた」というだけ。天才というのはそういうものなんだろうけれど……技術屋としては、コード書きの細かい話や回路設計のコツなんてあたりを説明してほしいところだけれど、一般向けを意識してそんなレベルの解説はないし、SRAMとDRAMのちがいの説明が延々と続いたりしてうんざり。つまらなくてがっかりしてしまった。
ながーい! で、何を言っているかというと、いまの経済システムというのは自己創発的なシステムとして適応進化してきたものだ、ということ。そのための発送としてジョージェスク・レーゲンのエントロピー経済学みたいなものをあげ、サンタフェ系の複雑系による、エージェントをいろいろ相互にからめたみたいなモデルを挙げ、ついでにこれまでの均衡経済学は物理学から概念を拝借するときに、熱力学第二法則を借りなかったからダメだったというんだけど……結局、いろいろやってるのはわかったが、それで? いくつかおもしろい発想もあるんだけど(ライフゲームに市場を取り入れるというのはなかなか)、それが具体に何をもたらしているか、はっきりいえないのはかなりの尻すぼみ。
ファイナンスはいろいろ言うけれど、ギャンブルとしての要素が強いし、またそれがファイナンスのいいところで、かつてフランスのジョン・ローの時代はギャンブラーが財務担当だったし、それが新しい富の構築をしたし、開拓時代の西部ではインフラ開発投資を集める手段としてギャンブルが行われているし、オプションでギャンブル性が高まったからこそ古いブルーチップ株もおもしろみが出て金融市場は活性化した、という話。それはわかるんだが、とにかく説明がやたらにポーカーに頼るので、ぱっと見て手とかわからないと、なんかよくわからないまま。
『創発』のスティーブン・ジョンソン新作。ゲームやテレビドラマはどんどん複雑さを増してきていて、かつての単純なものじゃない。だからポピュラー文化がどんどん馬鹿になってきてるというのは嘘だろう、という話。ゲーム脳とかいいう話も、単に集中しているというだけのことでしょ。シムシティみたいに、ほんとに教育的効果があるゲームもあるし、ゲームやネットはダメという議論は、本にならされた連中の反動かもしれないので、ポピュラー文化を全部否定するのはアレでしょ、という本。まあ、それはその通りではございます。結局翻訳しました(『ダメなものはタメになる』という邦題はなかなかおもしろいと思う)。
レッシグのエピゴーネン。規制強化は文化をかえって殺すので、規制緩和してアナーキーの自立的な秩序に任せる部分を増やしてもいいんじゃないか、という話は……きいたことあるでしょ? なんでも自由じゃなくて、慎重にゆっくりバランスをとって進めましょう、なんだって。これも聞いたことあるでしょ。んでもって、国民的議論を喚起しましょう、だって。やれやれ。反WTO テロ団をほめているのもポイントを大いに下げた。
いまの文明は、かつてローマ文明が中世の暗黒時代にとってかわられたように、衰退に向かう恐れがある、という本。そしてそれは、家族やコミュニティ崩壊、科学軽視、専門家の自浄能力低下、大学の職業訓練所化などにあらわれている、というんだが……これがジェイコブズとは信じられないくらい、お粗末な論理、証明や裏付けになっていない卑近な思いこみによる事例、そして最後に、文明の証拠は文化にあらわれるが、アメリカ文化は音楽が多様だからまだ大丈夫そうだ、という腰砕けな結論。じゃあ何を騒いでたんだよ、あんたは。日本の人間国宝制度を、文化の独自性を保つための仕組みとしてえらく評価しているのもトホホ。
日経 BP 賞のための推薦書 (建築系のおもに経営っぽいのを中心に)
なんか賞の候補をあげろというので、あげましたよ。それにしても、ぼくは新刊かそうでないかなんてことに一切注意を払っていないので、こういうときには苦労します。いつ出た本かちっとも把握していないのですもの。本屋めぐりまでして、ちょっと無理していろいろ挙げてみましたが、いま見てみるとこんなのを挙げることもなかったなあ、というようなのが入っている。が、まあどうせそれが受賞するとは思えないからいいか。なお、結局ぼくが昔批判したインターネットの歴史とかいうのが受賞した。やれやれ。
レッシグだのスターリングだの、いろんな人の推薦がついているので、さぞかしすごい話にちがいないと思ったら、非常にできに悪い凡作。フリーで公開されているけれど、なんかフリーで公開されるなんてしょせんこの程度、という印象を強化するだけの本という感じではある。
ブルックリンのスラム出身の子供が、つらい環境にもめげずワレズ扱いとクラッキングを得意とするクラッカーになって、その後セキュリティ技術者として就職しました、というだけのお話。特にこれという業績のある人じゃないので、ただの立身出世物語でしかありませんな。
数学者の株式投資・投機指南。ワールドコムにつぎこんで大損こいた苦い経験をもとに、各種の投資にまつわる理論や迷妄、そしてわかっちゃいるのにはまってしまう人間心理の恐ろしさを、半ば自虐的に説明。楽しい本です。残念ながら、査読を依頼してきたのと別のところが(すさまじいアドバンスを払って)取っちゃったらしいが……上手に訳せよ。(上手に訳せていました)
おおおお。地球環境はよくなってるぞ! 人間はやればできるぞ! 希望に満ちた一冊(そして恫喝型環境保護論者の変な理屈を徹底的に糾弾)。名著です。これもできるといいなあ。(できること
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半可思惟
<前の日
■「SARVHvs東芝」をよく知るための番外編:「SARVHに勝ち目はあるか」について
前回・前々回と「SARVHvs東芝」をよく知るための私的録音録画補償金FAQを書いてきました。予告している発展編の前に、番外編です。
本件紛争について「政令を変えたもの勝ち」であるという見方があります。本稿ではこの見解を検討していきます。
行政活動の限界
bn2islanderさんは「権利者がメーカーを訴えた場合、裁判所が著作権法の条文だけを読んで判断するのであれば、権利者側が勝つ可能性が五分以上はあると考える」とおっしゃっていますが、このへんのところを一般論として*1捉えるとどうなるかということを考えてみましょう。
仮に「著作権法に『対象機器は政令によって決定される』と書いてある以上、施行通知で何を書こうが、政令が全てである。裁判所は該当の機器を政令と照らし合わせて、録音録画保証金の対象かどうかを判断する」という見解を採用すれば、行政庁は概ねフリーハンドの公権力行使が可能となってしまい、法律が実質的に上書きされたり、恣意的な政省令でも通ってしまうことになり、一般論として妥当ではないとも思えます。
このような問題意識は行政法学において常に意識されてきました。そして行政法学はその所産として、行政活動を国民の代表者により制定された法律に従わせることで、公権力の恣意的介入を防ぎ、国民の自由・権利の保護を図るとともに、行政活動を法律によって統制することで、民主的コントロールの下に置くことが望ましいとの総論を導いたのです。
法律による行政
上述のような行政活動一般が国会の制定する法律の定めるところにより、法律によって行わなければならないという原理を「法律による行政の原理」といいます。
法律による行政の原理をもう少し具体化したものとして、法律優位の原則と法律留保の原則があります。法律の優位とは、行政活動が法律の定めに違反して行われてはならないとする原則を指し、法律の留保とは、行政活動にはその根拠となる法律の存在が必要であるという原則をいいます*2。
では、政省令や施行規則はどのように考えるべきでしょうか。この問題について、行政機関も法律による授権があれば法規を定立することができますが、その内容は法律による委任の範囲を超えてはならないと考えられています。
実際に法律による委任の範囲を超え違法無効とされた事案
例えば、拘置所に未決勾留中であったAが、当時10歳の義理の姪との面接許可申請をしたところ、拘置所長が監獄法施行規則120条により不許可とする旨の決定をした事案について、最高裁は、監獄法施行規則(平成3年法務省令第22号による改正前のもの)120条及び124条の各規定は、未決勾留により拘禁された者と14歳未満の者との接見を許さないとする限度において、監獄法50条*3の委任の範囲を超え、無効であるとしました*4 *5。
最高裁は、被勾留者は逃亡または罪証隠滅の防止という目的のために必要かつ合理的範囲において権利の制約を受け、また監獄内の規律・秩序を維持するために必要な限度で合理的な制限を受けますが、それ以外の範囲については原則として一般市民としての自由を保障されているとした上で、「これらの規定は、たとえ事物を弁別する能力の未発達な幼年者の心情を害することがないようにという配慮の下に設けられたものであるとしても、それ自体、法律によらないで、被勾留者の接見の自由を著しく制限するものであって、法50条の委任の範囲を超える」ものであり「法が一律に幼年者との接見を禁止することを予定し、容認しているものと解することは、困難」であるのだから、委任の範囲を超えて無効であるとしています。
参照
監獄法第50条 (平成17年法律第50号で「刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律」へ改題)
接見ノ立会、信書ノ検閲其他接見及ヒ信書ニ関スル制限ハ法務省令ヲ以テ之ヲ定ム
監獄法施行規則(平成3年法務省令第22号による改正前のもの)
第120条
14歳未満ノ者ハ在監者ト接見ヲナスコトヲ許サス
第124条
所長ニ於テ処遇上其他必要アリト認ムルトキハ前四条ノ制限ニ依ラサルコトヲ得
また、婚姻によらないで懐胎・出産し、児童扶養手当法施行令1条の2第3号に該当する児童を監護する母として児童扶養手当の支給を受けていたBが、子がその父から認知されたことより児童扶養手当の受給資格が消滅したとして受給資格喪失処分の取消しを求めた事案について、最高裁は児童扶養手当法4条1項5号の委任に基づき児童扶養手当の支給対象児童を定める児童扶養手当法施行令(平成10年政令第224号による改正前のもの)1条の2第3号のうち、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童」から「父から認知された児童」を除外している括弧書部分は、同法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効であるとました*6。
これは、児童扶養手当法が父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図ることを法の目的としているところ、「施行令1条の2第3号が本件括弧書を除いた本文において、法4条1項1号ないし4号に準ずる状態にある婚姻外懐胎児童を支給対象児童としながら、本件括弧書により父から認知された婚姻外児童を除外することは、法の趣旨、目的に照らし両者の均衡を欠き、法の委任の趣旨に反する」ため、違法な規定として無効と解すべきと考えたからです。
参照
児童扶養手当法第4条1項
第4条 都道府県知事、市長(特別区の区長を含む。以下同じ。)及び福祉事務所(社会福祉法(昭和26年法律第45号)に定める福祉に関する事務所をいう。以下同じ。)を管理する町村長(以下「都道府県知事等」という。)は、次の各号のいずれかに該当する児童の母がその児童を監護するとき、又は母がないか若しくは母か監護をしない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育する(その児童と同居して、これを監護し、かつ、その生計を維持することをいう。以下同じ。)ときは、その母又はその養育者に対し、児童扶養手当(以下「手当」という。)を支給する。
一 父母が婚姻を解消した児童
二 父が死亡した児童
三 父が政令で定める程度の障害の状態にある児童
四 父の生死が明らかでない児童
五 その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの
児童扶養手当施行令第1条の2 (平成10年政令224号による改正前のもの)
法第4条第1項第5号に規定する政令で定める児童は、次の各号のいずれかに該当する児童とする。
一 父(母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下次号において同じ。)が引き続き1年以上遺棄している児童
二 父が法令により引き続き1年以上拘禁されている児童
三 母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)
四 前号に該当するかどうかが明らかでない児童
つまり、行政機関が定立した法規であり、かつ一見法律による授権があるように思われる規定であっても、法律の趣旨・目的に照らして委任の範囲を超えた規定であると判断されれば違法となり、当該規定は無効となりうるのです。
もっとも、銃刀法14条1項が美術品・骨董品として価値のある古式銃砲や美術品として価値のある刀剣類につき、登録すれば所持できるものとするところ、登録対象を刀剣類について日本刀に限定する銃砲刀剣類登録規則がいずれも適法とされたケースもあります*7。
結局のところ、特別法の内容をよくよく考え、法の趣旨目的に立ち返って解釈することが常に必要となると言えるでしょう。
「政令を変えたもの勝ち」とは限らない
よって、「政令を変えたもの勝ち」であるという
著作権法に「対象機器は政令によって決定される」と書いてある以上、施行通知で何を書こうが、政令が全てである。裁判所は該当の機器を政令と照らし合わせて、録音録画保証金の対象かどうかを判断する。
との見解は、個別具体的な結論は別として、行政法上の一般論としては是認することができません。法解釈はそんなに簡単に判断できるものではなかったりします。
行政機関が定立した法規であり、かつ文理上は法律による授権に沿うように思われる規定であっても、法律の趣旨・目的に照らして委任の範囲を超えた規定であると判断されれば無効となるとした事例も現に存在していることからも、そのことが伺えます。
当事者がどのような主張立証を展開するかにもよりますが、裁判所は該当の機器を政令もさることながら、その前提となる著作権法の目的趣旨とも照らし合わせて、録音録画補償金の対象かどうかを判断するところまで行くことも十分考えられる。かならずしも政令がすべてで、政令レベルで勝負が決まるというわけではありません。
さらに、
一方、メーカー側は、法律、政令では勝負にならないから、著作権法の趣旨をふまえた上で「アナログチューナー非搭載のレコーダーを録音録画補償金の対象にする事は、著作権法の趣旨に反している。従って、違法である」事を立証しなければならないが、それは簡単なことではないと思うのである。
とありますが、確かに立証は簡単なことではないかもしれません。しかし、私的録音録画補償金の趣旨が著作権者への利益の還元
■2010-01-01(金) 新年のご挨拶 [長年日記]
▼ あけましておめでとうございます
駆け込みの泥縄で年賀状を作ったので、ついでにWeb用も作ってご挨拶。
2009年も割と激動の年でしたが、2010年はもっと激動になりそうな予感。というわけで、皆様よろしくお願いいたします。
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■2010-01-01(金)
1. あけましておめでとうございます
Last Updated : 2009/09/25
夜のまちを神輿がいく。
9月半ばになると、普段はあまり感じることのできない
大塚のまちの真相が浮き上がる。
普段はごく普通のガレージやまちの定食屋の前のちょっとした溜まり、
あるいは幹線道路の交差点の隅切りの残余空間に、
突如お神輿やテーブルが置かれて、はっぴを来た「地元の人々」が集う。
自動車やバスが激しく往来する幹線道路を、
決して多くない人数でかつがれた神輿が渡っていく。
通り過ぎていく人々の往来の傍で、
地縁のコミュニティがどっしりと地べたに座って宴会を催している。
そんな大塚のまちからついに離れることになった。
私とこのまちとの付き合いが始まったのは、1999年4月。もう10年以上前のこと。
大学院への進学と同時に、奨学金を得て、川崎の実家を飛び出した。
その理由は、環境を変えることで自分を変えられるかも知れないと思ったからだったと記憶している。
あの頃、とてもナイーヴな自分がいたのだ。
その後、9年近く住むことになった豊島区南大塚のアパートは、とても大きなベランダのある家で、
4階というちょうどよい高さのベランダから大塚のまちを眺めながら、
とても自由な心持ちでいることができた。
その後、結婚してからの1年半、暮らした文京区大塚のマンションは、
尾根道沿いにあって、
5階の角部屋からは、大塚のまちだけでなく、東京タワーや富士山まで眺望することができた。
おそろしく風通しがよい部屋で、
妻と二人で、やはりとても自由な心持ちで日々を過ごしてきた。
つまり、私は、アップルトンの隠れ家理論そのままに、
こちらは大塚のまちをじっくりと眺めながら、
その一方で私自身はまちから眺められることのないような場所に棲んで、
自由を謳歌していたのだ。
このまちに暮らす「地元の人々」や、
彼らが催すお祭りには、一切、関わることがなかった
(ただ、あえて地元の理容店に通い続けたのは、
隣の席での「地元の人々」と床屋さんとの町内会話を聞きたかったゆえであるが)。
しかし、個人的には、普段、
各地域のまちづくりのお手伝いをしている時とは全く違うかたちで、
自分なりにまちに関わろうと模索していたし、
自分なりにまちを我がものとしようと考えていた。
それを東京などの大都市特有の流民の態度だと言ってしまえばそれまでだが、
私が日々感じていたのは、
そうした関わりだからこそまた生まれ育まれる切ないまちへの思いがあって、
それが「都市」の思想において、重要な意味を持つのではないかということだった。
ある「都市」が豊かなのは、そこに責任を持つ人々と同じくらい、
愛情を持つ人々が沢山いるからである。
その愛情は、個々人の切ない記憶が支え続ける。
奥田民生は、彼自身が大塚で暮らしていた頃のある感情を
「素晴らしい日々」という唄の中に書きとめた。
恋人や仲間への想いを綴った唄のようであるが、この唄を聴くときにはいつも、
大塚のまちの東京らしいけれどあか抜けない、あの風景が背景に立ち現れる。
ナイーブだった私の未来や、
この大塚のまちに溢れていた夢のようなもの、
可能性のようなものの行方が気になることもある。
しかし、もうある種の哀しみを込めて、
「素晴らしい日々」と括ってしまっていいかなという気もしている。
いつのまにか私も若いつもりが歳をとった、のだ。
大塚のまちに、心からの感謝の意を込めて。
電気グルーヴ : エキゾティカ
Pillows : ストレンジ・カメレオン
Bruce Springsteen : Thunder Road
* * *
『一九八四年』にはビールも登場して、これまたなかなか印象的だが、それはまたいずれ書いてみたい。それともちろん、有名な(悪名高い?)「勝利ジン」についても。
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A Diary (以前のブログ)
GAUDIA―テクストの快楽―
ぷんかだより
経営陣に内定が決まった時点で、僕はパブリックな場所でコメントをすることを停止した。
実際に経営に参画するタイミングではなく、内定時点でコメントを停止したので、かなり唐突だったと思う。
僕は上場企業の経営陣が無邪気に情報を開示することに対しては、批判的である。
フラグメント化された情報であれ、集積させれば、全体像が見えてしまうからだ。
たとえ瑣末な情報であっても経営陣である以上、余計な情報は出すべきではない、と僕は思っている。
情報を出すのであれば、東証に確認し、誰もが平等に情報にアクセスできる環境を整えてから書くべきだ。
上場企業にとってのIRの大前提は、情報の対称性である。
僕は、経営陣として参画した企業とは、大きく揉めた。
多分に漏れず、企業経営は、そんなにきれいなものではない。
自分にとっての正義が、そのまま通用するような世界ではない。
正しいことは何か?自分にとってのブレない軸は何か?
正義を貫こうとすればするほど、深みにはまっていく。
「自分にとっての正義」と「会社にとっての正義」が一致するとは限らない。
一致することのほうが稀だろう。
ここで言う「会社とは何ぞや?」という定義にはいろいろある事は承知のうえだ。
ややこしいことを抜きにすれば、議決権を多く持っている、もしくはお勉強ができるとはとても思えない創業者のワンンマンという単純な構図なのだけれど。
コンサルタントのように第三者として「自分の正義」を貫ければ、これほど楽なことはないのだけれど、中途で株式による議決権も持たずに経営参画したような人間にそのような権限は存在しない。
当時、株式議決権を持っていなかった僕にとって、取締役会では納得のいかない議案に対しても、サルのごとく賛成票を投じることしかできなかった。今ではもう少しかしこく行動できるつもりだけれど当時はまだ経営の、取締役会の現場に通じていなかった。
今は別の企業で仕事をしている。
とても静かな日々だ。
あるとすれば、自分のオフィスが徒歩圏になったため、電車に乗らなくなったことくらいか?
しばらく僕が沈黙を保っている間、社会に何の影響ももたらさない、あるいは大きな影響を及ぼす情報が有象無象のブログによって広まることとなった。
いや、ネットメディア以上に、マスメディアにも。
きれいごとでは済まされない「悪」。
正義の仮面をかぶった「悪」。
「悪」を「悪」として認識できていない状況に憤りを感じる。
「世の中なんぞ全てインチキだ!」と叫んですっきりしてしまえば気も楽なのだろうけれど、僕はそうもいかない。
2008-01-28
■[Book Report]インターネットについて - 哲学的考察
インターネットについて―哲学的考察 (Thinking in action)
作者: ヒューバート・L.ドレイファス, Hubert L. Dreyfus, 石原孝二
出版社/メーカー: 産業図書
発売日: 2002/03
メディア: 単行本
身体性という言葉を見かけたので、それに言及した本について2003年7月26日に作成した読書録をリサイクル。再読する余裕が今はないので、とりあえずそのままのかたちで残しておく。今読んだら感想もだいぶ変わるのだろうな……。
序論
ドレイファスのこの本での一貫した見方は、「身体性」という言葉に要約できる。
私は哲学者なので、インターネットの具体的な使用法の良し悪しを論じる立場にはない。私の問いはもっと思弁的な、次のような問いである。もしネットがわれわれの生活の中心となったとしたら、つまり、ハーバード大学ケネディ・スクール学長のジョセフ・ナイが「魅力的な新たな文化」と呼ぶものが実現するとしたら、どうなるのだろうか。生活のかなりの部分をサイバースペースで送るようになるにつれて、われわれは、人間を超えることになるのだろうか、それとも人間以下になるのだろうか。
これらの問いを考える際、次のような可能性があることを良く理解しておく必要がある、もし仮に、われわれが身体的な自己を捨て去って、サイバースペースの中で生活することにしたとしよう。われわれは、感情的・直観的で、一定の状況の中にあって、傷つきやすく、動物の姿をしている自己を捨て去ることになる。そうすることによってわれわれは、これまでにない、素晴らしい自由を手に入れることになるのかもしれない。けれども同時にまた、われわれは重要な能力のいくつかを必然的に失ってしまう可能性があるのである。そこで失われるかもしれない能力とは、次のような能力に他ならない。物事を理解して、重要なものを重要でないものから区別する能力……。学習に不可欠な、成功と失敗を真剣に受けとめる感性……。そしてまた、最大限に〔=最も適切な仕方で〕世界を把握し、事物のリアリティを感じとる能力……。さらに、もしわれわれがリスクを避けるという誘惑に負けて真剣なコミットメントを回避するならば、われわれは自分の生を意味づけてくれるものの感覚を失うことになる……。実際、私が以下で示そうと思うのは、もし身体が失われるのならば、関係性、技能、リアリティ、意味もまた同時に失われるということなのである。もしそれがトレード・オフなのだとしたら、ウェブの中でウェブを通じて生活を送るということは、結局それほど魅力的なものではないのかもしれない。(p8-9)
ハーバーマスの討議理論がインターネット上でも実践可能であり、メタ情報の交換が仮に可能であるとするのならば、身体性を欠いていても関係性やリアリティ、意味を失わないコミュニケーションは可能なのではないだろうか。討議の実現可能性と、ここで言うところの身体性の欠如は関係が無いと思うのだが。
第一章 ハイパーリンクに関する誇大宣伝(hype)
ドレイファスは旧来の図書館文化とハイパーリンクの文化を以下のように分けて考えている。(p15)
旧来の図書館文化ハイパーリンクの文化
分類
a.固定的
b.階層的な組織
c.特定の関心による限定分散
a.流動的
b.一つの水準
c.あらゆる連想が可能
注意深い選別
a.編集の質
b.テクストの信憑性
c.古い資料の除外あらゆるものへのアクセス
a.編集の包括性
b.テクストの利用可能性
c.すべてを保存
永久所蔵
a.固定されたテクストの保存
b.関心に沿った拾い読みダイナミックな収集
a.相互テクスト的な発展
b.遊び半分のサーフィン
ハイパーリンクで結合された図書館を利用するユーザーはもはた、確固としたアイデンティティを備え、世界のより完全でより信頼できるモデルを追及する近代的な主体ではありえない。ハイパーリンクの図書館を利用するユーザーたちはむしろ、常に新たな地平を追い求める変幻自在なポストモダンの存在者なのである。この新たな存在者は、意味のあるものを集めることに興味があるのではなく、できる限り広い情報ウェブにアクセスできることに興味があるのである。(p15-16)
それにしても、何かのデータを使おうとする人は、現在の自分の関心にとって意味があり、関連する情報を探さねばならない。しかしあらゆるものがあらゆるものにハイパーに結合されているデータベースでは、それは非常にやっかいな仕事になる。ハイパーリンクを張る理由は実に千差万別であるが、リンクには一つの基本タイプしかないので、リンクの意味を利用して情報を探すことができないのである。問題は、意味に関する限り、ハイパーリンクはどれも似ているということにある。ある研究者が述べたように、検索の作業は、干草の中で一本の針を探すのよりもやっかいな作業である。それは針の山の中から一本の針を探すようなものなのだ。〔とにかく、結合の仕方は一つしかないのだから、〕ウェブでは意味論的な内容が結合の仕方を決めるわけではない。従って、ウェブを探索するためには、形式的で統語論的な技術を使って、無意味な記号を処理するより仕方がない。しかもそれは、有意味な、関連性のある意味論的な内容が存在している場所を突き止めるためになのである。
意味を欠いた機械的操作によって、意味のある情報を検索することの困難さは、ネットが登場する前からすでに問題になっていた。この困難さは、特定の目的に関する情報を、その目的のために組織されたのではないデータベースから検索しようとするときはつねに生じるものなのである。例えば、研究者が関心のあるトピックについて書かれた論文を探している場合、論文のタイトルに含まれる言葉だけでは、サーチ・エンジンは研究者の特殊な要望に見合う資料やウェブサイトを送り返すことができない。(p16-17)
データ検索と資料検索の違いをドレイファスは以下のように分類している。(p19)
データ検索資料検索
1.直接的(「Xを探したい」)1.間接的(「Xについて知りたい」)
2.回答が要望を満たすものであるか否かは必然的に決まる2.回答が要望を満たすものであるか否かは蓋然的に決まる
3.成功の基準=正しさ3.成功の基準=有用性
4.規模の拡大は大きな問題ではない4.規模の拡大は大きな問題である
レナートの理解によれば、われわれの常識的知識とは百科事典の中に書いてあるような種類の知識ではなく、むしろ百科事典の執筆者が当然のこととして、前提としているような種類の知識である。そうした背景的知識(background knowledge)はあまりに明白なものなので、われわれがことさらにそれに注意を向けることはほとんどない。(p21)
ある言葉を理解するためには、その言葉を理解するための言葉、メタ言語が必要となる。このメタ・レベルでの理解の共通化が図れていないと、対話者との意思の疎通は事実上不可能となる。
それにしても、何らかのリクエストに関連するかもしれないがために、明示化し、貯蔵しなければならない身体的事実は無限にある。幸運なことに、われわれは身体を有しているため、そうした事実を貯蔵しておく必要が全くないのである。(p23)
「機械は意味を理解できないし、人間的な判断が資料を索引に載せたり分類したりする際に原理的に用いている能力を再現することもできない」(p27)
もし仮に、われわれの身体感覚をバックグラウンドで機能させながら、世界中のデータベースとウェブサイトで情報を探すことができたら、それはきっと素晴らしいことに違いない。われわれの身体感覚は、われわれのような身体と関心をもった存在者にとって何が重要であるかを教えてくれるからである。しかし、常識的知識を明示化するというレナートの企図の失敗が示したように、われわれが身体化されていることによって手にしている理解を形式化できると期待する根拠は何もない。そういうわけで、人工知能が関連性問題を解決できるという希望は、今やほとんど捨て去られているのである。〔われわれの〕向こう側には、莫大で、常に増大している情報があるが、この情報にアクセスするには、身体を持たず、われわれと世界を共有せず、それゆえに資料とウェブ・サイトの意味を理解できないコンピュータを使うしかないような状況なのだ。(p27-28)
サイバースペースの中では、意味を把握するための身体化された能力が欠けているのであり、関連性はわれわれの非実存的な指の間からすべり落ちていくのである。しかし、そうだとすると、人々はいかにして自分の関心に関連するものを見つけ出しているのだろうか。この章では、われわれにとっての世界とは、数十億の事実を無意味に集めたものではないということを示してきた。世界はむしろ身体、欲望、関心、目的を持つわれわれのような存在者によって、われわれの存在者のためにつくり上げられた、有意義性の領域なのである。もちろんこう言ったからといって、われわれの脳がいかにして特定の瞬間に、われわれに関連するものに焦点を合わせることができるのかという謎が解明されたわけではない。しかし世界が、身体を有する活動的な行為主体によって、そうした行為主体のために組織されているのであり、身体を欠いたコンピュータによってではなく、そのためにでもないのだとすれば、われわれは世界を理解し必要な情報を見つける上で〔コンピュータに比べて〕極めて有利なスタートを切っているのである。一つ確実なことは