ハイドンをめぐる「マイナスの神話」の過去と現在
去年『ユリイカ』の福田和也追悼特集に寄稿した。いつものように一ヶ月くらいしか書く時間がなく、不十分なものしか書けなかったが、その際福田の書いたものをいろいろ見ているうちに、『奇妙な廃墟』第六章「リュシアン・ルバテ◉魂の復活のためのホロコースト」に目が止まった。ルバテは、ナチス=ドイツ占領下のフランスで、第三共和制を批判し反ユダヤ主義を謳歌しナチズムを賛美する書『残骸』を書いてベストセラー作家となり、戦後死刑判決を受けたが、減刑され、出所後は獄中に書いた恋愛小説『ふたつの旗』を発表する。その後、ディレッタントとして後半生を過ごし、独自の鑑賞的音楽史『ある音楽史』(1969)を著した。
私はこの『ある音楽史』が気になった。福田によればこの本は「硬直したアカデミズムの言語から音楽の楽しみを奪い返す試みであると同時に、西欧教養主義の生き生きとした再生というルバテの生涯にわたる課題の追求でもある」書物であり、商業的にも成功したとされる。私は福田の紹介を読んで、そこでは触れられていないハイドンについてルバテがどう書いているかが知りたくなったが、翻訳はないので、アマゾンで原書の中古本を買った。全部読むつもりはなかったので、ハイドンの項目だけ読んだ。
内容は思った通り、典型的な旧時代のハイドン像だった。その冒頭は次のように始まる。「ヨーゼフ・ハイドンにお仕着せられた召使の制服は、アンシャン・レジームの屈辱的想像力の中で、カエルの鳴き声で領主の眠りを妨げないように池を叩く農民とほぼ同じ位置を占めている。ワーグナーは、ハイドンの天才を十分理解していた一方、ハイドンが「帝国の従僕」であることに甘んじていたことについては、彼を許さなかった」。
十九世紀ヨーロッパのロマン主義の作曲家たちは、多くハイドンを軽蔑し、自分を正反対の存在として考えたがった。それはシューマンとワーグナーにおいて最も顕著である。彼らは、ハイドンを最初に蹴り倒した存在としてベートーヴェンを崇拝し、ベートーヴェンの位相に自らを置こうとした。ルバテのハイドン観は、こうしたロマン主義をそのまま引き継いで、煮詰めたものであると言える。ルバテはハイドンの音楽を第一等のランクに置けない理由として、その音楽が作曲者自身にとってやや(un peu)外在的であることを挙げる。モーツァルトの三大交響曲がそれぞれ独立した個性を持つのに対して、その妹であるロンドン交響曲集は、主題、リズム、構造において互いに似通っている。「これらの作品は、その美しさと力強さにもかかわらず、劣っているという言葉を使わないとしても、シリーズとして考えられ書かれた音楽であると言おう。それは少なくともなおほとんど未分化の音楽である」。
シリーズとして書かれたという意味ではハイドン以前のバロック音楽の多くはみなそうだが、たとえばバッハやヘンデルは(ヴィヴァルディでさえも)、ハイドンのようには言われない。それはバロック時代には「神」がまだリアリティを持っていて、「個性」が大事ではなかったからである。しかし啓蒙主義の時代になると、「神」は後退し、一種の空白の中で世俗的「人間」が浮上してロココ文化が繁栄する。しかし革命と戦争がそれを吹き飛ばし、自らを「神」の位置に置こうとして挫折し「内面」に閉じこもるロマン主義的「人間」の時代になる。
ルバテのハイドン観は、この革命後の十九世紀的な「人間」の時代から、もはや理解不能となった十八世紀の「古典主義」を解釈したものとして典型的なレトリックを反復している。そこではハイドンは、シューマンの言う「いつも喜びと敬意を持って迎えられる、家の親しい友人のような存在」だが「もはや現在とは深いつながりを持たない」存在として表象される。しかも現在と単につながりがないというだけではない。そのつながりのなさこそ、他のつながりのあると信じられる者(モーツァルト)を信じるための梃子となる。福田が言う「西欧教養主義の生き生きとした再生」のためには、ハイドンについて言わば「マイナスの神話」と呼ぶべきものが呼び出されることが必要である。ルバテは、ハイドンが演劇をほとんど知らず『リア王』に感動して「どうしてあの娘たちは、父親に対してそんなにひどい振舞いができるのか」と言ったというエピソードや、皇帝や王・貴族と親しむより自分の階級の人々を好むという発言を紹介している。こうした「教養」から隔てられた下層階級の庶民としてのハイドンのイメージは、モーツァルト(ルバテは、人が言うほどモーツァルトは文学に無知ではなく、シェイクスピア、モリエール、ドイツやイタリアの詩を読んでいたとその教養について述べている)やベートーヴェンについての「プラスの神話」を立ち上げるために必要なものだった。
ルバテの
2025年03月02日
リアルポリティクスの陥穽
先日のワシントンにおけるウクライナと米国の両首脳の会談決裂は、多くの人々を失望させるものであった。事前に伝えられていた協定内容が、意外にウクライナに有利なものであるらしいことに、内心半信半疑に期待していただけに、私と同様に感じた人も多いと思う。結果から見れば、この決裂はいくつなの情報筋からの説明にあるように、トランプとヴァンスが事前に仕組んでいた罠であった可能性もしてくる。トランプは、大統領選挙キャンペーン中から、自分にはウクライナ戦争を直ちに停止させる力があると宣伝してきた手前、彼の支持者に対して何らかの成果を短期に示す必要があったのだろう。少なくとも、中間選挙前には、目に見える成果を呈示するとこがなければ、中間選挙に大敗する可能性が高い。そんなわけで、トランプにも、懸念すべき弱点があり、ウクライナとそれを支援するヨーロッパ諸国に対して、ある程度納得させ得る妥協案を提出する必要があったのかもしれない。実際にはウクライナにとって明らかに有利な条件であっても、そしてトランプの当初の恐喝的な停戦条件から大幅に後退したものであっても、とにもかくにも停戦を実現しさえすれば、トランプとしては、知性の低い彼の支持者に対して、自分がゼレンスキーに無理やり停戦を押し付けたディールの勝利者であると、納得せせることもできると読んでいたのかもしれない。
あるいは、自己の利益しか考えないリアリスト政治家として、はじめからウクライナの鉱物資源に目をつけて、フランスなどに油揚げをさらわれる前に、資源開発の先鞭をつけて戦後処理の際に自国の有利になるように運ぼうと考えていたのかもしれない(私としては、トランプがそんな長期的ヴィジョンによって行動する人間とは思われないので、この可能性は少ないと思っている)。
いずれにしても、専門家でもない我々に現在知り得ることは少ないし、それも不確かである。そんな不確かな問題に口をはさむことは愚かであるかもしれない。とはいえ、たとえ不確実な情報に基づいてであっても、断固とした判断が必要な場合がある。戦争に加担したり、反対したりすることは、そのような判断が求められる場合の一つであろう。私が例えば「絶対平和主義」のような原理主義的な立場に共感できないのは、それが困難な政治的決断を回避しているからである。
侵略者と被侵略者を均並みに扱うことによって、世界秩序に対する顕著な撹乱をもたらすとか、自由と民主主義に対するアメリカ政治の重要な伝統をかなぐり捨てることによって(もっともそれさえしばしば偽善的建前に堕することはあったのだが)、国際社会からの共感と信用を根本から損なうという大きな国益損失をもたらしたとか、多くの識者が指摘していることにはおおむね賛成するが、ここでは少し違う角度からこの会談の決裂の歴史的意義を考えてみたい。
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easter1916 at 22:24|Permalink│Comments(0)│ │時局
リアルポリティクスの陥穽
2025年03月
時局 (108)
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