keplerのアンテナid:kepler 18/37ページ ▽ 長崎ノート ●10/26 09:05 2023年6月29日木曜日2022年度●書いたもの<雑誌特集号編集>Ryuji HIRAOKA ed. Special issue: East-West contacts and scientific culture in early modern East Asia 2. Historia scientiarum 32-2 (2023年3月), pp. 59-156.<論文>Ryuji HIRAOKA. "The Discovery and Significance of Sufera no nukigaki (Selection on the Sphere), a Jesuit Cosmology Textbook in Japanese Translation." Historia scientiarum 32-2 (2023年3月), pp. 88-116.<分担執筆 ▽ 「北方人」日記 ●10/25 02:42 2024-10-22『北方人』第45号、別冊Ⅳを発行しました『北方人』第45号を発行しました。――目次――時評/祝祭の本質 ―――――――――――――――――――― 大木 文雄(2)創作/斧 ―――――――――――――――――――――――― 荒川 佳洋(12)評伝/夭折の作家・野中賢三(5)――――――――――――――― 盛 厚三(21)評論/悲しき女性大衆作家、大庭さち子の屈託。―――――――― 川口 則弘(34)評論/三上於菟吉原作、映画「激流」が試みたこと ―――――― 湯浅 篤志(41)随想/日韓関係を考える (1) ―――――――-――――――― 山崎 孝博(48)北方人の本棚――――――――――――――――――――――――-―― K(56)書誌/装丁挿話(20)―――――――――――――-― かわじ もとたか(Ⅰ~Ⅵ)編集後記―― [K](64)―――― ▽ ララビアータ 田島正樹 ●10/19 03:36 ベンヤミンにおいては、鋭い直感が、不十分な哲学的裏付けを伴って提示されるので、ことさら秘教的なものになっていることが多い。例えば初期の言語哲学。それがフッサールの『論理学研究』に対して批判的であることは当然予想されるとおりだが、だからと言ってまさかのName中心の言語論、それも固有名詞中心の言語論とはいかなることか?もちろん彼が、フレーゲに始まる言語哲学的転回を知らないのは致し方ないとしても、このままでは偽なる有意味な命題の扱いすらままならない。神による命名という神学的テーマにインスピレーションを得ているにしても、このように乏しい道具立てで言語哲学に挑戦しようとするのは、どんな勝算があると思ってのことなのか? ▽ オシテオサレテ ●10/18 20:10 2024-10-17ホメロスの人々 ウィリアムズ『恥と運命の倫理学』第2章恥と運命の倫理学:道徳を乗り越えるためのギリシア古典講義作者:バーナード・ウィリアムズ慶應義塾大学出版会Amazonバーナード・ウィリアムズ『恥と運命の倫理学:道徳を乗り越えるためのギリシア古典講義』河田健太郎、渡辺一樹、杉本英太訳、慶應義塾大学出版会、2024年、25– 59ページ。本書の第2章「行為者性のいくつかの中心」で、著者はホメロスの『イリアス』と『オデュッセイア』を取り上げ、主としてブルーノ・スネルの見解に反論している。スネルの『精神の発見』やドッズの『ギリシァ人と非理性』と同じく、最高水準の古典研究の面白さを味わうことができる。引用も選び抜かれており、一個の文学作品のようだ。スネルによれば、ホメロスの叙事詩の登場人物たちは、意思決定をし、行為することをしない。それは、ホメロスの登場人物た 4.<前5 6.次5> 0.はてなアンテナトップ 8.このページを友達に紹介 9.このページの先頭へ □ヘルプ /お知らせ □ログイン □無料ユーザー登録 □はてなトップ (c) Hatena