masaosanのアンテナ
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▽武藤文雄のサッカー講釈●04/17 03:35 Jリーグ(1100)2024年04月14日ベガルタ仙台30年の軌跡、執筆顛末設立30周年を迎えた我がベガルタ仙台。特設サイトが作られ、「30年間の戦いとその舞台裏をみてきた関係者がそれぞれの視点で綴る『ベガルタ仙台 30年の軌跡』」と言う企画の第一弾を、不肖講釈師が担当。怪しげな雑文を書かせていただいた。本件依頼を受けた時は本当に嬉しかった。愛するクラブの公式WEBサイトで、歴史を語らせていただけるのだから。とは言え。30年の歴史を短い文章、約5,000字でどうまとめたらよいのだろうか。まず、編年体風にクラブの歴史を描写することを考えた。「1980年代後半、ベガルタ仙台の前身の東北電力は…本格強化を始め…宮城県出身の大学生を中心に…」「1993年にJリーグが開幕し、仙台にもプロサッカーチームをとの機運が高まり…ブランメル仙台と…」「1994年の全国地域リーグ決勝大会で優勝し、JFL昇格を決め…」上記のようなクラブ史の節目に、下記のような講釈を加えていけばよいか「短期的なJリーグ昇格を目指したこともあり、Jリーグクラブから多くの優秀な選手を獲得し…」「地下鉄終点駅近傍に球技用競技場を建築することも…」「鈴木淳、リトバルスキ、オルデネビッツ、越後和男、ドゥバイッチ…」「経営不振を考慮し、地元出身の高卒の優秀な選手を…千葉直樹や中島浩司がその典型…」などと構成を考え始めた。しかし、私の文章の常だが、議論は必ず脱線方向に進む。「当時のブランメルに限ったことではないが…即効的に強化を図ったクラブは、強引な選手加入で、チームそのものが混乱するのみならず…巨額の負債を抱えてしまい…」「一方で東北新幹線開通に伴い、中央資本が大量に仙台界隈に流れてきた経緯から…知事と市長が逮捕されると言う前代未聞の…」「考えてみれば、リトバルスキは1FCケルンで、オルデ
▽かんちのほーむぺーじ − ひとりごと日誌●02/05 08:04 2024年2月4日Jリーグのオフシーズンも残り3週間。ACLやゼロックス杯があるので実質2週間を切りました。今日は開幕戦のチケット確保。アウェイ平塚の試合でゴール裏のチケットは瞬殺でしたが、何とか確保できました。夕方からは立川に向かい通算199回目の献血。次回は節目の200回、先程予約を済ませました。さて寝ましょう(早い)。2024年2月2日死後と化したプレミアムフライデー(タイミングが違う)。今日も若干メンテナンス。本格的な更新再開は・・・ありません(断言)。ですが余り古いのもカッコ悪いので、疲れない程度で手直しを続けます。ではさようなら。おい。
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