Hatena::Antenna

浪費板

すべて | グループ指定なし | はてな | diary | column | news | tech | low&politics

1 2 3 4 5 6 7 8 次の15件> 

おとなりアンテナ | おすすめページ

  1. 2024/05/14 12:53:09 Kapperのブログ - 楽天ブログ(Blog)含むアンテナおとなりページ

    870938

  2. 2024/05/14 10:33:21 ツジメシ。プロダクトデザイナー、ときどき料理人含むアンテナおとなりページ

    2 教育・学校
    3 科学
    4 ゲーム
    5 不動産
    6 ブログ
    7 フィギュア
    8 スクール・セミナー
    9 仮想通貨
    10 ネット・IT技術

  3. 2024/05/14 04:25:05 leeswijzer: boeken annex van dagboek含むアンテナおとなりページ

    2024-05-13
    『バッタを倒すぜ アフリカで』目次
    新 目
    前野ウルド浩太郎
    (2024年4月30日刊行、光文社[光文社新書・1305]、東京, 605 pp., 本体価格1,500円, ISBN:978-4-334-10290-6 → 版元ページ)
    【目次】
    まえがき 3
    第1章 モーリタニア編――バッタに賭ける 21
    第2章 バッタ学の始まり 95
    第3章 アメリカ編――タッチダウンを決めるまで 139
    第4章 再びモーリタニア――バッタ襲来 177
    第5章 モロッコ編――ラボを立ち上げ実験を 239
    第6章 フランス編――男女間のいざこざ 299
    第7章 ティジャニ 353
    第8章 日本編――考察力に切れ味を 419
    第9章 厄災と魂の論文執筆 453
    第10章 結実の時 525
    あとがき 名前とお礼と挨拶と 594
    参考・引用文献 602
    leeswijzer 2024-05-13 06:14 読者になる
    2024-05-12
    『そだちの科学・第42号』刊行

    滝川一廣・杉山登志郎・田中康雄・村上伸治・土屋賢治 (編)
    (2024年4月15日刊行、日本評論社、東京, 本体価格1,500円, ISBN:978-4-535-90762-1 → 版元ページ)
    特集〈発達障害が多すぎる〉の「IV・エッセイ」に、三中信宏「分けられないものを分ける功罪——分類思考の観点から」(pp. 87-89)を寄稿した。
    leeswijzer 2024-05-12 08:41 読者になる
    『バッタを倒すぜ アフリカで』目次
    『そだちの科学・第42号』刊行

  4. 2024/05/13 20:37:35 事実だけとは限りません含むアンテナおとなりページ

    「物語の川々は大海に注ぐ」解説と余談 其の七
    「物語の川々は大海に注ぐ」解説と余談 其の七
    其の一と其の六
    掲載誌:『SFマガジン』2024年6月号
    全体的にネタバレ注意。
    本作の骨子が出来上がるまでの過程は後日解説の予定ですが、とにかく出来上がってから割とすぐに気が付いたのが、プイグの『蜘蛛女のキス』との相似でした。どちらも「獄中の『千夜一夜』」ですからね。
    あ、『蜘蛛女のキス』ネタバレですよ。
    『蜘蛛女のキス』も本作も「物語」の物語であり、フィクションを巡る対立から始まるところも共通しています。まあ『蜘蛛女のキス』の舞台である南米某国では別にフィクションそのものが否定されているわけではないので、敢えてハイカルチャーからは見下されているB級映画を「フィクションの代表」に位置付けていますね。
    また革命家のバレンティンは、「おかま」のモリーナ(「彼女」のセクシャリティについては後述します)が語るB級映画のストーリーを文句言いつつも楽しんでいるので、彼らの対立自体はそれほど深刻なものではありません。しかし「革命家」という立場自体が、モリーナが耽溺するB級映画(その1つは、選りにも選ってナチのプロパガンダ映画)との間に深い断絶を設けている。
    以前の記事でも言及しましたが、本作でも「フィクション否定派と肯定派の対立」は、4日間のうちの2日目までです。3日目は「フィクションの創造」の話になる。
    一方『蜘蛛女のキス』では、「フィクションの創造」には触れていません。モリーナは自分のお気に入りのB級映画(既存のフィクション)のストーリーを語るだけす。『千夜一夜』のシェヘラザードが、本で読んで記憶した物語を語るのと同じです。
    本作の3日目で「フィクションの創造」を、「神が創造する、無数の〝影の世界〟を垣間視て、それを言語化する」というメタファーで理解した主人公イブン・ムカッファは、4日目の朝には「〝影の世界〟であるフィクションを、現実の世界に反映することができるかもしれない」と考えます。具体的には3日目に彼が「視た」、「すべての宗教は繋がっている」というシンクレティズムの「物語」を現実世界に反映した、気宇壮大な神学を打ち立てようという野心ですね。
    しかしその数時間後、イブン・ムカッファに恨みを抱き、かつイブン・ムカッファが「創造」した「山犬と雄牛と獅子王の物語」を自らを含む現実に重ねることで恨みをさらに増大させた人物が現れるのです。
    『蜘蛛女のキス』のモリーナは、お気に入りのB級映画ヒロインたちのようになりたいたいと願っています。彼女たちは単に若く美しく称讃されているだけでなく、愛に生きている。最終的にモリーナは、「愛のために死ぬヒロイン」というフィクションに呑み込まれ、周囲をも巻き込んで死にます。バレンティンが抱く「革命の理想」には、最後の最後まで一切共感しません。
    一方のバレンティンにとって「革命の理想」は、モリーナが耽溺するフィクションより遙かに高邁で価値あることです。それはもう、まったく比べ物にならない。
    しかし言うまでもなく、彼の理想もまた「物語」です。
    「解説と余談」其の一で述べていますが、フィクションを楽しめないこと、必要としないことは、フィクションを楽しむこと、必要とすることと、まったく等価です。加えて私自身は、フィクションを「現実じゃないから」という理由で見下す人でもフィクションを楽しむことに干渉してこない限り、どうでもいいと思っています。
    ただ、そういう理由でフィクションを軽んじる人のうちどれだけが、あなたがフィクションより価値があると信じている「実話」「ノンフィクション」も、語り手/書き手によって組み立てられたプロットに沿った「物語」だということを承知しているんですか、とは思います。
    それよりも何よりも、人間は知覚した情報にパターンを見出す方向に進化してきた以上、知覚した「現実」を理解しようとすればするほど、パターンとして認識することになる。それを承知しているんですか、と。
    しかもオングの『声の文化と文字の文化』によれば、結末ありきで組み立てられた一貫性のあるプロットというものは、「文字の文化」が発達して初めて出現したものだそうなので、現実を一貫性のあるものと認識している人ほど、フィクションにどっぷり浸かっていることになる。
    もちろん私は、「現実は物語に過ぎない」とかしょうもないことを言っているのではないですよ。ヒトが現実をどう認識するか、という話です。
    そもそも「物語に過ぎない」とか言われたら、今なんつった、物語舐めてんのか?となりますよ。
    ヒトは現実を「物語」として解釈しがちです。そうした「現実」として認識される「物語」は、個人だけのものではありません。集団が共有する「大きな物語」も数多く存在してきたし、存在している。解りやすい例としては思想や宗教がありますが、社会通念の類も、そこまで作り込まれてはいないものの、集団によって共有される「物語」です。
    そうした「物語」はその集団を、国を、世界をも駆動します。それが「物語の力」です。
    当然ながらそれら「現実と認識される物語」は、ヒトの知覚を介していない物理世界としての現実や、その物語を共有していない他者にとっての現実(他者の物語)とは齟齬があります。齟齬が大きければ大きいほど、さまざまな支障を来し、かつ物語の規模が大きければ大きいほど、制御も効かなくなります。場合によっては災厄を引き起こしかねない、というか引き起こしてきました。
    だからフィクションをフィクションとして楽しむことなど無害であり、健全ですらあります。
    本作ではイブン・ムカッファに「実話」の潤色について突っ込ませましたが、物語論が碌に発達していない社会なので、まともな議論は成立しませんでした。この問題については、『現代思想』2021年5月号掲載「文字が構築する壮大なプロット(筋書き/陰謀)」(Amazonリンク)と同2022年9月号掲載「パリに行きたい:あるいは〝ここ〟からは出られません」(Amazonリンク)で考察しています。
    そういえば『現代思想』2021年5月号の頃は、「フィクション蔑視が通念となっている社会」としての中世イスラムを舞台にした「物語」の物語を書きたいなあ、と思いつつも、まだ何も構想とかは始めていなかったなあ。そうだった、そうだった。
    で、2022年9月号の頃は、知識を補完するための下調べと並行して、すでに執筆に入ってたんだけど、全篇一人称で書くという無謀を試みたせいでで行き詰まってましたねえ。いや、あれは苦しかった。
    それから「女」の立ち位置という点でも、本作は『蜘蛛女のキス』と似ていますね。
    現代における、先天的な肉体の性別とは別物の、やたら細かくて複雑なセクシュアリティの区分に、どれだけ意味があるのかは私が知り得るところではありませんが、モリーナは肉体的には先天的な男性で、その性別からすると男性同性愛者で、その上で女性になりたがっている。ただしそれは若く美しく、かつ愛に生きる、フィクションの中にしか存在しない女性であって、現実の女性ではない。
    同様に本作のイブン・ムカッファにとって、シェヘラザードや女神たちは美しい乙女の姿をとった「象徴」であり、現

  5. 2024/05/13 05:05:10 shorebird 進化心理学中心の書評など含むアンテナおとなりページ

    2024-05-11
    War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その65
    ターチンはこの基本メカニズムはマルサス過程だとするが,それだけでは崩壊から回復への遅れが説明できないとして,支配層のダイナミクスをより詳しくみることが必要だと説く.
    人口増加による食料不足はまず一般市民を直撃するが,土地を所有する貴族層は短期的には逆に利益を得る.しかしそれは貴族層の人口を相対的に過剰にし,ついに貴族層も苦難に陥る.
    第8章 運命の車輪の逆側:栄光の13世紀から絶望の14世紀へ その9
    農民による余剰生産が縮小する中で,それに支えられてきた貴族の人口は増加した.これは貴族たちは生活水準を落とす(つまり貴族の地位を手放す)か,何か別のことを試みるしかないことを意味する.1300年当時収入が25〜50リーブル程度だった下層領主たちはその貴族の地位を失うリスクに直面していた.貴族の地位を保つためには他の貴族からリソースを奪うしかない.エリート間の闘争が激しく行われるようになった.
    貴族層は苦難を解決するために互いに争うようになったというのがターチンの説明になる.ここからその様子が詳しく解説される.
    1300年から1350年にかけてフランス社会の紐帯が,まず辺境でそして後にコア地域で,ほどけ始めた.ガスコーニュではアルマニャック家とフォワ家がベアルンの子爵位をめぐって抗争した.この確執は片方の家系の完全な消滅までその後250年続いた.大領主が爵位をめぐって争う中,下層貴族たちは私闘に明け暮れた.
    この辺の歴史には詳しくないが,ググるとこのような本がヒットする.
    Lord of the Pyrenees: Gaston Febus, Count of Foix 1331-1391
    作者:Vernier, Richard
    Boydell Press
    フランドルでは王家につながる名門貴族と新興ブルジョワ間の緊張が高まっていた.新興ブルジョワたちは労働者たちを突撃隊として使った.1302年には,権力闘争がブリュージュの暴動を引き起こし,西フランドルを席巻した.国王フィリップ4世は鎮圧の軍隊を派遣したが,フランドルの歩兵部隊はフランス貴族中心の王国騎兵隊をコルトレイクの戦いで打ち破った.1325〜26年にフランドルの都市コミュニティはフランドル伯からの独立を試みたが,フランスの騎士たちはカセルの戦いで勝利して,コルトレイクの雪辱を果たした.しかし1337年にはゲントのフランドル都市連合がフランドル伯に対して蜂起し,指導者アルテヴェルデはフランドル伯を追放した.都市連合は英国と通商条約を結び,1340年にはエドワード3世を君主と認め,それは(百年戦争の)クレシーの戦いに直接つながることになる.
    Medieval Flanders
    作者:Nicholas, David
    Routledge
    A Plague of Insurrection: Popular Politics and Peasant Revolt in Flanders, 1323-1328 (Middle Ages Series)
    作者:Tebrake, William H.
    Univ of Pennsylvania Pr
    北フランスと東フランス(ピカルディとブルゴーニュ)では男爵による国王徴税反対の動きが起こった.アルトワ郡における中央権力に対する反抗はロベール・アルトワとその伯母マホによる郡の所有をめぐる争いにより複雑な経緯をたどった.ロベールは敗北し,英国に逃れ,百年戦争でエドワード3世に組みすることになる.
    1341年にブルターニュは,公爵のジョン3世が後継を決めずに亡くなった時に内戦状態になった.承継はブロワとモンフォールの間で争われた.内戦の中で中層以下の貴族と西のケルトはモンフォール側につき,上層貴族と東のブルジョワたちはブロワ側についた.英国はモンフォールに肩入れして突撃騎兵(chevauchée)を供給し,レーヌ,ヴァンヌ,ナントの要塞を包囲した.
    ここでの明瞭なパターンはそれぞれの地域で,争いは内戦として始まり,その片方が英国のエドワード3世を引き入れたということだ.フランドルへの介入を正当化するためにエドワード3世にフランス王位を主張すべきだと吹き込んだのは,アルテヴェルドだったといわれている.
    ターチンの説明は,急速に苦境に陥った貴族層や新興ブルジョワの内部抗争こそが,英国を引き入れることで,百年戦争を引き起こしたというものになる.
    shorebird 2024-05-11 15:11 読者になる

  6. 2024/05/11 09:27:18 たんなるエスノグラファーの日記含むアンテナおとなりページ

    【ネット速度にお困りなら】Wi-Fi 6で速度解消

  7. 2024/05/10 20:59:58 猫を償うに猫をもってせよ含むアンテナおとなりページ

    2024-05-10
    音楽には物語がある(65)作詞家の条件  中央公論・5月号
    私が若いころ、歌謡曲好きの友人が「作詞をして当たったらいいなあ」というようなことを言っていた。作詞家というのがどれくらいもらえるのか、歌がヒットするとそれだけで儲かるのか、その後仕事が多く来るから儲かるのか分からないが、何しろ一つの歌の作詞は一見したところ長編小説を書いたりするよりは簡単そうなので、私も「そうだなあ」と思ったが、作詞には新人賞はあることはあるようだがそれで作詞家になった人は多くはなさそうだし、作詞家の弟子になるとか、放送業界へ入って作詞を売り込むとかそういう手段しかないだろう。「なるにはシリーズ」には、なぜか『作詞家になるには』という本はない。
    ふと、阿久悠が書いた『作詞入門: 阿久式ヒット・ソングの技法』というのが、岩波現代文庫に入っているのに気づいた。これは1972年、阿久が作詞家として名をあげ、これからさらに山本リンダやフィンガー5、ピンク・レディーの作詞で大ヒットメイカーになる前の本だが、近所の図書館には元本も文庫本もなかったので、他区から取り寄せた。中に、あなたは作詞家に向いているかという箇条書きで、こういう人は向いている、という部分があったが、全部当てはまらないと向いていないというもので、当然のごとく私は向いていなかったが、中に、ギャンブルにのめり込まない、というのがあった。
    しかし、一つだけ条件で書いてないものがあるな、と思ったのが、照れない、恥ずかしがらない、というもので、私は、ポピュラーミュージックの歌詞というのは、恥ずかしがらない人でないと書けないだろうと思っている。今はちょっと違うかもしれないが、歌謡曲全盛期の70年代の歌詞なぞ、ある種の羞恥心を捨てなければ書けなかったようなところがある。私はある時期、ポピュラーソングの歌詞というのは、それらしい単語を並べてつないでいけばできるんじゃないかと考えていたことがある。「よこはま・たそがれ」(山口洋子作詞)などは、それを実際にやってヒットさせた曲で、批評性のある歌詞だったともいえるだろう。
    物語性のある歌詞もあるが、それも恥ずかしいといえば恥ずかしい。小椋佳の「さらば青春」などは、現代詩風で、さほど恥ずかしくはないが、題名が恥ずかしい。
    別に作詞をバカにしているわけじゃなく、小説でも、ある種の小説は恥ずかしさを克服して書いてこそ売れる、というところがあるのは否めないし、まあ差しさわりのない古いところでいえば、小島政二郎という作家は、『主婦之友』に1935年から『人妻椿』を連載し、大ヒットして何度も映画化されたが、のちに小島は、顔を赤らめつつ編集者の言うがままに書いた通俗小説、と書いている。
    しかし、普通の人から見たら、田山花袋の「蒲団」とか近松秋江の「黒髪」とか、自分の身に起きた恥ずかしいことを描く私小説作家のほうがよほど不思議な人びとで、歌謡曲の作詞家や通俗小説家など、作りもののこっ恥ずかしい恋愛ばなしを書くほうがまともな人間なのだろう。
    「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌として知られる「残酷な天使のテーゼ」(及川眠子作詞)なども、「言葉を並べてつないだ」系の歌詞だが、私はもともと「詩」すら作れない人間だが、作詞のほうも、単語を並べるまではできるかもしれないが、恥ずかしさを克服できないだろうから無理だろうと思った。
    しかし、阿久悠も、鼻歌で適当に曲を歌いながら作詞するというし、シンガーソングライターというのも多いし、作詞というのはもともと音楽をやっている人がやることが多く、北原白秋の時代とは違って、音楽と無縁に作詞ということはあまりないんじゃないだろうか。
    jun-jun1965 2024-05-10 19:05 読者になる
    音楽には物語がある(65)作詞家の条件  中央公論・5月号
    2024 / 5

  8. 2024/05/10 10:27:17 死ぬまでにしたい100のリスト〜Piccoli’s Hatena Diary含むアンテナおとなりページ

    2024-05-08
    『新潮 創刊120周年記念特大号に 村上春樹の新作短編「夏帆」が掲載』
    村上春樹
    新潮 2024年6月号
    新潮社
    Amazon
    Piccoli 2024-05-08 19:20 読者になる
    広告を非表示にする
    もっと読む
    コメントを書く
    『新潮 創刊120周年記念特大号に 村上春樹の新作短編「夏帆」が掲載』
    2024 / 5

  9. 2024/05/09 21:59:09 はてなダイアリー - 弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」含むアンテナおとなりページ

    2024-05-08
    先代からどれだけ値上げ? 新「iPad Air」「iPad Pro」の価格まとめ
    モバイル
    先代からどれだけ値上げ? 新「iPad Air」「iPad Pro」の価格まとめ - ITmedia Mobile
    円安が続いて、ハイエンドに位置付けられるスマートフォンやタブレットの価格は高騰する傾向にある。今回の新型iPadも順当にスペックが向上しており、価格がどれほど上がっているのか、はたまた従来と大差ないのかは気になるところ。
    タブレットの中の王、みたいなもので、性能に文句のつけようはないですが、ここまで値上がりしてくると購入のハードルは高いですね。
    私は、昨年、ドコモがiPad Proを大幅割引して売っていたのに乗じて、セルラーの1テラモデルを、手持ちのドコモポイントもはたいて、かなりお得に購入したので、当面、購入予定はないですが、より向上した性能、機能には大いに興味があります。
    自分の使い方に合ったものを、適当に分割払いも利用しながら、うまく導入する必要があるでしょう。
    yjochi 2024-05-08 17:33 読者になる

  10. 2024/05/08 20:44:15 紙屋研究所含むアンテナおとなりページ

    「台湾住民の民意尊重」と「一つの中国」原則
    2024 / 5
    新聞記事 (55)

  11. 2024/05/07 22:12:51 Everything You’ve Ever Dreamed含むアンテナおとなりページ

    2024-05-07
    「大谷ハラスメント」は存在しませーん!
    日記 人生 メモ
    メジャーリーグのスーパースター大谷翔平さんに関する報道が加熱している。世界最高の野球選手がニュースになるのは当たり前である。だが、謎の正義感や妬みなどから大谷報道を気に入らない人が世間には一定数存在する。なかには加熱気味の状況を「大谷ハラスメント」と呼んで非難している人もいる。「大谷の結果はテレビで速報するほどの価値のあるものなのか?」「大谷以外に報道しなければならないものがあるだろう」がその理由。なかには大谷の情報を大量に流すことで国民に知られたくない情報を隠ぺいしていると主張するインボーロンもあるようだが、デクノボーの僕にはよくわからない。昨年から、そして今年になってからさらに頻度を増して、毎日、NHKから民放までニュース番組やワイドショーが大谷さんの打席を速報している。天気予報より多い。特にフジテレビ。サンケイ系列のヤクルトスワローズの試合結果をろくに放送しないのに「今日のオオタニサン」とかふざけているとしか思えない。実は、これらの大谷報道については僕も「やりすぎじゃね?」と異議を唱えたことがある。すると、ウチの奥様は「テレビ業界はコンテンツを作る能力がないから大谷に頼ってしまう」説を唱えて大谷をかばった。
    「大谷翔平好きだけれど連日の速報はやりすぎじゃね?」と奥様に言ったら「少し前まで感染者数の速報を毎日やっていたでしょ。テレビ局はその時間を埋めるために必死なの。最近のテレビ業界はコンテンツを作る能力がないから大谷君に頼ってしまうのよ」というドライな答えが返ってきました。なるほど。
    — フミコ・フミオ (@Delete_All) 2024年4月30日
    この問題は大谷に起因するものではなく、メディアにその原因があるのを看過した彼女は鋭い。そう、メディアの問題なのである。「大谷ハラスメント」ではない。「大谷報道メディアハラスメント」なのだ。この説に対しては「政治家や芸能人や有名スポーツ選手のご子息をコネで、大学のミスコン上位者をアナウンサーとして、採用しているテレビ局が、自力でコンテンツを作れない、コンテンツ・インポテンツにかかっているなどありえない」「たいして面白くないが世の中に拡散したポストを投稿すると《貴兄のポストを番組で取り上げたいので取材していいすか》とダイレクトメールを飛ばしてくる超強力な取材力をもったテレビ局がネタ集めできないはずがない」と反論しておいた。大谷情報をハラスメントととらえる人がいるのは、大谷速報の情報が薄く手抜き感がするからではないだろうか。こんな取るに足らない情報をいちいち電波に乗せるなということ。クソ忙しい毎日を過ごしているのに大谷大谷大谷大谷オオタニサンオオタニサンを連呼されたら、大谷からポルシェをもらっていない赤の他人はムカムカするのも無理もない。たとえば大谷の速報。ヒットやホームランを打った場合、当該打席すべてを見せずに打った球のシーンだけである。三振や凡打に終わったときも三振や凡打にとられたシーンだけで、観戦するデコピンの様子は報じられても打席の過程、投手との駆け引き等は報じられない。メディアからみればDHに専念している大谷は打席を報じればいいので扱いやすい。打つか打たないかを報じればよいからだ。衛星中継をみていれば素人でも伝えられる内容。もっとメディアにはプロの意地をみせて取材し、濃い情報を流してほしい。最近は打球速度や飛距離も報じられるようになってきたがまだまだ足りない。入手できる野球関連の数値データはもちろんのこと、取材で得た大谷の毎日の体重・血圧・心拍数、家を出た時間、デコピンの散歩の有無、今日の朝食、パワプロ新作への関与、真美子夫人コーデ等々圧倒的な濃いデータとともに毎回の打席を、打席に入ってから結果が出るまでを完全中継されれば「あ、この局は本気で伝えたいのだな」と認識をあらためて大谷ハラスメントは蒸発するのである。いや、大谷は不世出のスーパースターだ。打席のたびに全国民に対して緊急地震速報のシステムで流すべきだろう。画面の上部に「本日の大谷翔平。4打席3安打うち2本はホームラン。打点3」のように常時テロップで表示すべきである。そこまで徹底的に本気の報道姿勢を見せればハラスメントと言われることはなくなるはずである。片手間に大谷大谷騒いでいるから駄目なのである。繰り返すが、大谷の報道が加熱しているなかで、メディアの怠慢こそあるものの、大谷起因のハラスメントは存在しないのである。なお、僕はウチの奥様から「大谷君はカッコよくて背も高くて世界最高の野球選手で超お金持ちなのに、なぜキミは年齢以外は負けているの?」的な発言を毎日のように喰らっている。これこそ、大谷が原因となっている真の大谷ハラスメントといえるだろう。(所要時間22分)
    Delete_All 2024-05-07 01:30
    最終更新: 2024-05-07 01:30
    「大谷ハラスメント」は存在しませーん!
    2024 / 5

  12. 2024/05/05 13:19:46 SHA_LOG ☆ FOTO_LOG含むアンテナおとなりページ

    « 2024 05 »
    - - - 1 2 3 4
    5 6 7 8 9 10 11
    12 13 14 15 16 17 18
    19 20 21 22 23 24 25
    26 27 28 29 30 31 -

  13. 2024/04/27 19:16:06 the blog 4merly known as deBlog (元 出不ろぐ)含むアンテナおとなりページ

    2024-05-21
    第27回 日米経営学史茶話会:梅崎・南雲・島西(2023)『日本的雇用システムをつくる 1945-1995』第6回
    読書会 経営学史
    私が世話人を務める著しく多数の読書会すべての中で群を抜いて最も人気のない日米経営学史茶話会の次回例会は 5/21夜に開催します。
    お申し込みはこちらから。
    第27回 日米経営学史茶話会
    文献:梅崎修・南雲智映・島西智輝,2023,『日本的雇用システムをつくる 1945-1995――オーラルヒストリーによる接近』東京大学出版会.
    https://www.utp.or.jp/book/b619360.html
    範囲:
    第8章 日本的能力観の構築
    第9章 新しい人事方針への変革
    日本的雇用システムをつくる 1945-1995: オーラルヒストリーによる接近
    作者:梅崎 修,南雲 智映,島西 智輝
    東京大学出版会
    Amazon
    contractio 2024-05-21 19:30 読者になる

  14. 2024/04/27 09:17:30 はてなダイアリー - /*inu-memo*/含むアンテナおとなりページ

    この広告は、90日以上更新していないブログに表示しています。

  15. 2024/04/27 02:59:08 はてなダイアリー - ARTIFACT@ハテナ系含むアンテナおとなりページ

    『ダークギャザリング』のようにサラウンドで制作されているテレビアニメは意外と多い。最近では『ダンジョン飯』はNetflixでは5.1chで配信されているが、Netflixでは5.1chが配信されているアニメが多い。『空挺ドラゴンズ』『TIGER & BUNNY』二期は放送時から5.1chだったが、放送時から5.1chで一番古い作品は『攻殻機動隊SAC』だろう。『エヴァンゲリオン』テレビ版や『魔法少女まどか☆マギカ』『カウボーイ・ビバップ』はパッケージソフトで5.1ch化されており、それが配信されている。『スプリガン』『PLUTO』などNetflixオリジナルアニメはほぼ5.1chである。

1 2 3 4 5 6 7 8 次の15件>