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2026-3-7 21:10
1 留学
2 部活・サークル
3 米国株
4 金融・マネー
5 ネット・IT技術
6 FX
7 語学
8 政治・経済
9 ライブ・バンド
10 競馬・ギャンブル
作品にベタ・メタに向き合うことと、「いわゆる上等な作品鑑賞態度」について
「#オメガバース」のBL小説を読む
1 ブログ
2 不動産
3 コレクション
4 発達障害
5 教育・学校
6 部活・サークル
7 ライブ・バンド
8 語学
9 科学
10 介護
「#オリジナル」のBL小説を読む
神原元氏を訴えた裁判で暇な空白氏が敗訴し、逆に自身の多くの主張が真実ではないと認定された判決が、先日に確定
ネット 司法
ネット (1947)
司法 (98)
2026-03-06
『ラムネモンキー』第8話
ピアノが弾けるどころか映画の劇伴を作ってくれと言われて即興?でそれっぽい曲を弾いたぐらいだから音楽の才能はあったんだろうし、カンフーの動きもすぐモノにできるぐらい多才な人間だということなのでしょうが、才能はあっても中学時代の黒江恵子は受動的なタイプで決して能動的ではないように見えたのに、雷に打たれまくるその後の人生がクッソアクティブで笑ったw。
これほどのアクティブ人生を経た現在の黒江恵子に水野美紀を配役したというのに、なんだか生気がない感じだったのは理由があるんだよな?。
ほんとは全部覚えてるけど言えない、もしくは言わない理由(感情)があって、こんな感じの応対になってしまってるとかさ。
「友達」だと思ってたのに部室にも学校にも『一緒に映画を撮った三人の男子』も『先生』もいなかったってんでその記憶はやっぱり「妄想」だったんだと思い込んだ中学時代の黒江と今の黒江が繋がらなくはないけど、アクティブなんて表現では到底足りない激動人生が間に挟まると違和感があるもん。
で、映画研究部の看板の裏にマチルダが書いたイラストに添えられた言葉の「意味」にようやく気付いた三人が見上げた先に『NO.12』のビデオテープが隠されていた!
という展開はさすが古沢さんだな
・・・と言いたいところだけど火曜日に同じような場所に隠されてた臙脂のパソコンを見つける松山ケンイチを先に見てしまったもんで、日曜劇場でも戸田恵梨香が同じ場所になんか隠してたしみんな考えること(隠そうと思う場所)は一緒だなとなってしまったのはアレですが、NO.12になにが映ってるのか楽しみだけどちょっと怖い。
minko 2026-03-06 16:35 読者になる
『ラムネモンキー』第8話
『マトリと狂犬』第6話
櫛木 理宇『拷問依存症』
Drama (7639)
B (2320)
2026/02/27
2026/02/26
2026-03-04
【公開30周年】 平山秀幸×奥寺佐和子『学校の怪談2』
夜に誰かと遊ぶと
昼間よりずっと仲良くできるよね
劇中でサラっと登場するこの台詞が、『学校の怪談』シリーズの根幹を貫くフィーリングだ。そこに性愛の関係がなかろうと、”夜を共にする”という行為は絆を深める。ましてや子どもにとって真夜中は、本来であれば“知らない時間”。であるからこそに甘美だ。子ども達は“夜”を超えると、少し大人の顔つきになる。常光徹と楢喜八(挿絵)の小説『学校の怪談』を端とする90年代に巻き起った“学校の怪談”ブームの延長で制作された映画『学校の怪談』シリーズは平成初期に量産されたジュブナイル邦画群の中においても、突出したクオリティを誇っており、今なお根強いファンを持つ。ナンバリングされている4作品どれもが傑作であるが、個人的にベストに推したいのは2作目の『学校の怪談2』(1996)、今年は公開30周年のアニバーサリーイヤーである。
持ち味を存分に発揮して、大女優・岸田今日子も出演。西田尚美のフレッシュさも素晴らしいが、特に野村宏伸が演じる善とも悪ともつかないマージナルな場所に立つ泥棒男・浅野が絶品。浅野が冒険の一夜を経ても、泥棒のままなのがいい。子ども達の心に触れて改心する、みたいな安っぽい筋書きが用意されていないのが、この作品の好きなところで、ラストにおいて大仏泥棒としてスクーターに乗って警官から逃亡する野村宏伸の姿を捉えるカメラが痛快だ。
“怪談”というのは、「暗闇に光を照らす」というまさに“映画”そのものとしかいいようのない題材なわけで、思い出されるのはやはりスティーブン・スピルバーグ。『E.T.』『グーニーズ』などのスピルバーグのアンブリンエンターテイメントが送り出した手作り感ある特撮やSFXのジュブナイルムービーを日本人の感性で撮り直したような質感が『学校の怪談2』にはほとばしっている。本作における寺嶋民哉のスコアにも、ジョン・ウィリアムスの旋律を感じる。スピルバーグ映画のジュブナイル性の召喚ということであれば、和製『ストレンジャー・シングス』という言い方もできるだろう。30年も前の作品なので、正確には『ストレンジャー・シングス』が“令和の『学校の怪談』”なのだけど。子どもたちの複数の空間に散らばり、同時進行で物語を進めていく質感などはまさにである。しかし、ローティーンが主役であるから、『ストレンジャー・シングス』にあるような、思春期の心の葛藤みたいなものはほぼない。「4月4日の4時44分、何かが起こる」という、当時の小学生の間ではやった怪談話を元に、”時間”をテーマに作品を展開していく。時計が止まる、時計が盗まれる、中学受験に向けた塾の合宿といった一連のモチーフは、”子どもの時代”が終わっていくことへの抵抗のようだ。その抵抗としての一夜の冒険は、逆説的に子どもの時代という限定性を煌めかせ、画面にはノスタルジックで甘美な時間が充満し、観る者の胸をときめかせる。
また、『学校の怪談2』を2026年に語るのであれば、注目すべきは、あの奥寺佐渡子が脚本を担当していたという事実だろう。そう、邦画実写映画興収1位『国宝』の脚本家である。映画『学校の怪談』では、1・2・4の3作の脚本を担当している。彼女のキャリアを簡単におさらいしておくと、相米慎二『お引っ越し』でデビューし、細田守の『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』といったアニメーション映画、『Nのために』『リバース』『わたし、定時で帰ります。』『最愛』などのテレビドラマ、と幅広いフィールドでその才能を発揮しているトップランカーの脚本家。その輝かしいキャリアにおいても、『学校の怪談2』は彼女のベストワークに数えたい1本だ。はっきり言って、つまらない時間が1秒もない。緻密な構成力に加え、唯一無二な人間の個性の煌めきを書き切っており、『学校の怪談』というシリーズをオリジナルで特別な作品に仕上げている。特筆すべきは、やはり会話劇としての面白さ。その活き活きとした台詞の数々だろう。例に挙げてみよう。
杏子「あんたの友達…?ってことはやっぱりバカぁ?」
司「お前そんなにモンゴリアンチョップくらわされたいのか」
杏子「そういうこと言う奴にかぎってバーチャ2やってもステージ3止まりなのよ」
ヨシオ「言ってること、よくわかんねーなぁ。お前ら、東京のやつ?」
司「お前、この学校で俺を知らないのか?飼育委員長だぜ?」
ヨシオ「じゃあ、校歌歌ってみろよ」
そして、校歌で意気投合する司とヨシオ。ジュブナイル映画にありがちな、子ども騙しのテンプレート的な会話が一切ない。「飼育委員長だぜ?」、最高。このあまりにオリジナルかつ密度の濃い台詞群が矢継ぎ早に繰り出される。また、子ども達の演技も抜群だ。大林宣彦や岩井俊二の作品でお馴染みの細山田隆人が演じる直弥の知的で気怠いクールさ。チェックシャツの襟元から白Tシャツを覗かせ、上からナイロンアノラックという着こなしもいかす。現在は=LOVE、HKT48、PASSPO☆などの振付師として活躍する竹中夏海の稲葉杏子の都会的おしゃまさも作品のトーンを決定づける存在だ。ピンクのGジャンに、ピンクのタイツという着こなしも鮮烈。ガキ大将の小田桐司や言葉を話さずに笛でコミュニケーションをとる三好憲を演じた無名の2人も実に素晴らしい。出番は少ないが、今井なな子を演じた前田亜季の演技メソッドは幼心にも強烈なインパクトを残した。
直弥「ついてくるなよ」
なな子「ケチ、連れてってくれないと木に登っちゃうぞ」
直弥「登れよ、猿」
なな子「カツラかぶっちゃうぞ」
直弥「ちょんまげなんだろ、どうせ」
なな子「コタツ出しちゃうぞ」
直弥「お前ん家、床暖房じゃん」
なな子「お相撲さんにサインもらっちゃうぞ」
直弥、無視
なな子「キライになっちゃうぞ!」
あまりにオリジナル。何の説明もなく、当たり前のように”不思議ちゃん”であり、そのやり取りは本筋とは何ら関係ないのだけど、あまりに鮮烈な印象に残す。映画のラスト、別れのシーンにおいても、このやりとりが再び繰り返される。
司「二度と来んなよ」
杏子「次はあんたが東京に来る番よ」
なな子「来ないと靴下脱いじゃうぞ」
直弥「ついでに爪切れよ」
なな子「餃子作っちゃうぞ」
司「ニラ入れるなよな、俺キライだから」
しかも、夜を経た事で絆を深めた面々は、なな子の不思議っぷりに対する反応が”ツッコミ”から、”ちょい乗り”に変容している。本筋とは関係ない枝派、その充実こそがそのまま作品の豊かさに繋がっている。30周年という記念を機に、この大傑作をぜひとも触れてみて欲しい。サブスクリプションでの配信は、東宝名画座というニッチなフォーマットのみだが、Amazonプライムにて400円で購入レンタルできます。ぜひぜひ。
hiko1985 2026-03-04 15:40 読者になる
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2026-03-03
芝山努『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』
この春、リメイク版が公開されるということで、『のび太の海底鬼岩城』(1983)をひさしぶりに鑑賞。個人的に「映画ドラえもん」の中でもトップ3に数えるほどに愛着のある作品だが、やはり抜群におもしろい冒険奇譚だ。夏休みのキャンプに海に行くか?山に行くか?という問答から始まり、「海底の山に登ればいい」という第3の選択肢を提示して始まるのも最高。 40年以上前の作品でありながら、バギーやポセイドンといった人工知能と人間とのありかたは、AI時代到来の今、なお示唆的だ。「大山のぶ代のドラえもんは友達でなく保護者」という揶揄されていたこともあったが、むしろそれが良いではないか。
ドラちゃんが連れていってくださるなら安心だわ
ドラちゃんがついていてくださればねぇ
というように、のび太のママのみならず、静香・ジャイアン・スネ夫の母親からも、絶大な信頼を寄せられている。そして、ドラえもんにもまた、「責任は僕にある」「ダメ!僕、責任者だから」と旅の引率者としてのプライドがある。そこが頼もしくて、かわいらしいのです。
シリーズ4作目にあたる『のび太の海底鬼岩城』は、その後25作目の『のび太のワンニャン時空伝』(2004)まで長期にわたり監督を担当することとなる芝山努の初登板作品だ。原作の藤子・F・不二雄と芝山努のタッグが生み出す「映画ドラえもん」の最大の特長は、その強烈な不穏さ、薄暗さにある。この『のび太の海底鬼岩城』でも、そのダーティーさはいかんなく発揮されている。船や飛行機の墓場バミューダトライアングル、幽霊船と骸骨船長、いるはずのないアヒルの鳴き声、幻の海底都市の戦争と核爆弾、ポセイドンや鉄騎隊のヴィジュアル、海底人の存在を知らせる教育ドリームの不気味さ・・そして、なにより強烈な印象を残すジャイアンとスネ夫のタイムリミット付きの死のドライブとバギーの自爆。全編に渡ってダークトーンが貫かれている。まずもって、物語の舞台は太陽の光も届かず、人知の及ばない世界が広がる深海である。その“暗闇”にテキオー灯という秘密道具の光を照らすことで(実際にはのび太たちが浴びるのだけど)、冒険が始まっていく。
想像力は未来だ!人への思いやりだ!
これは『のび太的月面探査記』(2019)にて辻村深月が書いた『ドラえもん』という作品の根幹を浮かび上がらせる名台詞。たしかに、『ドラえもん』というサイエンスフィクションを支えているのは想像力だ。だが、なにより重要なのは、“イマジネーションは暗闇からやってくる”ということではないだろうか。そのことに自覚的であったからこそ、映画ドラえもんにおいて、藤子のデザインするヴィランはそのどれもがおどろおどろしく、芝山の演出は“ホラー”の領域に踏み込み、のび太たちが危機的状況に陥れば、その絶望感は極極に高められている。
一方で、冒険の楽しさもまた瑞々しく演出されており、日本海溝ジャンプ、海中の大平原ドライブ、地球の底の底を目指すマリアナ海溝潜り、深海魚探しツアー、海底キャンプでの海藻や魚との戯れ、海上に月やイルカを眺めながらの夢のような夕食。
ここには、旅の喜びと切なさがある。食事シーン(プランクトンを利用したバーベキューやマツタケご飯!)や水中でのトイレのお作法などにしっかり尺を割いているのもいい。食事シーンはなんと4回もある*1。個人的に好きなのは、「テントアパート」という住居について、ドラえもんが「では、部屋を説明します。中へどうぞ。」と解説するシーン。
個室は6個あります
<中略>
このドアは中央広場に通じています。食事をしたり、みんなで遊んだりする部屋なんだ。どの個室からも出入りできんるだ。
この細かい設定にワクワクするんだよな。あと、静香ちゃんが水の中にいるにも関わらず、シャワーを浴びたがったり、食事前に手を洗うマイムをしたりするのもいい。こういった“生きていくこと”の細部の充実こそが、「映画ドラえもん」というシリーズが、少年少女たちの胸に深く刻まれていった大きな要因であるようにも思う。深海という未知の世界、そこでどんな風に暮らしていくのかを克明に描き出すこと。未知(≒暗闇)を“光”に変えていく、それがドラえもんの想像力であり、わたしたちに生きていく力を与えてくれるのだ。
「ドラえもん あなたがいるということが 未来があるということだから」
枡野浩一『ドラえもん短歌』より
*1:リメイク版ではなんと1回しかない。海底人のエルとの食事シーンにおける「こんな美味しものはじめて食べた」もカットされている
hiko1985 2026-03-03 14:42 読者になる
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【公開30周年】 平山秀幸×奥寺佐和子『学校の怪談2』
芝山努『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』
2026 / 3
2026年03月06日
関東大震災朝鮮人虐殺事件(前編)
事件・事故関連
1923年(大正12年)9月1日に関東大震災が発生した。その直後から朝鮮人に対しての流言蜚語が発生し、多くの朝鮮人が日本人の手によって虐殺されるという事態が発生した。それは「朝鮮人虐殺事件」もしくは「関東大震災朝鮮人虐殺事件」といった呼称が用いられている事件であり、おそらく現在でも日本歴史上でも最大の不祥事件であったとされている。近年では同事件の教科書への記載を巡って政治問題化してしまい、事実がどこにあったのかが問題視されるようになってきた。また、余りにもセンセーショナルな事実でもあったので様々な陰謀説も流布されてきた。しかし、昨年、渡辺延志著『関東大震災 虐殺の謎を解く』(筑摩選書)が刊行されたことにより、同事件の真相が克明に浮かび上がってきた。(同著は手掛かりになりそうな資料を集めた上で検証されており、信憑性は高い。)
横浜市は関東大震災の被害も甚大で、その後に発生した混乱も大きかったという。関東大震災時の横浜の震度は「7」だっとされており、激しい揺れに次いで火災に見舞われ、殆んどの建物は焼失したという。当時の横浜の人口は44万6600人であったが、その内、死者は2万6623人で人口比5.96%であった。東京の死者は人口比では3.03%であった事と比較すると、横浜の被害状況は激甚にして苛酷であったという。
神奈川県警警察部が刊行していた『大正大震火災誌』には流言の状況を警察署ごとに調査したものが記されていたという。それによると、9月1日午後4時頃より「海嘯(かいしょう)きたる」という流言が何処ともなく流れていた事が記されているという。この「海嘯」とは、現在で言う「津波」を表している。横浜は正午少し前に発生した巨大地震により壊滅的な状況になっており、人々は公園等へ避難していた。すると、どこからともなく「海嘯来たる」という流言が発生したという。午後七時頃になると、「鮮人約二百名が襲来し、放火、強姦、井戸の水に毒を投げ入れている」という具合の流言が発生し、更に午後八時頃になると「不逞鮮人三百人が保護がや方面より襲来し、警察官と戦闘中なり」のような内容に変節していったという。
巨大地震が発生し、建物は倒壊し、火災も発生し、且つ、余震も続いていた状況の中で、そういう流言が発生したらしい。興味深いのは、当初は「海嘯が来る」(津波が来る)であったものが、「不逞鮮人が襲来する」に変化している事かも知れない。恐怖心に怯えるパニック状態の中で、それらの流言及び流言飛語が発生して、どんどんエスカレートしていった過程を追い掛ける事ができる。
少しだけ引用もしておきます。
流言が最も早く始まり、虐殺が最も激しかったのが横浜であることは、こうした公刊の歴史書からも伝わってくる。体験記や目撃談も多く残されている。(『関東大震災 虐殺の謎を解く』61頁)
上海にある大韓民国臨時政府の機関紙は、殺害された人数を神奈川県内で「3999人」と報じ、日本全体では「6661人」と犠牲者数をカウントしている。対して、これが近年の混乱の元にもなっているものと思われますが、司法省は資料としては、この騒動で起訴された者が2名であった事から、犠牲者も2名であるかのような数字の歪曲が起こっている。犠牲者が2名の筈もなく、「2名」と「3999名」とでは余りにも数の乖離が激しい。因みに吉野作造も発禁処分になってしまったが関東大震災後に発生した朝鮮人虐殺事件についての原稿が残っているそうで、吉野作造は「横浜方面で1129人余」と記しているという。
正確な人数は実は不明だ。何故なら事件当時、警察機構もマヒ状態に近かったと思われ、民間人が組織した自警団もしくは、自警団に名を借りた暴徒が朝鮮人虐殺を起こしていたと考えられる為だ。
震災時、横浜の被災民たちは丘の上へと避難していた。その丘は「平楽の丘」という丘であり、丘の上からは横浜刑務所も見下ろす事ができるが、その横浜刑務所から囚人が逃げ出したらしいという不穏な知らせも届いた。また、現代人は見落としてしまいがちであるが、この関東大震災時には通信網は普及しておらず、警察官も何が何だか状況を理解できぬまま、避難民の誘導などを行なっていたものと考えられる。そして、その丘の上で、或る警察官は「朝鮮人が来る」「武器を取れ」「殺しても構わぬ」という具合の事を触れ回っていたと思われる。ここが明らかにされたのは、後藤周(ごとう・あまね)という方が同事件を半生をかけて調べ上げた事によるという。後藤周さんは当時の小学生が残していた四校の作文が図書館に保管されている事に気づき、小学生の作文から9月1日に何が起こっていたのかを浮かび上がらせたのだという。
朝鮮人虐殺については当初は報道規制があった。報道規制が解禁されたのは10月20日であった。この報道規制があった事も後に事件の詳細が分かり難くなってしまった一因であると思われる。解禁された10月20日夕刊の報知新聞には警察発表として「神奈川県下(の死者は)二百余名」とあり、翌21日の東京日日新聞朝刊では「殺された百六十人中、半数は日本人 神奈川県警警察部の発表」という記事があるという。
殺された160人の内の半分は日本人だったって、もう滅茶苦茶、阿鼻叫喚の地獄絵図状態だったって事でしょうねぇ。
実際に起こった虐殺がパニック状態になった人たちが起こした阿鼻叫喚の殺戮劇であった事が浮かび上がる。「不逞鮮人が大挙して襲来してくる」、「放火したり、略奪したり、強姦している」であり、更に「井戸に毒を投げ入れている」や「爆弾を投げ入れている」と不逞鮮人に対しての恐怖のイメージを膨らませてゆき、「武器を持て」、「殺しても構わぬ」という具合になっていったのだ。
子供の作文には「おまわりさんが、朝鮮が刃物をもってくるから来たら殺してくださいと言って来ました。僕はそれを聞いた時びっくりしました。そうして僕は兄さんとナイフをもって竹林へ行ってまっすぐでじゅぶな竹をとって、竹やりを三本こしらえてくると、むこうのほうではうはうという声がしますので、声のほうを見ますと、それは朝鮮の来るのをまっている人でした」と記されている。(同65頁)
丘の上で、警察官が「棍棒でも用意して応戦せよ。殺しても構わぬ」と触れ回っていた話は、『横浜市震災誌』にも記されており、おそらく、本当に「殺しても構わぬ」と呼び掛けていた警察官が実在していたものと思われる。しかし、おそらく、その警察官は上司の指示によってそうしていたものとは考えにくい。何故なら先に述べたように、当時の横浜、その管轄の寿警察署は建物は全壊しており、署員は丘の上に避難していたが、実質的には警察は機能を喪失していた状態だったと考えられる為だ。
そのような状況で、朝鮮人虐殺が発生した。横浜には戒厳令が出た。戒厳令とは平たくいえば、軍隊がすべてを取り仕切る体制である事を意味している。何しろ、警察は機能不全状態だったのだ。といっても、横浜に戒厳部隊を向かわせるのも難しい状況だった。東京も江東地方を中心に大きな被害が出ており、不逞鮮人に係る流言蜚語が大く出回った地域であった。つまり、戒厳部隊が本格的に動き出すまでの間は、無法地帯になっていたのが実相であったと思われる。
その戒厳令下で神奈川警備隊の司令官を務めた奥平俊蔵少将は自伝『不器用な自画像』を残しているという。そこには当時の状況が生々しく記されていた。以下は、その奥平少将の自伝からの孫引用の部分になる。
「騒擾の原因は不逞日本人にあるは勿論にして、彼等は自ら悪事をなし、これを朝鮮人に転嫁し、事毎に朝鮮人だと謂う。適々市の郊外に朝鮮人多かりしを以て、朝鮮人暴動の噂を生み、拙速に東京その他の各地に伝播せるものにして、朝鮮人襲来と称し、人心に大恐慌を来らせる発起点は横浜なるものの如し。横浜に於いても朝鮮人が強盗強姦をなし、井戸に毒を投込み、放火その他各種の悪事をなさしを耳にせるを以て、その筋の命もあり、旁々これを徹底的に調査せしに、悉く事実無根に帰着せり。~略~然し意外の重大なる恐慌の原因なりしものは不逞日本人の所以であると認めるのである。彼等不逞日本人等は学校備付の銃器全部を空包と共に掠奪し、避難民の集団に対しこれを保護すると称し昼間は神妙なるも、夜間に至れば仲間と諜合し空包を以て打ち合い、喊声を挙げ、朝鮮人襲来す、遁げよ遁げよと呼ばわり、附近焼け残りの家屋にある人々はこれに驚き家を空にして逃げ去れば、空家に入りて掠奪し、かつ避難民の集団よりも保護料を受領せりと謂う。~略~彼等不逞団は集団して程ケ谷、根岸その他の部落を襲撃し、根岸の如きは二日から三日にかけて二、三回の襲撃を受け、在郷軍人、青年団等これに対抗して撃退せりと謂う。~略~」(同73頁)
この奥平少将の自伝では、「不逞鮮人が襲来してくる」という流言の元凶になったのは、「不逞日本人」とでもいうべき暴徒化した日本人であったと述べている具合である。
確かに当時の被災地は深刻な無秩序状態であったと考えられるのだ。
『横浜市震災誌』には、以下のような会話が収録されている。三日に焼け残った電車で雨宿りしていた男たちの話だという。
「旦那、朝鮮人はどうですい。俺ァ今日までに六人やりました」
「何てっても身が護れねえ。天下晴れての人殺しだから、豪毅なものでサァ」
「この中村町なんかは、一番鮮人騒ぎが非道かった。電信柱に針金でしばりつけて、焼けちゃって縄なんか無えんだからネ。そしてなぐる、ける、鳶で頭へ穴をあける。竹槍で突く、滅茶々々でサァ。しかし、あいつ等、眼からボロボロ涙を流して助けてくれって拝むが、決して悲鳴をあげないのが不思議だ」
「けさもやりましたよ。その川っぷちにごみ箱があるでしょう。その中に野郎一晩隠れていたらしい。それを見つけたから、皆でつかまえようとしたんだ。奴、川へ飛び込んで向う河岸へ泳いで逃げようとした。旦那、石ってやつはなかなか当たらないもんですぜ。みんなで石を投げたが一つもあたらない。とうとう舟を出した。ところが旦那、強え野郎ぢゃねえか。十分ぐらい水にもぐっていた。しばらくすると、息がつまったと見えて、舟の直きそばへ頭を出した。そこを舟にいた一人の野郎が鳶でグサリと頭をひっかけて、ヅルヅル舟へ引き寄せてしまった。まるで木材という形ダネ」「舟のそばへ来れば、もう滅茶々々だ。鳶口一つでも死んでいる奴を、刀で斬る、竹槍で突くんだから」(同60~61頁)
有り得る話だろうねぇ。
インド洋の「静かな死」が意味すること
ライス元国務長官のFOX出演とイラン攻撃評価
2026-03-06
雑
AIに雑に書かせた文の挿絵を描いてたら時間がなくなったり腰が痛くなったので ブログを書いたり読んだりしていない ポイ活とソシャゲの日課はしている
雑
AIに雑に書かせた文の挿絵を描いてたら時間がなくなったり腰が痛くなった…
解散命令
Mugi on end of Muji
隠された出雲
山城ではなく近江
1 受験・勉強
2 不動産
3 ゲーム
4 コレクション
5 中国語
6 健康・医療
7 フィギュア
8 金融・マネー
9 哲学・思想
10 米国株
2026-03-02
久々に発信者情報開示請求の時間だ!
令和8年にこれは普通にアウトやからね。
Xかなんかと勘違いしてるのかもしれんけどおっちゃんもそんな甘い顔せえへんからね。
そもそも平日の昼間にこんなコメントせなあかん理由あるんか?
人生つらいんか?
話聞こか?
kyoumoe 2026-03-02 20:17 読者になる
2026 / 3
自由貿易の死
2026年後半に実質賃金がプラス化か?[三橋TV第1140回]三橋貴明・菅沢こゆき
https://youtu.be/4fsok9w1mZk
スペインが、アメリカに自国米軍基地の使用を禁じ、トランプが激怒。
トランプは、
「貿易をすべて断つ」
と宣言。
もはや、何が起きても不思議ではない。世界は様変わりしました。
『トランプ氏「スペインと貿易断つ」と威嚇 イラン攻撃に協力せず憤慨 - 日本経済新聞
トランプ米大統領は3日、対イラン軍事作戦で米国への支援を見送ったスペインについて「貿易をすべて断つ。今日や明日にでもできる」と威嚇した。ドイツのメルツ首相との会談時に記者団に述べた。(後略)』
スペインが自国基地の使用を認めないのは当然です。
理由は、スペインの米軍基地から飛び立った爆撃機がイランを攻撃してしまうと、
「スペインがイランに宣戦布告した」
のと同じ話になってしまうためです。
例えば、ベトナム戦争の時代、アメリカ軍は日本の米軍基地を飛び立ち、一旦、沖縄(当時はアメリカ)に降り立ち、ベトナムに向かいました。直接、飛ばれてしまうと、日本が参戦したことになってしまうためです。
というわけで、スペインの判断は当然だと思うわけですが、
「許さんっ!」
とやってくるのが、アメリカ合衆国、あるいはトランプ大統領というわけです。
経世史論最新号「【皇統論:第八十五回】国大将制 【歴史時事:第八十五回】アメリカ独立革命」がリリースになりました。
とはいえ、スペインはEU加盟国です。
そもそも、EU加盟国の一各国に対し「貿易しない」とか、成立するのでしょうか? スペインと貿易しない、となると、
「EUと貿易しない」
とやらざるを得ないような。
まあ、トランプとしては「それでも構わん」という話なのかも知れませんが、貿易を「戦争」に活用することが常態化しつつある。まさに、自由貿易は死んだ。
それにしても、例えばベネズエラやメキシコは、確かにアメリカの安全保障にとって直接的な脅威でした。マドゥル排除やエルメンチョ殺害が、アメリカの安全保障強化に貢献するかどうかは置いておいて、まだしもやりたいことは分かる。
それに対し、イランは分からない。
そして、対イラン戦争に反対した同盟国(当たり前ですが、スペインはNATO加盟国)に、
「もうお前とは、貿易しない!」
と、切れ散らかすわけです。
トランプが異常だ、といった話ではなく、これが人類の常態なのでしょう。
何でもありうる。その前提で、日本を守る、日本国が生き延びる方法を一人一人が考えなければならないのです。
「日本国を守ろう!」に、ご賛同下さる方は、↓このリンクをクリックを!
「共産党よりもタンキー(スターリン主義的)」と米掲示板式SNSで酷評された社民党で、13年ぶりに投票による党首選が行われる
The Gene’s-Eye View of Evolution その43