2026.01.20 Tuesday
『モチーフで読む浮世絵』
筑摩書房より刊行となった『モチーフで読む浮世絵』を読んでみました。
『モチーフで読む浮世絵』
日野原健司 (著)
浮世絵に関する書籍はこれまでにも数多く刊行されてきました。皆さんの本棚にも何冊かあるはずです。
多くの場合、北斎「冨嶽三十六景」、広重「東海道五十三次」、写楽なら役者大首絵という具合に作家と名作を中心に据えることで、浮世絵史の見取り図を示そうとするのが定番です。
あるいは風景画、美人画、役者絵といったジャンル別に整理し、様式や時代の変化を追う本も少なくありません。
『モチーフで読む浮世絵』が新鮮に感じるのは、浮世絵を体系として説明するよりも先に、一枚の画面の中に何が描かれているのかという、きわめて具体的な問いから読みを始められるからです。
猫や犬、金魚、波、富士山、酒、和菓子、そして「おじさん」まで、画面に確かに存在するものを手がかりに、作者やジャンルを横断しながら浮世絵の世界を読み解いていく構成です。
浮世絵を見るとき、多くの人はまず画面全体の印象や作者名、代表作かどうかに目を向けがちです。
しかし実際の画面には、人物や動物、風景、小道具、仕草など、意識しなければ通り過ぎてしまう要素が幾重にも重なっています。
本書は、その鑑賞の順序をいったん組み替え、画面に存在する一つひとつの要素に目を留めることから思考を始めます。
そうした視点に立つと、浮世絵は名作の集合としてではなく、江戸の視覚文化や感覚が折り重なった、多層的なイメージの世界として語り始めます。
モチーフを単なる題材や豆知識として説明するのではなく、その描かれ方を通して浮世絵そのものの性格に踏み込んでいく点に最大の特徴があります。
たとえば「おじさん」というモチーフも、単に人物像の紹介にとどまりません。
『モチーフで読む浮世絵』より
本文ではまず、浮世絵が必ずしも現実を写したものではなく、理想化や演出を強く含んでいることが確認されます。
喜多川歌麿が女性だけの世界として描いた制作現場と、歌川広重が風景の中に自然に置いた中年男性の姿。
その対比から浮かび上がるのは、浮世絵が現実と絵空事のあいだを自在に往還する表現であったという事実です。
「おじさん」は、親しみやすい存在であると同時に、浮世絵のリアリティのあり方を考えるための重要な手がか
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筒井史緒 【standART byond】報告⑨~Vol.7 「うちなる聲で 世界と響く―即興演奏がひらく中動態の世界― Resounding with the World: The Middle Voice of Improvisation」開催報告
2026.01.19 梶谷真司, 筒井史緒 Permalink
2025年11月2日、日曜日。長すぎる残暑と唐突に訪れる冬が交互に訪れるなか、すきまのように訪れた秋の午後。東京大学駒場キャンパスにて、「幸福知のためのアート・ワークショップ・シリーズ standART beyond」の第七回、「うちなる聲で 世界と響く―即興演奏がひらく中動態の世界―」が開催された。
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【報告】ワークショップ「子どもを感じる、子育てから感じる――美学者が見る子どもと育児」
2026.01.19 李太喜 Permalink
年の瀬も押し迫る2025年12月14日、駒場キャンパスにてワークショップ「子どもを感じる、子育てから感じる――美学者が見る子どもと育児」が開催された。3月、6月と開催してきた「哲学×子ども」イベントの第三弾となる。以下では、イベント当日の話に先立って、登壇いただいた先生方の紹介を兼ねた前日譚を少し紹介しておきたい。
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筒井史緒 【standART byond】報告⑨~Vol.7 「うちなる聲で 世界と響く―即興演奏がひらく中動態の世界― Resounding with the World: The Middle Voice of Improvisation」開催報告
【報告】ワークショップ「子どもを感じる、子育てから感じる――美学者が見る子どもと育児」
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川沿いの野球グラウンドに引かれた白線、橋…
Don Lemon Fires Back at Nicki Minaj’s Homophobic Post: ‘Sit the F-ck Down’
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展覧会 2025/10/11(土)
→1/25(日) アール・デコとモード
関東【三菱一号美術館】
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関東【渋谷区立松濤美術館】
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金曜のみ午後8時まで
休館日:月曜(11/24、1/12は開館)、11/25、12/23、12/29~1/3、1/13
※会期中、展示替えあり
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展覧会 2025/12/16(火)
→2/8(日) アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦
東京【東京国立近代美術館】
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東京国立近代美術館
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展覧会 2025/12/6(土)
→2/23(月) 性別越境の歴史学
関東【國學院大學博物館〈企画展示室〉】
open 10:00 / close 18:00
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最終入館17時30分
休館日:毎週月曜日(祝日、12月22日は開館)、12月21日(日)、12月24日(水)~1月5日(月)、1月17日(土)~1月19日(月)、2月2日(月)~2月4日(水)
関連/参考URL
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展覧会 1/2(金)
→2/23(月) 収蔵品展 太平記をよむ
関東【埼玉県立歴史と民俗の博物館〈季節展示室〉】
open 9:00 / close 16:30
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観覧受付は16:00まで
休館日:月曜日(ただし1月12日(月・祝)、2月23日(月・祝
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立憲民主党の原発政策:過去から現在への移行
ゼレンスキーの思わせぶりな投稿が示す非対称戦の限界
西洋史を終わらせる「スイッチ」となり得る、たった一つの技術
中革連は選挙後に左翼政策を言い出すだろう 茶請け
「中道」をめざす新党で社会党の亡霊「護憲左翼」は成仏するか 池田 信夫
シェアーズカフェ
高市政権、解散総選挙へ:比例は自民先行、小選挙区は中革連優位か
アゴラ編集部
バズる前から死語になった「極中道」の概念について
與那覇潤
Xi Jinping’s Inheritance
Tom Stevenson
Xi Jinping has been at the top of China’s political system for thirteen years. In that time he has consolidated control over the apparatus of the Chinese state and personalised power to a degree unseen since the death of Mao. Like Hu Jintao and Jiang Zemin before him, Xi is general secretary of the Chinese Communist Party, chairman of the Central Military Commission and head of state....
China, which in the post-Cold War period was viewed as either lunch for American capital or an irredeemable dungeon, has acquired under Xi Jinping a third face in the West as a powerful threat to the American empire.
Read more of Xi Jinping’s Inheritance
Tom Stevenson
Britney fights back
Chal Ravens
For thirteen years Britney Spears lived under a conservatorship, a legal arrangement in which every aspect of her life was controlled by her father. She couldn’t spend her own money, drive her own car, write a cheque, change her setlist, get a manicure, take vita
Sunday, January 18, 2026
深沢潮を読む(11)日本軍性奴隷制と沖縄戦を描く
深沢潮『翡翠色の海へうたう』(角川書店、2021年)
昨日は茅ケ崎市役所のコミュニティーホールで「第四の被曝」上映と講演の集いに参加した。1958年7月12日の水爆実験ポプラによって被曝した海上保安庁・拓洋の乗員が白血病で亡くなったが、日米両政府は懸命にもみ消し、ほとんど記憶されていない。2024年のNHK番組が「第四の被曝」と命名し、2025年、「第四の被曝」を広める会を結成し、各地で上映会・学習会を開催している。昨日は、第五福竜丸展示館の市田真理(学芸員)が、第五福竜丸事件(ビキニ水爆)と第四の被曝について講演した。第五福竜丸事件の歴史的経過だけでなく、その被害の広がり、マーシャル諸島の人々の被曝問題を含めて、世界史的視野で全体像を解説する見事な講演だった。おかげで第四の被曝(拓洋事件)の歴史的位置がよくわかった。また、真相解明の闘いにとって、地元の人々の努力と、国際的な連帯の両方が重要であることもよくわかった。
*
『翡翠色の海へうたう』で深沢潮は跳躍を試みた。
本書は作家深沢の<前期>の終了、<中期(ないし後期)>の始まりを高らかに告げる。
https://www.kadokawa.co.jp/product/322403000802/
https://kadobun.jp/reviews/bunko/entry-123045.html
重くて、痛いこの作品を、深沢は2020年の新型コロナ騒ぎの中で書いたのだろう。あの異様な緊張感・恐怖感に耐えながら、日本軍性奴隷制の実態、そして沖縄戦の悲惨さをこれだけ描きだすことはいかにして可能だろうか。
語り手の葉菜がそうであったように、作家として主題を探し当てたにもかかわらず、すぐには書くことが出来ず、ずっと寝かせておいたのだろう。
そして、作家として10作品を送り出し、地歩を固めた深沢があらためてこのテーマに向き合い、物語を紡ぎ出した時に新型コロナである。どうしようもなくしんどい日々を重ねながらの執筆だったと推測できる。
『ひとかどの父へ』が梁石日の『血と骨』へのアンチテーゼだったとすれば、本作品は同じ梁石日の『めぐりくる春』へのアンチテーゼだ。
抜群の力量を持つ物語作家の梁石日にしても、日本軍性奴隷制への視線は男性視
2026年01月19日07:00
週刊池田信夫
私のバブル戦後史(2)
1980年代後半に起こった不動産バブルは、必然的な出来事ではなかった。それは信じられないほど多くの判断の誤りが複合した競合脱線だった。その原因は当時、渦中にいた企業にも行政にも、取材した私にもわからなかったが、あえて結果論で整理してみよう。
バブルはレーガン政権の放漫財政から始まった
私が日米通商問題の取材班に入ったのは1985年の初めだった。アメリカから「製品輸入の拡大」などの要求がつきつけられたのだが、最初は「貿易摩擦」とは何のことかわからなかった。確かに日本の貿易黒字は大きかったが、それは日本の自動車や電機製品が海外で売れているからで、不公正な貿易をしているわけではなかったからだ。
しかしアメリカにとっては違った。当時はレーガン政権がいわゆるレーガノミックスを打ち出した時期だった。これはイギリスのサッチャー政権のまねで「小さな政府」の政策だったが、レーガンにはその論理がよくわからなかったので、富裕層向けの大減税とともに軍備拡張をやった。
これは小さな政府どころか莫大な財政赤字をもたらし、長期金利が上がった。しかも当時インフレを沈静化するため、FRB(連邦準備制度理事会)のボルカー議長が政策金利(FF金利)を最高20%まで上げる超高金利だったため、世界中からアメリカに資金が流入し、1ドル=250円まで上がった。これは購買力平価(PPP)をはるかに上回るレートだった。
この財政と貿易の双子の赤字のおかげで中西部の製造業は競争力を失って不況になり、「ラストベルト」(さびついた工業地帯)と呼ばれるようになった。この原因はレーガン政権の放漫財政だったので、それを軌道修正すべきだったが、どこの国でも減税は容易だが歳出カットはきらわれる。
こうした国内の不満を外に向けるため、レーガン政権は日本を非難のターゲットにした。日本の工業製品の関税はほぼゼロだったが、アメリカ製品が売れないのは「不公正貿易」のためだと難癖をつけ、下院議員が東芝のラジカセを議会の前で壊すジャパン・バッシングのパフォーマンスをやった。
貿易摩擦はこのようにアメリカの国内問題を日本の「不公正貿易」にすり替えたものだったが、その最大の焦点は為替レートだった。貿易収支が為替レートで決まるというのは錯覚で、円高になった後も日本の貿易黒字は減ら
2026-01-20
第25回アートギャラリーホーム展
展覧会情報
私も審査員として関わった公募企画「アートギャラリーホーム」の展覧会が有料老人ホーム、チャームスイート豪徳寺で開催されます。以降はこの施設に展示され続けるため、一般の方が自由に鑑賞できるのはこの会期のみ。ユニークかつ質の高い作品が集まりました。是非、ご覧ください。
https://www.aghccc.com/topics/18841/
第25回アートギャラリーホーム展
会期: 2026年1月21日(水)~1月23日(金)
会場: チャームスイート豪徳寺
審査員: 末永史尚、吉澤美香
主催: チャームケアコーポレーション
グランプリ: 望月 ももか
会長賞: 藤本 志帆
審査員特別賞: 宮山 香和
アーバネットコーポレーション賞: 悟 空
岡部憲明アーキテクチャーネットワーク賞: 田村 美琴
大和ハウス工業賞: 周 麗娜
グッドパートナーズ賞: 劉 毅
入選:
石渡 由菜、大江 花歩、岡 千裕、北上ちひろ、國松 真希、坂本 美果、佐藤 凛、鈴木 優里菜、田岡 智美、高野 倉里枝、多田 結衣子、田中 昌樹、谷井 里咲、ナカニシモエ、野間 祥子、陽向、細沼 凌史、洞田 燈里、山田 樹、劉峻如、若林 いぶき、Yehlin Lee、Katatt、takahashi.ayumi.
指名コンペ部門 アーバネットコーポレーション特別賞: 菊池 遼
kachifu 2026-01-20 12:09 読者になる
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第25回アートギャラリーホーム展
八日目の蝉
Salon_de_J 2026-01-17 22:29 読者になる
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2026-01-17
八日目の蝉
2026-01-18
com 2026-01-18 07:47 読者になる
photo by Shino MURATA
2026-01-18
週刊俳句 第978号 2026年1月18日
第978号
2026年1月18日
■がらんと……鈴木茂雄 ≫読む
【小笠原鳥類×中嶋憲武の音楽千夜一夜】
■ボン・イヴェール「Everything Is Peaceful Love」
≫読む
〔今週号の表紙〕屋根瓦……村田 篠 ≫読む
■後記+執筆者プロフィール……村田 篠 ≫読む
Posted by wh at 0:08 0
comments
2026/01/11
2026/01/10
開学準備中の翠山大学のクラウドファンディング広報誌のために書いた。「もう締め切りが5日も過ぎてます」と言われて、30分...
『秋聲旅日記』再々訪
2023年のクリスマスに金沢シネモンドで青山真治監督『秋聲旅日記』を観て記事にしたが(「『秋聲旅日記』再訪」、2024.4.3)、去年12月にも徳田秋聲記念館の企画で、『秋聲旅日記』がシネモンドで上映されたので、再び見てきた。今回は秋聲役の嶋田久作のアフタートーク付きだったが、嶋田氏が書き込みのびっしり入ったノートを持参して詳細に当時の撮影について語ってくれたので、非常に充実した会になった。
映画自体の全体的印象については、以前の記事に書いたのと基本的に変わらなかったが、嶋田氏の証言のおかげで、青山監督が、短時間ではあるが、非常に入念に演出を凝らし、現実から切り離して自己の作品世界を構築していたことが、具体的にわかった。たとえばお絹の家の朝の食事の場面では、現場では工事の音が聞こえていたが、監督が学生に言ってその音を止めさせたという話は面白かった。嶋田氏によれば、すべてのカットはあらかじめ厳密に決定されたものなので、演技に偶然が入る余地はないとのことだった。以前の記事で私は青山の映画におけるノイズの消去について批判的に書いたが、それは青山にとっては美学的に譲れない本質的なものだったということが良く理解できた。
また、朝、お絹の家を出て散策に出かけようとする秋聲が、木虫籠越しに玄関で靴を履くのに手間取り、紐を結び直して靴をとんとんする場面についての話には、はっとした。嶋田氏によれば、これも演出であり監督がこだわって何度もやり直したとのことだったが、私はその話を聞いて、同じ秋聲の短篇「死に親しむ」の一場面を想起した。それは作品の終わり近く、主人公の遊び仲間の医師が癌にかかり、最後に主人公の家を訪れた後、帰る時の様子を「玄関口の踏石のところで、新らしいフエルト草履を履きにくさうに、石の角で叩いて、漸と鼻緒についた」と描写しているところである。何気ない一行だが、私は昔聴きに行った日本近代文学館主催の「夏の文学館」の講演(記録を調べると2000年か?)で、古井由吉が「死に親しむ」を取り上げこの部分を褒めていたのが長く印象に残っていた。口には出さないが最後の別れの挨拶に来たらしい医師の体の衰えを、「石の角で叩いて」という言葉でさりげなく凝縮して書いているのを称賛していたと思う。青山真治ももしかしたら古井に聞いて(あるいは古井がどこかに書いているのを読んだか
*44:1999年2月上旬号、周遊する長期戦、『「小津安二郎に憑かれた男」の映画案内 田中眞澄・映画コラム傑作選』収録
©2018-2026 ShinroOhtake
この自分を脱ぎ捨ててしまいたい。ありのままの自分を受け入れたいわけでも認めたいわけでもなくて、この自分のまま生きていくのがはっきりと嫌で、別の人間になりたい。なのに、生まれ変わってもまた嫌な部分も含めて自分になりたいみたいなことを、恵まれた容姿や確立しきった立場で発信する人たちばかりが持て囃されている。
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』日本経済新聞出版
#quotes
clnmn
疲れたくない。傷つきたくない。自分からは何もしたくない。だけど全てが欲しい。自分が抑圧されたり、軽んじられることだけは一切許さない。
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』日本経済新聞出版
#quotes
clnmn
私には依然として目の前に、切り株に座り、カレーニンの頭をなで、人類の崩壊を考えているテレザが見える。この瞬間に私には他の光景が浮かんでくる。ニーチェがトゥリン[=トリノ]にあるホテルから外出する。向かいに馬と、馬を鞭打っている馭者を見る。ニーチェは馬に近寄ると、馭者の見ているところで馬の首を抱き、涙を流す。 それは一八八九年のことで、ニーチェはもう人から遠ざかっていた。別のことばでいえば、それはちょうど彼の心の病がおこったときだった。しかし、それだからこそ、彼の態度はとても広い意味を持っているように、私には思える。ニーチェはデカルトを許してもらうために馬のところに来た。彼の狂気(すなわち人類との決別)は馬に涙を流す瞬間から始まっている。 そして、私が好きなのはこのニーチェなのだ、ちょうど死の病にかかった犬の頭を膝にのせているテレザを私が好きなように私には両者が並んでいるのが見える。二人は人類が歩を進める「自然の所有者」の道から、退きつつある。
ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』千野栄一訳
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音楽を聴いて、曲が終わったら、宙に消えてしまう。二度と捕まえることはできない。
エリック・ドルフィー
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イベントのお知らせ:公開講座「ゾンビとは「何者/何物」か?――怖いのに目が離せない「私たち」」
2026年 1月 13日
来たる3月27日、学習院大学目白キャンパスにて、小社より昨年刊行した『ゾンビ・スタディーズ』編者のおひとり、岡田尚文先生による公開講座「ゾンビとは「何者/何物」か?――怖いのに目が離せない「私たち」」が開催されます。
どなたでもお申込みいただけますので、ぜひふるってご参加ください。
【講座詳細(「学習院さくらアカデミー」サイトより)】
「ゾンビ」とはいったい何者いや何物でしょうか。「生ける死者(リヴィング・デッド)」、「歩く死者(ウォーキング・デッド)」とも呼ばれるそれは、実に矛盾に満ちた存在です。生きているのか死んでいるのか。唸り叫びはするけれど、言葉を失っているそれは果たして「主体」といえるでしょうか。既に死んでいるのなら、それらに「男」も「女」もないはずです。怖いのに、それらから目を背けることができません。ゾンビは終に「私たち」が「何者/何物」かを問う存在論的存在なのです。
【概要】
日時:2026年3月27日(金)10:40~14:45
会場: 学習院大学目白キャンパス+ Zoomオンライン (ハイブリッド開催)
講師:岡田尚文(学習院大学講師・慶応義塾大学講師)
受講料、参加方法などの詳細は、以下の学習院さくらアカデミーのサイトをご覧ください。
https://g-sakura-academy.jp/course/detail/159
2026年1月
イベントのお知らせ (94)
2026-01-13
ネオリベラル・フェミニストの「苦悩」?〜『インター・エイリア』(ナショナル・シアター・ライブ、2025)
www.ntlive.jp
【ネタバレあり】
これは本当に見事な芝居でした。ロザムンド・パイクの鬼気迫る演技に身を委ねる2時間。ロザムンド・パイクといえば『ゴーン・ガール』(2014)でポスト・リーマンショックの苦境に陥ったポストフェミニストを演じたのが印象深かったわけですが(それについては拙著で論じました)、今回は家事子育てと専門職の両立に奮闘する女性判事を演じます。
もうこれだけで、ポストフェミニズムからネオリベラル・フェミニズムへの移行を感じさせますが、実際そのような現状認識を、マノスフィアの問題も盛りこみながらみごとに戯曲に落とし込んでいます。ネオリベフェミ問題・ミーツ・『アドレセンス』。
とてもよかったのですが、ひとつ気になるのは、この作品は「フェミニズムざまあ」的な読解または反応を引きおこしうるということでしょうか。パイク演じるジェシカは息子のハリーをフェミニストとして育てようとしたのですが、それは拒絶すべき過干渉にしかなっておらず、結局ハリーはマノスフィアに飲み込まれてしまう。フェミニスト判事としてレイプ裁判では被害者保護を進めてきたジェシカが、自らの息子が加害者になった瞬間にその原則を捨てようとしてしまう。これに対しては、悪意ある側からは「フェミざまあ」と来そうな恐れがあります。
それを避けるためには、ハリーと、父・夫のマイケルの内面、とりわけ結末では姿を消してしまうマイケルが、ハリーの決断にどのように反応しただろうかといった問題をもっと掘り下げることが必要な気がしますが、ほぼジェシカ/パイクの一人芝居的な性質の強いこの作品の構造が、それを不可能にしています。
おそらく問題は、まさにネオリベラル・フェミニズムの問題としてとらえ返されるべきだと思います。ネオリベラル・フェミニズムは再生産の問題(ワーク・ライフ・バランスの問題)を社会や集団の課題としてではなく、個人の女性による努力によって解決しようとします。本作品のジェシカの場合、ハリーの変化をジェシカはまずは自分が「悪い母」であったことに(個人の努力の問題に)還元するのですが、本当はそれは彼女の個人的な失敗ではなく、社会の失敗であり構造的な失敗なのです。そこに開いていくことが
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2026-01-10
Gemini3 備忘録2「漸近線」の「漸」はなぜカッコいいかをGeminiに聞いてみた。
「漸近線(ぜんきんせん)」の**「漸」**という字、確かに独特の静かな迫力があってカッコいいですよね。
なぜこの漢字に惹かれるのか、いくつかの視点からその魅力を紐解いてみましょう。
1. 意味の深さ:「静かな変化」
「漸」という字には、**「少しずつ、だんだんと」**という意味があります。
一気に変わるのではなく、目に見えないほどの速さで、しかし確実に何かに近づいていく。その「プロセス」を重んじるニュアンスが、ストイックで知的な印象を与えます。
2. 視覚的なバランスと密度
漢字の構成パーツ(偏と旁)が非常にバランス良く配置されています。
* さんずい(氵): 流れや動きを感じさせます。
* 車: 重厚感や力強さを添えます。
* 斤(おの): 鋭さや断ち切るようなキレを演出します。
これらが組み合わさることで、**「水のようになめらかでありながら、車輪のように力強く、刃のように鋭い」**という、相反する要素が共存した美しさが生まれています。
3. 数学的なロマンとの結びつき
「漸近線」という言葉そのものが持つ概念が、この漢字のカッコよさを引き立てています。
> 漸近線とは: 曲線がある直線に限りなく近づくものの、決して交わることのない線のこと。
>
「無限に追い求めるけれど、決して手には届かない」という、どこか哲学的で切ない数学的状況を「漸(だんだんと)」という一文字が象徴しているため、理系的なロマンを感じさせるのかもしれません。
4. 字面(じづら)の希少性
日常生活で「漸く(ようやく)」以外であまり見かけない字であることも、特別感を演出しています。画数が多すぎず少なすぎない(14画)のも、書き上げた時の達成感と見た目の密度がちょうど良い理由と言えそうです。
「漸」という字を書くとき、最後の「斤」の部分をスッと払うと、より鋭利でカッコいい印象になりますよ。
他にも、似たような雰囲気を持つ「数学用語に使われるカッコいい漢字(「累」や「極」など)」について深掘りしてみますか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(感想)
とくに(2)は、それなりに面白い考察だと思うけど、やっぱり「意味準拠性」が先行していて、意味が強いと思う。
imagon 2026-01
Khruangbin ”Maria Tambien"
2026年1月8日木曜日
酒井直樹の言葉は、言語化しずらい西洋と日本の不均衡を
特殊性と普遍性という言葉を使って巧みに説明している。
そして、あるとんでもない共犯関係に気づかせてくれる。
これを利用している、西洋やUSにいる日本人がいることも、ドイツにいた時になんとなく肌で感じていたが、その解決方法というか言語化の方法が見つからなかった、が、この言葉はすごい効力を持っている。
以下、
第一章:
こうした種々の言説の配置が統合されて、日本という特権的言説対象が構成される。ここで、日本は特定の統合された特殊性として普遍的なことばで定義されることになる。つまり、日本のユニークさと同一性は、西洋という普遍的場に突出した特殊な対象というかぎりでのみ与えられるのであり、西洋の普遍主義に統合されるかぎりで、日本はひとつの特殊性としての自己の同一性を獲得するのである。別のことばでいえば、日本は西洋によって認知されたときにはじめて自己を与えられ、自己の同一性に目覚めるのだ。日本人論が日本が西洋と違っている無数の例を挙げ、西洋との差異によって日本の同一性を定義しようとするのはけっして偶然なのではない。日本が西洋とどんなに違っているかに固執するのも、実は他者の視座から自己をみたいという抑え切れない衝動から来るのだ。もちろん、これは西洋の視座によって日本の同一性を定立することであり、そうすることによって普遍的対照項としての西洋の中心性を確立することなのである。 だからこそ、日本の排外主義と自民族中心性を批判するようにみえながら、ポラックは実際には日本人論のなかにみえみえの日本の排外主義と人種主義を熱心に受け容れるし、承認しさえするのである。実際のところ、彼の議論の全体がこの気前のいい特殊主義の承認がないと維持できないのである。そして、ここに露呈した言説形態は、個人の意図や悪意によって起こるのではなく、言説形態として現在日本について研究しようとする者にとって逃れ出ることのできない歴史的重みとしてのしかかってくるのだ。ポラックに欠けていたのは、その意味で、ひとは歴史のなかに生きているという自覚、つまり基本的な歴史意識だったのである。 双方があたかも一見敵対的なかたちで主張してきたのとは反対に、普遍主義と特殊主義はたがいを強化し補足しあうのである。両者が真に敵対関係にあったことなど一度もない
2026-01-10
高野和明『ジェノサイド』
ジェノサイド【上下合本版】 (角川文庫)
作者:高野 和明
KADOKAWA
評判が高いので期待して読み始めたが、
3分の1もいかないうちにこれが左派のポリコレ談義であることに気づき、鼻白みながら読むことに。連載は2010年というから15年以上前、つまりこれからポリコレ全体主義がますます酷くなる時期に書かれてる。
気になったことを列記すると:
わざわざ韓国人を登場させ歯の浮くような美辞麗句で飾り立て英雄的な役割を負わせる*1
"南京大虐殺"についての本多勝一の主張をそのまま受け入れての描写*2
高い知能を持つとされる登場人物たちが安っぽい心理学やポリコレ談義で悦に入る
ブッシュJr.がモデルと思しき権力者を極端な悪人として描く*3
その権力者を悪く描くために、アルコール依存であったことが強調される*4
さまざまな形で《大量虐殺(ジェノサイド)》が示されるものの、20世紀最悪の殺戮である《左翼政権による粛清》はほとんどロジックとして描かれない。というか、本作が権力者を《狂った獣》として描き、殺戮の対象にすべきであると論じるあたり、むしろ著者自身がまさに左派の殺戮ロジックを自明視しているように感じられる。核兵器廃絶を願う著者の平和主義に逆らう者は《狂った獣》だ、だから殺すべきなのだと。
飽きさせないエンタメ小説として優れていると思うが、その技法で見せつけるのがポリコレ談義というのが透けて見えてしまい、なんとも残念な感じに。
*1:その一方で、日本人のことは憎悪に取り憑かれた児童殺戮犯のように描かれていた(いちおうエクスキューズはあるが)。
*2:本多勝一の主張はデマだらけであることは周知のとおり。China共産党ですらもはや彼の主張を取り上げなくなってる。
*3:「権力者は悪人」という幼稚な反体制意識をベタに見せつけられ続ける
*4:アルコール依存への著者の見下しを強く感じた。ブッシュJr.が大量飲酒状態を(宗教的帰依を通じて)克服したのは事実で(参照)、それがそのまま本作の大統領の経緯として描かれている。
ueyamakzk 2026-01-10 15:05 読者になる
高野和明『ジェノサイド』
湊川公園のパルシネマで溝口健二の『残菊物語』を見る。溝口健二の凄さが判ったと思った。これはおそらくずっと大島渚ばかり見ていたからだろう。大島の映画の中に潜んでいた溝口を摂取していたのだ。つまらないことなどどうでもよくなるような凄い映画だった。散歩するしかない。商店街の文紀書房が開いていてワゴンから『安藤鶴夫作品集』の三巻を買って三宮まで出る。旧居で柚子に晩飯を食わせてもらう。
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2026年01月〜
「フラウド・エルゴ・スム」へ亡命中 (2026/01/07)
In exile to "Fraudo, ergo Sum."
2025年11月〜12月
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「文化大革命を起こしてはならない」訂正
2026-01-05
眠りと追憶
年末年始の休暇のあいだ、昏々と眠った。夢の映像の断片がいくつか、いまだに脳の奥に掛かっている。
夢の中で家にいる場面ではたいていいつも、私は前橋の実家にいる。母方の祖母の家である。プルーストが『失われた時』で描き出す、コンブレーの邸館での幼年時代の記憶の、ごく通俗的で庶民派の変奏ともいうべきだろうか。
私はまだほんとうに幼い頃、一階の和室で祖母と並んで眠るのが常だった。南側には庭に面した縁側があり、午前には白い清明な日差しが、午後も3時を過ぎると黄色がかったワニスのような陽光が、雪見障子を通して入ってきた。かつてその和室には、洋箪笥がいくつかと、古い和箪笥が一つ並んでいた。和箪笥の上部には、ガラスの嵌った引き戸と、薄い小さな抽斗があり、昭和20〜30年代の古切手だとか、母一家を写した白黒の写真の束だとか、祖父や伯父たちの制服の徽章だとか、もう和装はしなくなった祖母が、以前に使っていたらしき礼装用の帯留めだとか、要はすでに用無しとなった、母方の一家にまつわる私の知らない古い記憶と結びついた物たちが、細々と詰め込まれていた。その引き戸や抽斗をこっそりと開いてみるときの、桐の木材どうしが擦れて軋む微かな感触を、いまでも掌の中に覚えている。
その和室の西側には、洋室の居間がある。やわらかな卵色の縦縞の壁紙に、昭和の住宅によくある寄木細工の床。北の台所側にはダイニングテーブルが、南側の大きな掃き出し窓の脇には一人掛けソファ2脚の応接セットとテレビが置かれていた。
昨日の夢では、寝室の洋箪笥を開いて、祖母の洋服を整理していた。祖母はもう8年前に亡くなったのだが、夢の中では「つい数日前に亡くなった」ことになっており、さらには奇妙なことに、家の中にはまだ祖母のいる気配が残っている。「これは70年代古着として外にも着ていける、これは祖母が気に入ってよく着ていたものだから、その思い出に家着にして愛用しよう」などと考えながら、ハンガーに掛かったままの服を選り分けている。
一昨日の夢では居間にいた。私はすでに大学に勤めているが、同時にまだ10代で両親と祖母と生活している。とうに定年退職したはずの父と母は仕事に出かけ、祖母の姿は見えないが家の中にいる気配がある――夢の中ではしばしば、時間の軸が混線したり逆流したりする。テレビが点いていて、橙色の灯火がフレアを
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FBの、伊藤千尋氏のベネズエラ報告、その2
2026-01
http://41jigen.blog12.fc2.com
ヴェネズエラ侵略
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2026-01-01
Happy New Year !
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。 早速2025年のベストテンを。今回もあえて時流に逆らい、全て映画館で見たものに限定で。
まずは新作映画ベスト。先達に敬意を表し、生年順。
『メガロポリス』(フランシス・フォード・コッポラ)
『HERE 時を越えて』(ロバート・ゼメキス)
『マゼラン』(ラヴ・ディアス)
『旅人の必需品』(ホン・サンス)
『春の木』(チャン・リュル)
『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』(ジェームズ・マンゴールド)
『マスターマインド』(ケリー・ライカート)
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』(ウェス・アンダーソン)
『グランドツアー』(ミゲル・ゴメス)
『枯れ葉』 (アレクサンドレ・コベリゼ)
次に旧作映画ベスト。公開年度順。
『大疑問』(D・W・グリフィス、1919)
『当たり狂言』(アラン・ドワン、1925)
『パンチョ・ビリャと進め』(フェルナンド・デ・フエンテス、1936)
『白薔薇は咲けど』(伏水修、1937)
『マリア・カンデラリア』(エミリオ・フェルナンデス、1944)
『番場の忠太郎』(中川信夫、1955)
『いれずみ半太郎』(マキノ雅弘、1963)
『悲しみと哀れみ』(マルセル・オフュルス、1969)
『炎』(アドルフォ・アリエッタ、1978)
『ジャグラー ニューヨーク25時』(ロバート・バトラー、1980)
ベスト短編は『風』(瀬川順一、1977)。
コントレ賞こと新人監督賞は『Leleka』のハラルド・フッター(Harald Hutter)。
hj3s-kzu 2026-01-01 06:51 読者になる
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2025-12-31
よいお年を!
大晦日なので一年を振り返ってみる。
一昨年がめちゃめちゃ仕事多かった反動で、昨年はかなり暇だったのだが、その反動か、今年は割と忙しかった。たぶん来年は暇だろう(笑)。
年明けは二度目の(!)『白夜』論(というかブレッソン論)を書いたが、既に昔一度書いた作品なので、非常に難儀しながら書いた。
その後、松村くんのレトロスペクティヴに合わせた松村論(というかエッセイに近いが)と、ムレ論をほぼ同時に依頼を受け、先に前者を仕上げてから、間髪入れず後者を仕上げるつもりだった。しかし、
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