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ピエール・ミション『小さき人びと——折々の肖像』(千葉文夫訳)、小西財団日仏翻訳文学賞を受賞
2025年 4月 2日
小社より2023年9月に刊行した、ピエール・ミション『小さき人びと——折々の肖像』(千葉文夫訳)が、第30回小西財団日仏翻訳文学賞を受賞しました。訳者の千葉文夫先生、おめでとうございます。また、選考委員の皆様をはじめ、このたびの選考に関わられた皆様に感謝申し上げます。
2025年4月
編集部から (318)
19時間前
19時間前
善教将大(関西学院大学法学部准教授)
村瀬雅俊(京都大准教授)
岸本惟(作家)
永井忠孝(言語学者・青山学院大学准教授)
いつも時間が足りない人へ。知的生産性をあげる「夜時間」の使い方
[レビュー](自己啓発)
印南敦史(作家、書評家)
『頭のいい人の夜に学ぶ習慣』
齋藤 孝[著]
【対談】『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』総監督 中村健治×脚本・ノベライズ担当新 八角 映画公開記念対談
[対談・鼎談/レビュー](コミック・アニメ研究)
カドブン
『小説 劇場版モノノ怪 火鼠』
新 八角[著]
【聞きたい。】城戸川りょうさん 『高宮麻綾の引継書』 会社員だって面白いんだぞ
[インタビュー/レビュー](日本の小説・詩集)
三保谷浩輝
『高宮麻綾の引継書』
城戸川 りょう[著]
タランティーノ監督が自らノベライズで映画好きなら狂喜乱舞!「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」小説版
吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
『その昔、ハリウッドで』
クエンティン・タランティーノ[著]/田口 俊樹[訳](文藝春秋)
『高浜虚子 余は平凡が好きだ』坪内稔典著
大森静佳(歌人)
『高浜虚子』
(ミネルヴァ書房)
【児童書】『コンビニのデジタル化が止まらない!』吉岡秀子監修
『コンビニから社会をさぐる①コンビニのデジタル化が止まらない!』
(鈴木出版)
<書評>『他人屋のゆうれい』王谷晶著
豊崎由美(書評家・ライター)
『他人屋のゆうれい』
(朝日新聞出版)
[出演者]藤井太洋さん(SF作家)、川野芽生さん(歌人、小説家)、古市怜子さん(東京創元社編集者)
misuzuno.20 | 2025年月4号
2025年4月号
4
no.20 | 2025年月4号
なぜ人は自然を守りたいのか?――進化と生態で迫る深層3
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生物多様性保全のカギ② 進化生物学
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2025年4月1日
ゆれる水脈――写真 表象のさきに4
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2025年4月1日
誰がために医師はいる・続5
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松本俊彦
2025年4月1日
咬んだり刺したりするカフカの『変身』26
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2025年4月1日
心理学の現在地を読み解く3
より良い定義、より良い結果?
平石界
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■書籍紹介 川鶴進一「『長門本平家物語の新研究』が拓く基礎的研究の新局面」を公開しました。
はじめて読む
源氏物語
藤原克己 監修
今井上 編
好評重版出来
定価1,980円
古事記論考
坂本勝 著
定価9,350円
教養
筑摩書房
#新大学生に勧めたい筑摩書房の10冊
教養
筑摩書房
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手製本講座やWSのお知らせ (324)
2025.04.01 Tuesday
author : ヨンネ
5/3(日)(土・祝)手製本ワークショップ/タイの角布装ノート(コーネル装)・カノムチャン豆本(コデックス装)at アトリエ・ハコ(西荻窪)
5月の手製本ワークショップのお知らせです。
心がタイに飛んでいるのでタイっぽく。
以前に開催した手製本ワークショップ、2つです。
どちらかお選びいただき、1冊、製本します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
手製本ワークショップ
タイの角布装ノート(コーネル装)
カノムチャン豆本(コデックス装)
at アトリエ・ハコ(西荻窪)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日時:2025年5月3日(土・祝)
午前 10:30-13:00
午後 14:30-17:00
受講料:¥5500(材料費込み)
※当日、現金払いでお願いします
場所:西荻窪 アトリエハコ(→★)
杉並区西荻南3-8-19 ヤマイチビル3F
tel 03-5941-6474
定員:各回6名様
持ち物:なし
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
タイの角布装ノート(コーネル装)
カノムチャン豆本(コデックス装)
タイの角布装ノート(コーネル装)とカノムチャン豆本(コデックス装)どちらか選んで1冊、製本します。お申込みの際には、どちらの製本をつくりたいかの希望と午前と午後の希望をお願いします。
タイの角布装ノート(コーネル装)
オレンジのクロスを使ったコーネル装のノートをタイの文房具屋さんで発見。タイドラマで見覚えのある色味とデザイン。手に取ってみるとチリ大きいし角の包みもいまいちだしコーネルのサイズもバラバラだけどすんごく可愛い。しかも綴じが…!中綴じみたいでもあり、かがり綴じのようにもみえるけれどホチキスを使った判取帳の綴じでした。この綴じとコーネル装(角布装)、同じようにノートをつくってみようという手製本ワークショップです。綴じの構造は同じにしますがホチキスではなく糸で綴じます。色は当日にお選びいただけます。
カノムチャン豆本(コデックス装)
カノムチャンとは、タイの伝統菓子です。タピオカ粉と上新粉にココナッツミルクと砂糖を混ぜた生地を蒸したもちもちとしたお菓子で色付きの生地と白い生地を9層に重ねてつくられています。タイでは9の発音はガオ。前進する・発展するという意味の単語も音が似ているため縁起の良い数字とされているとのこと。そんなカノムチャンのような豆本をつくる手製本ワークショップです。製本ポイントは、糸かがり綴じと背表紙のない製本方法です(日本ではコデックス装という名称にもなっていますね)表紙を含めて9層(表紙2、折丁7)で仕上げます。色は当日にお選びいただけます。
前回の告知の説明もよかったらご覧ください
タイの角布装ノート(コーネル装)★
カノムチャン豆本(コデックス装)★
CM:YONNE BOOKBINDING WEBSHOPでは、手製本キットの販売をしています。
カノムチャン豆本(→★)
コデックス装(→★)
コーネル装(→★)
・・・・・・・・・・・
お申し込み・お問い合せは
ヨンネ→★までメールにて
件名「タイの角布装ノート」「カノムチャン豆本」
内容「お名前」「お電話番号」「午前または午後の希望」をお知らせください
info@yon-ne.com
※状況によっては開催の延期や中止となる場合があります。ご了承ください。
※3日以内に返信します。
もし返信がない場合にはエラーの可能性があるのでお手数ですが改めてメールをお送りください。
・・・
*本の修理と手製本のお問い合せについて→★
*手製本講座やワークショップのお知らせ→★
*『はじめて手でつくる本』ヨンネ著 発売中→★
*YONNE BOOKBINDING WEBSHOP→★
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| 手製本講座やWSのお知らせ | 22:22 | comments(0) | - | pookmark |
5/3(日)(土・祝)手製本ワークショップ/タイの角布装ノート(コーネル装)・カノムチャン豆本(コデックス装)at アトリエ・ハコ(西荻窪) (04/01)
◎実際に大頭で大飯食いの男がいたのかな?
若い頃、戦争中に海軍にいたという人から、「パチンコを
しているとき突然軍艦マーチが流れ出すと、ハッとして
打つ調子が狂ってしまう」という話を聞いたことがある。
「ははあ。なるほど」であるのだが、当方は軍艦マーチを
聞くとまったく別のことを連想する。父親の転勤で新潟に
いた小学校低学年時代、すなわち昭和30年代前半の
学校で、軍艦マーチのメロディーによるこんな歌がはや
っていたのだ。
♪ じゃんじゃんじゃがいもさつまいも。頭のでっけえしょは
まんまいっぺ食う。それよりでっけえしょはもっといっぺ食う。
それよりでっけえしょはもっといっぺ食う。それよりでっけえ
しょはもっといっぺ食う。それよ~り~でっけえしょ~は~、
もっと~いっぺ~食う~。それよ~り~でっけえしょは~、
もっと~いっぺえ食う。♪ チャカチャンチャン。頭のでっけえ
しょは~と、何回でも繰り返し唄うのである。
「でっけえしょ」は新潟の方言で「でかい人」という意味で
あり、この歌詞の場合は「やつ」という方が正確だろう。
すなわち「頭のでかいやつは飯をいっぱい食う」という歌
なのだ。そして、試しに声に出して唄ってもらえばわかると
思うが、歌詞が軍艦マーチの軽快なメロディーによく合って、
一遍ではやめにくく感じたりする。だから当時の当方も
しきりに唄っていたに違いないのだが、思い出して「これは
いったい何なのだ」とも思う。ナンセンスという言葉の
非常に顕著な実例ではないかと考えるのだ。
閲覧数:359回
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8か月前
8か月前
2025年03月31日
そして寒い
『翻訳百景ふたたび』 越前敏弥 HHブックス 読了
この本が角川新書で出ないことに、出版業界の衰えを感じる。
翻訳本というか海外文学が読まれることに対して、最大限の努力をされている著者には、もう、敬意を表するとしか言いようがない。でもそれだけでは世の中は動かないので、自分が読みたいと思う翻訳の本は、衣食に抵触しない限り買って読むしかない(住は・・・住は、考えないことにする)
エラリー・クイーンについても、多くのページが割かれており、個人的には最も興味深く読んだ。
こんな熱い本が、同人誌レベルで出さざるを得ないというのは、繰り返しになるが、トホホである。
10か月前
10か月前
ショートショート, 小説
「代筆猫」川島怜子
by TakatukiMaki • 2025年3月30日
平安時代の町。いくつかの店が並んでいる。「代筆を一つお願いします」 貴族の家で…
Read more →
2025-03-30
坂部恵『鏡のなかの日本語』
最近読んだ本
坂部恵『鏡のなかの日本語―その思考の種々相』(筑摩書房 1989年)
鷲田清一のことばを題材にした本を読んだ続きで、しばらく言葉に関する本を読んでみます。まず、同じく哲学者が言葉について書いた本を取り上げてみました。久しぶりに難しい本を読んだ気がします。同じ哲学者といっても、歳が一回り以上うえのせいか、やさしい言葉づかいの鷲田に比べてとても分かりにくい。扱っているテーマが観念的なことはもちろんだし、私の理解力不足は当然のこととして、ほかに原因がどこにあるか、いろいろ考えてみました。
言葉を囲む〈 〉が多用され、また ― や( )で、文章が寸断されているところが、まず目につきます。次に、文章の言い回しが、複雑で曖昧になっているところ。「まさに」、「さらには」、「おそらく」、「そのうちに」、「つねに」、「むしろ」、「いわば」、「いわゆる」などの接続句や副詞句が読点を挟んで頻出します。そのなかでも、とくに気になるのは、「ある意味で」とか「少なくとも原則的にいって」とか、保険をかけるような言い方で留保をつけているところもひとつの要因ではないでしょうか。非常に読みにくく、一種の悪文といえます。
フランスでの講演録や雑誌への寄稿がもとになったものらしく、もとはフランス語で書いたものを日本語に訳し直したと書いているので、それも分かりにくさの一因となっているのかも知れません。ということで、内容的には全体を通して一種の日本文化論になっています。著者は、能の幽玄を美学の基軸に据えているらしいことから分かるように、資質的に神秘主義に淫する性向があり、冒頭にいきなり神秘主義的エピグラムを引用したり、文中にも神秘主義的な言説が目に付きました。そのことも、明晰な論理を阻んで、内容を曖昧にしている原因かもしれません。
著者の考えには、相互主体性あるいは反転可能性という考え方の枠組みがあり、それを軸に、いろんなことを論究しているように思います。それがタイトルの「鏡」という意味のようです。理解できなかった部分はさておき、いくつかをまとめてみます。
①正反対と見えるものが、実は交互反転する可逆的なもので、一つものであるという主張。
ア)「おもて」と「うら」は、反転可能、可逆的なものであり、また相互的である。そう考えると、「おもて」しか存在しないとも言える。これが日本の伝統的な思考のあり方である。
イ)日本語では、影を表わす「かげ」が同時に光をも意味する。これは「光」と「影」が一つのものであるという十字架の聖ヨハネの神秘主義的ヴィジョンに通じる。
ウ)古来、賤民は同時に神を持ち歩くひとびとであった。そこに、役割の交換、価値の逆転のシステムが見られる。この賤民-神人という二重構造は、聖-俗、生-死、異界―現世、見えるもの―見えないものの交流と交換による可逆性、象徴的交換のシステムの基盤をなすものである。
エ)過去と未来は別のもののように考えられているが、ともに「すでにない」と「いまだない」という「ない」ものであり、一つにくくって、「いま」に対立させることができる。これは、「上」「下」、「前」「後」が、「ここ」ないし「そこ」にないもの、対立するものとして一括して考えることができるのと同じである。
②同様に、五感のなかでの触覚の相互性、反転可能性に注目して次のように言っている。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚にかかわる表現では、「色を見る」「音を聞く」「料理を味わう」「香を嗅ぐ」というように、「を」という対格ないし目的格を示す小辞が使われるが、触覚では、「机にふれる」という言い方がある。ほかに「見分ける」「聞き分ける」「嗅ぎ分ける」といった表現はあるが、「ふれ分ける」はない。また視覚と聴覚に関しては、「見知る」「聞き知る」という言い方ができる。これは、嗅覚、味覚、触覚が、原始感覚として捉えられている証であり、感覚が一方向的に支配するという関係がまだ確立されていないということである。触覚においては、「私が机にふれる」と同時に「机が私にふれる」のであり、触れるものと触れられるものとの間に、相互性、反転可能性がある。
③言語の送り手と受け手に関しても、相互主体的な場を考えている。
ア)隠喩的表現や詩的言語が問題とされるところでは、言語の送り手と受け手は、たんなる語る主体、聞く主体ではなくなっている。そこには内的な緊張関係のある相互主体的な場となっている。→詩的表現の場合は、通常の情報伝達のやり取りとは違って、送り手も受け手も、ともに創作主体となり共犯関係にあるということか。
イ)一人称、二人称、三人称という体系は、見かけ上のものにすぎず、本来、人称の名に値するのは、一人称と二人称のみである。一人称と二人称は、その都度の発話の状況に関連づけられて初めて生じるが(→これも一人称と二人称は反転可能性がある)、三人称は、むしろ無人称と呼ぶべきもので、客観的なものを指示している。日本語には主語がないが、これはたんなる主語の省略というものではなく、主体を曖昧ないし両義的にする操作である。
④時間に関する面白い論考もあった。
ア)過去現在未来が一直線上に並んでいるというように考えがちだが、正しくは、自分がいる原点をもとに、前向きと後ろ向きの二つの座標軸が別々に存在すると考えたほうがいいのではないか。そしてわれわれは、この二つの座標系を、たえず相互変換しながら統一する形でとらえているのである。
イ)過去現在未来が一直線という考えでは、時間の原点が絶対的な過去か絶対的な未来かのどちらかになってしまう。過去の原点としては、黄金時代とか過去のユートピアが形成され、未来の原点としては、目的論とか終末論となって現われる。日本人は、そうした出発点や終末をもつ時間は考えず、前向きにも後ろ向きにも果てしのないものとして宇宙をイメージしており、極限は意識されることがない。
ウ)日本の場合、超越者との「出会い」といった西欧の発想と違って、「めぐり会い」という出会い方の方が似つかわしい。めぐり会いの時間は、単層的な直線的時間とは異なり、たえず不確定性と不可測性をはらみながら、めぐりめぐっては、またもとの場所やおなじ出来事に再会する反復の可能性を含みこんだ時間である。そこには、メロドラマや流行歌に見られるような「すれ違い」や「別れ」が生じ、また再会するかもというように、たえず不確定性や不可測性をはらんでいる。
⑤日本文化の姿を神秘主義的なものとして描いているところ。
日本の美学の伝統には、幽玄という概念があるが、そこにおいては、精神と肉体、内と外、見えるものと見えないものという堅固に固定されたデカルト的な二元論は存在しない。影も光も「かげ」として捉え、この世には反映以外に何物も存在しないという考え方であり、それはお互い映し合うもの以外、変化以外には何物も存在しないということであり、この考え方は、日本の思考の伝統のなかで、道、空、無などとして、体得され生き続けてきたものである。
⑥ほかにも神秘主義的な言説がいくつか見受けられました。
ア)ブレイクの「一粒の砂の中に世界を見る」という言葉に似た次のような文章。何気ないささやかなことばや短句のうちに、他のすべての言葉、すべての文、ひいては宇宙の生命そのものの凝縮を認めることがあるならば、同様にして、われわれは、その都度出会う人のうちに、以前に出会った人、また今後出会うすべての人の凝縮を認めるということもまたあるのではないだろうか。
イ)日常的なもの同士の水平の関係と、超越的なものとの垂直の関係を考えている。「うつくし」の古い用法は、人と人との関係において情愛そのものを意味する語であり、「かなし」は、自分の力ではとても及ばないので切なさを感じるという情愛を意味した。この二つの言葉は、いずれも情愛を意味する点で相互に交換可能であったが、「うつくし」は水平的であり、「かなし」においては何らかの超越的な宇宙的なものとの垂直の関係がうかがえる。同様に、水平に流れる日常的時間における過去を示す「いにしへ」とか「こしかた」に対して、回想が向かって行く方向を示す「むかし」は、垂直の形でかかわってくる一種の神話的時間を意味する言葉である。
⑦海外文化との関係のなかでの日本文化のあり方
日本語は、漢語や外来語によって荒らされてきたが、国学者のような排外主義は逆に日本文化を貧しくしてきた。国学者は理屈は述べるが実作には見るべきものがない。逆に、蕪村や歌舞伎など、江戸時代に文化的生産力をもったものは、雑種文化である。今後の文化のあり方を考える際も、自民族中心主義や文化一元論、中華思想に対して、文化相対主義という抽象的な議論で臨むのではなく、自らの文化も他文化も尊重する文化多元論を採らなければならない。
ikoma-san-jin 2025-03-30 09:37 読者になる
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坂部恵『鏡のなかの日本語』
最近読んだ本 (704)
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有栖川有栖の怪奇幻想作品を読む
ミステリ作家とされる有栖川有栖ですが、怪奇幻想的な小説も多く発表しており、その味わいは専門作家のそれにも劣りません。いくつか紹介していきたいと思います。
有栖川有栖『赤い月、廃駅の上に』(角川文庫)
鉄道をテーマにした怪奇小説集です。鉄道がメインで登場する作品もあれば、脇役の形で登場したり、場合によっては思わぬところから登場するなど、それぞれ工夫が凝らされた作品揃いとなっています。
「夢の国行き列車」
一緒に出張に訪れていた川北と戸倉。戸倉は、少年時代に何度も訪れた大阪万博の思い出について語ります。以後の人生があまり幸福でなかった戸倉にとって大阪万博は幸福の象徴のようなのです…。
過去を懐かしむ男が現実世界から逃亡してしまう…。ノスタルジックな幻想短篇です。
「密林の奥へ」
とある異国を訪れていた二十四歳の青年は、仲良くなった行商人から、密林の奥に恐ろしく大きな鳥がいると聞かされ、鉄道に乗って奥地に向かいます。奥に進むにつれて言葉もろくに通じなくなっていきますが…。
見知らぬ国の奥地へと旅をする男の体験を描いた作品です。一方的に進む旅路が描かれるだけで、何か劇的な事件が起こるわけではないのですが、あまりにも複雑な行路で奥に進みすぎたために、もう戻れないのではないか…と思わせるあたり、奇妙な味わいがあります。その読み味はまるでディーノ・ブッツァーティです。
「テツの百物語」
鉄道を愛する仲間たちが集まり怪談会が催されます。参加者たちは次々と怪談話を披露していきますが…。
鉄道にまつわる実話怪談的なお話が語られていくという作品です。個々のエピソードも良いですが、百物語が終わった後に起こる「怪異」も怖いですね。
「貴婦人にハンカチを」
就職浪人中の英嗣は、乗り込んだSL内で、貴婦人を思わせる美しい女性と相席になります。彼女は教師だといいますが、事故で生死の境を彷徨っている教え子の元に向かっているというのです。しかも、その教え子の姿が窓の外から見えたとも話しますが…。
子どもの魂が教師の元に現れる…というお話。一見、悲しい話と見えながら結末の後味は良いですね。
「黒い車掌」
その列車に乗り込んでから、梢子は奇怪な体験をしていました。車掌の姿が段々と黒ずみ、輪郭さえぼやけてきているのです。さらに長年会っていなかった家族や知己の姿が見えたり、会ったりすることにもなります。これらはみな自分の死の前兆ではないかと考える梢子でしたが…。
列車の乗り込んでから不思議な体験が重なり、それが死の前兆ではないかと考える女性を描いた作品です。女性が考えるとおりではあるのですが、その過程で車掌の姿が段々と黒くなっていくという描写は、死が近づいているようで不気味ですね。
「海原にて」
海底調査船に乗り込んでいた佐倉は、船長から海にまつわる怪談話を聞かされます…。
海の怪談が語られていくオーソドックスなお話、と思っていると意外な展開に。壮大な世界観が透けて見える結末には驚きがありますね。
「シグナルの宵」
バー<シグナル>に集う常連客たちの前に、自死したと伝えられた男、大庭が姿を現します。驚く客たちでしたが、彼は大庭の双子の弟だというのです。客たちは半信半疑で話を聞きますが…。
死んだはずの友人そっくりの男は本当に双子の弟なのか、それとも幽霊なのか? 客たちが男の正体に関してそれぞれの推理を披露する、というところで「多重解決ものミステリ」の趣もあります。最終的に超自然の方向に流れていくところも好感触です。
「最果ての鉄橋」
気 が付くと杏野は見知らぬ場所にいました。近くにいる人間に訊ねると、ここは死んだ人間が来る場所だというのです。三途の川を渡るための列車が用意されており、それに乗ってあの世まで行くといいます。かって臨死体験をして生き返ったという老婦人の言葉から、一部の人間たちは、途中で生き返る手段があるのではないかと考えますが…。
死者たちが三途の川を渡るというお話なのですが、その手段が近代的な列車であったり、社員の多くが一緒に死んだため、団結して生き返ろうと画策したりと、全体にユーモア溢れるファンタジーとなっています。
大部分の人間は天国に行けるといいながら、垣間見える地獄の風景は恐ろしく、考えるとかなり怖いお話でもあります。
「赤い月、廃駅の上に」
不登校になっていた十七歳の少年は、クロスバイクでの遠出を重ね、一人旅をするまでになっていました。ふとしたことからとある廃駅を訪れた少年は、調べ物をしに訪れたライター佐光と出会い、共に駅舎で一夜を過ごすことになります。
佐光によれば、地元の住民から鉄道を通すことに強硬な反対があったため、その駅は共同体から離れた場所に設置されたといいます。そこに何かいわくがあるのではないかと、彼は考えていました。
眠りについた後、駅のホームの方から奇妙な物音がすることに少年は気付きますが…。
人気のない廃駅に泊まることになった少年の恐怖体験を描く、本格的なホラー作品です。異形のものに襲われるクライマックスシーンの恐怖度は高いですね。
「途中下車」
独り身の中年男性阿倍は、見知らぬ駅で途中下車しては、道を歩いたりいろいろな店に入ってみるのを趣味としていました。亡くなった女優の元妻、紗枝の口癖「アタシャール」の名を列車内から見かけた阿倍は、その店を探し、入ってみようとしますが…。
不幸な形で終わった結婚の直後に急逝してしまった元妻。その影を追い求め続け、人生に諦観を抱いている男が、妻の霊(?)と接触する…というゴースト・ストーリーです。
不器用だと自認する阿倍と、艶やかな女優の妻紗枝、かけ離れた世界に住む二人の馴れ初めとその恋愛が描かれていく部分は恋愛小説としても魅力的ですね。
有栖川有栖『幻坂』(角川文庫)
実在する大阪の天王寺七坂を舞台に、様々に不思議な物語を集めた短篇集です。
可愛がっていた友人の妹の死が花によって知らされる「清水坂(きよみずざか)」、別れた後に自殺してしまった妻の幽霊に出会う「愛染坂(あいぜんざか)」、少年の霊の出る館の謎が明かされる「源聖寺坂(げんしょうじざか)」、口縄坂で白い猫を見かけて以来、夜な夜な奇怪な体験をする女性を描いた「口縄坂(くちなわざか)」、事件の巻き添えになって殺された先輩の男性の幽霊と出会う「真言坂(しんごんざか)」、心霊探偵・濱地健三郎が若い女を連れてとある割烹店を訪れる「天神坂(てんじんざか)」、大切に思う故人の霊が見える男が、とある女性の霊のみが見えないことに苦しむ「逢坂(おうさか)」、弟子同士の仲裁のために大阪を訪れた松尾芭蕉の最期を描く「枯野(かれの)」、従七位下の男が、尊敬する亡き藤原家隆が晩年を過ごした場所を訪れる「夕陽庵(せきようあん)」を収録しています。
一番印象に残るのは「真言坂」。
翻訳家の「わたし」は、かって勤めた会社の先輩であった「あなた」を兄のように慕っていました。ストーカーに悩まされていた「わたし」が相談した結果、事件に巻き込まれて「あなた」は殺されてしまいます。それから九年、なぜか真言坂を上った所にある神社では「あなた」と出会い、話をすることができるのです…。
生死を超えて出会う男女の姿を描く作品です。恋人でもなく友人でもない、しかし愛情を抱いている男女の関係性が細やかに描かれます。主人公の「わたし」は翻訳家であり、とある表現の翻訳に困っている様子が描かれるのですが、それに対して、幽霊となった先輩男性の言葉がヒントとなる、というラストが素晴らしいですね。
後にシリーズキャラクターとなる濱地健三郎が登場する二篇はどちらも出色です。
「源聖寺坂」は、女性デザイナーが夫の所有する屋敷でパーティーをしたところ、客の一人が少年の霊を目撃します。家には源聖寺坂と少年を描いた絵が飾られており、その少年の霊が現れたのではないか、という物語。犯人が犯行を隠すために行う隠蔽工作が超自然的な設定を前提にしており、非常によく出来ています。
「天神坂」では、濱地健三郎が若い女性を連れて、天神坂を下る途中にある割烹店を訪れます。若い女性はすでに死んでいるというのですが、なぜか料理を食べることができたのです…。死んだ女性の未練を解こうとする情感溢れる物語となっています。
有栖川有栖『濱地健三郎の霊なる事件簿』(角川文庫)
幽霊を視ることのできる探偵濱地健三郎の活躍を描くオカルトミステリ作品です。
同著者の『幻坂』のエピソードで初登場した心霊探偵、濱地健三郎の活躍を描く単独シリーズの第一弾です。
濱地健三郎は年齢不詳の男性で、幽霊を視ることのできる心霊探偵。視るだけでなく、場合によっては、霊と会話をすることもできます。例えば殺した相手に憑いている霊を視ることによって、犯人を特定することなども可能なのです。助手の志摩ユリエを共に、霊の関わる不思議な事件に挑むことになります。
ホラー作家の夫の枕元に立つ女の霊の謎を解く「見知らぬ女」、殺人を犯した男の霊的体験が倒叙風に描かれる「黒々とした孔」、かって画家夫婦が住んでいた家に足を踏み入れた人間が体調を崩してしまうという「気味の悪い家」」、幸せの絶頂のカップルがある日を境に上手くいかなくなってしまうという「あの日を境に」、殺人容疑者の男の鉄壁のアリバイが生き霊の仕業と目される「分身とアリバイ」、幼い息子が家の中の霊的な存在に怯える謎について語られる「霧氷館の亡霊」、濱地がかって解決した霊的な事件が再発するという「不安な寄り道」を収録しています。
濱地健三郎の心霊能力は高く、探偵業務に関して、その力を十全に発揮しています。ただ、幽霊から情報を得れば、すぐ事件が解決するかと思いきや、そういうわけにもいかないのが面白いところ。幽霊の状態も様々で、会話を出来るレベルの霊もいれば、ぼんやりしているものもいるという具合。時には、幽霊側の「勘違い」もあり、素直に事件解決にはつながらないことも多いのです。
幽霊との接触によって、直接・間接に事件が解決するのですが、実際のところ犯人は何を考えていたのか、過去に何があったのか、など、全ての事情が明かされないあたりも、余韻があって味わいがありますね。
一般人だった助手のユリエが、濱地の影響なのか、物語が進むにつれ心霊的な力に目覚めていく、という過程も興味深いです。最終エピソード「不安な寄り道」では、霊を視る力について、それが幸福なのかどうか…といったところも語られることになります。
超自然を扱う探偵、いわゆる「オカルト探偵もの」作品であるのですが、ミステリ的な部分とホラー的な部分のバランスが非常に良いです。超自然現象、幽霊現象が明確にあるものとして、謎解きの論理が構築されていくことによって、謎解きミステリとしても説得力のある形になっていますね。
有栖川有栖『濱地健三郎の幽たる事件簿』(角川文庫)
幽霊を視ることができる年齢不詳の名探偵、濱地健三郎と霊能力に目覚め始めた助手の志摩ユリエが、幽霊の絡む事件に巻き込まれる…という連作シリーズの第二弾です。
駅のホームに佇む少年の霊の物語「ホームに佇む」、失踪した姉の霊らしき存在を目撃する弟を描いた「姉は何処」、事件の経緯を語る依頼人の話が段々と複雑化していくという「饒舌な依頼人」、資産家が溺死し、資産を受け継ぐ新妻が殺人容疑者と目される「浴槽の花婿」、幽体離脱する時間がどんどんと長くなるという「お家がだんだん遠くなる」、学校のミステリー研究会の部室に起こるオカルト現象の謎を解く「ミステリー研究会の幽霊」、憑かれると自殺衝動が止まらなくなる異形の霊をめぐる物語「それは叫ぶ」を収録しています。
一集目と同様、犯罪の犯人や霊の目的が分かって一件落着ではなく、謎が解けても別の謎が残ったり、割り切れない人間の思いが残される、といったところが魅力でしょうか。
目撃された幽霊の死の原因を探る…というオーソドックスなエピソードもあれば、変化球的なエピソードもあります。
助手の志摩ユリエがかなりの程度、霊能力に目覚めており、幽霊が生者と同じぐら
2025-03-31
AIを外部記憶として活用する
AI
最近はAIを、外部記憶、あるいは脳を拡張するための道具として利用している。 私は今「苦学」と「無銭旅行」にまつわる本を書いているんだけど、当然ながら徳富蘇峰や杉浦重剛、日本の鉄道制度などが登場する。例えば徳富蘇峰については、名前くらいは知って…
AIを外部記憶として活用する
AI (7)
29
28日の金曜日は朝いちで烏山総合支所へ出向き、マイナンバーカードの更新と印鑑登録。来週の手続きに印鑑証明必要なのでちょっと慌ただしい。午後の飛行機で福岡に逃亡、週末の事業譲渡関係の詰めに集中...というのは心中言い訳で、少し元気をもらいにきたってところが本音。今日は、朝からレコードの洗浄をしながら洗いたてのレコードを聴く一日。Steve
Khan「Eyewitness」の音場にB&Oスピーカーの好さを体感。てなことしてるだけじゃなくて、大量のフィギュア類の処分準備、奥ベランダの清掃から鳩対策強化も行って、いろいろ懸案を済ませていく。夜は、約束してた先日の中国出張のお土産/龍井茶を渡す会。少しナーバスになってるところに気のおけない冗談がありがたい。
Way」で音確認。思わず声が。自宅部屋で2スピーカー鳴らして音楽聴くなんてどれだけぶりか。いやー、こんな音入ってたんだーって聴き入ってしまった。ウォルナットのカバーにブラックカーボンの本体も、壁本棚に溶け込んでいい塩梅。一気に部屋のグレードが上がった感じ。ベッド横の照明スタンドも入ったし、いよいよリビングは完成かな。ラップトップから青歯で飛ばすと音切れしてしまうので、明日トランスミッター買ってこよう。
2025年03月31日
地球の歩き方ブエノスアイレス特派員ブログ 更新中
更新中の最新記事は以下です。是非読んでください。そしてブエノスアイレスにいらっしゃったらいっしょに行きましょう!
【ブエノスアイレス】#韓国料理 #フローレス地区 の歩き方1 Toad レストランに挑戦!
https://www.arukikata.co.jp/tokuhain/297380
【ブエノスアイレス】#パレルモソーホー 旧家の中庭のKlub Polaco クルブ・ポラコ でクラフトビール
https://www.arukikata.co.jp/tokuhain/297281/
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地球の歩き方ブエノスアイレス特派員ブログ 更新中
食べ物ガイド (121)
2025-03-31
「ロス・マクドナルド論――ハードボイルド派の〈神話〉」その13
ⅩⅢ 優しさと諦念と
しっかりしていなかったら生きていられない。
やさしくなれなかったら、生きている資格がない。①
(チャンドラー『プレイバック』)
「失われた父の伝説」と「偉大なる母親の物語」、そしてエディプス・エレクトラの子供たちを果核として、謎の失踪に始まり殺人が起こる。しかし今、全ての真相は明るみに出され、リュウ・アーチャーは暗い諦念と優しさを持って、犯人たちの前に立ち尽くす。アーチャーの心を横切るものは次のような想いに他ならない。
悪漢もいなければ英雄的主人公もいない。ありふれたお話だ。賞められるべき人間も、責められるべき人間もいない。みんな辛い目をみているのだ。
そして中編『ミッドナイト・ブルー』の中で、「わたしたちはみんな哀れな生き物だった」と悲痛な呻きを洩らす。アーチャーにとっては殺人者たちさえ、かかる哀切の対象なのである。アーチャーには他の探偵たちのように、犯人を前にした自己の能力に対する満足も思い上がりもなかった。そして「この連中の良心が何処へ行こうと俺の知ったことではないとひとりごちる」②こともなかった。アーチャーの心に存在するのは、殺人者たちに対する憎悪や怒りではなく、ただ共犯感情と同情だけだった。
なぜなら、「失われた父」と「偉大なる母」の世界で、「父」や「母」や「子」であることも、になることも拒否され、存在の在処を失い、アイデンティティを喪失し、失われた存在の一瞬奪還を企てるために、幻惑の一瞬の裡に、殺人を犯すことを強いられた人々こそ、マクドナルドの世界の殺人者たちに他ならない。アーチャー自身もかかる殺人者たちと同じ意識、同じ渇望に捉われていることに覚醒し、彼らに対する共犯感情と同情を隠すことが出来ないからだ。そして本来ならば探偵と殺人者とは正反対の位置にあるのだが、アーチャーの場合には、意識的には密通の回路によって繋がっていると云ってもいいのである。例えばいくつかのクロージングを見てみよう。
「俺は君を憎んでないよ。反対だ」
私はかつて警官だったので、この言葉はやっと出て来たのだった。しかし、私はそう言わねばならなかったのだ。この世には善人と悪人しかいないという考え、そして、もし善人が悪人を監禁したり、小さな個人的核兵器といったもので根絶しにすれば万事大平だというような昔からの単純な社会通念に対して今後も戦って行くことを望むかぎり、私はそう言わねばならなかったのだ。
(『運命』)
署名のあとに、トレヴァ(註―殺人者)は付けたしてあった。
「わたしの魂に神のお慈悲がありますように」わたしの魂にも、とわたしは思った。それから、便箋のその一ページを裂きとり、トレヴァの手の届かない棚の上にのせた。洋服箪笥の扉のむこうには、さまざまな影が眠りこけた犬のように横たわっていた。くらやみとしずけさ。わたしたちはもう喋らなかった。
わたしたちが通りすぎる時、女乞食が手を差し出した。わたしはもう一度金を恵んでやった。だがハリエット(註―殺人者)に恵んでやれるものは、何一つ持ちあわせがない。私たちは刻々と変る日没の光を浴びながら、水の涸れた河床のような道を歩き出した。
殺人の真相が発覚した後、殺人者たちに残されているのは、「くらやみとしずけさ」、即ち〈死〉に他ならず、アーチャーは「俺は君を憎んでないよ。反対だ」と云いながら、「恵んでやれるものは、何一つ持ちあわせがない」と云う悔恨にも似たものが去来するのである。深い悲しみと優しさで、アーチャーは殺人者たちを凝視する。その視線には「わたしたちは皆同じ世界に生きているのだ」と云う声が含まれているような気がしてならない。そしてアーチャーの心の中には、「慈悲」と云う言葉が知らず知らずのうちに浮かび上がって来るのである。
「あなたは、正義に対するひそかな情熱を抱いている。正直に認めたらどう?」「いや私は、慈悲に対してひそかな熱情を抱いているのだ」
(『別れの顔』)
しかしアーチャーはなぜ憑かれたように事件を追い求めて行くのか。「慈悲」に対する熱情を抱きながら、アーチャーが検証しようとして止まないもの、それは殺し、殺され、死んで行く者たちが強いられた〈運命〉と云う〈神話〉をひたすら確認するためであり、その終局としての〈死〉に呪縛された人間の悲劇的な存在の行方に他ならないのである。
そして、アーチャーは優しさと諦念と慈悲を秘めて、ロス・マクドナルドの見出した〈運命〉と云う〈神話〉を生きる人々の「悲しみを悲し」みながら、失墜と崩壊と喪失と云った強迫観念に捉われ、暗く蒼ざめた世界の中に立ち尽くすしか術はなかったのである。そうだ、失われた人であるアーチャーにとって他に何が出来よう。〈運命〉に強いられた人々の「悲しみを悲しむこと」以外に。
註① フィリップ・マーロウのセリフ
註② ボオドレール『火箭』
註③ 『ウィチャリー家の女』「私はウィチャリーの悲しみを悲しむことになるだろう」より
引用文は創元推理文庫、早川ミステリブックスの翻訳を利用しましたが、所々私訳した部分もあることを断わっておきます。
『VOLO』第3号 【編集後記】
部屋から出ると太陽が眩しく眼を射る。ぼくはサングラスをかける。すると眼前の風景は寒色系の画面に変わり、口にくわえた煙草の煙が何かの合図のように立ち登る。そしてぼくは陽炎の立ちこめる舗道の上を歩き始める。一体何処に行こうとするのだろうか。ぼくはいつになったら翔ぶことが出来るのだろうか。――そして遠い空にいるSよ、君は今どうしているだろうか。(光)
~~~~~
この後も小田光雄は同じ視座から一貫して同じテーマを追い求め、2010年(つまり35年後)にはシリーズ「ゾラからハードボイルドへ」を書き、それは『近代出版史探索外伝』として結実している。(小田啓子)
2025.03.28コラム
カラサキ・アユミ氏 コラム 子連れ古本者奇譚 第39回「新しいお風呂で春に浸かる」
「こ、このスイッチを押すだけで全部済むんですよね…⁉︎」 「そ、そうだ……
¥1,900
SOLD OUT
2025-03-29
「共同研究 小栗虫太郎」NEW!
お知らせ
★ 浜田雄介さん、鈴木優作さんが「共同研究 小栗虫太郎」(『成蹊人文研究』33号)に参加されました。他に、共同研究者として、青野真理さん、何雨峰さん、佐野朝香さん、杉田将一さん、武田成海さん、ハンカさん、馮靖喩さんも参加されています。
・『成蹊人文研究』33号、成蹊大学大学院文学研究科、2025年3月18日発行
#浜田雄介 #鈴木優作
sinseinen 2025-03-29 18:29 読者になる
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2025-03-28
「小栗虫太郎関係料紹介(二)――「マライ西遊記」草稿、「菊芋」関係草稿」NEW!
お知らせ
★ 井川理さん、大鷹涼子さん、浜田雄介さんが、「小栗虫太郎関係料紹介(二)――「マライ西遊記」草稿、「菊芋」関係草稿」(『成蹊国文』58号)の翻刻に協力されました。他に、八木橋悠太さん、西田恭子さんが参加されています。
・『成蹊国文』58号、成蹊大学文学部日本文学科、2025年3月15日発行
#浜田雄介 #大鷹涼子 #井川理
sinseinen 2025-03-28 00:00 読者になる
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「神経衰弱と「探偵小説」――小酒井不木「懐疑狂時代」論」「衛生とミステリ――〈浴室の死体〉というモチーフ」
「共同研究 小栗虫太郎」NEW!
「小栗虫太郎関係料紹介(二)――「マライ西遊記」草稿、「菊芋」関係草稿」NEW!
「神経衰弱と「探偵小説」――小酒井不木「懐疑狂時代」論」「衛生とミステリ――〈浴室の死体〉というモチーフ」
お知らせ (606)
(全商品:286点)
〈新版〉映画編集者・長田千鶴子が語る 市川崑×金田一映画の思い出
1,760円
売切。再入荷はありません。
『大那須神社展 特別展示 犬神絵巻』
お1人様1冊まで
売切。再入荷はありません。
「冒険家クラブの冒険談」ヒラヤマ探偵文庫37
お一人様一冊まで
1,000円
『シネマ雑記帳 映画のお仕事まとめ』水玉螢之丞画業集成Ⅴ
1,200円
『ご褒美と妖精』ペガーナ・コレクション第5巻
2,800円
『図書館』《ゾラン・ジヴコヴィチ ファンタスチカ》第1弾 第2版
1,500円
黒い獣 渡辺啓助ジュヴナイル作品集
3,520円
本の探偵 戦後探偵小説資料集Ⅰ 飛鳥高/大河内常平/楠田匡介/栗田信
5,000円
或る光線 木々高太郎科学小説集
2,200円
(全商品:286点)
全件表示 (286) 盛林堂ミステリアス文庫 (127) 書肆盛林堂 (3) 盛林堂書房 (3) 委託同人誌・新刊書 (150) グッズ (3) イベント申込 目録
2025-03-28
帝国図書館時代の納本率ー引野亨輔『近世・近代寺院蔵書の社会史』(塙書房)への補足ー
平成30年丸善京都本店で、岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新:交錯する宗教世界』 (法藏館、平成30年11月)の刊行記念講座が開催された。私は、そのうち引野亨輔・碧海寿広両先生の「本屋と仏像の明治」を拝聴。引野先生は、「皆さん、中公新書『仏像と日本人』を出された碧海先生目当てでしょうが~」と謙遜しておられた。いやいや、私は引野先生の発表も目当てでした。特に印象深かったのは、西洋流印刷術が明治20年代には一般的になっていたという通説に対して、東京と京都で出版された仏書について活版と木版の数量分析による比較を行い、京都ではそうではなかったことを明らかにしたことであった。
この数量分析は前掲書には載っていなかったが、最近出た『近世・近代寺院蔵書の社会史』(塙書房、令和6年12月)の第5章「近代仏書出版史序説」に載っていて、改めて拝読した。結論に異論はないが、1点気になる記述がある(342、408頁)。『国立国会図書館所蔵明治期刊行図書目録』に載る仏書のうち東京と京都で出版されたものを比較したとして、
国立国会図書館の所蔵図書は献本制度によって収集されたものであるため(14)、私家版や地方出版などの取りこぼしを除けば、これら二つの図は明治期に出版された仏書をほぼ網羅的に対象とした分析データと考えて良い。
註(14)NDL入門編集委員会編『国立国会図書館入門』(三一書房、一九九八年)一一四~一四五頁。
と書かれている。ここで挙げられている典拠は、主に現在の国会図書館における納本制度についての説明である。明治期の出版物については、陶山国見『蔵書構成の実態調査及びその評価計画について』(国立国会図書館、昭和49年12月)を見るべきだろう。同書16頁及び資料五イ「出版図書・新聞雑誌数年表」によれば、東京図書館・帝国図書館時代の納本率は明治期最低30%最高70%、大正期40%~80%、昭和期平均80%~90%で、国立国会図書館になってからは平均80%と推定されている。
ちなみに、引野著365頁で仏教演説集が傍聴筆記のため誤記が多いことに関連して、富田実英編『万国霊智学会総長ヲルコット氏演説』(擁万閣、明治22年)冒頭の編集者の弁明を挙げている。そして、そこへの注として、「なお、ヘンリー・スティール・オルコットの来日が日本仏教に与えた影響については、吉永進一『神智学と仏教』(法蔵館、二〇二一年)一八〇~二一一頁に詳しい」とある。
参考:「明治時代から、納本制度による収集が始まった昭和23年以前に毎年刊行された資料(一般に流通している図書... | レファレンス協同データベース」
#帝国図書館 #国会図書館 #納本率
jyunku 2025-03-28 19:25 読者になる
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帝国図書館時代の納本率ー引野亨輔『近世・近代寺院蔵書の社会史』(塙書房)への補足ー
エロティックな植物幻想を溶け込ませた作品群を中心に、単行本未収録の「砂漠の雪」「犬」2作を含む稲葉文学の精粋、全8篇を収録。
【速報】突然ですが『エセ著作権事件簿』を6刷りします!
2025年3月27日 書籍
突然ですが『エセ著作権事件簿』を6刷りします! 著者は知財業界の大スター友利昴さん。 初版は3年前の2022年 …
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ニュース
SFカーニバル2025開催のお知らせNew!!
2025年3月28日
2025年4月26日~27日に蔦屋書店代官山T-SITEにてSFカーニバルが開催されます。 毎年恒例の大サイン会や〈その場でもらえるスペシャルカード〉企画、トークショー、クリエイターが企画したアットホームなミニイベントな […]
『Four-Dimensional Paper Constructions After Möbius, Klein and Boy』Series on Knots and Everything: Volume 78 (小笠 英志)
2025年3月26日
SFカーニバル2025開催のお知らせ
これはネットオークション落札品。江川、野田の本はまあ高嶺の花でほとんど手が出ないが、状態も悪くなくこれならと。限定500部背角革装天金、記番は手書きではなく印刷。函は江川書房の「途上」とほぼ同じか。本文和紙・和紙装ではないのでその分重いけれども、これは江川書房本を意識したものだろうなあ。
ポール・ヴァーゼン 『ポール・ヴァーゼンの植物標本』 文:堀江敏幸
「ポール・ヴァーゼンの標本はどの一枚にも感情を過度に湧出させない独特の抑制が働いている。そして、その抑制が、かえって青い幻に値する意中のなにかを探るような手つきを想像させずにおかない。記された採集地が、そこで過ごした時間を、空気を、頰を撫でる風を、随伴した人との思い出を、彼女の心によみがえらせているのではないか。」
(堀江敏幸 「記憶の葉緑素」 より)
ポール・ヴァーゼン
『ポール・ヴァーゼンの植物標本』
文:堀江敏幸
リトルモア
2022年7月28日 初版第1刷発行
2022年10月28日 第3刷発行
134p+3p 索引iv
18.3×13.6cm 丸背紙装上製本 カバー
定価:本体2,000円+税
企画:飯村弦太(ATLAS)
撮影:加瀬健太郎
装幀:黒田益朗
編集:大嶺洋子
「L'Herbier de Paule Vasen」
飯村弦太による付記より:
「2017年、夏の終わり。古道具屋の僕は、いつものように古いものを求めて異国を旅していた。」
「訪れた南フランスの蚤の市。よく知る骨董商の出店場所に立ち寄ったのはすでに昼前。」
「品物もまばらになった机の片隅で寂しげに佇む紙箱に目が留まった。僕はその姿にどこか惹かれ手を伸ばして箱を開けた。すると「Melle Paule Vaesen」という可憐な飾り文字と美しい押し花が目に飛び込んできた。」
「「Melle はマドモワゼル、つまりお嬢ちゃんが作った植物標本だ、名前はポール・ヴァーゼン」
表紙のようなその台紙をそっと捲ると、更に100枚ほどの美しい草花の標本が丁寧に収められていた。」
「店主はおそらく19世紀のものだろうと話してくれたが、使われていた台紙の質からおそらく20世紀初頭のものだと僕は直観した。想像の域を出ないが、それでも100年ほどの経年に対し驚くほど良い保存状態で、最後の一枚まで野に揺られていた頃の色合いを淡くたたえながら、美しくその姿をとどめていた。(中略)迷わず箱ごと譲ってもらい、帰国したら必ず展覧会をしようとその場で心に決めた。」
「こうして同年の秋には展覧会というかたちで彼女の作品を多くの方に見ていただくことができ、この会をきっかけに、本書が作られることになった。ポール・ヴァーゼンの発見者として、大きな喜びを感じている。」
カラー図版97点。堀江敏幸「記憶の葉緑素」31頁。「索引」(標本リスト)4頁。飯村弦太による付記1頁。半透明カバー。
これは植物標本ではありますが、まぎれもなく独自のスタイルを有する、経年によって完成された極上のアウトサイダー・アートであるといってよいです。め(愛)でたいです。
帯文:
「おそらく100年も前、スイスやフランスの高山で採取された植物の標本が、
偶然にもいま日本に在る。
見知らぬ異国の一人の女性が、心をこめてつくった数十葉の標本から
想像をめぐらせ、記憶を辿ること。
かつて生きていたものたちの息づかいが聞こえてくる奇跡――
美しい標本と、胸をしめつける掌編との二重奏
堀江敏幸による書き下ろし「記憶の葉緑素」を収める。」
帯裏:
「1世紀の時を経てなお残る、花々のかすかな色。
指先の気配――」
◆本書より◆
堀江敏幸「記憶の葉緑素」より:
「ポール・ヴァーゼンが残した数十葉の標本には、パリのメゾン・デロールにあるような植物採集ラベルは貼られておらず、流麗な筆記体による手書きで学名と採取場所が記されているものの日付がなく、場所の記録もざっくりしている。フランスではシャモニー、イタリア国境に近いヴァノワーズ国立公園にある高山、標高一七〇〇メートルを超えるダン・ド・ヴィラール、ロワール県の小村、やはり標高の高いタロンテーズ、そしてサヴォワ。スイスではベルン近郊、ターコイズ・ブルーの水で知られるラック・ブルーの周辺、フリブールとその近郊のグランジュ・パコ、ジヴィジエ、そして最も数の多い採集地は、ジヴィジエ市内の「ラ・シャソット」である。ラ・シャソットはかつてそこにあった女子寄宿学校の名称でもあるので、採取場所が学校の敷地内だとすれば、採集者は寄宿生か教職員、もしくはその関係者と考えるのが自然だろう。しかし博物学や植物学には独特の人の輪がある。寄宿学校とは無関係の女性研究者が、許可を得て敷地とその周辺で短期間採集をした可能性も否定できない。ただ、ポール・ヴァーゼンの標本には、学術的なものであれば当然記されるはずの情報が欠落している。一枚一枚額装したくなる美的完成度と華美ではない清廉な品があり、学問のためというよりもっぱら自分のため、自身が過ごした時間と空間と心の動きを押し花にしたかのような印象を受ける。」
こちらもご参照ください:
木下杢太郎 画/前川誠郎 編 『新編 百花譜百選』 (岩波文庫)
2025-03-25(14:33) :
博物学 :
このページのトップへ
ポール・ヴァーゼン 『ポール・ヴァーゼンの植物標本』 文:堀江敏幸 (03/25)
博物学 (86)
『うすゆき抄 久生十蘭時代小説傑作選1』
著者: 久生十蘭
『うすゆき抄 久生十蘭時代小説傑作選1』
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『無惨やな 久生十蘭時代小説傑作選2』
著者: 久生十蘭
『無惨やな 久生十蘭時代小説傑作選2』
詳細・購入はこちら
2025-03-22
文学フリマ東京40(5月11日)に出店します。
5月11日に東京ビッグサイトで開催される文学フリマ東京40に出店します。
前回出店したのが2019年春の回だったので、ちょうど6年ぶり……です。
その後も売り子の手伝いとしてはちょくちょく出たりしていたのですが、ビッグサイトでの出店は初めてです。
新刊は『新・叙述トリック試論』のパイロットバージョン、カクヨムで載せている『自炊探偵・雨恋真雪の冒険』、および既刊『立ち読み会会報誌第二号』を並べる予定です。
詳細はまたこのぶログで告知します。
よろしければお越しください。
(後日通販もやります)
kkkbest 2025-03-22 09:17 読者になる
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文学フリマ東京40(5月11日)に出店します。
2025 / 3
小さい人形展 手をとりあって
2025.03.19 Wednesday
小さい人形展 手をとりあって
旧暦3月3日に合わせたアラビクの雛祭り=小さい人形展。
今年はペグドールとマリオネットという木のお人形が新しく加わります。
そして会期最終土曜日には、
シアター☆パペッテリア(工藤和也〔Kaz-Puppet Workshop〕&YUKI☆)に
お越しいただき、アラビク店内で人形劇の特別公演を開催いたします。
ますますパワーアップする「小さい人形展」、
下記をお読みいただき、ぜひご来場くださいませ。
記
→抽選販売応募要項←を公開しました。
各作家の作品販売については下記の通りです。
秋月しのぶ(先着販売)
大山雅文(抽選販売:→応募ページ←)
神原由利子(抽選販売:→応募ページ←)
きせか絵(先着販売)
kinopoe(先着販売)
cat’s tail(先着販売)
工藤和也〔Kaz-Puppet Workshop〕(先着販売)
Qeromalion*鳴力(先着販売)
コリスミカ(先着販売)
shiro(先着販売)
青扇(先着販売)
とわ(グラスアイ先着販売。個数制限あり;1人1日2点まで)
NIJIQO(抽選販売:→応募ページ←)
美澄(先着販売)
よしだゆか(先着販売)
「小さい人形展 手をとりあって」
<会期>
2025年3月20日(木)〜4月7日(月)
13:30~20:00
会期中水曜定休
<出展作家>
秋月しのぶ、大山雅文、神原由利子、きせか絵、kinopoe、cat’s tail、
工藤和也〔Kaz-Puppet Workshop〕、Qeromalion*鳴力、コリスミカ、shiro、
青扇、とわ、NIJIQO、美澄、よしだゆか
<販売方法>
原則店頭先着順。一部作家は抽選販売を予定しています。
詳細はこの記事に随時追記します。
<オンライン販売>
・3月20日20時〜 http://arabiq.net/contactにてお問合せ受付開始。
・3月27日午前0時(26日深夜24時)~ ウェブショップ 通販開始。
<ぴぴ☆しあたー特別公演>
シアター☆パペッテリア プレゼンツ!
Kaz-Puppet Workshopのマリオネットと人形遣いYUKI☆による、
客席ひとつの人形劇場”ぴぴ☆しあたー”がアラビクにやってくる!
公演日時:4月5日(土)13:30~終日
場所:アラビク店内
鑑賞料金:500円(予約不要)
木の穴をのぞきこむと、そこはあなただけの人形劇の世界。
1回3分の演目です。
予約不要。ご観覧希望のかたはスタッフにお声かけください。
JUGEMテーマ:アート・デザイン
以上
<会場・連絡先>
珈琲舎・書肆アラビク
530-0016
大阪府大阪市北区中崎3-2-14
tel/06-7500-5519
X・Instagram:@Arabiq_allstars
販売についてのお問合せは http://arabiq.net/contact へ。
Tweet
19:00 人形 comments(0) -
小さい人形展 手をとりあって (03/19)
人形 (99)
March 2025 (2)
2025-03-20
田中光二『最後の障壁』B+、田中光二『大密林 母なる森の血よ』B-
読書
【最近読んだ本】
田中光二『最後の障壁』(徳間文庫、1985年、単行本1978年)B+
主にSF系の冒険小説短編集である。サスペンス系のものもあり、飽きさせない。
共通するのは、まず巨大な「闇の組織」があり、その野望を実現するための都合で、知らぬ間に巻きこまれ押しつぶされていく一般人――彼らの叫びを鮮烈に描いているというところだ。
たとえば、ある漁村で未知の伝染病が発生する。その病気は治療法も確立しておらず、誰が感染しているかも見極めがたいので、政府はたまたまそこを訪れていただけの人も含めて村を封鎖する。それぞれの事情を抱え、なんとしても家に帰りたい人々は、団結して脱走を図るが、あえなく捕らえて皆殺しにされてしまう。
短く話をまとめる都合で、背後の陰謀が明らかになるとともに主人公が殺されてしまうという、バッドエンドルートのような終わり方をするものが多いが、その分突き放したような冷たさがあって良いと思う。
田中光二『大密林 母なる森の血よ』(徳間文庫、1994年、単行本1991年)B-
こちらはハズレ。主人公は新進気鋭の女性写真家・小椋茜。マレーシアの密林の奥で先住民と暮らしているという白人男性マイケル・ヤングの話を聞いて興味をもった彼女は、幾多の苦労を乗り越えて彼のもとにたどりつく。そして、彼女は突き止める――(ネタバレ)彼がそこで暮らす理由は、奥地に伝わる神秘の秘薬により、エイズを治すためであったことを。
多少『闇の奥』を意識しているのかもしれないが、展開されるのは、未開文化の中に西洋文明を凌駕する知恵があるとか、自然の根源には不思議な力があるとか、昔エコロジー関連で流行ったお話である。マイケル・ヤングを追う他の競争者との駆け引きなど多少の波乱は用意されているものの、現地の政治情勢やエコロジーのお勉強のような情報が多く、ストーリーも薄い。エコロジーという題材自体に魅力があった時代の産物といってよいだろう。
最後の障壁 (徳間文庫 205-11)
作者:田中 光二
徳間書店
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大密林: 母なる森の血よ (徳間文庫 た 8-38)
作者:田中 光二
徳間書店
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nukuteomika 2025-03-20 22:08 読者になる
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田中光二『最後の障壁』B+、田中光二『大密林 母なる森の血よ』B-
2025 / 3
2
第2話「殺人リレー」前編
佐藤菜生
6
良い祖母と孫の話 ♯1
加藤片
第56回 「続編」とは何か?
投資情報の免責事項
3月16日 醍醐味シリーズ第11弾は、稲葉真弓『砂漠の雪』です。現在鋭意製作中。収録作や内容紹介など、詳細は 烏有ブログ3/14 で。
2025年3月14日
『響け!ユーフォニアム』が良くて、あまり堂々と書くのも気が引けるかなと思っていたけど、実にいい作品なんだ。原作は武田綾乃、登場人物たちが、きめ細かくひとりひとりの掘り下げ方も実によかった。
その武田綾乃が原作のマンガが、『花は咲く、修羅の如く』である。ユーフォニアムでも、地味な低音楽器を扱っていたけど、ここでも放送部というマイナーぶりである。
アニメ化されて、地味過ぎて見る気になれなかったが、なんとなく評判が良いので、見始めてみた。
いや、反省、素晴らしい。
改めて、その実力を知りました。
びっくり。
と、いうことで身辺では会社辞めた。なんというか、まあ合わない会社であった。年齢も年齢なんで、もはや合わない会社は無理することもない。
とは、いうものの別の会社を探してるけどね、今回はふたつあるうちの、片方を選んだんだけど、わたしの目は節穴だったようだ。年齢も年齢なのに、無理してでもやってやろうじゃないかという欲を出したのが、最悪の結果であった。年齢相応に無理はしない、無茶はしない、できることだけをコツコツという基本的な姿勢を間違えて、欲を出したばかりにお互いに無駄なことになってしまった。
反省。
「花は咲く、修羅の如く」、年齢とともに「花は散る、無理はしない」で行くべきだったか。
amazon 花は咲く、修羅の如く
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2022年8月1日
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2025/3/7 「三鷹の夜☆月いち読書会(第42回)―科学と文学の間(あわい)に」(三鷹ネットワーク大学;終了)
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色彩は存在しないが,色彩は色彩でしかありえない
村田純一『色彩の哲学』岩波書店,2002年
リンク
ウィトゲンシュタインの『色彩について』の余勢に乗って。
『色彩について』の準備として読んだ「色彩の多次元性―ゲーテとウィトゲンシュタイン―」はこの本の第Ⅱ部第1章と第2章のもとになっているが,収録に際して大幅な修正と加筆がなされたとのことである。
この順番に読んでいるからかもしれないが,『色彩について』を読んでいたときにはよくわからなかった断片についても,この本の中で読むとなるほどと思うものがいくつもあった。
そのためだけに読むのだとするとちょっと大物にすぎるかもしれないけれど。
本書は大きく二部に分かれており,第Ⅰ部のところに「はじめに」があるのだが,第Ⅱ部に入るともう一度(第Ⅱ部の)「はじめに」があったりする。
しかし,議論はけっこう連続性がある気がする。
第Ⅰ部が「色彩の「奥行き」」,第Ⅱ部が「色彩の多次元性」である。
第Ⅰ部では,色彩は一見そう見えるよりも複雑なものであることが,現象学や色彩の知覚研究をもとに論じられる。
第Ⅱ部では,それを受けて,ゲーテ,ウィトゲンシュタイン,カンディンスキーの色彩論を検討する。
予想以上に知覚研究にどっぷり浸かった本なのだが,序盤のフッサールに関するところが抽象的で専門性が高くちょっとつらい。
そこを抜けて,具体的な色彩の知覚の議論になると面白くなってくる。
そもそもの初発の問いはけっこう興味深いのである。
色彩の科学研究の世界では「客観的世界に色は存在しない」ということがいわば常識になっているが,それは順当な主張なのか。
実のところ,この主張は,論理的,哲学的には問題含みであることがさっそく序章から指摘される。
第Ⅰ部でもこの話にストレートに入っていったほうが読者の興味を維持できる気がする。
----------------------------------------------------------------------
本書では,空間性に絶えず焦点が当てられる。
色彩の知覚もまた空間知覚の一部をなすからである。
しかし,もし心が非空間的であるとするなら,そのような非空間的な意識がどのようにして物体の空間的な性質を把握することができるのだろうか。(pp. 55-56)
村田純一『色彩の哲学』
考えてみたこともなかったが,確かにわれわれはさまざまなものを空間的に認識する。
すると,その意識も空間的でなければならないのではないか。
デカルトは心と物を区別するが,それは心を非空間的なものと捉える視点である。
知覚のリアリティを捉えようとするのであれば,それではいけない。
色彩の経験そのものも空間性を帯びている。
物体表面の表面色と,空や水中といった,位置が不確定で平面的な面色を区別しなくてはいけない。
こうした色彩経験の空間性は,色彩にとって付随的なものではない。
色彩は空間性と切り離して考えることはできないし,むしろ空間知覚と一体なのである。
要するに,視覚現象に関する限り,物体の表面によって表面色が定義されるのではなく,表面色に基づいて物体の表面が定義されるのである。(p. 75)
村田純一『色彩の哲学』
著者はそうした色彩の関わる空間の性質を,カッツを手がかりとして“奥行き”という面から考えようとする。
というのも,もし色彩の本性がこのような空間性を含むものであるとすると,色とは何かについて空間性を抜きに語ることはできなくなるからである。そしてもちろん色が位置している空間とは,色が現れている場所を含んでさまざまな物質が存在するこの空間にほかならない。(pp. 79-80;傍点を太字で代用)
村田純一『色彩の哲学』
ここで,空間というものが抽象的な何かではなく,色が経験されている,そして,われわれが経験するまさにその空間であるということが強調されている。
色彩の知覚では,よく色彩の恒常性という性質が取り上げられる。
照明の明るさが変わったり,照明光に色がついていたりしても,主観的に感じられる色には大きな変化がないといった現象である。
しかし,考えてみると色彩の恒常性というのはよくわからない性質である。
明るさや彩度の観点から見ると色は変化しているのに違って見えないというのはどういうことなのか。
逆に言えば,違った色が“同じ”に見えてしまっているのだから,恒常性と言っていいのだろうか。
この色彩の恒常性もまた空間性の観点から問い直される。
プロトタイプ的な,科学的な理論としてランドのレティネックス理論が紹介される。
この理論は,複数の刺激からの反射光(照明光と表面反射率の積)を比較し,刺激の表面反射特性を取り出すアルゴリズムを提案する。
こうしたスタンスの背景にあるのは,「与えられた刺激に基づいて表面反射特性を再構成すること」(p. 91)が色彩の恒常性であるという考えである。
そのような見方は入念に否定される。
伝統的な見方では,色彩の恒常性に関する問題は,まず所与として対象からの反射光が目に刺激として与えられ,そこから,どのようなメカニズムによって,照明の要因が「除去」されて対象そのものの色彩が認知されるに至るのか,というように定式化されている。……(中略)……しかしながら,実際の色彩知覚では,照明が変化した場合に対象の見え方が全く変わらないということはありえず,むしろ,照明の変化に応じて対象の色彩の見え方が一定の仕方で変様していることは同時に気づかれている点を無視できない。(p. 103)
村田純一『色彩の哲学』
カッツによる議論を参照しつつ,色彩の知覚が距離,すなわち,奥行きによって異なること,色つきの照明,人工照明と太陽光の違いについて論じられ,色彩の知覚が不確実であり,また,私たちがそのことを知っていることが確認される。
色彩の恒常性とは照明の変化にもかかわらず変化しない色彩を見る経験ではなく,むしろ照明とともに色彩が「変様」するありさまを見る経験である。(p. 110)
村田純一『色彩の哲学』
そんなわけで,恒常性の概念も転倒されてしまう。
この事情を少し強く表現するなら,むしろ,変化があるからこそ,その変化を通して,あるいは,変化のなかで「同一性」が見て取られることが可能になるのであり,この点にこそ「恒常性」の基本があるということになる。(p. 116;傍点を太字で代用)
村田純一『色彩の哲学』
なるほど,色彩の恒常性という概念がすっきりしないわけである。
同一性が認識されるときには,実際には常に変化を意識しているのだから。
変化したという認識と裏腹に同じであったことが認識される。
座敷童が出て行った後になってはじめてその存在に気づくというような。
第Ⅰ部では,色彩の知覚というものが他から独立に成立しているのではなく,“奥行き”に代表されるような,距離や照明光その他の知覚と切り離せないことが強調される。
むしろ,それは空間知覚一般を構成する一部分なのである。
あるときには色がわかるからこそ対象が認識できるし,別のときにはその逆である。
対象認識の代わりに距離や照明光を挙げても同様であるし,もしかしたらそれらの組み合わせも考えられるかもしれない。
つまりは,世界はわれわれが認識しているよりもはるかに複雑なのである。
われわれの認識はその一部をかなりいびつなしかたで切り取ったものに過ぎない。
数百次元もある情報を高々2~3次元に圧縮したようなものである。
だから,その切り口は複数の次元にまたがるし,不完全であり,場合によっては対応関係が入れ代わったりする。
色や形の知覚もそうした大ざっぱな次元のひとつに過ぎず,客観的世界のほうにそのようなものが存在するわけでもない。
そのことを色彩の知覚に関するさまざまな情報に基づいてていねいに説かれた気がする。
第Ⅰ部では色彩の世界内存在性,奥行きが論じられたのに対し,第Ⅱ部では多次元性に焦点が当てられる。
各章でゲーテ,ウィトゲンシュタイン,カンディンスキーが取り上げられる。
ニュートンをはじめとする,近代科学的な枠組みでは,色彩は光線の中にはない,感覚の問題として退けられる。
光線の屈折率は色彩そのものではなく色彩を生み出す原因なのだが,それが色彩の本性であると考えられているからである。
色彩経験は主観的にしか体験されない,いわば錯覚である。
これに対して,ゲーテはあくまで結果としての色彩にこだわる。
ゲーテによると,色彩現象は知覚者と知覚されるものの相関関係のなかで登場するものであり,この点で,ゲーテが問題にする「自然」は最初から最後まで知覚するものと知覚されるものとが同時に属している「自然」であり,それは決して色彩現象の「原因」として知覚者から独立に捉えられるようなものではない。(p. 146)
村田純一『色彩の哲学』
ここでは,知覚者もまた知覚される内容と無関係ではないのだ。
知覚と知覚者が無関係でないというと当たり前のようだが,ここで考えられているのは色という,知覚者が気の持ちようなどによって変えることができそうにないものであることに注意したい。
また,この議論は形や大きさといった他の次元にも敷衍されるもののように思われる。
ウィトゲンシュタインもまたこのような意味での多次元性の路線で検討される。
しかし,これらの考察を通してウィトゲンシュタインが強調するのは,「純粋な白」という概念が認められる場合があるにしても,決して一切の脈絡から切り離されて無条件に妥当する色の本質として認められるのではなく,その言葉が使用される脈絡が明らかにされる必要があるという点である。換言すると,一切の脈絡なしの純粋な色の本質というものは認められないことが示唆されているのである。(p. 176)
村田純一『色彩の哲学』
色の論理学や文法というものを見て取ることもできなくはないが,それは限られた特定の文脈のなかだけのことだということが確認される。
色彩概念は互いに類似しあっており,色彩語は似たような使われ方をしているが,しかし類似性と同時に相違性も備わっているため,類似性から性急に同一性のみを引き出すことはできないというわけである。性急な単純化,理念化,あるいは同一化に対しては,それに収まらないさまざまな相違が還元不可能な形で残されるのだというわけである。(p. 178)
村田純一『色彩の哲学』
この本を読んでいて認識を新たにしたのは,ウィトゲンシュタインのいう言語ゲームが,(一般的な意味での)慣習とか文化というような,任意性の余地を残すものではないということである(少なくとも,著者はそのように考えている)。
いや,理論的,哲学的には任意であってもよさそうなものなのだが,現実的にはほとんど変更の余地がないようなものなのである。
さらには,そのゲームは単に(任意に変更できるような)「考え方」「受け止め方」の次元の問題ではないということである。
赤と緑の中間色として「赤っぽい緑」を見出すことは,理屈の上ではできそうに思えるのだが,現実的はほとんど可能でない。
実際に,カラーピックを眺めてみると,赤から緑の間はオレンジから黄色に近づき,そこから黄緑,緑と変化していく。
「オレンジっぽい赤」や「薄黄緑」を見出す余地はあっても,どうがんばっても「赤っぽい緑」を見出すことはできない。
つまり,言語ゲームは,われわれの(変更不能であるように思える)直接経験まで支配するようなレベルのものを指すということである。
ある言語ゲームが「わたしたち」の言語ゲームであるのは,それがこうした経験のあり方に埋め込まれていることに基づいているのであり,この点で,言語ゲームは「規約と事実」「論理と経験」の両方の次元をまたいで存在している点にその特徴が見られる。(p. 198)
村田純一『色彩の哲学』
色彩に関する限定的,各論的な議論を見ているつもりだったのだが,思った以上にウィトゲンシュタインの哲学の本丸に近づいているような気がした。
それは〇〇の言語ゲームだ
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評伝「山野浩一とその時代」(第30回)
2025/02/19
16:11
発売中の「TH(トーキングヘッズ叢書)」No.101に、「山野浩一とその時代(30)」として、「「少年マガジン」連載の「マリン健」と「空とぶ怪獣ゴアラ」」が掲載されています。伊奈たかし作画で『戦え!オスパー』に先立つ海洋SFコミックに、石原豪人作画の怪獣を扱う絵物語につき詳細に論じています。...
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2025/02 (6)
山野浩一とその時代 (28)
ニュース (45)
花と機械とゲシタルト (8)
レヴォリューション+1 (8)
【ご報告】「長田衛の仕事」の展示資料について 2025/02/17
印刷相談室 | 現場の目利き
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1日に4組まで。ご要望の日時をお知らせ頂いてから、空きのご連絡を返信
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製紙、王子製紙、北越製紙、中越パルプ、東京洋紙協同組合品、スペシャリ
ティーズ、和紙。布クロスの見本帳はワールドクロス、アサヒクロス、紙ク
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帳は、村田金箔、クルツ、田中考商店。チップボール、地券紙。包装紙。
今まで作成したお客様の制作見本、加工見本、印刷見本。オフセット印刷と
オンデマンド印刷の違い。写真の画像補正の違い。グレースケール1色と
ダブルトーンの表現の違い。オフセット印刷の画像の作り方、オンデマンド
印刷の画像の作り方等、何でもお答えします。事前に相談内容、決まっている
仕様をお知らせください。1時間はとても短いので事前にデータなどを見せて
頂ければ、色々なモノをご準備してお待ちします。作品などを見せて頂ければ
データの問題点や画像のアドバイスなどもお話しできます。(勿論、データは
拝見したらすぐ消去します。)金額が上がる相談があります。金額が下がる相
談もあります。安い処だったらネット印刷があります。有名な処は全国から集
中するので高いですが仕上がりは、間違いない。印刷相談室は、印刷と云う誰
でも知っているけど中身の良く解らない世界を詳らかに紐解くところです。
どうぞお気軽にご相談ください。
・印刷相談室
メールについてのお知らせ
山本和夫『現代詩人研究』山雅房、昭和16年(pp.248-251に詩の引用と評言あり)
2025-01-26
温泉図書館で古本を一冊
朝ご飯はやはり宿で。
またもや迎えに来てもらう。とりあえず山代温泉へ向かう。
魯山人寓居
順調に進み、パラリと雨が降るが到着。魯山人が逗留していたという寓居を見学。JAFの割引があったのには驚いたが、けっこういい展示内容だった。お茶もサービスしてもらう。なかなか楽しかったが、そうそう、目的の場所へ、とて出る。
途中、廃墟的巨大ホテルなどを見たりしながら、温泉図書館みかんへ向かう。
みかんでは予想外に長居してしまった。お茶を三煎も淹れてもらったり、イベント的講演を聞いたり。本も一冊買ってしまう。いろいろ勉強になったので持参した本を送る。あっと、この時だったか、むかし聞いた、もったいない図書館の話が出たのは。
むかしもったいない図書館ができた時、図書館界の人々は選書がなってないなどと批判したが、むしろ、市民(?)がゼロから本のたまり場を作るという個体発生が系統発生を繰り返す式ではないかと。そんなことを言われましたね、と言った本人に話すと、うーん、そんなこと言ったっけなどと返されアハハとなる(^-^*)楽しかったねぇとて金沢に帰る。
shomotsubugyo 2025-01-26 00:00 読者になる
2025-01-28
疑うとはべつの仕方で――逆井卓馬『よって、初恋は証明された。』論
雑記 感想
【※本記事には逆井卓馬『よって、初恋は証明された。―デルタとガンマの理学部ノート1―』の内容に一部踏み込んでいるところがあります。ご注意ください。】
よって、初恋は証明された。 -デルタとガンマの理学部ノート1- (電撃文庫)
作者:逆井 卓馬
KADOKAWA
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〈日常の謎〉と呼ばれる世界観について
逆井卓馬『よって、初恋は証明された。―デルタとガンマの理学部ノート1―』(電撃文庫)は2024年に発表されたライトノベル、いわゆる〈日常の謎〉ジャンルの系譜にあるタイプの学園青春ミステリです。
もちろん〈日常の謎〉といっても個々のスタイルは作者や作品、発表年代などに左右されますし、読者によって喚起されるイメージもまた異なります。ですから、たんにサブジャンルの名前を述べたからといって、作品の特徴をそのまま言い当てていることにはなりません。だとしても、まずは本論がどのような言説を前提にしてこの小説を捉えようと思っているのか、そのスタンスを示すところからはじめたいと思います。
さしあたって、筆者の本棚から〈日常の謎〉を説明している文章を引いてみましょう。米澤穂信『さよなら妖精』(創元推理文庫、二〇〇六年初版)の解説では、鷹城宏が次のように〈日常の謎〉を説明しているのが確認できます。
ミステリといえば殺人事件がセットと思われがちだが、現代日本ミステリの中には人殺しを扱わない作品の系譜もある。日々の暮らしに転がる小さな謎にスポットをあて、そこに意外な真相を読みとるこの作風を「日常の謎」派と呼ぶ。北村薫の短編集『空飛ぶ馬』を筆頭に、加納朋子、倉知淳、光原百合など、東京創元社からデビューした小説家に作風が多い。
さよなら妖精 (創元推理文庫)
作者:米澤 穂信
東京創元社
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簡潔な説明です。しかしこの文章には、違和感(あるいは矛盾でしょうか)が含まれていることにも、ある程度のミステリファンなら気づけるはずです。
なぜなら北村薫『空飛ぶ馬』からつづく〈円紫さんと私〉シリーズは、三作目『秋の花』で長編となり、そこでは「女子高生の墜落死」を正面から解くべき謎として扱っているからです。すくなくともこれは(主観的には)小さな謎といった雰囲気ではありません。これが「人殺し」として発展しうるかについては、読者のみなさんでじっさいに確認してみてください。
さて。にもかかわらず、というべきでしょうか。
右に引用したような「小さな謎にスポットをあてる」といったイメージは読者/作者を問わず広く伝播しているようです。現代のわたしたち(というと語弊があるかもしれませんが)は、多くの〈日常の謎〉風味をうたった作品の帯や惹句に、このあたりのテーゼをさらに抽象化させたであろう「人が死なないミステリ(―)」といった言い回しを簡単に見つけることができるからです。
たとえば書籍通販サイトのネットオフには、〈日常の謎〉スタイルの作品を紹介しているページがあります*1(2025年1月現在)。そのページの文章では、次のような説明がなされています。
日常の謎とは、「さっき脱いだ服が消えた!あっ、あんなところに。でも、どうしてあんなところに??」というような、日常生活の謎を紐解くジャンルです。
血なまぐさい殺人事件などではなく、「人が死なない」日常の謎を描いた作品は、ほのぼのだけれど、ほんのりとブラックさもある!
これがジャンルの定義として適切であるかは措いておくとして、やはり〈日常の謎〉=「人が死なない」といった言説がパブリックイメージとして採用されていることについては、さほど疑われていないようです。では逆井卓馬『よって、初恋は証明された。』では、どのような文言が使われているでしょうか。書籍の表四(裏表紙)に書かれているあらすじを確認すると、このあたりのスタンスが見て取れます。
失われてしまった恋愛成就の桜の謎。部活勧誘の小さな違和感。巨木の樹齢に秘められた物語。密室で消えたハムスター。壊れかけの生物部に捧げられた、高校生たちの切実な決断。
(…)
これは、科学をこよなく愛する高校生たちが日常で直面する数々の謎に挑む、綱長井高校「理学部」のささやかな活動記録。
「小さな」「ささやかな」といったワードから連想されるように、やはり本作もある程度までは、世界に「小さな謎」がぽつぽつと「転がって」おり、そこに登場人物が「スポットをあて」ていく、という鷹城宏が述べてみせたような謎解きイメージを共有している印象があります。
しかし本作をじっさいに読んでみると、従来のそれらに代表されるような「日々の暮らしに転がる小さな謎にスポットをあて、そこに意外な真相を読みとる」作風というのはあくまで形式の話であって、内容がどのようなものであるかは保証してくれないことに気づかされます。
これからわたしが考えていきたいのは、後者が立ち上げようとする、物の見方、つまり登場人物たちや物語が描き出そうとしている世界観についてです。
自己を規定する世界観について
大人になって一定の立場を持つとつい忘れてしまいがちですが、思春期の少年少女にとって(あるいは青春小説において)、自己存在をどこに置いて生きるべきか、という問いはシンプルでありながら、どこまでも迫ってくる呪いのようなものとして機能しています。
なぜならそれは「将来の夢」や「進路」といった定期的あるいは形式的にプリントに書かされるような未確定の問いだけでなく、現在進行形で展開される人間関係においても効力が発揮されるタイプの呪いだからです。
本作を特徴づけている要素のひとつに、主人公である出田樟(通称デルタ、デルちゃん)による一人称の語りが挙げられます。前述した問いのイメージを裏づけるかのように、たとえば序盤、彼は自分を「日陰者」や「陰キャ」と規定しつつ、対して入学とともに話すことになったクラスメイトの岩間理桜を「日向を行くタイプ」と見なしたうえで、彼は互いの関係に線を引こうと考えます。
もちろんこの人間関係は次第に変化していくわけですが、だからといって、一巻のなかでそうした線引きがすべて否定されてしまうわけでもありません。またいっぽう、物語が進むにつれ、出田と同様に岩間もまた「優等生」の枠のなかに自分を規定し、対人関係の線引きをしていたことが明かされます。
つまり、主要人物のふたりとも、他者からの視線や比較されることへの意識によって、個々の世界観をつくりあげているのです。日向の人間がいなければ「日陰者」は生まれませんし、劣等生や問題児、変人がいなければ、「優等生」というイメージもまた醸成されません。本作はこうした個々の世界観が出会い、相互に影響しあうことによって青春という群像をつくりあげるところにひとつの魅力が生まれています。
謎解きの世界観について
本作で語られるミステリの態度については、くり返し言及され、強調される「じゃあ検証してみようか……科学的に!」という岩間理桜の台詞によく表れています。ですがその言葉の持つパブリックイメージに反して、作中で出会う謎はその原因が解明されても、それらを構築する世界観がすべて退けられるわけではありません。
たとえば仮に「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というタイプの謎解きがあったとしても、本作では最終的に「幽霊」の存在じたいを云々するのではなく、幽霊を信じる人々の在り方のほうにまなざしを向けていくのです。
どういうことでしょうか。
表四のあらすじにあったとおり、本作におけるミステリ要素は「日常」ベースの世界に転がっている「小さな謎」に見えますが、細かく読んでみると、それらの謎が発生している状況と、その深い起点には大きなタイムラグがあるとわかります。
顕著なのは、第一章「薄紅が切り取る領域で」で語られる、二本の桜がハートマークをつくるという恋愛成就の伝説でしょう。それだけだとただのラブコメ要素にしかなりませんが、注目すべきはそれが「一九年連続」の奇跡だと述べる水崎の弁です。
一九年。
早い話が、ここで語られる伝統なり伝説なりができたのは、出田たちが在籍する綱長井高校の生徒たちが、この世界に生まれるより前だったということです。在校生の最年長が一八歳であるとするならば、一九年という時間の根元はまったく干渉不可能な領域です。そして、そこで生まれた世界観が、いまなお現在に影響を及ぼしている。謎解きを通して歴史に触れながら出田も岩間も、それがただの迷信かもしれないことを理解しつつ、しかし成立背景を根本的に誤った態度だとはみなしません。
よってここには、「科学的」なアプローチが正しく迷妄を振り払うような、啓蒙や理性の光といった世界像の不可逆なアップデート的イメージは、あまり用いられていないのです。むしろ、そうした迷信が存在するという世界観を受け入れたうえで、それらが構築されていく状況や背景を見通していこうとする態度が立ち上がってきます。
三章で語られる巨木の伝説*2にしても、四章の手引き書にしても、それらがかたちづくられたのは、出田たちが関わりようもない時間や場所においてのことです。
だからこそ出田たちは、謎が横たわっていた過程そのものを否定しません。というよりは、否定できないといったほうが正しいかもしれません。なぜならそこには、彼らとは違う歩み方をしていた人々の営みがたしかに見えているからです。
お話の後半でそうした謎の正体に立ち会った出田は「巨人の肩から自分の暮らしている街を見下ろすとは、こういうことなのか。」と先人の積み重ねてきた知見を活用し、科学と日常を橋渡しすることに深い感慨を抱きます。それはおそらく、日々の勉強のなかで自己をまだ確立しきれていなかった人間が、ようやく等身大の視座を得るきっかけに至れた喜びだったのではないでしょうか。
ですからそれは、たったひとつの客観的かつ排他的な真理を探究するというよりも、自分と他者の見方が重なり合っていくイメージに近いはずです。そこではコインの裏表がひっくり返るような、あるいは図と地を反転させて「意外な真相」を発見していくような、観察者が世界を一意に確定させるタイプの謎解きではなく、表でも裏でもない、世界の厚みそのものの内部に自分を置こうとする、生活者の手触りのように思われます。
マニピュレート的世界観と足掻きについて
むろん生活者の手触り、といっても過去の〈日常の謎〉において、そのような世界と自分との連続性を見出す試みがなされていなかったわけではありません。けれど本作においてとりわけ顕著なのは、その世界の厚みの内部にいることを登場人物が自覚したうえで取っていこうとする態度そのものにあります。
本作で何度も示される人間関係の構図は、いくつものキャラクターたちによる影響や誘導、もっと露骨にいえば、マニピュレート的な欲望につながっています。それは善意からのコミュニケーションでなされることもあれば、無意識の発言によって他者を左右することもありますし、あるいは意識的に自己の世界観に他者を呑み込もうとする支配関係として現われる場合も語られています。
ひとつの世界観のなかに置かれる印象的なエピソードとしては、主人公である出田樟が、植物生態学の研究者である父親に大クスを見せられ「お前はいつかこれになるんだぞ」と告げられたことを思い出すくだりが挙げられます。
彼は樟という陰樹と陰キャである自分をどこか重ねています。彼の父親の真意がどこにあったのかはわかりませんが、人の名づけに、そうあってほしい、という願いが仮にあるとするならば、日向に出ることのない植物の名に、日陰者として、主人公は一定の含みを抱いたかもしれません。そう読者が受け取るのはさほど突飛なことではないでしょう。
加えて終盤、とある人物は終盤、「小さな巨人」の存在を伝えることで、マニピュレートの欲望をてらいなく語ってみせます。ここにはたしかに登場人物らを支配しようとするような上位からの力が見えますが、しかし改めて考えてみると
2025-01-29
『メシアン:世の終わりのための四重奏曲』 タッシ
猫と聴く近現代音楽
『メシアン:世の終わりのための四重奏曲』
タッシ
Tashi plays Messiaen
Quartet for the End of Time
CD: RCA Red Seal
Sony Music Labels Inc.
シリーズ:Great Recordings 1000/名盤コレクション1000
SICC 1830 (2015年)
定価¥1,000+税
Made in Japan
24ビット・マスタリング
期間生産限定盤
帯文:
「メシアンの傑作を世界に知らしめた1枚。」
帯裏文:
「「世の終わりのための四重奏曲」は20世紀フランスの大家メシアンが第2次世界大戦中に収容所内で作曲、初演も同じ収容所で行われた。そうした経緯から、楽器編成はピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネットという風変わりなものである。73年に結成された現代音楽アンサンブル「タッシ」は、ピーター・ゼルキンをはじめとする当時の気鋭の演奏家がこの現代音楽の名作を演奏する目的で結成された。本作が彼らの初録音であり、作品を世界に知らしめた1枚でもある。」
メシアン
Ollivier Messiaen (1908-1992)
世の終わりのための四重奏曲
Quartet for the End of the Time
1.第1楽章:水晶の礼拝 2:23
I. Liturgie de Cristal
2.第2楽章:時の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ 5:33
II. Vocalise, pour l'ange qui annonce la fin du Temps
3.第3楽章:鳥たちの深淵 7:44
III. Abïme des oiseaux
4.第4楽章:間奏曲 1:53
IV. Intermède
5.第5楽章:イエズスの永遠性に対する頌歌 7:42
V. Louange à l'éternité de Jésus
6.第6楽章:七つのラッパのための狂乱の踊り 6:27
VI. Danse de la fureur, pour les sept trompettes
7.第7楽章:世の終わりを告げる天使のための虹の混乱 7:16
VII. Fouillis d'arcs-en-ciel, pour l'ange qui annonce la fin du Temps
8.第8楽章:イエズスの不死性に対する頌歌 8:06
VIII. Louange à l'immortalité de Jésus
Total Playing Time: 47:08
タッシ
Tashi
ピーター・ゼルキン(ピアノ)
Peter Serkin, Piano
アイダ・カヴァフィアン(ヴァイオリン)
Ida Kavafian, Violin
フレッド・シェリー(チェロ)
Fred Sherry, Cello
リチャード・ストルツマン(クラリネット)
Richard Stolzman, Clarinet
[録音]1975年9月8&9日、千葉、柏市民会館、1975年12月19日、ニューヨーク、RCAスタジオA
Recording: September 8 & 9, 1975, Kashiwa City Bunkakaikan Hall, Chiba, Japan. December 19, 1975, RCA Studio A, New York
Producers: Max Wilcox & Peter Serkin
Recording Engineers: Richard Gardner & Masaki Ohno
◆小杉圭子による解説より◆
「「世の終わりのための四重奏曲」はピアノ、ヴァイオリン、チェロ、クラリネットという変則的な楽器編成に加え、8楽章という見慣れない楽章構成を持つ。「8」とは、6日間の天地創造ののち、第7日目の安息日が永遠へと延長し、不変の平和の第8日目が訪れることを示すのだと、メシアンはのちに記している。」
「タッシ
1973年にアメリカで結成。「世の終わりのための四重奏曲」を演奏するために、特殊な編成で結成された室内楽ユニット。メンバーは20‐30代の若手4人。ピアニストは巨匠ルドルフ・ゼルキンの愛息ピーター・ゼルキン。ヴァイオリンのアイダ・カヴァフィアンとチェロのフレッド・シェリーはともにジュリアード音楽院出身だ。のちにジャズ即興とのクロスオーヴァー音楽に入っていくクラリネットのリチャード・ストルツマンは稀代の名手と名高い。いずれもアメリカで活動し始めた新進の技巧派だった。
出端からクラシックの伝統を打ち破った。結成しても「四重奏団」「室内楽団」と名乗らない。燕尾服は着ない。タッシとはチベット語で「幸福」という意味だが、ピーター・ゼルキンの飼い犬がまさにその名だった。犬の名前をユニット名につけ、Tシャツや赤いズボンで演奏するタッシ。1970年代のニューヨークのミュージック・シーンを彷彿とさせるいっぽうで、演奏の実力も高く評価されていく。
まもなく、当時をときめく作曲家がタッシのメンバーに楽曲を提供しはじめた。武満徹は1975年に「カトレーン」、1977年に「カトレーンⅡ」を作曲するが、いずれもタッシによる演奏を想定している。」
◆本CDについて◆
ジュエルケース(黒トレイ)。二つ折りブックレット(内側はブランク/デザインはLPの表裏ジャケットを再現)。投げ込み(十字折り/片面印刷)にトラックリスト&クレジット、小杉圭子による解説。
オリジナルLPは1976年に米RCAよりリリースされました。本CDは2006年版CD(紙ジャケ)の廉価盤です。他に『Tashi Plays Takemitsu』(1980年)から「カトレーンⅡ」を追加収録したCD(BMGジャパン/1997年)も出ています。ちなみにタッシと小澤/ボストン響による「カトレーン」は『武満徹:カトレーン/鳥は星形の庭に降りる 他』(1980年)に収録されています。
四重奏、三重奏、二重奏、クラリネット独奏など、楽章によって編成や演奏スタイルが変わるので飽きさせないです(第6楽章は全員によるユニゾン)。タッシによる演奏はアール・ゾイやユニヴェル・ゼロといったアヴァンギャルド・ロックに影響を与えているかもしれないです。
★★★★★
nekonomorinekotaro 2025-01-29 17:15 読者になる
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『メシアン:世の終わりのための四重奏曲』 タッシ
猫と聴く近現代音楽 (220)
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2025年01月18日
テスト
中尊寺金色堂
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謹賀新年。
本年もどうぞよろしく、お願いいたします。
当方、この1月で何と「喜寿」を迎えます。
それを機に、今年からは「紙の」賀状に代えて、
メールでの御挨拶とさせていただきたく、この段、
あしからず御了承のほど、お願い申し上げます。
賀状をくださった皆様、ありがとうございました。
昨年10月からnoteにも原稿を書いています。
ご購入は画像から
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▶『日めくりジャズ365 2025年版』
2024年12月
29 30 31
レックス・スタウト『シャンパンは死の香り』が刊行
レックス・スタウト『シャンパンは死の香り』(1958。Champagne for One)が論創海外ミステリから刊行されました。
未婚の母たちをもてなすパーティーに、知り合いから代わりに出席してくれと頼まれたアーチーは、雇い主のウルフの制止も振り切って出席する。毎年開かれるそのパーティーには、四人の未婚の母がゲストとして招待され、パートナーを務める男たちも社交界から四人招待されていた。
ところが、ゲストの娘の一人がアーチーに、フェイス・アシャーという別の娘が、ハンドバッグにいつも青酸の入った小瓶を忍ばせていて、仲間たちに自殺の可能性をほのめかしていたが、今夜のパーティーにもその瓶を持ってきているようだと告げ、この華やかな場で自殺を決行するのではないかと不安を漏らす。
アーチーは、なにも起きないよう自分が目を光らせているからと、娘を安心させるが、フェイスは、ダンスのパートナーが持ってきたシャンパンをひと口飲むと、そのまま絶命してしまう。死因は青酸中毒だった。
パートナーが彼女に渡したシャンパンのグラスは、バーのカウンターに並んでいたグラスの中から無作為に選んで持ってきたグラスであり、彼は自分用のグラスをもう片方の手に持っていたため、持っていく途中も含めて、グラスに毒を仕込むことは不可能だった。
現場にいた誰もが、フェイスは自殺に違いないと証言するが、アーチーは、自分はずっと目を光らせていたし、彼女が毒をグラスに入れたとは考えられず、これは殺人に違いないと主張する・・・。
「ウルフは博識だが、彼の才能は人間の行動の理解にある。彼が犯罪を解決するのは、クラーレの毒の症状やボルネオの吹き矢の音を知っているからではなく、瀬戸際にある人間がどう行動するかを理解しているからだ。」(ロバート・B・パーカー)
多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。
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http://fuhchin.blog27.fc2.com/blog-entry-643.htmlレックス・スタウト『シャンパンは死の香り』が刊行
2024-12-10(18:38) :
レックス・スタウト『シャンパンは死の香り』刊行 :
このページのトップへ
レックス・スタウト『シャンパンは死の香り』刊行 (3)
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2024年
2025年予定
2025年1月16日:【英訳】イギリス〈Pushkin Vertigo〉で雨穴『変な絵』の英訳 Strange Pictures (Jim Rion訳)発売予定。
2025年5月8日:【英訳】イギリス〈Pushkin Vertigo〉で芦辺拓『大鞠家殺人事件』の英訳 Murder in the House of Omari (??訳)発売予定。
2025年7月3日:【英訳】イギリス〈Pushkin Vertigo〉で雨穴『変な家』の英訳 Strange Houses (Jim Rion訳)発売予定。
2025年8月14日:【英訳】イギリス〈Pushkin Vertigo〉で西澤保彦『七回死んだ男』の英訳 The Man Who Died Seven Times (Jesse Kirkwood訳)発売予定。西澤作品の英訳はこれが初。
2025年9月11日:【英訳】イギリス〈Pushkin Vertigo〉で横溝正史『黒猫亭事件』の英訳 Murder at the Black Cat Cafe (??訳)発売予定。
横溝正史の英訳書は7冊目。Pushkin Vertigoでの刊行順は、『本陣殺人事件』『犬神家の一族』『八つ墓村』『獄門島』『悪魔が来りて笛を吹く』『悪魔の手毬唄』。(最初に英訳出版されたのは『犬神家の一族』であり、Pushkinの犬神家は同じ訳者のものの復刊)
2025年10月9日:【英訳】イギリス〈Pushkin Vertigo〉で綾辻行人『時計館の殺人』の英訳 The Clock House Murders (Ho-Ling Wong訳)発売予定。
時計館は館シリーズの第5作だが、英訳書としては第4弾となる(シリーズ第4作、『人形館の殺人』がスキップされている)。
2025年春?:【英訳】川上未映子『黄色い家』の英訳 Sisters in Yellow (David Boyd訳)発売予定。
最終更新:2024年11月15日 20:12
2024年 11月 18日
注目新刊既刊:武田崇元/横山茂雄『霊的最前線に立て!』国書刊行会、ほか
★注目新刊書および既刊書を列記します。
『死の瞬間――人はなぜ好奇心を抱くのか』春日武彦(著)、朝日新書、2024年11月、本体900円、新書判並製232頁、ISBN978-4-02-295287-5
『編集宣言――エディトリアル・マニフェスト』松岡正剛(著)、工作舎、2024年10月、本体1,600円、四六判変型上製152頁、ISBN978-4-87502-569-6
『霊的最前線に立て!――オカルト・アンダーグラウンド全史』武田崇元/横山茂雄(著)、国書刊行会、2024年10月、本体3,600円、A5判上製462頁、ISBN978-4-336-07638-0
『Outlying――僻遠の文化史』武邑光裕(著)、rn press、2024年10月、本体3,600円、四六判並製452頁、ISBN978-4-910422-19-0
『美術の物語 ポケット版』エルンスト・H・ゴンブリッチ(著)、天野衛/大西広/奥野皐/桐山宣雄/長谷川宏(訳)、河出書房新社、2024年10月、刊行記念特価本体3,990円(2025年1月末まで、かつ、初回生産分限定)、46変形判上製1048頁、ISBN978-4-309-25746-4
『シュレーディンガー詩集――恋する物理学者』エルヴィン・シュレーディンガー(著)、宮岡絵美(訳・編)、書肆侃侃房、2024年9月、本体1,900円、四六判並製96頁、ISBN978-4-86385-637-0
『口に関するアンケート』背筋(著)、ポプラ社、2024年9月、本体550円、A6変型判並製63頁、ISBN978-4-591-18225-3
★『死の瞬間』は、精神科医の春日武彦(かすが・たけひこ, 1951-)さんが様々なフィクションやドキュメント、映画やコミックを含む作品群を引き合いに「死」を論じたもの。「死ぬ瞬間」「「永遠」は気味が悪い」「見知らぬ世界」「取り返しがつかない」「死体の件」「死と悪趣味」の6章立て。「本書でわたしは、ヒトが「死」に好奇心を寄せるその有りようを図鑑のように挙げ、論じてみたい。そのようなことをする背景には、死には三つの大きな要素が絡んでいると思っているからである」。春日さんはその三つの要素を〈グロテスク〉〈呪詛〉〈根源的な不快感〉とまとめておられます。
★『Outlying』は、メディア美学者の武邑光裕(たけむら・みつひろ, 1954-)さんによる初めての自伝。本文が序盤、中盤、終盤と違う色で刷られており、銀色の表紙とあいまって存在感が抜群です。装丁は藤田裕美さんによるもの。中盤中ほどにはカラーの図版頁もあります。特別付録として宇川直宏(DOMMUNE)さんと若林恵(黒鳥社)さんの対談「サイケデリックの行方」という投げ込み小冊子(24頁)が付いています。
★「マンハッタンに廃墟の住処がなくなろうとする80年代後半に至るまでの、ほぼ10年間にわたるNYでの経験から、そこから90年代以降のサンフランシスコ、そして京都、東京、札幌を挟み、ベルリンとヨーロッパへと向かうことになる私の約40年以上に及ぶ旅の記憶を紡いでいこうと思う。〔…〕インターネットの普及後、コミュニケーションの利便性は圧倒的に変化したが、自身が世界で出会う人物との遭遇は、e-メールやSNSで済まされるものではない。世界が縮小し、出会うべき人との距離が短縮されたとしても、リアルな出会いと対話の記憶を超えることはない。〔…〕この旅のほぼすべてを開示することで、僻遠の異界との関わりをめざす人々に、何らかの刺激を届けられれば幸いである」(序章、19頁)。
★同書の刊行記念に、著者と若林恵さんによるトークイベントが来たる11月29日(金)、青山BC本店にて行われます。詳細はリンク先をご覧ください。版元の株式会社rn press(アールエヌ・プレス)は、2021年に設立。書店への卸は、直取引かトランスビュー経由とのことです。代表の野口理恵(のぐち・りえ, 1981-)さんは複数の出版社を経て独立した編集者であり著述家。自社から今年5月に『私が私らしく死ぬために』という実用エッセイを上梓されています。「何か「学び」に関する本をずっと作りたいと思っていました。それならば第一弾は「死に方かな」と思い、死をいろいろな角度から取り上げることにしました。死を想うことで、強くなると信じて」(まえがきより)。出発点がすごい。
★『編集宣言』は、8月12日に逝去された松岡正剛(まつおか・せいごう, 1944-2024)さんが工作舎の月報「土星紀」で連載されていた「エディトリアル・マニフェスト」(1979年8月号~1981年12月号)を中心に、『遊』誌時代の「編集」をめぐるエッセイ2本「遊学する編集」「「別の仕事」との関係から」と、工作舎編集長の米澤敬さんによる「編集者あとがき」が収められています。このあとがきでは米澤さんの前口上に続いて松岡さんによる「遊線放送局」第一回が抄録されています。
★1979年の「エディトリアル・マニフェスト」第1回から引用します。「編集は闘争でもあった。/そこで、「編集」を「エディトリアル・ワーク」と言い換えておくことにする」(18頁)。「いわゆる“編集者”が著者と版元の間を守る芸者を演ずる時代は終わった。H芸〔編集芸〕からE闘争〔エディトリアル闘争〕へ」(19頁)。この言葉から45年経過した今も、編集は闘争であり続けています。真実と嘘が見極め難い時代に、編集は諸刃の剣としていよいよ危うい段階に入りつつあります。「ただ私が何を言いたかったのか、そのことを手短かにまとめておくことにする。「君たちはようするに何をしているのかね?」「いや、別のことをしているのさ!」」(136頁)。こうした「別のこと」の可能性について自問したいと思います。
★『霊的最前線に立て!』は、八幡書店社主の武田崇元(たけだ・すうげん, 1950-)さんと、英文学者で作家の横山茂雄(よこやま・しげお, 1954-)さんの対談本。目次は書名のリンク先をご覧ください。附録として『復刊 地球ロマン』と『迷宮』の2誌の総目次を併録。400頁を超える大著ですが、巻末には人名索引があるので、興味があるところから拾い読みで始めることもできます。武田さんと横山さんが出会ったのは70年代半ばとのこと。日本のオカルト・ムーヴメントを振り返りつつ、お二人の自伝的側面もある一冊です。先述した松岡正剛さんとの関わりでは第5章「横山茂雄の遍歴」に「松岡正剛と工作舎の近辺」(156~160頁)という興味深いパートがあります。横山さんは工作舎に出入りし、大学院生時代にバラード『残虐行為展覧会』(法水金太郎名義、工作舎、1980年、現在品切)を上梓しています。
★『美術の物語 ポケット版』は、オーストリアに生まれ英国で活躍した美術史家エルンスト・H・ゴンブリッチ(Sir Ernst Hans Josef Gombrich, 1909-2001)のベストセラー『The Story of Art』(Phaidon, 1950/…/1995)の訳書で、日本での出版事業から撤退したファイドンが2011年に刊行したポケット版の再刊となります。ファイドンのポケット版は単行本版よりも古書市場で高額希少本となっていたため、今回の再刊を待望していた読者は多かったことでしょう。「累計800万部突破、35ヶ国で翻訳、世界一読まれている美術史の本」(帯文より)。日本ではまず、友部直訳『美術の歩み』(上下巻、美術出版社、1972年、改訂新版1983年、改訂3版1992年)が出版され、その後、ファイドンより現行訳(単行本版2007年、ポケット版2011年)が出て、それを河出書房新社が再刊(単行本版2019年、ポケット版2024年)した、という流れです。奥付には「本書は2011年10月にファイドン株式会社より刊行された同タイトルの本を一部修正のうえ、新装したものです」とあります。序文が差し替えになり(出版者リチャード・シュラッグマンの文章からゴンブリッチの孫レオニー・ゴンブリッチの文章に。長谷川宏訳)、いくつかの誤植訂正を行った、と版元さんから聞きました。
★「Web河出」2024年8月14日付特設ページ「【800万部超!世界で一番読まれている美術の名著】『美術の物語』、幻の「ポケット版」が、装いを新たに今秋発売決定!」によれば、本体3,990円は刊行記念特価で「2025年1月末まで、かつ、初回生産分限定」とのことでした。現在版元在庫はなしで重版中ですから、書店店頭で並んでいる在庫のみが特価なのだろうと思います。重版(マレーシアで印刷製本)では通常価格の本体4,990円になるはずです。版元さんの公式Xでも、11月12日付のポストで「【お詫び】世界一売れている美術の本の画期的なコンパクト版『美術の物語 ポケット版』。遂に全ネット書店で完売です。もう1,000円安い特価で買えるのは、いま店頭にある分だけです。想定より1年くらい早かったので河出の在庫はゼロです…。迷っている方、今のうちに書店にお出かけを!!!」と告知されています。
★『シュレーディンガー詩集』は、オーストリア出身の理論物理学者エルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Rudolf Josef Alexander Schrödinger, 1887-1961)の唯一の詩集『Gedichte』(1949年)を初めて訳したものです。恋愛を歌った作品が多いことに驚きを覚えます。彼が自身の思索について語った『わが世界観』(中村量空ほか訳、共立出版、1987年;ちくま学芸文庫、2002年、現在品切)を理解する上でのヒントが、この詩集には含まれているように思われます。
★『口に関するアンケート』は、『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA、2023年8月)や『穢れた聖地巡礼について』(KADOKAWA、2024年9月)とヒット作を次々と飛ばしているホラー作家の背筋(せすじ)さんによる小品。手のひらサイズで、小さな本が大好きな方々にも刺さるのではないかと思います。ネタばれナシで最低限の注意を促しておくと、巻末の「アンケート」を最初に見ては絶対にいけないということと、自分がしたこととの関連性を考えすぎない方がいいということです。割と硬い紙で作られていて開きにくいので、紙版を大切にしたい方は保存用と読書用に2冊買うか、電子書籍も買った方がいいかと思います。電子書籍版を確認したことがないのですが、本文の色はどうしているんでしょうか。
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# by urag | 2024-11-18 03:19 | ENCOUNTER(本のコンシェルジュ) | Comments(0)
注目新刊既刊:武田崇元/横山..
at 2024-11-18 03:19
5
2024年08月09日17:00
by 東京創元社
Web東京創元社マガジン移行のお知らせ
カテゴリ
東京創元社便り
2018年よりライブドアブログを使用してお届けしてきた「Web東京創元社マガジン」ですが、このたびプラットフォームをnoteへ移行することになりました。
新たなURLはこちらです。
https://note.com/tokyosogensha/
今後の更新方針については下記のとおりです。
・新たな記事の公開はnoteでおこないます。ライブドアブログでの更新は原則ありません。
・過去の記事はすべてnoteに移行する予定です。閲覧可能な状態になりしだい順次公開していきます。
・移行作業が完了したのち、一定の期間をおいてライブドアブログはすべて非公開となります。
今後とも東京創元社とWeb東京創元社マガジンをよろしくお願いいたします。
2024年8月9日 東京創元社
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#東京創元社
2024年08月08日17:00
by 東京創元社
荻堂顕『不夜島』、柴崎友香『続きと始まり』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その1
カテゴリ
一般文芸
書評
戦後の与那国島(よなぐにじま)を主な舞台に、身体の大部分を機械化された密売人が謎のミッションに挑むサイバーパンク。荻堂顕(おぎどう・あきら)の新作『不夜島(ナイトランド)』(祥伝社 一八〇〇円+税)である。
不夜島(ナイトランド)
新潮ミステリー大賞出身の荻堂だがミステリーにこだわっているわけではないようで、前作『ループ・オブ・ザ・コード』は文化や言語が〝抹消〞された架空の国を舞台にしたSF大作だった。本作もSFで、アクションあり、頭脳戦ありの冒険活劇だ。
主人公の武庭純(ウー・ティンスン)は台湾出身の密売人。幼い頃にアメリカ軍に命を救われ、電脳を含め身体の大半を機械化されているが、見た目は生身の人間だ。アウトローのようにふるまう彼だが、アメリカ軍からの指令には逆らえず、ある時コンタクトしてきたアメリカ人女性から、〈含光(ポジティビティ)〉なる謎の代物を手に入れるよう言い渡され、仲間を集めて行動を起こすのだった。
当時、台湾との密貿易が盛んだった与那国島の港付近には料亭や飲み屋、商店などが密集していたようで、猥雑(わいざつ)な町の空気が丁寧(ていねい)に描写されていく。そこを身体の一部を機械化した人間たちがうろついているわけだが、一方で、戦争や暴力で身体の一部を欠損しても機械化を拒む青年らも登場し、次第に〝自分が自分である〞とはどういうことか、アイデンティティを巡るテーマが浮かび上がる。そしてそれはそのまま、歴史に翻弄(ほうろう)された琉球(りゅうきゅう)や台湾自体にも重なっていく。思えば『ループ・オブ・ザ・コード』も故郷を捨て根無し草のように生きてきた男が主人公だった。自己の同一性の揺らぎというのは、この著者にとって大きなモチーフなのだろう。
柴崎友香(しばさき・ともか)『続きと始まり』(集英社 一八〇〇円+税)はコロナ禍の二年間の、別々の場所で暮らす三人の日常を綴(つづ)っていく長篇。
続きと始まり (集英社文芸単行本)
大阪出身で一時期は東京で働き、今は滋賀で夫と子供二人と暮らす三十代の優子(ゆうこ)。東京で妻と幼い子供を育てているが、勤務先の飲食店が休業状態の三十代の圭太郎(けいたろう)。東京のフリーのカメラマンで、知人のヘアメイクが作った写真館の仕事を手伝っている四十代のれい。それぞれ異なる立場で、緊急事態宣言など感染症拡大の影響を受けている。
読んでいるとあの時期の出来事を久々に思い出したりもするのだが、しかしこれはもちろん、単なるコロナ禍の日常の記録書ではない。三人の個人的な事情やそれによる心の揺れが丁寧に描かれて読ませる。そのなか、遠い昔の苦い思い出や過去の震災当時の記憶も、彼らの胸を去来する。
いろんな出来事が起きて、なにも終わっていないのに次々とまた何かが始まっていく。それは一人の人生の中でも、人の歴史の中でもいえることだ。戦争、災害、社会制度、古い価値観と更新された価値観……。何かが続いているなかの今という時点に自分たちは生きており、自分たちの行動の先に未来がある。それをじわじわと実感させる内容である。作中には何度もポーランドの詩人、シンボルスカの作品が象徴的に引用される。
最後にははっとさせる〝いつか〞の場面が出てくる。自分たちの人生はいつでも、何かと繫(つな)がっていると思わせる。
■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。
紙魚の手帖Vol.15
今村 昌弘ほか
東京創元社
2024-02-13
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#瀧井朝世
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Web東京創元社マガジン移行のお知らせ
荻堂顕『不夜島』、柴崎友香『続きと始まり』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その1
東京創元社便り (242)
一般文芸 (74)
書評 (147)
ラベル: 木曜日 0
コメント 時刻: 11:05
自由、尊厳、友愛――TVアニメ『ガールズバンドクライ』感想
TVアニメ『ガールズバンドクライ』についての感想です。
このアニメが描いたのは自由、尊厳、友愛のバランスだったのではないかと考えました。
2024.07.01公開
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【刑事キャレラ/10+1の追撃】
4月21日発売 発売中
エド・マクベインの87分署シリーズ『10プラス1』を、南仏ニースに舞台を移して映画化。超望遠ライフルによる謎の連続殺人を追うキャレラ刑事らの活躍を描く。
1845円 [amazon]
【Blu-ray】 2280円 [amazon]
【犯罪河岸 4Kレストア】
4月26日発売
パリの下町。年下の歌手ジェニーと結婚したモーリスは、裕福で好色な老人ブリニョンとの関係を疑い、拳銃を手に彼の邸宅に向かった。しかし待っていたのは何者かに殺害された老人の死体だった。S・A・ステーマンの原作をアンリ=ジョルジュ・クルーゾーが映画化。
5280円 [amazon]
【パトリシア・ハイスミスに恋して】
4月26日発売
パトリシア・ハイスミス生誕100周年を経て発表された秘密の日記やノート、本人映像やインタビュー音声、元恋人たちや親族へのインタビューで明かされる、多くの女性たちから愛された作家の素顔とは。彼女の謎に包まれた人生と著作に新たな光を当てるドキュメンタリー。
4400円 [amazon]
【ザ・スカル サド侯爵の頭蓋骨】
4月26日発売
サー・マシューズが所有するサド侯爵の頭蓋骨は呪われているという。オカルト研究家のメイトランド(ピーター・カッシング)とマシュー・フィリップス卿(クリストファー・リー)は、その恐るべき秘密を解き明かそうとするが、恐ろしい出来事が次々と襲いかかる。原作ロバート・ブロック「サド侯爵の髑髏」。別邦題《がい骨》(1965)。
2178円 [amazon]
【アビー ブラック・エクソシスト】
4月26日発売
牧師の娘アビーが悪魔に憑依される恐ろしい物語。黒人女性アビーは悪魔の力によって支配され、その恐るべき姿を隠しながら家族との戦いに臨む。《エクソシスト》の翌年に製作されたブラック・エクスプロイテーション・ホラー映画(1974)。
2178円 [amazon]
▼5月発売
【シン・ゴジラ:オルソ】
5月1日発売
《シン・ゴジラ》(2016)のモノクロ映像版。
3300円 [amazon]
【Blu-ray】4400円 [amazon]
【ゴジラ-0.1 3枚組】
5月1日発売
大戦終結後、焦土と化した日本に、突如現れたゴジラ。残された名もなき人々に、生きて抗う術はあるのか。山崎貴監督作品。
4950円 [amazon]
【Blu-ray 2枚組】 5500円 [amazon]
【Blu-ray 3枚組】 9900円 [amazon]
【ゴジラ-0.1 豪華版 4K Ultra HD Blu-ray 4枚組】 12,100円 [amazon]
【ゴジラ-1.0/C】
5月1日発
モノクロ映像版。
2973円 [amazon]
【Blu-ray】 4400円 [amazon]
【哀れなるものたち Blu-ray+DVDセット】
5月8日発売
風変わりな天才外科医、ゴッドウィンによって死から蘇った若い女性ベラは、世界を知るために、放蕩者の弁護士ダンカンと共に大陸横断の冒険の旅に出る。時代の偏見から解き放たれ、真の自由と平等を知ったベラは驚くべき成長を遂げていく。原作アラスター・グレイ。
5390円 [amazon]
【特ダネ三十時間シリーズ Vol.1】
5月8日発売
新聞記者清水浩平が、特ダネを求めて事件の真相に迫る姿を描いた「特ダネ三十時間」シリーズ、初ソフト化。《特ダネ三十時間 第三の女》《特ダネ三十時間 深夜の挑戦》(1959)を収録。
【人類危機一髪!巨大怪鳥の爪 カラー版】
5月31日発売
海上や陸上で続発する事故を調査するうちにモンスターの存在が浮上する。ついにその姿を現した巨大怪鳥がニューヨークを襲う。1957年公開のSF怪獣映画《The
Giant Claw》をカラー化。
2178円 [amazon]
▼6月発売
【スーパージャイアンツ アトムAB団編】
6月5日発売
繰り返される原水爆実験の影響は遠く宇宙の星々にも及んでいた。危機を感じた宇宙人会議は、地球に核爆弾開発の中止を呼びかけるため、エメラルド彗星のスーパージャイアンツを派遣した。地球に到着したスーパージャイアンツは、世界征服を目論むアトムAB団の計画を察知して動き出す。《鋼鉄の巨人》《続
鋼鉄の巨人》(1957)を収録。石井輝男監督作品。
4180円 [amazon]
【スーパージャイアンツ カピア人編】
6月5日発売
全国各地に円盤が出没。東京周辺では原因不明の奇病が流行する。この円盤を研究していた天文学者が異様な怪人に襲われ、スーパージャイアンツが撃退するが、彼らの正体は月の裏側の小惑星カピアに棲む邪悪な怪星人だった。《怪星人の魔城》《地球滅亡寸前》(1957)を収録。石井輝男監督作品。
4180円 [amazon]
【日曜恐怖シリーズ ベストセレクション3】
6月28日発売
1978-79年放映のホラー・サスペンスドラマ《日曜恐怖シリーズ》から《お雛様の亡霊》(原作山岸凉子)、《呪われた大時計―ネジの叫び―》(原作山岸凉子)、《死霊の島》(原作西村京太郎)を収録。
9680円 [amazon]
▼7月以降発売
【テラー博士の恐怖 4Kレストア版 Blu-ray】
【探偵マーロウ】
7月3日発売
私立探偵フィリップ・マーロウの事務所を訪ねてきたブロンド美女クレア。「突然姿を消した元愛人を探してほしい」という依頼だったが、映画業界で働いていたというその男はひき逃げ事故で殺されていた……。原作ベンジャミン・ブラック(ジョン・バンヴィル)『黒い瞳のブロンド』、監督ニール・ジョーダン。
4400円 [amazon]
【Blu-ray】 5500円 [amazon]
【スーパージャイアンツ 黒い衛星編】
7月3日発売
正体不明の人工衛星を発見したスーパージャイアンツ。その頃各地の天文台で原因不明の故障が相次いでいた。秘密国家〈黒い衛星〉の暗躍に、彼らの狙いを見抜いたスーパージャイアンツが立ち上がる。。《人工衛星と人類の破滅》(1957)《宇宙艇と人工衛星の激突》(1958)を収録。石井輝男監督作品。
4180円 [amazon]
【スーパージャイアンツ 闇の組織編】
7月3日発売
宇宙からの使者スーパージャイアンツが宇宙怪人や魔女、暗躍する悪の集団と戦う。《宇宙怪人出現》(1958)《悪魔の化身》(1959)《毒牙王国》(1959)を収録。石井輝男監督作品。
4180円 [amazon]
【オオカミの家 Blu-ray】
山々に囲まれた集落で暮らす、動物好きの少女マリアは、ある日ブタを逃がしてしまい、厳しい罰に耐えられず集落から脱走する。逃げ込んだ一軒家で出会ったニ匹の子ブタを「ペドロ」「アナ」と名付け、世話することにしたマリア。だが、安心したのも束の間、森の奥から彼女を探すオオカミの声が聞こえ始める。チリの"ホラー・フェアリーテイル"アニメーションを、本編未使用ショット集、日本未公開短編を含む約50分の映像特典と共にBlu-ray化。、
7480円 [amazon]
【鈴木清順「浪漫三部作」 4Kデジタル完全修復版 UHD+Blu-ray BOX】
鈴木清順監督生誕100年記念、〈清順美学〉の頂点であり、日本映画界が誇る名作『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『夢二』が4Kデジタル完全修復版で甦る。
6枚組 20,440円 [amazon]
※分売
【ツィゴイネルワイゼン】 [amazon]
【陽炎座】 [amazon]
【夢二】 [amazon]
【東海道非常警戒】
4月3日発売 発売中
刑事の山内と週刊誌の記者京子が乗った特急こだまで、財閥東山家の令嬢が誘拐され、一千万円の身代金を要求する電話が。特急列車で起きた誘拐、そして殺人事件をスピーディな展開で描いたサスペンスアクション。
【男の世界だ】
4月3日発売 発売中
新人王を賭けた試合を間近に控え、猛練習に励む大学ボクシング部主将の猛に悲報が届く。港湾争議の最中、組合の委員長である兄が殺害されたのだ。海港都市を舞台に激突する男たちの意地と復讐、そして巨悪との戦いを描くアクション快作。
【フランス映画パーフェクトコレクション 失われた楽園】
3月18日予定 発売中
《賭はなされた》《失われた楽園》《麗しのモーツァルト嬢》《ドン・カミロ頑張る》《弾痕》《浮気なカロリーヌ》《巴里の気まぐれ娘》《果てしなき地平線》《ファーブル》《キュピドン酒場》
10枚組 2200円 [amazon]
【鈴木清順生誕100周年記念シリーズ ブルーレイBOX 其の弐 セイジュンと女たち】
3月6日発売 発売中
《河内カルメン》《肉体の門》《春婦傳》《関東無宿》《悪太郎》《裸女と拳銃》+特典ディスク
7枚組 33,000円 [amazon]
【トラウマ 鮮血の叫び 4Kレストア完全版 Blu-ray】
3月6日発売 発売中
デヴィッドは車を運転中、橋で投身自殺を図る美少女オーラを救った。彼女は自宅に連れ戻されるが、その晩、両親が開いた降霊会で怨霊に憑依された霊媒師の母親は錯乱して豪雨の森へ迷い込み、父親と共に何者かに首を切断されてしまう。怯えるオーラを匿ったデヴィッドは、殺人を重ねる首狩り魔の謎を追うが……。ホラーの巨匠アルジェントが娘アーシアを主演に起用した意欲作。
5500円 [amazon]
【怪奇!二つの顔の男】
精神科医マーロウ博士は発明した新薬を自ら実験するが、その結果、邪悪なモンスターになってしまう。クリストファー・リー、ピーター・カッシング共演の「ジキルとハイド」ホラー(1971)。
1945円 [amazon]
【一度は観たい!名作映画コレクション 運命の饗宴】
2月19日発売 発売中
《運命の饗宴》《結婚クーデター》《陽気な中尉さん》《ミスター・ラッキー》《結婚相手見つけます》《フットライト・パレード》《美人は人殺しがお好き》《天国への階段》《春を手さぐる》《グッド・ニュース》
10枚組 2200円 [amazon]
【世にも怪奇な物語 4Kリマスター版】
エドガー・アラン・ポーの短篇(メッツェンガーシュタイン/ウィリアム・ウィルソン/悪魔に首を賭けるな)を三人の名匠が映像化したオムニバス映画。《黒馬の哭く館》(ロジェ・ヴァディム)、《影を殺した男》(ルイ・マル)、《悪魔の首飾り》(F・フェリーニ)。
【Blu-ray】 6380円 [amazon]
《廉価版再発売》
2月7日発売 発売中
【本陣殺人事件】 [amazon]/【Blu-ray】 [amazon]
【不連続殺人事件】 [amazon]
【名探偵ポアロ ベネチアの亡霊 Blu-ray+DVD】
1月17日発売 発売中
ベネチアに隠遁していたポアロは、霊媒師のトリックを見破るために、子供の亡霊が出るという屋敷での降霊会に参加する。しかし、その招待客が人間には不可能と思われる方法で殺害される。ケネス・ブラナー監督・主演。原作A・クリスティー『ハロウィーン・パーティ』
4174円 [amazon]
【イタリア映画コレクション 二通の匿名の手紙】
1月15日発売 発売中
《二通の匿名の手紙》《ベンガジ》《トラヴェット氏の苦悩》《非難》《アリーナ》《マッダレーナ、操行ゼロ》《第119収容所のクリスマス》《初聖体拝領》《仮面の令嬢》《メッサリナ》
10枚組 2200円 [amazon]
【鈴木清順生誕100周年記念シリーズ ブルーレイBOX 其の壱 セイジュンと男たち】
1月10日発売 発売中
《殺しの烙印》《けんかえれじい》《野獣の青春》《俺たちの血が許さない》《勝利をわが手に―港の乾杯―》《素ッ裸の年令》《らぶれたあ》+特典ディスク
7枚組 33,000円 [amazon]
【怪異談 生きてゐる小平次】
1月10日発売 発売中
旅役者の小平次と囃し方の太九郎、その妻おちか。幼馴染の三人の関係は小平次がおちかへの思いを口にしたことからぎくしゃくし始
60坪書店日記
古書ほうろうの日々録
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新 武蔵野人文資源研究所日報
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negitet diary お小遣い帳
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双風亭日乗はてな出張所
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淡々と短編小説を読む(廃)
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千篇万化
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コラム ライター一覧
ライターをご紹介します! アイウチ インテリアと観葉植物と絵本が好きなアラサー主婦です。レジャーは専ら山や川などのアウト・・・
shinimai 2013-04-23 00:00 読者になる
shinimai 2013-03-09 00:00 読者になる
shinimai 2013-03-06 00:00 読者になる
shinimai 2013-01-09 00:00 読者になる
shinimai 2012-12-31 00:00 読者になる
shinimai 2012-12-02 00:00 読者になる
shinimai 2012-11-14 00:00 読者になる
文フリに現代の「文学とは何か」を見た
2023年11月16日
posted by 藤谷 治
11月11日(ポッキーの日)、かねてより見物したいと思っていた「文学フリマ」に参加した。おのぼりさん感覚、文化祭感覚、そしてかつて開いていた僕の本屋「フィクショネス」感覚を、存分に味わうことができた。誘っていただいた破船房の仲俣暁生さん(当「マガジン航」の編集発行人)に、まずは感謝する。現場でも仲俣さんは大奮闘なさって、おかげで僕は楽ができた。
開場は12時の予定で、準備は10時からということだったが、僕たちが到着した時(つまり開場2時間前!)には、すでに来場者が行列を作っていた。東京流通センターをフルに使った会場は広かったが、個々のブースは狭かった。破船房もひとつのテーブルを半分だけ使うことができて、そこに仲俣さんや僕の本を、なるたけ見栄えよく並べて客を待った。
テーブルの残り半分を占める隣のブースは、11時を過ぎても人が来なかった。大きな段ボールがいくつも積んであるばかりで、他人事ながら大丈夫なのかと心配になったが、開場20分くらい前にようやく段ボールが開かれた。中からは表紙に可愛い男女の描かれた、B5サイズの300頁くらいある本がどかどかと出てきた。
寒風の中で待ち続ける来場者たちを慮ってか、開場を10分早めるというアナウンスがあった。僕たちのブースはすっかり準備が整っていたが、となりは段ボールを開くので精一杯の様子である。間もなく開場となった。すると来場者たちは、はっきりとなりのブースを目指して集まり、そのぶ厚い本を中心に次々と買いあさっていくのである。たちまち行列になり、僕たちのブースの前を覆い始めた。仲俣さんは行列に向かって、通路の中央に並んでくださいと何度も声を上げたが、行列は伸びる一方、ついには文フリのスタッフが人員整理をしなければならない仕儀となった。
僕も驚いたが、そのブースの人たちにもこの人気は意想外だったらしい。印刷所から届いた本の帯封を切るのさえもどかしげに、ばんばん本を売っていった。千円札や一万円札が飛び交い、空になった段ボール箱を片づけることすらできず、開始10分で売れ切れた本もあったようだ。
そのブースの人たちはとても礼儀正しく、僕たちに御迷惑をおかけして申し訳ありませんと、何度も言ってくれた。中の一人は僕のことを知っていたばかりか、数年前にご挨拶もしてくれていたという。文芸畑の人なのだった。他の方々も僕たちに終始気をつかってくれた。その間も本は売れ続け、金庫代わりにしているクリアファイルは紙幣で膨れ上がり、ラグビーボールみたいになっていた。
そうなると僕としてはもはや羨ましくすらない。そういう現象を目の当たりにしたという、お祭り見物みたいな愉快な気持ちであった。そしてもちろん、彼らの売りまくっている本の内容が気になる。覗いてみるとどうやらそれは、ビジュアルノベルの批評集なのだった。
少し客足が落ちついてきたころに、僕は訊いてみた。
「ビジュアルノベルっていうのは何ですか? ラノベみたいなもんですか?」
「むしろゲームですね。コンピューターゲームなんだけど、小説として楽しめるというか」
「ああ」僕は必死に貧弱な知識を動員して理解しようとした。「つまり『ポートピア連続殺人事件』みたいな?」
「あのへんが起源ですね」
のちに知ったのだが、僕の出した例も完全なトンチンカンでもなかったにしろ、むしろ『ときめきメモリアル』と言ったほうがよかったようだ。恋愛シミュレーションゲームである。
なるほど、と僕は思った。彼らはあれを「ノベル」=「小説」と見なしているわけか。
論争のない世界
破船房のブースの売り上げが悪かったとは思わない。仲俣さんがさかんに声を出してくれたおかげもあって、破船房から出してもらった『新刊小説の滅亡』は50冊近くも売れたし、仲俣さんの本には完売も出た。知り合いにばかり売れたのでもなかった。我々は我々なりに奮闘し、成果を上げたと言える。
僕たちが売った本には写真集もあるが、大半が「純然たる小説」とそれに関わるものだった。「純文学」のことではない。「ビジュアルノベル」に較べれば純然、という意味である。ビジュアルもなければ音も出てこない、文章だけで出来ている小説を僕たちは売っていた。
水と油である。ビジュアルノベルから見たら僕たちのやっていることなどは、殆ど遺跡の発掘も同然だろう。一方で僕から見ればビジュアルノベルは果たして「ノベル」なのか、と問いたくなる。
だが僕は問わなかったし、彼らも僕らを嗤わなかった。それどころか彼らは僕らに気を配ってくれたし、僕も彼らに好感を持った。僕たちはお互いに笑みを交わし、気持ちよく別れた。
それはこの「文学フリマ」全体を象徴する光景に、僕には思える。店番の合間に会場を回ることもできたが、そこには多種多様な、あまりにも多種多様な「文学」があった。詩集あり海外文学あり、ラノベあり二次創作ありフォトエッセイあり、マイナーな趣味のエッセイあり政治的提言あり短歌あり旅行記ありエロあり創作文藝ありと、細分化していけばまだまだいくらでも広がるジャンルの「文学」が、幾千の著者によって書かれていた。ブースからブースへ渡り歩く人たちはそれらの小冊子や本でエコバッグをぱんぱんにしていた。つまりここで売られている「文学」はただ幾千の著者が書いているだけでなく、幾万の読者に読まれているのである。ちなみに著者と読者が重複するのは当たり前のことで、今に始まったことでも、論じて何かになることでもない。
そんな、収拾のつけようもない「文学」の乱切りポトフが「文学フリマ」であり、「文学」なのだと、僕はその巨大な空間を呆気にとられながら思い知った。
かつて文学には論争があった。お前の文学は間違っているとか、こんなものは文学じゃないとか、そんな言葉が真剣に応酬されていた。そこでは恐らく、弁証法が信じられていたのだろう。相容れない二項を対立させれば、そこに止揚が、アウフヘーベンが現われるという希望があったに違いない。
だがもはやそんなことは希望すべくもない。なぜなら対立するのは二項ではなく、百項、千項であり、これをアウフヘーベンするなんて芸当は非現実的だからだ。これら「文フリ」に広がる百項を統合し、二項か三項くらいにまとめあげようとすれば、そこにはどこか権力志向を思わせる雑駁さ、図々しさが露呈するだけではなかろうか。
人はもはや「文学とは何か」を共有しようとはしていない。『新刊小説の滅亡』と「ヴィジュアルノベル」は水と油なのかもしれないが、この二項が対立するには、まずお互いへの基本的な理解が必要になる。そしてその「基本的な理解」に至る道は、なんと遼遠なことだろう。私たちは勉強をしなければならない。その勉強の先に、もしあるとすれば「対立」は生まれるかもしれないが、対立するためにする勉強など、どこが面白いのか。そもそもそんな対立は生じることなんかなくて、互いへの理解を深める可能性だって小さくはない。水と油は、どちらも液体という共通項を持っている。それで充分という結論に達する可能性だってある。
だったら最初から相手に深入りしなければいいのだ、というのが「文フリ」なのかもしれない。実際、ヴィジュアルノベルの人たちに限らず、言葉をかけあったどのサークルの人とも、私たちは礼儀正しく振る舞うことができたし、人々も礼儀正しかった。そしてお互いのやっていることや目指していることにはほぼ抵触せず、ポッキーの話や来場者の多さを語り合って別れたのである。それは居心地のいい空間であり、居心地がいいのは悪いことでは決してない。それに私たちは、自分らの本を買ってくれる、自分らに関心を持ってくれる人たちとは、短いながらもしっかりと対話をすることができたのだ。
「判る人だけ判ればいい」と「仲良きことは美しき哉」。これが「文フリ」の空間を支えている不文律だった。表現芸術全般にとって「判る人だけ判ればいい」は、今に始まったことではない。僕が現代性を感じたのは「仲良きことは美しき哉」の方である。実際それは美しい。機会があればまた訪れたい。「文フリ」は魅力的で祝祭的な場所である。
だがその「美しさ」は、何かを隠蔽してはいないだろうか。その何かを突き止めるのは、批評の重大な役割ではないだろうか。
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新収品紹介/花衣ぬぐや纏はるひもいろいろ 久女
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初市に凍える
今日は今年最初の道具市場の日でした。午後から入札に参加して、安永年間の日付のある高松季眠和歌草稿や遊女桜木和歌短冊、最後に「露探」斬首の光景などを含む日露戦争関係の写真帖を手に入れました。こうした古写真は最近人気が高く、落札はしたもののなかなかよいお値段でした。仕事になるのかな…などと。 雪こそまだまともに積もっていませんが、寒さはいよいよ本番、比叡山を近くに望む暖房のない道具市場での四時間の...
11, 2019
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新収品紹介/河東碧梧桐肉筆扇面色紙
昨年末の仕入れでしたが、久しぶりの碧梧桐です。絹本扇面と紙本色紙がそれぞれ2点。いつ見ても楽しい河東碧梧桐の筆です。 2月は1日が碧梧桐の命日ですが、9日から17日まで、神戸のギャラリー「MORIS」(https://moris4.com/)に於いて恒例にともいえる「碧梧桐展」が開催予定です。今回は碧梧桐門の俳人麻野微笑子氏旧蔵になる河東碧梧桐作品の数々が展示され、なかでも全紙に書かれた大幅「飲中八仙歌」は必見の価値...
11, 2019
書肆 遅日草舎 店主
昨夜はSAKUYAで
昨日は小雪の舞う寒い日でした。夕方までは引き籠ってヤフオクへの出品作業、この日の出せたのはエンタイアの山2点と斎藤茂吉の旧蔵資料。やがて日も暮れれば寒さもなんのその、この夜は予約していた西陣の小料理屋へ家内の運転で出かけました。美味い酒と肴の数々、たまに手に入る幸せ且つ贅沢な時間です。 「SAKUYA」さん、ごちそうさまでした。(2019/01/10)...
10, 2019
書肆 遅日草舎 店主
新収品紹介/文化七年、上田秋成はまだ生きていた?
上田秋成の画賛幅です。昨年の末、ある道具市の「出し売り」(下見がないので競り台の上に載せられた品を一見して価値を判断せねばなりません)で、余斎の署名頼りに落札した品なのですが…。いざ持ち帰って見てみるとなんだか引っかかります。画家が記した日付が「文化七庚午正月元日」。たしか秋成の没年は…と気になって調べてみると、やはりどの資料を見ても文化六年六月二十七日。ということは? 翌文化七年の正月元日、上...
09, 2019
書肆 遅日草舎 店主
初詣
今年の初詣は元旦に、まずはわが家の氏神さま岡崎神社へ、その足で今年の干支亥に因み「いのしし神社」こと「護王神社」へ詣でて一日の歩数は12,539歩。 3日は四条への道すがら平安神宮へ詣でました。この日の歩数は12,974歩。 次いで6日は石清水八幡宮へ。毎年お詣りしますが、今年は車は止して京阪電車で行き、ケーブルカーも使わず歩いて登り、下りも歩いて一日の歩数は13,498歩。そして今日は伏見稲荷大社へ。こ...
09, 2019
書肆 遅日草舎 店主
「だいせんじがけだらなよさ」
明けましておめでとうございます。三が日も過ぎて今日で今年も四日目、世の中のほとんどは常態に復するようです。そういえばなんとなく朝の空気を伝わって来る音に、人の動きの気配があります。空は青空。カルメン・マキの『真夜中詩集』などを聴きながら、井伏鱒二を読んだり、まだ道具市場も正月休み、なにをするでもなく、いつのまにか日は暮れて、一日は終わります。 「だいせんじがけだらなよさ」と寺山修司。「さよなら...
08, 2019
書肆 遅日草舎 店主
花朝堂漫録 十 勤王歌人・伴林光平の短歌と筆跡
勤王歌人・伴林光平の短歌と筆跡 伴林光平は「ともばやし・みつひら」とも、「ばんばやし・みつひら」とも呼ばれていて、確定していない。辞典にも双方書いている。 ところで、光平の短冊がよく売れるのは何故だろう。比較的安く入手できるせいもあろうが、なぜか売れ残る率が少ないみたいだ。天誅組の隊士であったからなのか。 伴林光平(1813~1864)は、幕末の国学者・山陵研究家・歌人・勤王志士。河内国南河内郡道明寺(...
12, 2017
花朝堂漫録
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2021年03月22日
「海鳴り」33号が届きました
昨年までは「海鳴り」が出たら、編集工房ノアの本の通販のおまけとして配布していましたが、三月書房は昨年末に廃業しましたので、そーゆーことはできなくなりました。うちの店では毎年200冊ほども配布させていただいていましたので、今年もお知らせだけはしておきます。
この号で一番の読み物は、山田稔氏の「同僚━生田耕作さんのこと」でしょう。2段組み14頁分ありますが、山田氏が生田氏について、これだけまとまった量を書かれたのは初めてかと思います。そのほかの内容は上記の画像をクリックしていただけば目次が読めるはずです。
「海鳴り」の入手方法は聞いておりませんが、おそらく一部の書店では無料配布するはずです。非売品なのでこれだけを購入することはできないでしょう。発行所に頼めば送ってくれるのか、送料はいくらなのかもわかりません。これはあくまでも個人的な意見ですが、発行所に何か1冊通販の申し込みをして、ついでにおまけに添えてくれるようにお願いするのがよろしいかと思います。表紙の裏に昨年1月以降の新刊リストが掲載されています。下記に画像を載せておきますのでご参考にどうぞ。クリックすれば拡大するはずです。
まことに不便なことに、編集工房ノアにはサイトがありません。グーグルすると、いまだに三月書房のページが上位に出てきます。メールも利用されていません。ゆえに通販の申し込みは郵便か固定電話かFAXしかできないでしょう。住所と電話は検索すればすぐにわかるはずです。
無限コンティニューで目指す最強勇者 〓みんなの命がひとつの世界で、オレのパーティーだけ不死身〓(1) (裏少年サンデーコミックス) ラ研出身、kt60さんの新刊
近年の実演では2013年ハイティンク指揮ロンドン交響楽団の9番、同年マゼール指揮ミュンヘンフィルの3番、2015年東京都交響楽団定期ミンコフスキー指揮の0番、今年2016年2月のバレンボイム指揮シュターツカペレ・ベルリンによるブルックナー交響曲全曲チクルス、また、この間7月の東京交響楽団の定期でのジョナサン・ノット指揮による8番はとてもよかった。
・お世話になりました!
2015年9月
2015年9月30日 (水)
お世話になりました!
みなさま、お知らせがあります。
2003年9月に「ひとり出版社」として創業してから、ちょうど12年が経ちましたが、双風舎はこの9月末をもって、一段落させていただくことにしました。
これだけ長い期間、ひとりで出版社をやれていたのは、読者の方々や著者のみなさん、書店員の方々、取次JRCのみなさん、デザイナーの方々、そして印刷・製本でお世話になったみなさんのおかげです。
心より、深く、深く、感謝いたします。
双風舎の思い出は、いっぱいありすぎて語りきれません。
長嶋茂雄さんにならい、「双風舎は永遠に不滅です」などと言いたいところですが、多くの方に迷惑をかけてしまいましたから、そうもいってられません。
でも、私個人の人文書への思い入れは、まだまだ尽きることはありません。
今後は、東京・阿佐ヶ谷の皓星社(こうせいしゃ)という出版社でお世話になりながら、いろいろ仕掛けていこうと思っています。今後は、皓星社の本を、何卒よろしくお願いします。
なお、最後の刊行となった中澤系著『uta0001.txt』に関しては、取次のJRCのご協力により、双風舎は収支に関わらないかたちで、需要があるかぎりオンデマンド版として重版することになっております。最後の最後に、歌集としては異例の売れ行きを誇る本が出せて、ほんとうによかったと思っています。
12年間、みなさん、お世話になりました。
人生いろいろ。出版社もいろいろ。
また、どこかでお会いしましょう!
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2014年11月03日
= ヘーゲルの自筆本を一般公開 =
このほど、東京・神田の古書店で、ドイツの哲学者ヘーゲル自身による書き込みのある本が発見され、11月7日・8日の二日間、東京・千代田区神田小川町の東京古書会館で展示される。
展示される本は、ヘーゲル最初の著作「フィヒテとシェリングの哲学体系の差異」(1801年)の初版本で、本の扉に2ページにわたる書き込みがあり、ドイツの研究機関「ヘーゲル文庫」でヘーゲル自身の筆跡と確認された。
展示するのは、この本の所有者であり、書き込みの調査に当たった寄川条路・明治学院大学教授と東京都古書籍商業協同組合(東京都千代田区、理事長山田靖)で、同期間に開かれる洋古書の展示販売イベント「洋書まつり」の会場に展示される。
また、7日(金)18:00から、同会館で寄川教授による講演も行われる。
同書は、来年1月「ヘーゲル文庫」に寄贈されることが決まっており、今回が日本国内で一般向けに展示される数少ない機会となる。
期日:2014年11月7日(金) 10:00から18:00
8日(土) 10:00から17:00
場所:東京古書会館内地下1階 「洋書まつり」会場(入場無料)
東京都千代田区神田小川町3-22 電話03-3293-0161
講演:「日本で発見されたヘーゲルの自筆本をめぐって」 明治学院大学教授 寄川条路
2014年11月7日(金) 18:00から18:30 同会館 7階会議室
参加無料 先着80名
【取材・撮影をご希望の報道関係者の方へ】
本の撮影は展示期間中随時可能ですが、ガラスケース越しとなります。
寄川教授への取材は、講演後の質疑応答のなかでお願いいたします。
【問い合わせ先】
東京都古書籍商業協同組合 広報課 大場(おおば) 03-3293-0161
投稿者: 広報課 日時: 2014年11月03日 18:45 | パーマリンク
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